知財関連 重要判決集(2)


審決取消請求事件(外国公報による新規性喪失の例外)最判
特許権侵害差止請求事件(インクタンク特許、無効理由あり)
不使用取消審判(輸出商品についての商標の使用、取消請求の範囲)
不使用取消審判(スマトラ沖地震による不使用についての正当な理由)
特許権存続期間延長(長期徐放型マイクロカプセル)
「長期徐放型マイクロカプセル」特許権存続期間延長登録出願拒絶審決取消事件
特許権存続期間延長(「抗ウィルス性置換1、3−オキサチオラン」事件)
特許庁審決取消事件(誤記訂正の認容)
「ホログラフィック・グレーティング」審決取消請求事件(カテゴリーの変更補正)
審決取消請求事件(診断方法)
「Dona Benta」商標無効事件(商標法第4条第1項第19号適用)
「POUT」商標拒絶審決取消事件
著作権侵害事件(イラストの使用)
意匠権侵害事件(自走式クレーン)
専用実施権を設定した特許権者による差止請求権最判





審決取消請求事件(外国公報による新規性喪失の例外)

<発明が公開特許公報に掲載されることは、特許法三〇条一項にいう「刊行物に発表」することには該当しない。従って、新規性喪失の例外の規定の適用を受けることはできない。>

事件番号  昭和61年(行ツ)第160号
事件名  審決取消事件
裁判年月日  平成1年11月10日
法廷名  最高裁判所第二小法廷
判決データ:  PAT-S61-Gtsu-160.pdf

 特許を受ける権利を有する者が、特定の発明について特許出願した結果、その発明が公開特許公報に掲載されることは、特許法三〇条一項にいう「刊行物に発表」することには該当しないものと解するのが相当である。けだし、同法二九条一項のいわゆる新規性喪失に関する規定の例外規定である同法三〇条一項にいう「刊行物に発表」するとは、特許を受ける権利を有する者が自ら主体的に刊行物に発表した場合を指称するものというべきところ、公開特許公報は、特許を受ける権利を有する者が特許出願をしたことにより、特許庁長官が手続の一環として同法六五条の二の規定に基づき出願にかかる発明を掲載して刊行するものであるから、これによって特許を受ける権利を有する者が自ら主体的に当該発明を刊行物に発表したものということができないからである。そして、この理は、外国における公開特許公報であっても異なるところはない。

原判決:  第三級環式アミン事件
        東京高等裁判所 昭和61年5月29日判決
        昭和59年(行ケ)第285号

参考判決:  PAT-H18-Gke-10559.pdf





特許権侵害差止請求事件(インクタンク特許、無効理由あり)

<本件特許には特許法29条1項3号に違反する無効理由(同法123条1項2号)があるので、同法104条の3第1項の規定により、控訴人は、被控訴人に対し、本件特許権を行使することができない。>
 
事件番号  平成18年(ネ)第10077号
事件名  特許権侵害差止請求控訴事件
裁判年月日  平成19年05月30日
裁判所名  知的財産高等裁判所  
判決データ:  PAT-H18-ne-10077.pdf

 本件は、インクジェット記録装置用インクタンクに関する特許権(特許第3257597号)を有する控訴人が被控訴人に対し、控訴人の製造、販売に係るインクタンクが使用された後にインクを再充填されるなどして製品化された原判決別紙物件目録1ないし6記載の各インクタンク(以下「被告製品」という。)を輸入、販売する被控訴人の行為が、上記特許権を侵害するとして、特許法100条に基づき、被告製品の輸入、販売等の差止め及び廃棄を求めるとともに、民法709条、特許法102条2項、3項に基づき、一部請求として500万円の支払を求めた事案である。
 原判決は、控訴人の特許に係る出願は、原出願からの分割出願であるが、平成5年法律第26号による改正前の特許法44条(以下「特許法旧44条」という。)1項所定の分割要件を満たさない不適法なものであり、その出願日は原出願時に遡及しないとした上で、控訴人の特許には、特許法29条1項3号違反(新規性の欠如)の無効理由(同法123条1項2号)があるので、控訴人は、同法104条の3第1項の規定により、上記特許権を行使することができないとして、控訴人の請求をいずれも棄却した。控訴人は、原判決を不服として本件控訴を提起した。

(中略)

 当裁判所も、本件分割出願は、分割要件を欠く不適法なものであり、その出願日は本件原出願の時まで遡及せず、現実の出願日(平成12年12月21日)であり、本件発明は、本件分割出願の出願前に頒布された刊行物(乙9)に記載された発明と同一であるから、新規性を欠き、本件特許には特許法29条1項3号に違反する無効理由(同法123条1項2号)があるので、同法104条の3第1項の規定により、控訴人は、被控訴人に対し、本件特許権を行使することができないと判断する。

(中略)

 「インク取り出し口の外縁をフィルムより外側に突出させる」との構成を必須の構成としない本件発明が、本件原出願の当初明細書等に記載されているとの控訴人の主張は、採用することができない。





不使用取消審判(輸出商品についての商標の使用、取消請求の範囲)

事件番号  平成19年(行ケ)第10158号
事件名  審決取消請求事件
裁判年月日  平成19年10月31日
裁判所名  知的財産高等裁判所
判決データ:  TM-H19-Gke-10158.pdf

(3) 商標法2条3項1号における商品の概念について
 ア 以上によれば、クラッチ・マスタ・シリンダへの本件商標の使用については、原告が輸出用のクラッチ・マスタ・シリンダの包装に本件商標を付した事実が認められないから、原告の主張は、この点において、既に理由がないものであるが、念のために、輸出用商品に商標を付する行為が商標の使用に該当するか否かについても、付加判断する。
 イ 商標法50条1項は、「継続して3年以上日本国内において商標権者、専用使用権者又は通常使用権者のいずれもが各指定商品又は指定役務についての登録商標‥‥‥の使用をしていないときは」と規定し、同法2条3項1号は、「商品又は商品の包装に標章を付する行為」を標章の使用と規定し、同項2号(ただし、平成18年法律第55号による改正前の規定)において「商品又は商品の包装に標章を付したものを譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸入し、又は電気通信回線を通じて提供する行為」を標章の使用と、それぞれ規定する。平成18年法律第55号による改正前の商標法の下においては、これらの規定における「商品」とは、日本国内における流通を予定し、あるいは現に国内において流通している商品を意味し、およそ国内において流通することを予定せず、かつ現に流通していない商品は、これらの規定における「商品」には該当しないものというべきである。けだし、商標法1条は、同法の目的として「この法律は、商標を保護することにより、商標の使用をする者の業務上の信用の維持を図り、‥‥‥あわせて需要者の利益を保護することを目的とする。」と規定しているところ、ここでいう「業務上の信用」とは日本国内における業務上の信用であり、「需要者」とは日本国内における需要者を意味するからである。
 ウ 本件において、原告が本件商標を付したと主張しているのは、原告がシンガポール及びパナマあてに輸出するために大信産業に発注した商品であっておよそ国内において流通することを予定せず、現に国内において流通しなかったものであるから、この意味においても、原告の本件商標の使用の主張は失当である。なお、原告の主張する内容は、原告は、シンガポール及びパナマの取引先との間で売買契約を締結した後に、クラッチ・マスタ・シリンダを大信産業に発注し、その輸出に際して包装に本件商標を付したというものであるから、仮に原告の主張するところに従ったとしても、原告が国内において本件商標を付した商品を譲渡したと解する余地はない。

3 結論
(1) 本件審判手続について
 念のため、本件審判手続に関して、以下の点を指摘する。
 第2、1(特許庁における手続の経緯)記載のとおり、被告(審判請求人)は、指定商品「自動車並びにその部品及び附属品、及びこれらに類似する商品」について、本件商標登録を取り消す旨の審判を請求した。
 しかし、被告が取消しを求めた指定商品の範囲については、「自動車並びにその部品及び附属品」ではなく、「及びこれらに類似する商品」を含めた点において、不明確というべきである。
 商標法50条は、継続して3年以上日本国内において商標権者、専用使用権者又は通常使用権者(以下、単に「商標権者」という。)が、各指定商品又は指定役務(以下、単に「指定商品」という。)についての登録商標を使用していない場合に、その指定商品に係る登録商標の取消審判を請求することができると規定し、この場合、審判請求登録前3年間、商標権者がその請求に係る指定商品のいずれかについての登録商標の使用をしていることが証明されない限り、その指定商品の商標登録が取り消される旨を規定する。
 取消審判請求の審理の対象となる指定商品の範囲は、設定登録において表示された指定商品の記載に基づいて決められるのではなく、審判請求人において取消しを求めた審判請求書の「請求の趣旨」の記載に基づいて決められる。審判請求書の「請求の趣旨」は、@審判における審理の対象・範囲を画し、A被請求人における防御の要否の判断・防御の準備の機会を保障し、B取消審決が確定した場合における登録商標の効力の及ぶ指定商品の範囲を決定づけるという意味で重要なものであるから、「請求の範囲」の記載は、客観的で明確なものであることを要するのは当然である。
 本件についてこれを見ると、Aの点に関しては、原告(被請求人)の行った立証の内容に照らして、一応、実質的な防御の機会を奪うほどの不利益を与えていることはないものと解される。しかし、Bの点に関しては、本件取消審決が確定した後の本件登録商標の効力の及ぶ指定商品の範囲は、旧12類「輸送機械器具その部品及び附属品(他の類に属するものを除く)」から「自動車並びにその部品及び附属品、及びこれらに類似する商品」を除外した指定商品となるが、その範囲は客観的明確性を欠き、法的安定性を害する結果になるといわざるを得ない。
 このような点に鑑みると、商標登録の取消審判請求の審理する審判体としては、実質的な審理を開始するに先だって、まず、釈明権を行使するか、補正の可否を検討する等の適宜の措置を採るべきであり、そのような措置を採ることなく、漫然と手続を進行させた本件の審判手続のあり方は妥当を欠く点があったというべきである。
 もっとも、本件においては、上記指摘した点は、審判の経緯、取消訴訟の審理の経緯及び取消事由の内容(上記の点を取消事由として主張していないことも含める。)など一切の事情に照らして、審決を取り消すまでの違法を来すものとはいえない。
 今後、商標法50条に基づく商標登録の取消審判請求の審理に当たっては、請求人の求めた「請求の趣旨」における「指定商品の範囲」(特に、「類似する商品」との記載)の明確性の有無の検討、不明確な請求の趣旨に対する是正手続を十分に尽くすべきであり、この点に考慮を払わない審判手続の運用は、すみやかに改善されるべきである(知的財産高等裁判所平成19年6月27日判決・平成19年(行ケ)第10084号審決取消請求事件参照。)。
(2) 結語
 以上によれば、結局、本件商標については、本件審判請求登録前3年以内に商標権者、専用使用権者又は通常使用権者がこれを取消請求に係る商品について使用したことについて、原告による証明がないことに帰するから、取消請求に係る商品について本件商標の登録を取り消すべきものとした審決の認定判断に誤りはない。





