本件は、インクジェット記録装置用インクタンクに関する特許権(特許第3257597号)を有する控訴人が被控訴人に対し、控訴人の製造、販売に係るインクタンクが使用された後にインクを再充填されるなどして製品化された原判決別紙物件目録1ないし6記載の各インクタンク(以下「被告製品」という。)を輸入、販売する被控訴人の行為が、上記特許権を侵害するとして、特許法100条に基づき、被告製品の輸入、販売等の差止め及び廃棄を求めるとともに、民法709条、特許法102条2項、3項に基づき、一部請求として500万円の支払を求めた事案である。
原判決は、控訴人の特許に係る出願は、原出願からの分割出願であるが、平成5年法律第26号による改正前の特許法44条(以下「特許法旧44条」という。)1項所定の分割要件を満たさない不適法なものであり、その出願日は原出願時に遡及しないとした上で、控訴人の特許には、特許法29条1項3号違反(新規性の欠如)の無効理由(同法123条1項2号)があるので、控訴人は、同法104条の3第1項の規定により、上記特許権を行使することができないとして、控訴人の請求をいずれも棄却した。控訴人は、原判決を不服として本件控訴を提起した。
当裁判所も、本件分割出願は、分割要件を欠く不適法なものであり、その出願日は本件原出願の時まで遡及せず、現実の出願日(平成12年12月21日)であり、本件発明は、本件分割出願の出願前に頒布された刊行物(乙9)に記載された発明と同一であるから、新規性を欠き、本件特許には特許法29条1項3号に違反する無効理由(同法123条1項2号)があるので、同法104条の3第1項の規定により、控訴人は、被控訴人に対し、本件特許権を行使することができないと判断する。
「インク取り出し口の外縁をフィルムより外側に突出させる」との構成を必須の構成としない本件発明が、本件原出願の当初明細書等に記載されているとの控訴人の主張は、採用することができない。
不使用取消審判(輸出商品についての商標の使用、取消請求の範囲)
事件番号 |
平成19年(行ケ)第10158号 |
事件名 |
審決取消請求事件 |
裁判年月日 |
平成19年10月31日 |
裁判所名 |
知的財産高等裁判所 |
判決データ:
TM-H19-Gke-10158.pdf
(3) 商標法2条3項1号における商品の概念について
ア 以上によれば、クラッチ・マスタ・シリンダへの本件商標の使用については、原告が輸出用のクラッチ・マスタ・シリンダの包装に本件商標を付した事実が認められないから、原告の主張は、この点において、既に理由がないものであるが、念のために、輸出用商品に商標を付する行為が商標の使用に該当するか否かについても、付加判断する。
イ 商標法50条1項は、「継続して3年以上日本国内において商標権者、専用使用権者又は通常使用権者のいずれもが各指定商品又は指定役務についての登録商標‥‥‥の使用をしていないときは」と規定し、同法2条3項1号は、「商品又は商品の包装に標章を付する行為」を標章の使用と規定し、同項2号
(ただし、平成18年法律第55号による改正前の規定)において「商品又は商品の包装に標章を付したものを譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸入し、又は電気通信回線を通じて提供する行為」を標章の使用と、それぞれ規定する。平成18年法律第55号による改正前の商標法の下においては、これらの規定における「商品」とは、日本国内における流通を予定し、あるいは現に国内において流通している商品を意味し、およそ国内において流通することを予定せず、かつ現に流通していない商品は、これらの規定における「商品」には該当しないものというべきである。けだし、商標法1条は、同法の目的として「この法律は、商標を保護することにより、商標の使用をする者の業務上の信用の維持を図り、‥‥‥あわせて需要者の利益を保護することを目的とする。」と規定しているところ、ここでいう「業務上の信用」とは日本国内における業務上の信用であり、「需要者」とは日本国内における需要者を意味するからである。
ウ 本件において、原告が本件商標を付したと主張しているのは、原告がシンガポール及びパナマあてに輸出するために大信産業に発注した商品であっておよそ国内において流通することを予定せず、現に国内において流通しなかったものであるから、この意味においても、原告の本件商標の使用の主張は失当である。なお、原告の主張する内容は、原告は、シンガポール及びパナマの取引先との間で売買契約を締結した後に、クラッチ・マスタ・シリンダを大信産業に発注し、その輸出に際して包装に本件商標を付したというものであるから、仮に原告の主張するところに従ったとしても、原告が国内において本件商標を付した商品を譲渡したと解する余地はない。
3 結論
(1) 本件審判手続について
念のため、本件審判手続に関して、以下の点を指摘する。
第2、1(特許庁における手続の経緯)記載のとおり、被告(審判請求人)は、指定商品「自動車並びにその部品及び附属品、及びこれらに類似する商品」について、本件商標登録を取り消す旨の審判を請求した。
しかし、被告が取消しを求めた指定商品の範囲については、「自動車並びにその部品及び附属品」ではなく、「及びこれらに類似する商品」を含めた点において、不明確というべきである。
商標法50条は、継続して3年以上日本国内において商標権者、専用使用権者又は通常使用権者(以下、単に「商標権者」という。)が、各指定商品又は指定役務(以下、単に「指定商品」という。)についての登録商標を使用していない場合に、その指定商品に係る登録商標の取消審判を請求することができると規定し、この場合、審判請求登録前3年間、商標権者がその請求に係る指定商品のいずれかについての登録商標の使用をしていることが証明されない限り、その指定商品の商標登録が取り消される旨を規定する。