不使用取消審判(スマトラ沖地震による不使用についての正当な理由)

<特許庁による審決を維持。本件不使用について正当な理由があることが明らかにされたものというべきである。>

事件番号  平成19年(行ケ)第10227号
事件名  審決取消請求事件
裁判年月日  平成19年11月29日
裁判所名  知的財産高等裁判所  
判決データ:  TM-H19-Gke-10227.pdf

(1) 「法所定の正当な理由があること」とは、地震、水害等の不可抗力によって生じた事由、放火、破壊等の第三者の故意又は過失によって生じた事由、法令による禁止等の公権力の発動に係る事由その他の商標権者、専用使用権者又は通常使用権者(以下「商標権者等」という。)の責めに帰すことができない事由(以下「不可抗力等の事由」という。)が発生したために、商標権者等において、登録商標をその指定商品又は指定役務について使用することができなかった場合をいうと解するのが相当である。
(2) そして、法所定の正当な理由は、登録商標の不使用を正当化し、当該不使用による商標登録の取消しを免れるための事由であるから、不可抗力等の事由の発生と登録商標の不使用との間には、因果関係が存在することを要するものと解すべきである。

(中略)

 不可抗力等の事由の発生と登録商標の不使用との間に因果関係が存在するというためには、不可抗力等の事由が発生した時点における、商標権者等の登録商標使用の具体的準備の有無・程度を前提とし、その時点から予告登録までの間が、仮に当該不可抗力等の事由の発生がなかったとすれば、登録商標の使用に至ることができたと認めるに足りる程度の期間であり、かつ、当該不可抗力等の事由が、その発生により、上記期間内に商標権者等が登録商標の使用に至ることを妨げたであろうと客観的に認め得る程度のものであることを要し、かつ、それで足りるものと解するのが相当である。

(中略)

 被告は、平成16年12月の大地震により、まず、アチェ地方所在の営業所につき壊滅的な打撃を受けるという直接的な物的被害を被ったのみならず、被告が同営業所の従業員らを少なからず失い、同営業所による収益もほとんど失った上、追い打ちをかけるように、平成17年3月の大地震により、ニアス島所在の営業所につき壊滅的な打撃を受け、同様の被害を被ったことが容易に推認されるほか、上記のとおりの政府の復興事業の進捗状況等にも照らせば、被告は、そのような甚大かつ深刻な被害を被ったことにより、本件予告登録時までの間、会社の総力を結集するなどして被害回復に務めることを余儀なくされたであろうこともまた、容易に推認されるというべきである。
 そうであれば、本件各大地震による被害が発生したことにより、平成16年12月の大地震発生から本件予告登録までの期間内に、被告が、日本国内において、本件商標をその指定商品につき使用することが妨げられたものと認めるのが相当であるから、本件においては、本件不使用について正当な理由があることが明らかにされたものというべきである。





特許権存続期間延長(長期徐放型マイクロカプセル)

<特許庁による拒絶審決を維持>

事件番号  平成18年(行ケ)第10311号
事件名  審決取消請求事件
裁判年月日  平成19年07月19日
裁判所名  知的財産高等裁判所  
判決データ:  PAT-H18-Gke-10311.pdf

 前処分の対象となった1か月製剤と本件処分の対象となった3か月製剤とでは、「酢酸リュープロレリン」という物(有効成分)と「前立腺癌の治療」という用途(効能・効果)が同一であるから、物(有効成分)と用途(効能・効果)という観点からすると、本件発明の実施のために本件処分を受けることが必要であったということができないのであって、その旨の上記アの判断に誤りがあるということはできない。

(中略)

(3) 原告は、先の承認と「有効成分(テオフィリン)」と「効能・効果(気管支喘息の治療)」が同一の後の薬事法14条に基づく承認について、製剤特許(登録第1157620号特許)の存続期間の延長が認められた事例や同一の有効成分を用いているものについて、製造承認申請の対象となる品目毎に、同じ特許権について複数の延長登録出願を行い、認められている例があると主張する。しかし、特許庁においてこれらの例があるとしても、別の特許に関する扱いであって、そのことは、前記2、3で述べた解釈を左右するものではない。





「長期徐放型マイクロカプセル」特許権存続期間延長登録出願拒絶審決取消事件

事件番号  平成20年(行ケ)第10459号
事件名  審決取消請求事件
裁判年月日  平成21年05月29日
裁判所名  知的財産高等裁判所 
判決データ:  PAT-H20-Gke-10459.pdf

第4 当裁判所の判断
 当裁判所は、本件出願に対し、本件先行処分があったことを理由として、本件発明の実施に政令で定める処分を受けることが必要であったとは認められないとした審決の判断には、以下の2点(「特許法67条の3第1項1号該当性の誤り」及び「先行処分に係る延長登録の効力の及ぶ範囲についての誤り」)において誤りがあり、その誤りは、いずれも審決の結論に影響するものであるから、審決を取り消すべきものと判断する。

→参考事件判決 PAT-H20-Gke-10458.pdf
「医薬」特許権存続期間延長登録出願拒絶審決取消事件


→参考事件判決 PAT-H20-Gke-10460.pdf
「放出制御組成物」特許権存続期間延長登録出願拒絶審決取消事件





特許権存続期間延長(「抗ウィルス性置換1、3−オキサチオラン」事件)

事件番号  平成17年(行ケ)第10012号
事件名  審決取消請求事件
裁判年月日  平成17年05月30日
裁判所名  知的財産高等裁判所 
判決データ:  PAT-H17-Gke-10012.pdf

        主 文
 原告の請求を棄却する。
 訴訟費用は原告の負担とする。
 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。
       事実及び理由
第1 請求
 特許庁が不服2002−7953号事件について平成16年3月3日にした審決を取り消す。
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
  (1) 原告は、発明の名称を「抗ウィルス性置換1、3−オキサチオラン」とする特許第2644357号(平成2年2月8日出願、パリ条約による優先権主張・平成元年2月8日、優先権主張国・米国、平成9年5月2日設定登録。以下「本件特許」という。)の特許権者である。
  (2) 原告は、平成11年9月10日、特許庁に対し、本件特許に係る発明を実施するため、薬事法14条1項に規定する医薬品に係る同項の承認を受けることが必要であるために、同発明を実施することができない期間(本件特許権の設定登録の日から上記承認の日である同年6月11日までの2年1月8日)があったとし、本件特許につき特許法(平成11年法律第41号による改正前のもの。以下同じ。)67条2項に基づく特許権の存続期間の延長を求めるべく、延長登録の出願(甲2。以下「本件出願」という。)をしたところ、特許庁は、平成14年1月28日付けで拒絶査定(以下「本件査定」という。)をしたので、原告は、同年5月7日、これを不服として本件審判の請求をした。
    特許庁は、本件審判の請求を不服2002−7953号事件として審理をした上、平成16年3月3日、「本件審判の請求は、成り立たない。」とする審決をし、その謄本は同月12日に原告に送達された。

(中略)
第5 当裁判所の判断
1 取消事由1(特許法67条の3第1項1号該当性の判断の誤り)について
 (1) 特許権の存続期間の延長制度と特許法67条の3第1項1号の規定の趣旨について
 ア 医薬品、農薬などの一部の技術分野では、特許発明の実施において安全性の確保等の見地から法律の規定による許可等の処分を得る必要があるとされているところ、当該処分を的確に行うために所要の手続が定められていて、当該処分を得るまでに相当の期間を要するときには、その間はたとえ特許権が存続していてもその権利の独占的実施による利益を得ることができない結果、特許権者は、このような法規制がなければ特許発明の実施をすることができたにもかかわらず、その処分を受ける必要があったためその実施が不可避的に相当期間妨げられることになる。特許法67条2項は、このような事態は特許権の存続期間の趣旨に照らし不都合であるとの見地から、「特許権の存続期間は、その特許発明の実施について安全性の確保等を目的とする法律の規定による許可その他の処分であって当該処分の目的、手続等からみて当該処分を的確に行うには相当の期間を要するものとして政令で定めるものを受けることが必要であるために、その特許発明の実施をすることが二年以上できなかったときは、五年を限度として、延長登録の出願により延長することができる。」と規定し、上記規定の要件を満たす場合に、5年を限度として、延長登録を認めることによって、特許権者が受ける不利益の救済を図っている。
 上記規定を受けて、特許法施行令1条の3は、特許法67条2項の政令で定める処分として、薬事法14条1項に規定する医薬品に係る同項(同法23条において準用する場合を含む。)の承認等を列挙しているところ、本件において問題となる薬事法14条についてみると、同条1項は、「厚生大臣は、医薬品(厚生大臣が基準を定めて指定する医薬品を除く。)・・・につき、これを製造しようとする者から申請があったときは、品目ごとにその製造についての承認を与える。」と規定し、同条2項は、「前項の承認は、申請に係る医薬品・・・の名称、成分、分量、構造、用法、用量、使用方法、効能、効果、性能、副作用等を審査して行うものとし、次の各号のいずれかに該当するときは、その承認は、与えない。」と規定している。
 イ 延長登録出願の拒絶の要件を定めた特許法67条の3第1項は、「その特許発明の実施に第67条第2項〔存続期間の延長〕の政令で定める処分を受けることが必要であったとは認められないとき。」(1号)には同出願を拒絶すべき旨定めているところ、特許法67条2項の政令で定める処分を受けることにより製造等の禁止が解除される範囲と延長登録出願の対象である特許発明の範囲とが重複している部分がなければ、特許発明の実施に当該処分を受けることが必要であったとは認めらないことはいうまでもない。
     ところで、存続期間が延長された場合の特許権の効力について規定した特許法68条の2は、「特許権の存続期間が延長された場合・・・の当該特許権の効力は、その延長登録の理由となった第67条第2項〔存続期間の延長〕の政令で定める処分の対象となった物(その処分においてその物の使用される特定の用途が定められている場合にあっては、当該用途に使用されるその物)についての当該特許発明の実施以外の行為には、及ばない。」と規定している。存続期間の延長制度の趣旨及びその文言に照らせば、この規定は、政令の定める処分の対象となる範囲と関係のない部分については期間延長後の特許権の効力が及ばないとすることが必要であるが、一方において、上記アの薬事法14条の規定のように、医薬品について、その成分、効能・効果に加え、名称、用法、用量、使用方法等を特定した品目ごとに製造承認等を受ける必要があるとされているときに、当該製造承認等が得られた品目についてのみに期間延長後の特許権の効力が及ぶとするのは、特許権者の権利の実効性の確保という観点からは問題があることから、その双方の観点を考慮の上、期間延長後の特許権の効力は、当該品目に限定されず、成分により特定される「物」及び効能、効果により特定される「用途」について特許発明を実施する場合全般に効力が及ぶものとし、それ以外には効力が及ばないとしたものであると解される。
 このような特許法68条の2の規定の趣旨からすれば、政令で定める処分によって同法67条の3第1項1号にいう「特許発明の実施」ができるようになったか否かについても、政令で定める処分において具体的に対象となった、成分、効能・効果のほか、使用形態、使用方法、使用量等で特定される具体的な品目ではなく、当該処分の対象となった成分により特定される「物」と当外処分で定められた「用途」(薬事法14条1項の承認においては効能・効果により特定される。)によって画される範囲のものを基準として判断するのが相当であると考えられる。なぜなら、一方で、期間延長後の特許権の効力が政令で定める処分の対象となった具体的な品目に限定されず、当該処分の対象となった「物」と当該処分で定められた「用途」で画される範囲全般に及ぶとしながら、他方で、政令で定める処分によって「特許発明の実施」ができるようになったか否かを当該処分の対象となった具体的な品目を基準に判断するということになれば、特許権者に政令で定める処分を受ける必要があったため被った不利益の救済以上のものを与えることになり、また、特許権者側は特許発明を実施するため具体的品目ごとに特許法67条2項の政令に定める処分を受けることにより、その都度延長登録を受けることができ、その結果、延長される期間が不当に長くなるおそれが大きくなるからである。
 そうすると、成分、効能・効果に加え、使用形態、使用方法、使用量等で具体的に特定される具体的な品目についてその製造等の禁止を解除する政令で定める処分がされている場合には、当該処分の対象である成分により特定される「物」と当該処分で定められた「用途」によって画される範囲において特許発明が実施できるようになっているというべきであるから、その物の使用の形態等に変更があるため、重ねて同様の処分を受けることが必要であるとされていても、「特許発明の実施に特許法第67条第2項〔存続期間の延長〕の政令で定める処分を受けることが必要であった」と認めることはできないと解するのが相当である。

(中略)

・・・ラブジミンとジドブジンの各成分を投与するための剤型として、それぞれを単剤とするか、あるいは単一の配合剤とするかは当業者において適宜選択ができる事項であることが明らかである。
   ウ さらに、コンビビル錠の添付文書(甲14)において、その【効能・効果】の欄には「HIV感染症」と記載され、【薬物動態】の項目1.には、その見出しが「本剤の単独投与もしくはジドブジン製剤とラミブジン製剤併用投与での成績」と記載されており、<日本人における成績>の結果については、ジドブジン製剤とラミブジン製剤の単剤併用の場合の結果のみが記載され、その内容は、ラミブジン製剤である上記エピビル錠の添付文書に記載されたものと全く同一の内容のものである。そして、それに引き続く<外国人における成績>の(1)には、生物学的同等性という見出しの下に、ジドブジン300mg及びラミブジン150mgを含有する配合剤を1錠投与した場合と、ジドブジン製剤(ジドブジン300mgを含有する製剤)1錠及びラミブジン製剤(ラミブジン150mgを含有する製剤)1錠を投与した場合の生物学的同等性を評価した結果、両者の間に生物学的同等性が示されたことが記載されていることが認められる。加えて、今回の承認の手続過程で作成された平成11年4月26日付けの審査報告書(甲2添付資料4)には、「本剤は、従来の単剤では1日8錠内服すべき薬剤が2錠ですみ、抗HIV治療における服薬遵守は格段に改善される点に有用性が認められると考えられることから、本剤を承認して差し支えないと判断した。」と記載されている。これらの記載は、ジドブジンとラミブジンをHIV感染症の併用治療に用いる場合、それぞれを単剤として併用するか、両方の有効成分を同時に配合した合剤として用いるかは、いわば製剤上の相違にすぎず、両者は生物学的に同等なものであって、そのような剤形の違いによって効能・効果には差異がないことを裏付けるものである。
   エ 上記各事実を総合すれば、エピビル錠は、有効成分であるラミブジンを既に昭和62年9月に厚生大臣により製造承認されているジドブジン単剤と併用し、上記のHIV感染症等の治療薬として用いるものとして厚生大臣により製造の承認(先の承認)がされたものであることが明らかであるから、先の承認は、実質的には、今回の承認に係る医薬品製造承認書の有効成分の欄に記載されているラミブジンと既に先の承認により製造承認を受けているエピビル錠の有効成分であるジドブジンの両方を有効成分とする抗ウィルス用医薬組成物の製造承認と同一視できるものというべきである。

(中略)

   オ そうすると、原告は、今回の承認を待つまでもなく、先の承認により本件特許の請求項12に係る上記発明を実施することができたというべきであり、ラミブジンとジブドミンの両方の有効成分の併用という形態を、その両者を組み合わせた錠剤にするため、すなわち剤形の変更のため、改めて薬事法14条1項の製造承認を受ける必要があったからといって、「特許発明の実施に特許法第67条第2項〔存続期間の延長〕の政令で定める処分を受けることが必要であった」と認めることはできない。





特許庁審決取消事件(誤記訂正の認容)

<訂正審判において訂正を認めなかった特許庁による審決を取り消した判決>

事件番号  平成18年(行ケ)第10268号
事件名  審決取消請求事件
裁判年月日  平成19年11月28日
裁判所名  知的財産高等裁判所 
判決データ:  PAT-H18-Gke-10268.pdf

 請求項1の「0.5重量%以下の水酸化カリウム」の記載は、「0.5重量%以上5重量%以下の水酸化カリウム」の誤記であるとする場合、この2つの文言のみに即して形式的に考察すると、「0.5重量%以下の水酸化カリウム」の範囲は、「0.5重量%以上5重量%以下の水酸化カリウム」の範囲と明らかに異なるから、その限りでは特許請求の範囲が変更となるのではないかという問題があるかのようであるが、請求項1の「0.5重量%以下の水酸化カリウム」とある記載は、上述のとおり、特許請求の範囲の記載からだけでは不明確であり、そこで、発明の詳細な説明を参酌すると、「0.5重量%以下の水酸化カリウム」は、「0.5重量%以上5重量%以下の水酸化カリウム」の誤記であることが明らかであるというのであるから、その実質を捉えて考察すると、特許請求の範囲の拡張や変更はされていないということができ、同法126条4項違反の問題は生じないものというべきである。





「ホログラフィック・グレーティング」審決取消請求事件

<「物の発明」を「方法の発明」にする補正は、特許法17条の2第4項各号のいずれにも該当しないとして当該補正を却下した拒絶審決が維持された事例。>

事件番号  平成18年(行ケ)第10494号
事件名  審決取消請求事件
裁判年月日  平成19年09月20日
裁判所名  知的財産高等裁判所  
判決データ:  PAT-H18-Gke-10494.pdf