取消審判請求の審理の対象となる指定商品の範囲は、設定登録において表示された指定商品の記載に基づいて決められるのではなく、審判請求人において取消しを求めた審判請求書の「請求の趣旨」の記載に基づいて決められる。審判請求書の「請求の趣旨」は、@審判における審理の対象・範囲を画し、A被請求人における防御の要否の判断・防御の準備の機会を保障し、B取消審決が確定した場合における登録商標の効力の及ぶ指定商品の範囲を決定づけるという意味で重要なものであるから、「請求の範囲」の記載は、客観的で明確なものであることを要するのは当然である。
本件についてこれを見ると、Aの点に関しては、原告(被請求人)の行った立証の内容に照らして、一応、実質的な防御の機会を奪うほどの不利益を与えていることはないものと解される。しかし、Bの点に関しては、本件取消審決が確定した後の本件登録商標の効力の及ぶ指定商品の範囲は、旧12類「輸送機械器具その部品及び附属品(他の類に属するものを除く)」から「自動車並びにその部品及び附属品、及びこれらに類似する商品」を除外した指定商品となるが、その範囲は客観的明確性を欠き、法的安定性を害する結果になるといわざるを得ない。
このような点に鑑みると、商標登録の取消審判請求の審理する審判体としては、実質的な審理を開始するに先だって、まず、釈明権を行使するか、補正の可否を検討する等の適宜の措置を採るべきであり、そのような措置を採ることなく、漫然と手続を進行させた本件の審判手続のあり方は妥当を欠く点があったというべきである。
もっとも、本件においては、上記指摘した点は、審判の経緯、取消訴訟の審理の経緯及び取消事由の内容(上記の点を取消事由として主張していないことも含める。)など一切の事情に照らして、審決を取り消すまでの違法を来すものとはいえない。
今後、
商標法50条に基づく商標登録の取消審判請求の審理に当たっては、請求人の求めた「請求の趣旨」における「指定商品の範囲」(特に、「類似する商品」との記載)の明確性の有無の検討、不明確な請求の趣旨に対する是正手続を十分に尽くすべきであり、この点に考慮を払わない審判手続の運用は、すみやかに改善されるべきである(知的財産高等裁判所平成19年6月27日判決・平成19年(行ケ)第10084号審決取消請求事件参照。)。
(2) 結語
以上によれば、結局、本件商標については、本件審判請求登録前3年以内に商標権者、専用使用権者又は通常使用権者がこれを取消請求に係る商品について使用したことについて、原告による証明がないことに帰するから、取消請求に係る商品について本件商標の登録を取り消すべきものとした審決の認定判断に誤りはない。
不使用取消審判(スマトラ沖地震による不使用についての正当な理由)
<特許庁による審決を維持。本件不使用について正当な理由があることが明らかにされたものというべきである。>
事件番号 |
平成19年(行ケ)第10227号 |
事件名 |
審決取消請求事件 |
裁判年月日 |
平成19年11月29日 |
裁判所名 |
知的財産高等裁判所 |
判決データ:
TM-H19-Gke-10227.pdf
(1) 「法所定の正当な理由があること」とは、地震、水害等の不可抗力によって生じた事由、放火、破壊等の第三者の故意又は過失によって生じた事由、法令による禁止等の公権力の発動に係る事由その他の商標権者、専用使用権者又は通常使用権者(以下「商標権者等」という。)の責めに帰すことができない事由(以下「不可抗力等の事由」という。)が発生したために、商標権者等において、登録商標をその指定商品又は指定役務について使用することができなかった場合をいうと解するのが相当である。
(2) そして、法所定の正当な理由は、登録商標の不使用を正当化し、当該不使用による商標登録の取消しを免れるための事由であるから、不可抗力等の事由の発生と登録商標の不使用との間には、因果関係が存在することを要するものと解すべきである。
(中略)
不可抗力等の事由の発生と登録商標の不使用との間に因果関係が存在するというためには、不可抗力等の事由が発生した時点における、商標権者等の登録商標使用の具体的準備の有無・程度を前提とし、その時点から予告登録までの間が、仮に当該不可抗力等の事由の発生がなかったとすれば、登録商標の使用に至ることができたと認めるに足りる程度の期間であり、かつ、当該不可抗力等の事由が、その発生により、上記期間内に商標権者等が登録商標の使用に至ることを妨げたであろうと客観的に認め得る程度のものであることを要し、かつ、それで足りるものと解するのが相当である。
(中略)
被告は、平成16年12月の大地震により、まず、アチェ地方所在の営業所につき壊滅的な打撃を受けるという直接的な物的被害を被ったのみならず、被告が同営業所の従業員らを少なからず失い、同営業所による収益もほとんど失った上、追い打ちをかけるように、平成17年3月の大地震により、ニアス島所在の営業所につき壊滅的な打撃を受け、同様の被害を被ったことが容易に推認されるほか、上記のとおりの政府の復興事業の進捗状況等にも照らせば、被告は、そのような甚大かつ深刻な被害を被ったことにより、本件予告登録時までの間、会社の総力を結集するなどして被害回復に務めることを余儀なくされたであろうこともまた、容易に推認されるというべきである。
そうであれば、本件各大地震による被害が発生したことにより、平成16年12月の大地震発生から本件予告登録までの期間内に、被告が、日本国内において、本件商標をその指定商品につき使用することが妨げられたものと認めるのが相当であるから、本件においては、本件不使用について正当な理由があることが明らかにされたものというべきである。
特許権存続期間延長(長期徐放型マイクロカプセル)
<特許庁による拒絶審決を維持>
事件番号 |
平成18年(行ケ)第10311号 |
事件名 |
審決取消請求事件 |
裁判年月日 |
平成19年07月19日 |
裁判所名 |
知的財産高等裁判所 |
判決データ:
PAT-H18-Gke-10311.pdf
前処分の対象となった1か月製剤と本件処分の対象となった3か月製剤とでは、「酢酸リュープロレリン」という物(有効成分)と「前立腺癌の治療」という用途(効能・効果)が同一であるから、物(有効成分)と用途(効能・効果)という観点からすると、本件発明の実施のために本件処分を受けることが必要であったということができないのであって、その旨の上記アの判断に誤りがあるということはできない。