2 特許請求の範囲
(1) 平成15年12月12日付け手続補正書による補正後で本件補正前の請求項1ないし3は、次のとおりである(以下、これらをそれぞれ「補正前請求項1ないし3」といい、各請求項に係る発明を「補正前発明1ないし3」という。)。
【請求項1】光学ガラス基板上に設けたホトレジスト層に、所望の回折格子溝深さ以上の溝深さを有するレジストパターンをホログラフィック露光法により刻線し、該レジストパターンが完全に消失するまでレジストに対するエッチング速度が基板に対するそれより大きくなるように調整したフッ素系ガスと酸素との混合ガスから生成されるイオンビームによりエッチングすることにより、光学ガラス基板上に所望の溝深さの回折格子溝を直接刻線してなるホログラフィック・グレーティング。
【請求項2】エッチングの際のイオンビームを、レジストパターンの刻線方向に垂直で且つ基板の法線方向に対して傾斜した方向から照射することにより作製された請求項1記載のホログラフィック・グレーティング。
【請求項3】請求項1及び請求項2記載のホログラフィック・グレーティングからの転写により作製されたネガ・グレーティング及びレプリカ・グレーティング。
(2) 本件補正後の請求項1(以下「補正後請求項1」といい、この請求項に係る発明を「補正後発明」という。)は、次のとおりであり、本件補正により補正前の請求項のうち二つの請求項が削除された。
【請求項1】光学ガラス基板上に設けたホトレジスト層に、所望の回折格子溝深さ以上の溝深さを有するレジストパターンをホログラフィック露光法により刻線し、該レジストパターンが完全に消失するまでレジストに対してエッチングし、該光学ガラス基板上に所望の溝深さの回折格子溝を直接刻線するホログラフィック・グレーティング製作方法において、
(a)該ホトレジスト層に対するエッチング速度が該ガラス基板に対する速度より大きくなるようにフッ素系ガスと酸素との混合ガスを調整し、
(b)該レジストパターンの刻線方向に対して垂直で且つ基板の法線方向に対して傾斜した方向から、該混合ガスから生成されるイオンビームを照射することでエッチングし、
(c)エッチングする際には、該混合ガス中の酸素が該ホトレジスト層から析出するカーボンと反応し、該レジストの表面から離脱するようにした、ことを特徴とするホログラフィック・グレーティング製作方法。

(中略)

第5 当裁判所の判断
1 物の発明と方法の発明の区別
 特許法は、発明の実施について「物の発明」と「方法の発明」とを区別して規定し(同法2条3項)、そのいずれであるかによって、法律効果が異なるものとしている(例えば、同法101条、104条、175条2項)。
 また、出願人は、「物の発明」としての特許を請求するか、「方法の発明」としての特許を請求するかを選択することができるだけでなく、2以上の請求項に分けて記載することによって、両者の特許を請求することもできる。本件出願時において、平成15年法律第47号による改正前の特許法37条は、「二以上の発明については、これらの発明が一の請求項に記載される発明(以下「特定発明」という。)とその特定発明に対し次に掲げる関係を有する発明であるときは、一の願書で特許出願をすることができる。
 一 その特定発明と産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一である発明
 二 その特定発明と産業上の利用分野及び請求項に記載する事項の主要部が同一である発明
 三 その特定発明が物の発明である場合において、その物を生産する方法の発明、その物を使用する方法の発明、その物を取り扱う方法の発明、その物を生産する機械、器具、装置その他の物の発明、その物の特定の性質を専ら利用する物の発明又はその物を取り扱う物の発明
 四 その特定発明が方法の発明である場合において、その方法の発明の実施に直接使用する機械、器具、装置その他の物の発明
 五 その他政令で定める関係を有する発明」と定めていたから、「物の発明」と「方法の発明」の両者を一出願により請求することが可能であった。
 さらに、特許法70条1項は、「特許発明の技術的範囲は、願書に添付した特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならない。」と規定していることからすると、方法の発明と物を生産する方法の発明との区別は、まず、「願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載」に基づいて判定すべきものである(最高裁判所平成10年(オ)第604号事件平成11年7月16日判決・民集53巻6号957頁)。
 以上によれば、特許請求の範囲の記載は、出願人が「物の発明」と「方法の発明」とで法律効果が異なることを考慮して、いかなる権利を請求するかを選択し、その選択の結果を反映させるべく自ら適切な表現を選んで記載したものであるから、特許出願に係る発明が「物の発明」と「方法の発明」のいずれであるかの区別は、特許請求の範囲の記載に基づいて判断すべきであると解される。
2 プロダクト・バイ・プロセス・クレームの実質
 補正前請求項1が広義のプロダクト・バイ・プロセス・クレームの形式で書かれていることは、当事者間に争いがない。原告は、東京高裁平成14年判決の判示事項を反対解釈して、プロダクト・バイ・プロセス・クレームにおいて、請求項に記載された物が当該請求項に記載された製法によって製造されたものに限られることが明示されていれば、当該請求項の実質的なカテゴリーが「方法」であると解釈されるべきであると主張する。
 プロダクト・バイ・プロセス・クレームとは、東京高裁平成14年判決にあるとおり、「物(プロダクト)に係るものでありながら、その中に当該物に関する製法(プロセス)を包含する」形式で記載された特許請求の範囲であり、「発明の対象となる物の構成を、製造方法と無関係に、直接的に特定することが、不可能、困難、あるいは何らかの意味で不適切(例えば、不可能でも困難でもないものの、理解しにくくなる度合が大きい場合などが考えられる。)であるとき」などに認められる特許請求の範囲の記載方法でであるということができる。上記の意義からも明らかなように、プロダクト・バイ・プロセス・クレームにあっては、特許請求の範囲に物の製造方法(プロセス)が記載されていても、その記載は発明の対象となる物(プロダクト)を特定するためであり、物の製造方法についての特許を請求するものではない。したがって、プロダクト・バイ・プロセス・クレームの形式で書かれた発明のカテゴリーは、あくまで「物の発明」であって、「方法の発明」ではないし、「物の発明」かつ「方法の発明」ということもできない。原告の主張は、東京高裁平成平成14年判決を正解するものとはいえず、採用することはできない。
3 本件補正の適否
(1) 前記1のとおり、出願人は「物の発明」と「方法の発明」のいずれとするかを選択し、表現することができる立場にあり、出願人の選択の結果は特許請求の範囲に表現されており、「物の発明」と「方法の発明」の区別は、特許請求の範囲の記載に基づいて判断すべきであるところ、補正前請求項1の記載は、「…光学ガラス基板上に所望の溝深さの回折格子溝を直接刻線してなるホログラフィック・グレーティング。」となっているから、補正前発明1の対象は、「ホログラフィック・グレーティング」という「物」であることは明らかである。原告は、請求項の末尾の文言のみに着目したとして、審決の認定を非難するが、補正前発明1は、特許請求の範囲の記載から上記のとおり一義的に明確であり、この記載に基づき補正前発明1を「物」の発明と認定した審決に誤りはない。
(2) プロダクト・バイ・プロセス・クレームの形式で書かれていることは、発明のカテゴリーが「物の発明」であることを意味し、たとえ製造方法の記載が含まれていても「方法の発明」ではないし、また、「物の発明」かつ「方法の発明」ということもできないから、補正前請求項1がプロダクト・バイ・プロセス・クレームの形式で書かれていることは、上記の結論を左右するものではない。
(3) 補正後請求項1は「…ホログラフィック・グレーティング製作方法」と記載され、その発明のカテゴリーが「方法の発明」であることは明らかであるから、本件補正は、「物の発明」であった補正前請求項1を「方法の発明」である補正後請求項に補正することを目的としている。発明のカテゴリーによって、法律効果が異なることは前記1のとおりであるから、発明のカテゴリーを「物の発明」から「方法の発明」に変更することは、「物の発明」として請求していた権利とは異なる効果を有する別の権利を請求することにほかならない。したがって、本件補正は、特許請求の範囲を変更するものであり、特許法17条の2第4項各号のいずれにも該当しない。






審決取消請求事件(診断方法)

<特許庁による拒絶審決を維持>

事件番号  平成12年(行ケ)第65号
事件名  審決取消請求事件
裁判年月日  平成14年04月11日
裁判所名  東京高等裁判所
判決データ:  PAT-H12-Gke-65.pdf

 本願出願に係る特許請求の範囲は、請求項1ないし18から成り立つ。そのうちの請求項1は、次のとおりである。
「外科器具(31)を用いて行われる手術を再現可能に光学的に表示するための方法であって、
 外科手術を行う人体一部分の断層写真情報をデータ処理装置(21)のデータメモリに記憶させ、
 断層写真情報から手術個所の位置データを特定し、
 外科器具(31)を三次元的に自在に可動な担持体(16)に取り付け、
 外科器具(31)の位置データを座標測定位置(1;50)を用いて決定してデータ処理装置(21)に送り、外科器具(31)の位置データを手術個所の位置データに関連付け、
 この関連付けに基づいて外科器具(31)を手術個所に対して指向させるようにした前記方法において、
a) 外部から接近しやすい少なくとも3つの測定点(42)を参照点として人体一部分に特定または配置すること、
b) 人体一部分から、測定点(42)を含む断層写真(41)を作成して、データメモリにファイルすること、
c) 座標測定装置(1;50)を用いて測定点(42)の空間的位置を検出し、その測定データをデータメモリにファイルすること、
d) データ処理装置(21)が、断層写真(41)に含まれる測定点(42)の画像データと座標測定装置(1;50)によって検出した測定点(42)のデータとの関係を求めること、
e) 座標測定装置(1;50)を用いて、三次元的に自在に可動な外科器具(31)の空間的位置を連続的に検出し、その位置データをデータ処理装置(21)に送ること、
f) データ処理装置(21)が、断層写真(41)の画像情報に外科器具(31)に位置データを重畳させること、
g) データ処理装置(21)が、断層写真(41)の画像内容と人体一部分内部での外科器具(31)のその都度の位置とを重畳させた重ね合わせ画像(43)を生じさせること、
h) 出力装置(22)上に、人体一部分内部での外科器具(31)のその都度の位置を、外科器具(31)が存在している領域の断層写真(41)とともに重ねあわせ画像(43)として表示させること、
i) 外科器具(31)がその変位により表示されている断層写真(41)を離れたときに、データ処理装置(21)により出力装置上に、それまで表示されていた断層写真の代わりに外科器具(31)が変位したところの断層写真を生じさせること、
を特徴とする方法。」

(中略)

1 取消事由1(「人間を診断する方法」(医療行為)は「産業」に該当しない、との誤った解釈)について
(1) 特許法は、1条において、「この法律は、発明の保護及び利用を図ることにより、発明を奨励し、もつて産業の発達に寄与することを目的とする。」と規定し、29条1項はしら書において、「産業上利用することができる発明をした者は、次に掲げる発明を除き、その発明について特許を受けることができる。」と規定している。
 ここにいう「産業」とは、一般的な用語方法に従えば、「生産を営む仕事、すなわち自然物に人力を加えて、その使用価値を創造し、また、これを増大するため、その形態を変更し、もしくはこれを移転する経済的行為。農業・牧畜業・林業・水産業・鉱業・工業・商業および貿易など。」(広辞苑第四版)といった意味を有するものである。しかし、上記のとおり、特許法において、その目的が、発明を奨励することによって産業の発達に寄与することとされていることからすれば、一般的にいえば、「産業」の意味を狭く解しなければならない理由は本来的にはない、というべきであり、この点については、被告も認めているところである。
 我が国の特許制度は、長く、医薬やその調合法を、飲食物等とともに、明文をもって不特許事由とすることにより、医療行為という、人の生存あるいは尊厳に深くかかわる技術、及び、これと密接に関連する技術を特許法の保護の対象から外す思想を表現したものとみることの可能な状態を続けてきていたものの、昭和50年法律第46号による改正により、医薬やその調合法を、飲食物等とともに、不特許事由から外すことにより、これらを特許の保護の対象に加えることを明確にした(同改正前後の特許法32条参照)。
 このような状況の下で、医薬や医療機器に係る技術については、これらが、「産業上利用することのできる発明」に該当するものであることは、当然のこととされてきている。
  従来、医療行為の特許性を否定する根拠の主たるものとして挙げられてきた、医療行為は、人の生存あるいは尊厳に深くかかわるものであるから、特許法による保護の対象にすることなく、人類のために広く開放すべきであるとの議論は、必ずしも、十分な説得力を有するものではない。医療行為が人の生存あるいは尊厳に深くかかわるものであることは明らかであるものの、人の生存あるいは尊厳に深くかかわるものは、医療行為に限られるわけではなく、特許性の認められてきているものの中にも多数存在する、人の生存あるいは尊厳に深くかかわり、人類のために広く開放すべきであるとされるほど重要な技術であるからこそ、逆に、特許の対象とすることによりその発達を促進すべきであり、それこそが最終的にはより大きく人類の福祉に貢献すると考えた方が、特許という制度を設けた趣旨によく合致するのではないか、少なくとも、医薬や医療機器に特許性を認めておきながら、医療行為のみにこれを否定するのは一貫しない、と考えることには、十分合理性があるというべきである。        
  現在における医療行為、特に先端医療は、医薬や医療機器に大きく頼っており、医療行為の選択は、たといそれ自体を不特許事由としたところで、医薬や医療機器に対する特許を通じて、事実上、特許によって支配されている、という側面があることは、否定し難いところである。このような状況の下で、医療行為のみを不特許事由としておくことにどれだけの意味があるのか、医療行為自体には特許を認めないでおいて医薬や医療機器にのみ特許を認めることになれば、医薬や医療機器への依存の度合いの強い医療行為を促進するだけではないのか、との疑問には、正当な要素があるというべきである。
  これらのことを併せ考えると、医薬や医療機器に係る技術について特許性を認めるという選択をした以上、医薬や医療機器に係る技術のみならず、医療行為自体に係る技術についても「産業上利用することのできる発明」に該当するものとして特許性を認めるべきであり、法解釈上、これを除外すべき理由を見いだすことはできない、とする立場には、傾聴に値するものがあるということができる。
(2) しかしながら、医薬や医療機器と医療行為そのものとの間には、特許性の有無を検討する上で、見過ごすことのできない重大な相違があるというべきである。
  医薬や医療機器の場合、たといそれが特許の対象となったとしても、それだけでは、現に医療行為に当たろうとする医師にとって、そのとき現在自らの有するあらゆる能力・手段(医薬、医療機器はその中心である。)を駆使して医療行為に当たることを妨げるものはなく、医師は、何らの制約なく、自らの力を発揮することが可能である。医師が本来なら使用したいと考える医薬や医療機器が、特許の対象となっているため使用できない、という事態が生じることはあり得るとしても、それは、医師にとって、それらを入手することができないという形でしか現れないことであるから、医師が、現に医療行為に当たろうとする時点において、そのとき現在自らの有する能力・手段を最大限に発揮することを妨げることにはならない。医師は、これから自分が行おうとしていることが特許の対象になっているのではないか、などということは、全く心配することなく、医療行為に当たることができるのである。
  医療行為の場合、上記とは状況が異なる。医療行為そのものにも特許性が認められるという制度の下では、現に医療行為に当たる医師にとって、少なくとも観念的には、自らの行おうとしている医療行為が特許の対象とされている可能性が常に存在するということになる。しかも、一般に、ある行為が特許権行使の対象となるものであるか否かは、必ずしも直ちに一義的に明確になるとは限らず、結果的には特許権侵害ではないとされる行為に対しても、差止請求などの形で権利主張がなされることも決して少なくないことは、当裁判所に顕著である。医師は、常に、これから自分が行おうとしていることが特許の対象になっているのではないか、それを行うことにより特許権侵害の責任を追及されることになるのではないか、どのような責任を追及されることになるのか、などといったことを恐れながら、医療行為に当たらなければならないことになりかねない。医療行為そのものを特許の対象にする制度の下では、それを防ぐための対策が講じられた上でのことでない限り、医師は、このような状況で医療行為に当たらなければならないことになるのである。
  医療行為に当たる医師をこのような状況に追い込む制度は、医療行為というものの事柄の性質上、著しく不当であるというべきであり、我が国の特許制度は、このような結果を是認するものではないと考えるのが、合理的な解釈であるというべきである。そして、もしそうだとすると、特許法が、このような結果を防ぐための措置を講じていれば格別、そうでない限り、特許法は、医療行為そのものに対しては特許性を認めていないと考える以外にないというべきである。
ところが、特許法は、医薬やその調合法を、飲食物等とともに、不特許事由から外すことにより、これらを特許の保護の対象に加えることを明確にした際にも、医薬の調合に関する発明に係る特許については、「医師又は歯科医師の処方せんにより調剤する行為及び医師又は歯科医師の処方せんにより調剤する医薬」にはその効力が及ばないこととする規定(特許法69条3項)を設ける、という措置を講じたものの、医療行為そのものに係る特許については、このような措置を何ら講じていないのである。
  特許法は、前述のとおり、1条において、「この法律は、発明の保護及び利用を図ることにより、発明を奨励し、もつて産業の発達に寄与することを目的とする。」と規定し、29条1項はしら書きにおいて、「産業上利用することができる発明をした者は、次に掲げる発明を除き、その発明について特許を受けることができる。」と規定しているものの、そこでいう「産業」に何が含まれるかについては、何らの定義も与えていない。また、医療行為一般を不特許事由とする具体的な規定も設けていない。そうである以上、たとい、上記のとおり、一般的にいえば、「産業」の意味を狭く解さなければならない理由は本来的にはない、というべきであるとしても、特許法は、上記の理由で特許性の認められない医療行為に関する発明は、「産業上利用することができる発明」とはしないものとしている、と解する以外にないというべきである。
  医療行為そのものについても特許性が認められるべきである、とする原告の主張は、立法論としては、傾聴すべきものを有しているものの、上記のとおり、特許性を認めるための前提として必要な措置を講じていない現行特許法の解釈としては、採用することができない。

(中略)

 本願発明を特定する特許請求の範囲の記載は前出(第2の2)のとおりである。これによれば、本願発明が、上記の理由によって特許性を否定されるべき医療行為に該当することは、明らかというべきである。
 原告は、本願発明は、手術現場で実施されれば、身体の構造・状態を計測するなどして手術を支援する方法となって、医療行為に類似するものといえないこともないとして、本願発明が手術現場で実施される限り医療行為となるものであることを事実上認めながら、本願発明は、手術現場でしか実施されない、というものではなく、例えば、後日、本願発明を利用して手術を光学的に表示すれば、医学生、実習生等のトレーニング用教材又は教師の講義用教材として活用することができ、しかも、必要に応じて繰り返すこともでき、適性試験等の判定にも応用できるのである、と主張するが、失当である。
 第一に、本願発明の利用方法として原告主張のようなものがあるとしても、それは、本願発明を構成する各工程が手術中(手術中という用語を狭義に用いる場合には、手術に先立つ段階を含む。)に行われたものを、何らかの手段により記録しておいて、これを手術後に再現して利用するだけのことにすぎない。このような利用方法があるからといって、そのことによって、本願発明が医療行為に当たることを否定することができるものではないことは、当然である。
 第二に、このことはおいて、仮に、本願発明が、原告主張のとおり、手術現場でしか実施されない、というものではないとしても、手術現場でしか実施されない、というものではないということは、逆に言えば、少なくとも、手術現場で実施されることもあるということになるのであり、そうである以上、本願発明の特許性を検討するに当たっては、同発明は医療行為に当たるとした上で、結論を導き出さなければならないのは、いうまでもないことである。
 以上のとおりであるから、本願発明は、これを「人間を診断する方法」と呼ぶことが相当か否かを問うまでもなく、特許性の認められない医療行為に当たることが明らかであるということができ、原告の取消事由2の主張は、理由がないことに帰する。





「Dona Benta」商標無効事件(商標法第4条第1項第19号適用)

事件番号  平成18年(行ケ)第10301号
事件名  審決取消請求事件
裁判年月日  平成19年05月22日
裁判所名  知的財産高等裁判所
判決データ:  TM-H18-Gke-10301.pdf