(中略)
(3) 原告は、先の承認と「有効成分(テオフィリン)」と「効能・効果(気管支喘息の治療)」が同一の後の薬事法14条に基づく承認について、製剤特許(登録第1157620号特許)の存続期間の延長が認められた事例や同一の有効成分を用いているものについて、製造承認申請の対象となる品目毎に、同じ特許権について複数の延長登録出願を行い、認められている例があると主張する。しかし、特許庁においてこれらの例があるとしても、別の特許に関する扱いであって、そのことは、前記2、3で述べた解釈を左右するものではない。
「長期徐放型マイクロカプセル」特許権存続期間延長登録出願拒絶審決取消事件
事件番号 |
平成20年(行ケ)第10459号 |
事件名 |
審決取消請求事件 |
裁判年月日 |
平成21年05月29日 |
裁判所名 |
知的財産高等裁判所 |
判決データ:
PAT-H20-Gke-10459.pdf
第4 当裁判所の判断
当裁判所は、本件出願に対し、本件先行処分があったことを理由として、本件発明の実施に政令で定める処分を受けることが必要であったとは認められないとした審決の判断には、以下の2点(「特許法67条の3第1項1号該当性の誤り」及び「先行処分に係る延長登録の効力の及ぶ範囲についての誤り」)において誤りがあり、その誤りは、いずれも審決の結論に影響するものであるから、審決を取り消すべきものと判断する。
→参考事件判決
PAT-H20-Gke-10458.pdf
「医薬」特許権存続期間延長登録出願拒絶審決取消事件
→参考事件判決
PAT-H20-Gke-10460.pdf
「放出制御組成物」特許権存続期間延長登録出願拒絶審決取消事件
特許権存続期間延長(「抗ウィルス性置換1、3−オキサチオラン」事件)
事件番号 |
平成17年(行ケ)第10012号 |
事件名 |
審決取消請求事件 |
裁判年月日 |
平成17年05月30日 |
裁判所名 |
知的財産高等裁判所 |
判決データ:
PAT-H17-Gke-10012.pdf
主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
第1 請求
特許庁が不服2002−7953号事件について平成16年3月3日にした審決を取り消す。
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
(1) 原告は、発明の名称を「抗ウィルス性置換1、3−オキサチオラン」とする特許第2644357号(平成2年2月8日出願、パリ条約による優先権主張・平成元年2月8日、優先権主張国・米国、平成9年5月2日設定登録。以下「本件特許」という。)の特許権者である。
(2) 原告は、平成11年9月10日、特許庁に対し、本件特許に係る発明を実施するため、薬事法14条1項に規定する医薬品に係る同項の承認を受けることが必要であるために、同発明を実施することができない期間(本件特許権の設定登録の日から上記承認の日である同年6月11日までの2年1月8日)があったとし、本件特許につき特許法(平成11年法律第41号による改正前のもの。以下同じ。)67条2項に基づく特許権の存続期間の延長を求めるべく、延長登録の出願(甲2。以下「本件出願」という。)をしたところ、特許庁は、平成14年1月28日付けで拒絶査定(以下「本件査定」という。)をしたので、原告は、同年5月7日、これを不服として本件審判の請求をした。
特許庁は、本件審判の請求を不服2002−7953号事件として審理をした上、平成16年3月3日、「本件審判の請求は、成り立たない。」とする審決をし、その謄本は同月12日に原告に送達された。
(中略)
第5 当裁判所の判断
1 取消事由1(特許法67条の3第1項1号該当性の判断の誤り)について
(1) 特許権の存続期間の延長制度と特許法67条の3第1項1号の規定の趣旨について
ア 医薬品、農薬などの一部の技術分野では、特許発明の実施において安全性の確保等の見地から法律の規定による許可等の処分を得る必要があるとされているところ、当該処分を的確に行うために所要の手続が定められていて、当該処分を得るまでに相当の期間を要するときには、その間はたとえ特許権が存続していてもその権利の独占的実施による利益を得ることができない結果、特許権者は、このような法規制がなければ特許発明の実施をすることができたにもかかわらず、その処分を受ける必要があったためその実施が不可避的に相当期間妨げられることになる。特許法67条2項は、このような事態は特許権の存続期間の趣旨に照らし不都合であるとの見地から、「特許権の存続期間は、その特許発明の実施について安全性の確保等を目的とする法律の規定による許可その他の処分であって当該処分の目的、手続等からみて当該処分を的確に行うには相当の期間を要するものとして政令で定めるものを受けることが必要であるために、その特許発明の実施をすることが二年以上できなかったときは、五年を限度として、延長登録の出願により延長することができる。」と規定し、上記規定の要件を満たす場合に、5年を限度として、延長登録を認めることによって、特許権者が受ける不利益の救済を図っている。
上記規定を受けて、特許法施行令1条の3は、特許法67条2項の政令で定める処分として、薬事法14条1項に規定する医薬品に係る同項(同法23条において準用する場合を含む。)の承認等を列挙しているところ、本件において問題となる薬事法14条についてみると、同条1項は、「厚生大臣は、医薬品(厚生大臣が基準を定めて指定する医薬品を除く。)・・・につき、これを製造しようとする者から申請があったときは、品目ごとにその製造についての承認を与える。」と規定し、同条2項は、「前項の承認は、申請に係る医薬品・・・の名称、成分、分量、構造、用法、用量、使用方法、効能、効果、性能、副作用等を審査して行うものとし、次の各号のいずれかに該当するときは、その承認は、与えない。」と規定している。