 原告の「Dona Benta」商標がブラジル国内において遅くとも本件商標の出願時(平成10年〔1998年〕9月21日)までには需要者の間に広く認識されていたものと認められることは上記(1)のとおりであるところ、上記アに認定したところによれば、被告は日本在住の日系ブラジル国人向けのブラジル国食品を製造販売していたものであり、上記出願時より前からブラジル国内の食品に関する事情に接している日系ブラジル国人の従業員が在籍していたのであるから、被告は、上記出願当時、「Dona Benta」が原告の業務に係る商品を表示する商標であることを認識していたものと認めるのが相当である。そして、被告が本件商標を使用する商品の主な需要者は、在日の日系ブラジル国人であり、原告商標の上記周知性にかんがみると、これらの需要者の多くは、原告ないしジェイマセドグループの業務に係る商品表示として原告商標を認識していること、及び、本件商標の出願当時、被告においてもこのことは認識していたものと推認される。
 そうすると、それにもかかわらず被告において、原告商標と極めて類似する本件商標をあえて採用し、登録出願したのは、ブラジル国において広く認識されている原告商標の名声に便乗する不正の目的をもってしたものと認めるのが相当である。





「POUT」商標拒絶審決取消事件

事件番号  平成18年(行ケ)第10543号
事件名  審決取消請求事件
裁判年月日  平成19年06月27日
裁判所名  知的財産高等裁判所
判決データ:  TM-H18-Gke-10543.pdf

 さらに、証拠(甲23〜39)及び弁論の全趣旨によれば、本願商標を構成する「POUT」の欧文字は、インターネット上の日本語で作成された様々なホームページにおいて、化粧品のブランドあるいは商品として、紹介ないし掲載され、「パウト」とカタカナ表記されていることが認められる。
 上記の事実を総合考慮すれば、本願商標から生じる自然な称呼は、「パウト」であるということができる。
 イ もっとも、証拠(乙3の1〜6)及び弁論の全趣旨によれば、本願商標を構成する「POUT」の欧文字をローマ字風に発音すれば、「ポウト」との称呼を生ずるところ、@音声学上、二重母音「オウ」は長母音化されて「オー」となることがあること(乙3の1、2)、A外来語の表記に関する内閣告示第2号では、長音は原則として長音記号「ー」を用いて書くが、「オー」と書かず、「オウ」と書くような慣用がある場合は、それによるとされていること(乙3の3)、B「POU」の欧文字を「ポー」とカタカナ表記する例として、和製英語である「POUCH」(ポーチ)の例があること(乙3の4、5)、C「LIP POUT」の表記のある容器の写真とともに、「リストレーションリップポート(5ml)」と誤記したホームページ(乙3の6)があることが認められ、上記の事実によれば、本願商標を構成する「POUT」の欧文字から、およそ「ポウト」ないし「ポート」の称呼が生ずる余地がないとはいえない。
 しかし、前記のとおり、「POUT」という英単語は、あまり親しまれてはいないものの、中学程度の英語学習に用いられる辞典にも掲載されているごく平易な単語であること、「OUT」との綴りが「アウト」と発音される例が数多く知られていること、インターネット上には、「POUT」の欧文字を「パウト」とカタカナ表記した日本語のホームページ(甲23〜39)、「LIP POUT」についても「リップパウト」とカタカナ表記したホームページ(甲40、41)、「POUT」の語義を「不機嫌」「唇を尖らせる」などと説明したホームページ(甲34、36)等が多数存在することに照らすならば、「LIP POUT」を「リップポート」と誤記されたホームページ(乙3の6)という例が存在したことをもって、「POUT」の欧文字に接する取引者・需要者が、これを「ポウト」又は「ポート」と称呼する場合が、少なくないと認めることはできない。
 なお、特許電子図書館の商標出願・登録情報検索における書誌情報において、本願商標と同一の構成からなる国際登録第791489号の商標の称呼が「パウト、プート」とされ、「ポート」の称呼は付されていない(甲44)ことも、「POUT」の欧文字から自然に生じる称呼は「パウト」であって、「ポート」との称呼は当然には生じないことを推認させる事情の一つというべきである(もっとも、同登録情報検索において、本願商標の称呼については「パウト、ポート」とされている〔甲1〕。)。
 ウ そうすると、本願商標から「ポウト」ないし「ポート」の称呼が生じることを全く否定することはできないとしても、取引状況に照らして、そのような場合はごく例外的であるといって差し支えない。したがって、本願商標から生じる自然な称呼である「パウト」と、引用商標から生じる「ポート」の称呼とは、その3音のうち、最初の2音において異なり、聴覚的に異なる印象を与えるものであるから、称呼において相違する。
(4) まとめ
 以上によれば、本願商標と引用商標とは、観念及び外観において類似せず、本願商標から自然に生じる「パウト」の称呼と引用商標から生じる「ポート」の称呼も類似しない。上記のとおり、本願商標から「ポウト」ないし「ポート」の称呼が生じることを全く否定することはできないが、通常の需要者・取引者において、そのような称呼を生ずる場合は極めて少ないものと解される。そうすると、本願商標は、その指定商品に使用された場合、引用商標とは異なる印象、記憶、連想等を取引者・需要者に与えるものと認められ、商品の出所につき誤認混同を生じるおそれはないというべきである。
 そうすると、本願商標と引用商標とが類似するとした審決の判断には誤りがあることになる。





著作権侵害事件(イラストの使用)

事件番号  平成19年(ワ)第4822号
事件名  損害賠償等請求事件
裁判年月日  平成19年11月16日
裁判所名  東京地方裁判所
判決データ:  CP-H19-wa-4822.pdf

第2 事案の概要
1 本件は、原告が、被告らにおいて、その製作、販売に係る別紙書籍目録記載の書籍(以下「本件書籍」という。)に、原告作成に係る別紙著作物目録記載のイラスト1ないし5のBの各イラストレーションの原画(以下「イラスト」といい、まとめて「本件各イラスト」という。個別に摘示する場合は「本件イラスト1」、「本件イラスト2」などという。)を複製して使用した際、(1)本件各イラストを本文中の挿絵としてのみ使用するという使用許諾の範囲を逸脱して、許諾がないのに本件書籍の表紙に使用したことにより著作権(複製権)を侵害し、(2)本件書籍に原告の氏名又はペンネームを表示しなかったこと、本件各イラストの複製を表紙に使用した際、原画の色と著しく異なる色を用いるとともに、イラストに描かれたキャラクターの大きさを変更したことにより著作者人格権(氏名表示権・同一性保持権)を侵害したとして、被告株式会社泉書房(以下「被告泉書房」という。)に対し、著作者人格権に基づき、本件書籍の頒布の差止めを求めるとともに、被告らに対し、著作権侵害及び著作者人格権侵害の不法行為に基づく損害賠償として、連帯して合計67万円及びこれに対する不法行為日(本件書籍の出版日)から支払済みまでの遅延損害金の支払を請求する事案である。

(判旨)
 @被告らが原告の許諾を得ずに本件各イラストの複製を本件書籍の表紙に使用した行為は、原告の有する著作権(複製権)を侵害するものであり、A被告らが本件書籍に原告の氏名又はペンネームを記載しなかった行為は、原告の本件全イラストについての氏名表示権を侵害するものであり、B被告らが本件各イラストの色を改変した行為及び本件イラスト5のAのリスのキャラクターの大きさを改変した行為は、原告の同一性保持権を侵害するものであり、原告は、被告泉書房に対し、本件書籍の頒布の差止請求権を有するとともに、被告らに対し、著作権侵害及び著作者人格権侵害の共同不法行為に基づく損害賠償請求権を有する。





意匠権侵害事件(自走式クレーン)
事件番号  平成9年(ネ)第404号
事件名  控訴事件
裁判年月日  平成10年06月18日
裁判所名  東京高等裁判所
判決データ:  DE-H09-ne-404.pdf
事件番号  平成5年(ワ)第3966号
事件名  意匠権侵害事件
裁判年月日  平成9年01月24日
裁判所名  東京地方裁判所
判決データ:  DE-H05-wa-3966.pdf   DE-H05-wa-3966-1.pdf

二 本件意匠の構成について
 本件公報によれば、本件意匠の構成は次のとおりであると認められる。
1 本件意匠の基本的構成態様は、
(一) 四つのコーナー部にアウトリガーを配し、各アウトリガーの内寄りに四つのタイヤ式車輪を有し、後端部上方にエンジンボックスを搭載した下部走行体と、
(二)(1) 下部走行体の正面視の略中央の、左側面視の左側部に高い箱体状のキャビンを、
(2) 同じく略中央の、左側面視の右側部には低く正面視横長箱体状の機器収納ボックスを、
(3) 左側面視においてキャビンと機器収納ボックスとの間の略中央部には、伸縮自在のブームを各々搭載した、
 上部旋回体と、
からなっている。
2 本件意匠の具体的構成態様は次のとおりである。
(一) 下部走行体は、
(1) 前後の車輪の上方に、車輪の上面部を覆う、正面視において略台形状に折曲した板状のタイヤフェンダーを設けている。
(2) タイヤフェンダーの間に、正面(車体左側)では前輪寄りに直方体の箱体状の部材が、後輪寄りにはステップが、また背面(車体右側)では後輪寄りにステップが取り付けられている。
(3) 下部走行体(下部走行フレーム)の後端部上方には、正面視において左(車体前方)部分が前方に向かって低くなるように傾斜する略変形五角形で、右側面視では縦長方形のエンジンボックスが搭載され、エンジンボックス後部の空気出入口は網状となっている。
(4) エンジンボックスの上面は機器収納ボックスの上面よりやや高くなっている。
(二) 上部旋回体は、
(1) キャビンは、正面視において下部走行体の略中央の位置にあって、横幅が下部走行体の横幅の二分の一弱、正面視において長さが下部走行体の全長の二分の一弱の角張った箱体状で、背面視において右方(前面)は上端部から前方に傾斜し、下方部で逆くの字形に屈折した形状となり、左方(後部)の天井部は僅かに後方に傾斜していて、全体が右方(前面)下部が前方に突き出した横長変形六角形をなしており、周側の上部には一連の方形状の大きな窓が設けられ、天井部の前方寄りにも方形状の大きな窓が形成されている。
 そして、平面視は、略横長方形ではあるが、ブーム基部上面に配設されたウインチがキャビンの後方略二分の一の部分に若干食い込むようにキャビンの幅が狭まっている。
(2) 機器収納ボックスは、正面視において下部走行体の略中央の位置にあって、高さがキャビンの略三分の一、前後の長さがキャビンの長さと略同じの前後に長い箱体状であり、正面視において、上辺が下辺より右方(後方)へ退いた略平行四辺形状となっている。
(3) ブームは、その基端部が、キャビン側方の後方でエンジンボックスの前方斜め上の位置で旋回フレームの基台から突設された正面視略直角三角形状のブーム支持フレームの上端部に枢着され、収縮・収納状態では前下がりの状態でキャビンの下方側部を横切り、先端部が下部走行体の先端より若干突出して下部走行体に近接した位置で終わっており、正面視においてブーム中央部の下方の一部が機器収納ボックスに隠れている。
(4) ブーム基部より前方、キャビン後側部上方付近のブーム上面には、ブームを跨ぐように、前後の長さがキャビンの略三分の一、上縁最高部がキャビンの天井部とほぼ同じ高さにある、正面視において横瓢箪型の覆いが取り付けられたウインチが設置されている。また、ブーム支持フレームの頂点(最高部)は、キャビンの天井部とほぼ同じ高さにあり、ブーム支持フレーム後端部には、平面視において略台形状の分厚いカウンターウェイトが配設されている。
三 イ号意匠の構成
 別紙イ号物件目録(一)及び同(二)によれば、イ号意匠の構成は次のとおりであると認められる。
1 イ号意匠の基本的構成態様は、
(一) 四つのコーナー部にアウトリガーを配し、各アウトリガーの内寄りに四つのタイヤ式車輪を有し、後端部上方にエンジンボックスを搭載した下部走行体と、
(二)(1) 下部走行体の正面視及び背面視の略中央の、左側面視の左側部に、高い箱体状のキャビンを搭載し、
(2) 同じく略中央の、左側面視の右側部には、低く正面視横長箱体状の機器収納ボックス及びこれと連続するウインチ収納ボックス(一体となって駆動機器フードを構成する)を搭載し、右駆動機器フードはブーム支持フレーム下部の後方からキャビン後方にまで回り込ませ、
(3) 左側面視において、キャビンと機器収納ボックスとの間の略中央部には伸縮自在のブームを各々搭載した、
 上部旋回体と、
からなっている。
2 イ号意匠の具体的構成態様は次のとおりである。
(一) 下部走行体は、
(1) 前後の車輪の上方に、車輪の上面部を覆う正面視において略円弧状に曲げられた板状のタイヤフェンダーを設けている。
(2) タイヤフェンダーの間はサイドフェンダーで覆われ、車輪に対峙する部分は車輪の外周面に沿った円弧状となっている。
(3) 下部走行体(下部走行フレーム)の後端部上方には、正面視において左(車体前方)部分が前方に向かって低くなるように傾斜する略変形五角形で、右側面視では左右対称に角がゆるやかに突出した六角形状のエンジンボックスが搭載され、エンジンボックス後部の空気出入口にはルーバーが嵌込まれている。
(4) エンジンボックスの上面は機器収納ボックスの上面よりやや低くなっている。
(二) 上部旋回体は、
(1) キャビンは、正面視において下部走行体の略中央の位置にあって、横幅が下部走行体の横幅の二分の一弱、前後の長さも下部走行体の全長の二分の一弱の平面視横長方形の角張った箱体状で、背面視において右方(前面)は上端部から前方に傾斜し、下方部で逆くの字形に屈折した形状となり、左方(後面)は上端部から後方に僅かに傾斜し、中間部で下方へほぼ垂直に屈折していて、全体が右方(前面)下部が前方に突出した横長変形六角形をなしており、周側の上部には一連の方形状の大きな窓が設けられ、天井部の前方寄りにも方形状の大きな窓が形成されている。
(2) 機器収納ボックスは、正面視において下部走行体の略中央の位置にあって、高さがキャビンの略三分の一、前後の長さがキャビンの長さの二分の一弱の前後に長い箱体状であるが、正面視において上辺が下辺より右方(後方)へ退いた台形状となっており、その後方にこれと連続するウインチ収納ボックスはキャビン側方からエンジンボックスの前面上方ブーム支持フレーム下部の後方を経てキャビン後方にまで回り込んでいる。
(3) ブームは、キャビンの側方の後方位置でエンジンボックスの前方斜め上の位置において旋回フレームの基台から突設された正面視略直角三角形状のブーム支持フレームの上端部に枢着され、収縮・収納状態では前下がりの状態でキャビンの下方側部を横切り、先端部が下部走行体の先端より若干突出して下部走行体に近接した位置で終わっており、正面視においてブーム中央部の下方の一部が機器収納ボックス及びウインチ収納ボックスからなる駆動機器フードに隠れている。
(4) ブーム支持フレームの頂上(最後部)はキャビンの天井部より若干低く、右頂上には滑車が設けられているが、ウインチは外部から視認できない。
四 本件意匠の要部
 成立に争いのない甲第一三号証ないし甲第一六号証、乙第四四号証、原本の存在及びその成立に争いのない甲第一一号証の二の一二、同号証の二の一五、甲第一八号証の二の五の二、同号証の二の六及び一〇、同号証の三の二、乙第二四号証の七の二ないし七及び前記認定の本件意匠の構成によれば、本件意匠において看者の注意を惹く点即ち要部は、
 1 正面視において下部走行体の略中央の位置にあり下部走行体の全長の二分の一弱で、背面視で右方(前方)下部が前方に突出した横長変形六角形の高い角張った箱体状のキャビンと、高さがキャビンの略三分の一の前後に長い箱体状の機器収納ボックスの各構成態様及びキャビンと機器収納ボックスとの間にキャビンの下方側部を前下がりの状態で横切り、正面視において中央部下方が機器収納ボックスに隠れるように配設された収縮・収納状態のブームの三者相互の配設関係、
 2 ブームの基端部が、キャビンの側方の若干後方位置で、かつ、エンジンボックスの前方斜め上の位置で旋回フレームの基台から突設された正面視略直角三角形状のブーム支持フレーム上端部に枢着され、ブームは収縮・収納状態では機器収納ボックスとキャビンの間を前下がりの状態で横切り、その先端部が下部走行体の先端より若干突出して下部走行体に近接した位置で終わる構成態様並びにブーム支持フレーム、ブームとエンジンボックスを含む下部走行体及びキャビンとの配設関係、にあるものと認められる。
五1 被告は、本件意匠の要部について、当事者の主張三1のとおり主張するが、右主張は採用できない。
 すなわち、
(一) 被告の主張するところは、要するに、公知意匠中に存在するありふれたものとまでは認められない個々の構成態様を取り出して本件意匠の一部の構成態様と同じであるとして要部から除外すべきであるとするもので採用できないし、被告が本件意匠を実施していたとして提出する乙第一七号証の自走式クレーン車は、クローラー式クレーンであって本件意匠と基本的構成態様を異にするばかりでなく、その点を別にしてもキャビン、エンジンボックス及び機器収納ボックスがブーム及びブーム支持フレームを取り囲む様に一体となっており、しかも、収縮・収納状態のブームの前下がりの傾斜の程度は僅かで、本件意匠と類似しないことは明らかである。
 また被告は、ブームやウインチがクレーン車の取引者にとって最も目を惹く箇所であると主張するところ、本件意匠に係る物品である自走式クレーンの機能、使用目的からしてブームやウインチが取引者の関心をもって見る部分の一つであることはそのとおりであるが、本件意匠においては前記四に認定したとおり、ブーム、キャビン、機器収納ボックス三者の構成態様及び配設関係、ブーム全体の構成態様及び下部走行体等との配設関係等のより基幹的構成が要部と認められ、ウインチの位置、覆いの態様等の細部を要部と認めることはできない。
(二) 次に被告は、イ号物件の発売後及び小松意匠の出願後に出願された本件意匠の類似意匠が登録されているから、原告の主張する要部A及びBは要部とはなり得ない旨主張する。
(1) しかしながら、成立に争いのない乙第一八号証及び乙第一九号証によれば、平成三年五月一〇日及び同年同月二七日に出願され平成五年一〇月一二日にいずれも登録された小松意匠(第八八七七七六号及び同号類似の一の意匠)は、いずれもキャビンの態様が、正面視及び背面視において上方が円弧を描く半月状であり、平面視において車側側の角が丸くブーム側の角が角張った半小判状、機器収納ボックスの態様が、正面視において、上面が前方に向かって低くなるように緩やかな曲線を形成し、前端が丸く、平面視において車側側の角が丸く、ブーム側の角が角張った半小判状をそれぞれなしており、上部旋回体のキャビンと機器収納ボックスが曲線を強調した丸味を帯びた構成態様を備える点において、本件意匠の要部1と異なることは明白であり、本件意匠とは異なる美感を想起させる別異の意匠と認められる。また、成立に争いのない甲第一一七号証ないし甲第一四〇号証によれば、右小松意匠出願後に出願された本件意匠の類似意匠(第七六六九二八の類似の五ないし二八の意匠)がいずれも登録されていること、小松意匠とこれら類似意匠は、少なくとも右の点において要部を異にするものと認められ、小松意匠が登録されたことは、前記本件意匠の要部の認定を左右するものではない。