イ 延長登録出願の拒絶の要件を定めた特許法67条の3第1項は、「その特許発明の実施に第67条第2項〔存続期間の延長〕の政令で定める処分を受けることが必要であったとは認められないとき。」(1号)には同出願を拒絶すべき旨定めているところ、特許法67条2項の政令で定める処分を受けることにより製造等の禁止が解除される範囲と延長登録出願の対象である特許発明の範囲とが重複している部分がなければ、特許発明の実施に当該処分を受けることが必要であったとは認めらないことはいうまでもない。
ところで、存続期間が延長された場合の特許権の効力について規定した特許法68条の2は、「特許権の存続期間が延長された場合・・・の当該特許権の効力は、その延長登録の理由となった第67条第2項〔存続期間の延長〕の政令で定める処分の対象となった物(その処分においてその物の使用される特定の用途が定められている場合にあっては、当該用途に使用されるその物)についての当該特許発明の実施以外の行為には、及ばない。」と規定している。存続期間の延長制度の趣旨及びその文言に照らせば、この規定は、政令の定める処分の対象となる範囲と関係のない部分については期間延長後の特許権の効力が及ばないとすることが必要であるが、一方において、上記アの薬事法14条の規定のように、医薬品について、その成分、効能・効果に加え、名称、用法、用量、使用方法等を特定した品目ごとに製造承認等を受ける必要があるとされているときに、当該製造承認等が得られた品目についてのみに期間延長後の特許権の効力が及ぶとするのは、特許権者の権利の実効性の確保という観点からは問題があることから、その双方の観点を考慮の上、期間延長後の特許権の効力は、当該品目に限定されず、成分により特定される「物」及び効能、効果により特定される「用途」について特許発明を実施する場合全般に効力が及ぶものとし、それ以外には効力が及ばないとしたものであると解される。
このような特許法68条の2の規定の趣旨からすれば、政令で定める処分によって同法67条の3第1項1号にいう「特許発明の実施」ができるようになったか否かについても、政令で定める処分において具体的に対象となった、成分、効能・効果のほか、使用形態、使用方法、使用量等で特定される具体的な品目ではなく、当該処分の対象となった成分により特定される「物」と当外処分で定められた「用途」(薬事法14条1項の承認においては効能・効果により特定される。)によって画される範囲のものを基準として判断するのが相当であると考えられる。なぜなら、一方で、期間延長後の特許権の効力が政令で定める処分の対象となった具体的な品目に限定されず、当該処分の対象となった「物」と当該処分で定められた「用途」で画される範囲全般に及ぶとしながら、他方で、政令で定める処分によって「特許発明の実施」ができるようになったか否かを当該処分の対象となった具体的な品目を基準に判断するということになれば、特許権者に政令で定める処分を受ける必要があったため被った不利益の救済以上のものを与えることになり、また、特許権者側は特許発明を実施するため具体的品目ごとに特許法67条2項の政令に定める処分を受けることにより、その都度延長登録を受けることができ、その結果、延長される期間が不当に長くなるおそれが大きくなるからである。
そうすると、成分、効能・効果に加え、使用形態、使用方法、使用量等で具体的に特定される具体的な品目についてその製造等の禁止を解除する政令で定める処分がされている場合には、当該処分の対象である成分により特定される「物」と当該処分で定められた「用途」によって画される範囲において特許発明が実施できるようになっているというべきであるから、その物の使用の形態等に変更があるため、重ねて同様の処分を受けることが必要であるとされていても、「特許発明の実施に特許法第67条第2項〔存続期間の延長〕の政令で定める処分を受けることが必要であった」と認めることはできないと解するのが相当である。
(中略)
・・・ラブジミンとジドブジンの各成分を投与するための剤型として、それぞれを単剤とするか、あるいは単一の配合剤とするかは当業者において適宜選択ができる事項であることが明らかである。
ウ さらに、コンビビル錠の添付文書(甲14)において、その【効能・効果】の欄には「HIV感染症」と記載され、【薬物動態】の項目1.には、その見出しが「本剤の単独投与もしくはジドブジン製剤とラミブジン製剤併用投与での成績」と記載されており、<日本人における成績>の結果については、ジドブジン製剤とラミブジン製剤の単剤併用の場合の結果のみが記載され、その内容は、ラミブジン製剤である上記エピビル錠の添付文書に記載されたものと全く同一の内容のものである。そして、それに引き続く<外国人における成績>の(1)には、生物学的同等性という見出しの下に、ジドブジン300mg及びラミブジン150mgを含有する配合剤を1錠投与した場合と、ジドブジン製剤(ジドブジン300mgを含有する製剤)1錠及びラミブジン製剤(ラミブジン150mgを含有する製剤)1錠を投与した場合の生物学的同等性を評価した結果、両者の間に生物学的同等性が示されたことが記載されていることが認められる。加えて、今回の承認の手続過程で作成された平成11年4月26日付けの審査報告書(甲2添付資料4)には、「本剤は、従来の単剤では1日8錠内服すべき薬剤が2錠ですみ、抗HIV治療における服薬遵守は格段に改善される点に有用性が認められると考えられることから、本剤を承認して差し支えないと判断した。」と記載されている。これらの記載は、ジドブジンとラミブジンをHIV感染症の併用治療に用いる場合、それぞれを単剤として併用するか、両方の有効成分を同時に配合した合剤として用いるかは、いわば製剤上の相違にすぎず、両者は生物学的に同等なものであって、そのような剤形の違いによって効能・効果には差異がないことを裏付けるものである。
エ 上記各事実を総合すれば、
エピビル錠は、有効成分であるラミブジンを既に昭和62年9月に厚生大臣により製造承認されているジドブジン単剤と併用し、上記のHIV感染症等の治療薬として用いるものとして厚生大臣により製造の承認(先の承認)がされたものであることが明らかであるから、先の承認は、実質的には、今回の承認に係る医薬品製造承認書の有効成分の欄に記載されているラミブジンと既に先の承認により製造承認を受けているエピビル錠の有効成分であるジドブジンの両方を有効成分とする抗ウィルス用医薬組成物の製造承認と同一視できるものというべきである。
(中略)
オ そうすると、
原告は、今回の承認を待つまでもなく、先の承認により本件特許の請求項12に係る上記発明を実施することができたというべきであり、ラミブジンとジブドミンの両方の有効成分の併用という形態を、その両者を組み合わせた錠剤にするため、すなわち剤形の変更のため、改めて薬事法14条1項の製造承認を受ける必要があったからといって、「特許発明の実施に特許法第67条第2項〔存続期間の延長〕の政令で定める処分を受けることが必要であった」と認めることはできない。
特許庁審決取消事件(誤記訂正の認容)
<訂正審判において訂正を認めなかった特許庁による審決を取り消した判決>
事件番号 |
平成18年(行ケ)第10268号 |
事件名 |
審決取消請求事件 |
裁判年月日 |
平成19年11月28日 |
裁判所名 |
知的財産高等裁判所 |
判決データ:
PAT-H18-Gke-10268.pdf
請求項1の「0.5重量%以下の水酸化カリウム」の記載は、「0.5重量%以上5重量%以下の水酸化カリウム」の誤記であるとする場合、この2つの文言のみに即して形式的に考察すると、「0.5重量%以下の水酸化カリウム」の範囲は、「0.5重量%以上5重量%以下の水酸化カリウム」の範囲と明らかに異なるから、その限りでは特許請求の範囲が変更となるのではないかという問題があるかのようであるが、
請求項1の「0.5重量%以下の水酸化カリウム」とある記載は、上述のとおり、特許請求の範囲の記載からだけでは不明確であり、そこで、発明の詳細な説明を参酌すると、「0.5重量%以下の水酸化カリウム」は、「0.5重量%以上5重量%以下の水酸化カリウム」の誤記であることが明らかであるというのであるから、その実質を捉えて考察すると、特許請求の範囲の拡張や変更はされていないということができ、同法126条4項違反の問題は生じないものというべきである。
「ホログラフィック・グレーティング」審決取消請求事件
<「物の発明」を「方法の発明」にする補正は、
特許法17条の2第4項各号のいずれにも該当しないとして当該補正を却下した拒絶審決が維持された事例。>
事件番号 |
平成18年(行ケ)第10494号 |
事件名 |
審決取消請求事件 |
裁判年月日 |
平成19年09月20日 |
裁判所名 |
知的財産高等裁判所 |
判決データ:
PAT-H18-Gke-10494.pdf
2 特許請求の範囲
(1) 平成15年12月12日付け手続補正書による補正後で本件補正前の請求項1ないし3は、次のとおりである(以下、これらをそれぞれ「補正前請求項1ないし3」といい、各請求項に係る発明を「補正前発明1ないし3」という。)。
【請求項1】光学ガラス基板上に設けたホトレジスト層に、所望の回折格子溝深さ以上の溝深さを有するレジストパターンをホログラフィック露光法により刻線し、該レジストパターンが完全に消失するまでレジストに対するエッチング速度が基板に対するそれより大きくなるように調整したフッ素系ガスと酸素との混合ガスから生成されるイオンビームによりエッチングすることにより、光学ガラス基板上に所望の溝深さの回折格子溝を直接刻線してなるホログラフィック・グレーティング。
【請求項2】エッチングの際のイオンビームを、レジストパターンの刻線方向に垂直で且つ基板の法線方向に対して傾斜した方向から照射することにより作製された請求項1記載のホログラフィック・グレーティング。
【請求項3】請求項1及び請求項2記載のホログラフィック・グレーティングからの転写により作製されたネガ・グレーティング及びレプリカ・グレーティング。
(2) 本件補正後の請求項1(以下「補正後請求項1」といい、この請求項に係る発明を「補正後発明」という。)は、次のとおりであり、本件補正により補正前の請求項のうち二つの請求項が削除された。
【請求項1】光学ガラス基板上に設けたホトレジスト層に、所望の回折格子溝深さ以上の溝深さを有するレジストパターンをホログラフィック露光法により刻線し、該レジストパターンが完全に消失するまでレジストに対してエッチングし、該光学ガラス基板上に所望の溝深さの回折格子溝を直接刻線するホログラフィック・グレーティング製作方法において、
(a)該ホトレジスト層に対するエッチング速度が該ガラス基板に対する速度より大きくなるようにフッ素系ガスと酸素との混合ガスを調整し、
(b)該レジストパターンの刻線方向に対して垂直で且つ基板の法線方向に対して傾斜した方向から、該混合ガスから生成されるイオンビームを照射することでエッチングし、
(c)エッチングする際には、該混合ガス中の酸素が該ホトレジスト層から析出するカーボンと反応し、該レジストの表面から離脱するようにした、ことを特徴とするホログラフィック・グレーティング製作方法。
(中略)
第5 当裁判所の判断
1 物の発明と方法の発明の区別
特許法は、発明の実施について「物の発明」と「方法の発明」とを区別して規定し(同法2条3項)、そのいずれであるかによって、法律効果が異なるものとしている(例えば、同法101条、104条、175条2項)。
また、出願人は、「物の発明」としての特許を請求するか、「方法の発明」としての特許を請求するかを選択することができるだけでなく、2以上の請求項に分けて記載することによって、両者の特許を請求することもできる。本件出願時において、平成15年法律第47号による改正前の特許法37条は、「二以上の発明については、これらの発明が一の請求項に記載される発明(以下「特定発明」という。)とその特定発明に対し次に掲げる関係を有する発明であるときは、一の願書で特許出願をすることができる。
一 その特定発明と産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一である発明
二 その特定発明と産業上の利用分野及び請求項に記載する事項の主要部が同一である発明
三 その特定発明が物の発明である場合において、その物を生産する方法の発明、その物を使用する方法の発明、その物を取り扱う方法の発明、その物を生産する機械、器具、装置その他の物の発明、その物の特定の性質を専ら利用する物の発明又はその物を取り扱う物の発明
四 その特定発明が方法の発明である場合において、その方法の発明の実施に直接使用する機械、器具、装置その他の物の発明
五 その他政令で定める関係を有する発明」と定めていたから、「物の発明」と「方法の発明」の両者を一出願により請求することが可能であった。
さらに、特許法70条1項は、「特許発明の技術的範囲は、願書に添付した特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならない。」と規定していることからすると、方法の発明と物を生産する方法の発明との区別は、まず、「願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載」に基づいて判定すべきものである(最高裁判所平成10年(オ)第604号事件平成11年7月16日判決・民集53巻6号957頁)。
以上によれば、特許請求の範囲の記載は、出願人が「物の発明」と「方法の発明」とで法律効果が異なることを考慮して、いかなる権利を請求するかを選択し、その選択の結果を反映させるべく自ら適切な表現を選んで記載したものであるから、特許出願に係る発明が「物の発明」と「方法の発明」のいずれであるかの区別は、特許請求の範囲の記載に基づいて判断すべきであると解される。
2 プロダクト・バイ・プロセス・クレームの実質
補正前請求項1が広義のプロダクト・バイ・プロセス・クレームの形式で書かれていることは、当事者間に争いがない。原告は、東京高裁平成14年判決の判示事項を反対解釈して、プロダクト・バイ・プロセス・クレームにおいて、請求項に記載された物が当該請求項に記載された製法によって製造されたものに限られることが明示されていれば、当該請求項の実質的なカテゴリーが「方法」であると解釈されるべきであると主張する。
プロダクト・バイ・プロセス・クレームとは、東京高裁平成14年判決にあるとおり、「物(プロダクト)に係るものでありながら、その中に当該物に関する製法(プロセス)を包含する」形式で記載された特許請求の範囲であり、「発明の対象となる物の構成を、製造方法と無関係に、直接的に特定することが、不可能、困難、あるいは何らかの意味で不適切(例えば、不可能でも困難でもないものの、理解しにくくなる度合が大きい場合などが考えられる。)であるとき」などに認められる特許請求の範囲の記載方法でであるということができる。上記の意義からも明らかなように、プロダクト・バイ・プロセス・クレームにあっては、特許請求の範囲に物の製造方法(プロセス)が記載されていても、その記載は発明の対象となる物(プロダクト)を特定するためであり、物の製造方法についての特許を請求するものではない。したがって、プロダクト・バイ・プロセス・クレームの形式で書かれた発明のカテゴリーは、あくまで「物の発明」であって、「方法の発明」ではないし、「物の発明」かつ「方法の発明」ということもできない。原告の主張は、東京高裁平成平成14年判決を正解するものとはいえず、採用することはできない。
3 本件補正の適否
(1) 前記1のとおり、出願人は「物の発明」と「方法の発明」のいずれとするかを選択し、表現することができる立場にあり、出願人の選択の結果は特許請求の範囲に表現されており、「物の発明」と「方法の発明」の区別は、特許請求の範囲の記載に基づいて判断すべきであるところ、補正前請求項1の記載は、「…光学ガラス基板上に所望の溝深さの回折格子溝を直接刻線してなるホログラフィック・グレーティング。」となっているから、補正前発明1の対象は、「ホログラフィック・グレーティング」という「物」であることは明らかである。原告は、請求項の末尾の文言のみに着目したとして、審決の認定を非難するが、補正前発明1は、特許請求の範囲の記載から上記のとおり一義的に明確であり、この記載に基づき補正前発明1を「物」の発明と認定した審決に誤りはない。
(2) プロダクト・バイ・プロセス・クレームの形式で書かれていることは、発明のカテゴリーが「物の発明」であることを意味し、たとえ製造方法の記載が含まれていても「方法の発明」ではないし、また、「物の発明」かつ「方法の発明」ということもできないから、補正前請求項1がプロダクト・バイ・プロセス・クレームの形式で書かれていることは、上記の結論を左右するものではない。
(3) 補正後請求項1は「…ホログラフィック・グレーティング製作方法」と記載され、その発明のカテゴリーが「方法の発明」であることは明らかであるから、本件補正は、「物の発明」であった補正前請求項1を「方法の発明」である補正後請求項に補正することを目的としている。発明のカテゴリーによって、法律効果が異なることは前記1のとおりであるから、発明のカテゴリーを「物の発明」から「方法の発明」に変更することは、「物の発明」として請求していた権利とは異なる効果を有する別の権利を請求することにほかならない。したがって、本件補正は、特許請求の範囲を変更するものであり、特許法17条の2第4項各号のいずれにも該当しない。
審決取消請求事件(診断方法)
<特許庁による拒絶審決を維持>
事件番号 |
平成12年(行ケ)第65号 |
事件名 |
審決取消請求事件 |
裁判年月日 |
平成14年04月11日 |
裁判所名 |
東京高等裁判所 |
判決データ:
PAT-H12-Gke-65.pdf
本願出願に係る特許請求の範囲は、請求項1ないし18から成り立つ。そのうちの請求項1は、次のとおりである。
「外科器具(31)を用いて行われる手術を再現可能に光学的に表示するための方法であって、
外科手術を行う人体一部分の断層写真情報をデータ処理装置(21)のデータメモリに記憶させ、
断層写真情報から手術個所の位置データを特定し、
外科器具(31)を三次元的に自在に可動な担持体(16)に取り付け、
外科器具(31)の位置データを座標測定位置(1;50)を用いて決定してデータ処理装置(21)に送り、外科器具(31)の位置データを手術個所の位置データに関連付け、
この関連付けに基づいて外科器具(31)を手術個所に対して指向させるようにした前記方法において、
a) 外部から接近しやすい少なくとも3つの測定点(42)を参照点として人体一部分に特定または配置すること、
b) 人体一部分から、測定点(42)を含む断層写真(41)を作成して、データメモリにファイルすること、
c) 座標測定装置(1;50)を用いて測定点(42)の空間的位置を検出し、その測定データをデータメモリにファイルすること、
d) データ処理装置(21)が、断層写真(41)に含まれる測定点(42)の画像データと座標測定装置(1;50)によって検出した測定点(42)のデータとの関係を求めること、
e) 座標測定装置(1;50)を用いて、三次元的に自在に可動な外科器具(31)の空間的位置を連続的に検出し、その位置データをデータ処理装置(21)に送ること、
f) データ処理装置(21)が、断層写真(41)の画像情報に外科器具(31)に位置データを重畳させること、
g) データ処理装置(21)が、断層写真(41)の画像内容と人体一部分内部での外科器具(31)のその都度の位置とを重畳させた重ね合わせ画像(43)を生じさせること、
h) 出力装置(22)上に、人体一部分内部での外科器具(31)のその都度の位置を、外科器具(31)が存在している領域の断層写真(41)とともに重ねあわせ画像(43)として表示させること、
i) 外科器具(31)がその変位により表示されている断層写真(41)を離れたときに、データ処理装置(21)により出力装置上に、それまで表示されていた断層写真の代わりに外科器具(31)が変位したところの断層写真を生じさせること、
を特徴とする方法。」
(中略)
1 取消事由1(「人間を診断する方法」(医療行為)は「産業」に該当しない、との誤った解釈)について
(1) 特許法は、1条において、「この法律は、発明の保護及び利用を図ることにより、発明を奨励し、もつて産業の発達に寄与することを目的とする。」と規定し、29条1項はしら書において、「産業上利用することができる発明をした者は、次に掲げる発明を除き、その発明について特許を受けることができる。」と規定している。
ここにいう「産業」とは、一般的な用語方法に従えば、「生産を営む仕事、すなわち自然物に人力を加えて、その使用価値を創造し、また、これを増大するため、その形態を変更し、もしくはこれを移転する経済的行為。農業・牧畜業・林業・水産業・鉱業・工業・商業および貿易など。」(広辞苑第四版)といった意味を有するものである。しかし、上記のとおり、特許法において、その目的が、発明を奨励することによって産業の発達に寄与することとされていることからすれば、一般的にいえば、「産業」の意味を狭く解しなければならない理由は本来的にはない、というべきであり、この点については、被告も認めているところである。
我が国の特許制度は、長く、医薬やその調合法を、飲食物等とともに、明文をもって不特許事由とすることにより、医療行為という、人の生存あるいは尊厳に深くかかわる技術、及び、これと密接に関連する技術を特許法の保護の対象から外す思想を表現したものとみることの可能な状態を続けてきていたものの、昭和50年法律第46号による改正により、医薬やその調合法を、飲食物等とともに、不特許事由から外すことにより、これらを特許の保護の対象に加えることを明確にした(同改正前後の特許法32条参照)。
このような状況の下で、医薬や医療機器に係る技術については、これらが、「産業上利用することのできる発明」に該当するものであることは、当然のこととされてきている。
従来、医療行為の特許性を否定する根拠の主たるものとして挙げられてきた、医療行為は、人の生存あるいは尊厳に深くかかわるものであるから、特許法による保護の対象にすることなく、人類のために広く開放すべきであるとの議論は、必ずしも、十分な説得力を有するものではない。医療行為が人の生存あるいは尊厳に深くかかわるものであることは明らかであるものの、人の生存あるいは尊厳に深くかかわるものは、医療行為に限られるわけではなく、特許性の認められてきているものの中にも多数存在する、人の生存あるいは尊厳に深くかかわり、人類のために広く開放すべきであるとされるほど重要な技術であるからこそ、逆に、特許の対象とすることによりその発達を促進すべきであり、それこそが最終的にはより大きく人類の福祉に貢献すると考えた方が、特許という制度を設けた趣旨によく合致するのではないか、少なくとも、医薬や医療機器に特許性を認めておきながら、医療行為のみにこれを否定するのは一貫しない、と考えることには、十分合理性があるというべきである。
現在における医療行為、特に先端医療は、医薬や医療機器に大きく頼っており、医療行為の選択は、たといそれ自体を不特許事由としたところで、医薬や医療機器に対する特許を通じて、事実上、特許によって支配されている、という側面があることは、否定し難いところである。このような状況の下で、医療行為のみを不特許事由としておくことにどれだけの意味があるのか、医療行為自体には特許を認めないでおいて医薬や医療機器にのみ特許を認めることになれば、医薬や医療機器への依存の度合いの強い医療行為を促進するだけではないのか、との疑問には、正当な要素があるというべきである。
これらのことを併せ考えると、医薬や医療機器に係る技術について特許性を認めるという選択をした以上、医薬や医療機器に係る技術のみならず、医療行為自体に係る技術についても「産業上利用することのできる発明」に該当するものとして特許性を認めるべきであり、法解釈上、これを除外すべき理由を見いだすことはできない、とする立場には、傾聴に値するものがあるということができる。
(2) しかしながら、医薬や医療機器と医療行為そのものとの間には、特許性の有無を検討する上で、見過ごすことのできない重大な相違があるというべきである。
医薬や医療機器の場合、たといそれが特許の対象となったとしても、それだけでは、現に医療行為に当たろうとする医師にとって、そのとき現在自らの有するあらゆる能力・手段(医薬、医療機器はその中心である。)を駆使して医療行為に当たることを妨げるものはなく、医師は、何らの制約なく、自らの力を発揮することが可能である。医師が本来なら使用したいと考える医薬や医療機器が、特許の対象となっているため使用できない、という事態が生じることはあり得るとしても、それは、医師にとって、それらを入手することができないという形でしか現れないことであるから、医師が、現に医療行為に当たろうとする時点において、そのとき現在自らの有する能力・手段を最大限に発揮することを妨げることにはならない。医師は、これから自分が行おうとしていることが特許の対象になっているのではないか、などということは、全く心配することなく、医療行為に当たることができるのである。
医療行為の場合、上記とは状況が異なる。医療行為そのものにも特許性が認められるという制度の下では、現に医療行為に当たる医師にとって、少なくとも観念的には、自らの行おうとしている医療行為が特許の対象とされている可能性が常に存在するということになる。しかも、一般に、ある行為が特許権行使の対象となるものであるか否かは、必ずしも直ちに一義的に明確になるとは限らず、結果的には特許権侵害ではないとされる行為に対しても、差止請求などの形で権利主張がなされることも決して少なくないことは、当裁判所に顕著である。医師は、常に、これから自分が行おうとしていることが特許の対象になっているのではないか、それを行うことにより特許権侵害の責任を追及されることになるのではないか、どのような責任を追及されることになるのか、などといったことを恐れながら、医療行為に当たらなければならないことになりかねない。医療行為そのものを特許の対象にする制度の下では、それを防ぐための対策が講じられた上でのことでない限り、医師は、このような状況で医療行為に当たらなければならないことになるのである。
医療行為に当たる医師をこのような状況に追い込む制度は、医療行為というものの事柄の性質上、著しく不当であるというべきであり、我が国の特許制度は、このような結果を是認するものではないと考えるのが、合理的な解釈であるというべきである。そして、もしそうだとすると、特許法が、このような結果を防ぐための措置を講じていれば格別、そうでない限り、特許法は、医療行為そのものに対しては特許性を認めていないと考える以外にないというべきである。ところが、特許法は、医薬やその調合法を、飲食物等とともに、不特許事由から外すことにより、これらを特許の保護の対象に加えることを明確にした際にも、医薬の調合に関する発明に係る特許については、「医師又は歯科医師の処方せんにより調剤する行為及び医師又は歯科医師の処方せんにより調剤する医薬」にはその効力が及ばないこととする規定(特許法69条3項)を設ける、という措置を講じたものの、医療行為そのものに係る特許については、このような措置を何ら講じていないのである。
特許法は、前述のとおり、1条において、「この法律は、発明の保護及び利用を図ることにより、発明を奨励し、もつて産業の発達に寄与することを目的とする。」と規定し、29条1項はしら書きにおいて、「産業上利用することができる発明をした者は、次に掲げる発明を除き、その発明について特許を受けることができる。」と規定しているものの、そこでいう「産業」に何が含まれるかについては、何らの定義も与えていない。また、医療行為一般を不特許事由とする具体的な規定も設けていない。そうである以上、たとい、上記のとおり、一般的にいえば、「産業」の意味を狭く解さなければならない理由は本来的にはない、というべきであるとしても、特許法は、上記の理由で特許性の認められない医療行為に関する発明は、「産業上利用することができる発明」とはしないものとしている、と解する以外にないというべきである。
医療行為そのものについても特許性が認められるべきである、とする原告の主張は、立法論としては、傾聴すべきものを有しているものの、上記のとおり、特許性を認めるための前提として必要な措置を講じていない現行特許法の解釈としては、採用することができない。
(中略)
本願発明を特定する特許請求の範囲の記載は前出(第2の2)のとおりである。これによれば、本願発明が、上記の理由によって特許性を否定されるべき医療行為に該当することは、明らかというべきである。
原告は、本願発明は、手術現場で実施されれば、身体の構造・状態を計測するなどして手術を支援する方法となって、医療行為に類似するものといえないこともないとして、本願発明が手術現場で実施される限り医療行為となるものであることを事実上認めながら、本願発明は、手術現場でしか実施されない、というものではなく、例えば、後日、本願発明を利用して手術を光学的に表示すれば、医学生、実習生等のトレーニング用教材又は教師の講義用教材として活用することができ、しかも、必要に応じて繰り返すこともでき、適性試験等の判定にも応用できるのである、と主張するが、失当である。
第一に、本願発明の利用方法として原告主張のようなものがあるとしても、それは、本願発明を構成する各工程が手術中(手術中という用語を狭義に用いる場合には、手術に先立つ段階を含む。)に行われたものを、何らかの手段により記録しておいて、これを手術後に再現して利用するだけのことにすぎない。このような利用方法があるからといって、そのことによって、本願発明が医療行為に当たることを否定することができるものではないことは、当然である。
第二に、このことはおいて、仮に、本願発明が、原告主張のとおり、手術現場でしか実施されない、というものではないとしても、手術現場でしか実施されない、というものではないということは、逆に言えば、少なくとも、手術現場で実施されることもあるということになるのであり、そうである以上、本願発明の特許性を検討するに当たっては、同発明は医療行為に当たるとした上で、結論を導き出さなければならないのは、いうまでもないことである。
以上のとおりであるから、本願発明は、これを「人間を診断する方法」と呼ぶことが相当か否かを問うまでもなく、特許性の認められない医療行為に当たることが明らかであるということができ、原告の取消事由2の主張は、理由がないことに帰する。
「Dona Benta」商標無効事件(商標法第4条第1項第19号適用)