(2) また、被告が平成三年一二月ころからイ号物件Tを製造販売していたことは当事者間に争いがなく、前掲甲第一一七号証ないし甲第一四〇号証、原本の存在及びその成立に争いのない甲第一一号証の二の一、四、甲第一二号証の二の一、四によれば、本件意匠を本意匠とする第七六六九二八号の類似五ないし二八の類似意匠は、いずれも平成四年三月から六月にかけて出願されたこと、右類似の五及び六の類似意匠の審査については、出願人である原告が早期審査に関する事情説明書を提出し、同書面にはイ号物件Tのカタログが添付されていたことが認められるから、右各類似意匠出願の審査に当たっては、イ号意匠Tが公知意匠として参酌されていたものと認められる。
 そして、成立に争いのない乙第三五号証及び弁論の全趣旨によれば、特許庁においては、本意匠出願と類似意匠出願との間に公知となった第三者の意匠が存在する場合、出願された類似意匠が当該他人の意匠に類似するときは、他人の意匠が本意匠に類似するかどうかを問うことなく、類似意匠の出願は拒絶すべきであるとの見解に立って審査が行われているものと認められるから、特許庁の審査官は、前記各類似意匠は、イ号意匠Tには類似しないと判断したものと解することができる。
 しかし、右特許庁審査官は、本意匠である本件意匠とイ号意匠Tとの類否を判断したものでない上、当裁判所は本件意匠とイ号意匠Tを含むイ号意匠との類否判断をするに当たって、本件意匠の要部を認定するに際し、前記各類似意匠がイ号意匠Tに類似しないとの特許庁審査官の判断に拘束されるものではない。
 本件意匠を本意匠とする類似意匠が登録されている場合、本意匠である本件意匠の要部の認定に際して各類似意匠を参考にすべきことは勿論であるが、前記各類似意匠を参酌しても、前記四の本件意匠の要部の認定に沿うものでこそあれ、反するものではない。本件意匠の要部及び類似の範囲は、本件意匠が出願された時点で観念的に定まっているのであり、本件意匠出願後公知となり、類似意匠の出願に先行する意匠の存否にかかわらず一定であると解されるから、イ号物件Tの発売によってイ号意匠が公知となった後に出願された類似意匠が登録されていることをもって、本件意匠の要部及び類似範囲が変動する訳ではない。
 したがって、イ号物件Tの販売後に出願された本件意匠の類似意匠二四件が登録されているからといって、本件意匠の要部を被告の主張のように認定しなければならない理由はない。
2 さらに被告は、原告が本件意匠と酷似した意匠が記載された本件計画仕様書を本件意匠の出願前に取引先多数に配布したから、本件意匠権には無効事由があり、そうでないとしても本件意匠は仕様書意匠にない形状について成立した類似範囲の極めて狭い意匠権であると主張する。
(一) 原告が本件計画仕様書を作成し、原告の社員がユーザーの意見を聴取するため、本件計画仕様書を携えて複数の取引先を訪れたことは当事者間に争いがない。しかしながら、仕様書意匠と本件意匠は類似しないから、原告の社員が本件計画仕様書を複数の取引先に配布したか否か、本件計画仕様書記載の意匠が公知となったということができるか否か検討するまでもなく、本件意匠に無効事由があるとも、本件意匠が仕様書意匠にない形状について成立した類似範囲の極めて狭い意匠であるとも認めることはできない。
(二) すなわち、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第一一〇号証によれば、本件意匠は、運転視界と小回り性の良い小型のホイールクレーンを開発する目的で創作されたものであり、本件計画仕様書もこのような開発目的を実現するための構想をまとめる過程で事前にユーザーの意見を聴取するために作成されたものであると認められるのであるから、仕様書意匠中に本件意匠と近似した形態の部分が含まれていることは否定できない。
 しかしながら、乙第一二号証添付の「MW100/50ホイールクレーン計画仕様書」及び弁論の全趣旨によれば、本件計画仕様書に綴られた「他社7トントラッククレーンとMW100/50との比較」図及び車体前方図、車体左側面図及び車体上面図からなる全体図は、ともに実線と破線からホイールクレーン全体のアウトライン及び個々の部材を大まかに記載するものであって、その具体的構成態様は必ずしも明確に示されておらず、本件計画仕様書中にある説明文を総合してもその具体的構成態様が明らかになるものとは言えないから、本件意匠と仕様書意匠との類否は厳密には不明であるが、右不明確な構成から看取できる範囲内においても、本件意匠と仕様書意匠とでは以下の点で差異が見られ、両者が類似の意匠であると認めることはできない。
(1) すなわち、右各図面及び説明文から看取することができる仕様書意匠の基本的構成態様は、四つのコーナー部にアウトリガーを配し、各アウトリガーの内寄りに四つのタイヤ式車輪を有し、後端部上方にエンジンボックスを搭載した下部走行体と、正面視下部走行体の略中央の前方から見て左側部に背の高いキャビン有し、キャビン側方の前方から見て中央部にジブを横抱きにしたブームを各々搭載した(機器収納ボックスはない)上部旋回体とからなる自走式クレーンに係る意匠であり、その具体的構成態様は、
@ 下部走行体は、
@ 前後の車輪の上方に、車輪の上面部を覆う正面視において略台形状に折曲した板状のタイヤフェンダーを設けている。
A タイヤフェンダーの間に正面(車体左側)に直方体の箱体状の部材を取り付けている。
B 下部走行体(下部走行フレーム)の後端部上方には、正面視において左(車体前方)部分が前方に向かって低くなるように急に傾斜する変形五角形状のエンジンボックスが搭載されている。
A 上部旋回体は、
@ キャビンは、正面視において下部走行体の略中央の位置にあって、横幅が下部走行体の横幅の二分の一弱の角張った箱体状で、正面視において左方(前面)は上端部から前方に傾斜し、下方部でくの字形に屈折した形状となり、右方(後方)の天井部は平坦で、全体が左方(前面)下部が前方に突出した横長五角形をなしており、周側の上部には一連の方形状の大きな窓が設けられている。
 そして、平面視において略横長方形ではあるが、ブーム基部上面に配設されたウインチの覆いがキャビンの後方略三分の一の部分に僅かに食い込み、キャビンの幅が僅かに狭まっている。
A ブームはジブを横抱きにし、キャビンの後方でエンジンボックスに覆い被さる位置で旋回フレームの基台より突設された変形平行四辺形状のブーム支持フレームの上端部に枢着され、収縮・収納状態では前下がりの状態でキャビンの下方側部を横切り、先端部が下部走行体の先端より若干突出して下部走行体に近接した位置で終わっている。
B ブーム基部より前方、キャビン後側部上方付近のブーム上面には、ブームを跨ぐように、上面最高部がキャビンの天井部より若干低い位置にある正面視において変形六角形状の覆いが取り付けられたウインチが設置されている。また、ブーム支持フレームの頂点(最高部)は、キャビンの天井部より若干低い位置にあり、ブーム支持フレーム後端部には、平面視において略台形状の分厚いカウンターウェイトが配設されている。
(2) 仕様書意匠と本件意匠とを対比すると、次の点に差異が見られる。
 基本的構成態様において、本件意匠の上部旋回体は伸縮自在のブームがキャビンの機器収納ボックスとの間に配設された構成となっているのに対し、仕様書意匠では機器収納ボックスがない。したがって、本件意匠ではブーム支持フレームの下方部が隠蔽されているのに対し、仕様書意匠では、ブーム支持フレームのキャビンと反対の側は、ブーム支持機構も含め完全に露出している。また、仕様書意匠では本件意匠では見られない横抱きされたジブがブーム側方に存在する。
 具体的構成態様においては、各部位の細かい形態の違いを別としても、本件意匠では、ブーム支持フレームの後端部(ブームの枢着部)はエンジンボックスの前方斜め上の位置にあるのに対し、仕様書意匠では、ブーム支持フレームの後端部(ブームの枢着部)はエンジンボックスの上方に覆い被さる位置まで後退している。
(3) 右対比からすると、本件意匠と仕様書意匠とは、基本的構成態様においても各部材の細かい形状の違いを捨象した上での具体的構成態様においても大きく異なり、両意匠は、全体的に観察して見る者に異なった美感を想起させる非類似の意匠であると認められる。
 したがって、本件意匠に被告主張の無効事由があるものとは認められない。
 そして、公知意匠に含まれる形態の一部が本件意匠の一部に存在したとしても、そのような形態がありふれたものでない限り、公知意匠の要部であることを理由に当該部分を除外した構成として本件意匠の要部を認定すべきでないから、仕様書意匠に含まれる収縮・収納状態のブームの構成、すなわち、ブームが前下がりの状態でキャビンの下方側部を横切り、先端部が下部走行体の先端より若干突出して下部走行体に近接した位置で終わっているとの点が本件意匠に見られるとしても、この点を除いて本件意匠の要部を認定することはできず、本件意匠が類似範囲の極めて狭い意匠として成立したとの被告の主張は採用できない。
六 本件意匠とイ号意匠との類否
1 前記二ないし四の事実に基づいて本件意匠とイ号意匠とを対比すると、両意匠はいずれも意匠に係る物品を自走式クレーンとするものであり、その基本的構成態様は、機器収納ボックス(及びウインチ収納ボックスと連続して一体となった駆動機器フード)の配設位置を除き一致している。
 そして、具体的構成態様においても、
(一) 下部走行体(下部走行フレーム)の後端部上方には、正面視において左(車体前方)部分が前方に向かって傾斜する略変形五角形のエンジンボックスが搭載されていること。
(二) 上部旋回体の、
(1) 車体右側のキャビンは、正面視において下部走行体の略中央の位置にあって、横幅が下部走行体の横幅の略二分の一、正面視において長さが下部走行体の全長の二分の一弱の平面視略横長方形の角張った箱体状で、背面視において右方(前面)は上端部から前方に傾斜し、下方部で逆くの字形に屈折した形状となって、全体が右方(前面)下部が前方に突出した横長変形六角形をなしており、周側の上部には一連の方形状の大きな窓が設けられ、天井部の前方寄りにも方形状の大きな窓が形成されていること。
(2) 車体左側の機器収納ボックスは、正面視において下部走行体の略中央の位置にあって、高さがキャビンの略三分の一の前後に長い箱体状であること。
(3) キャビンと機器収納ボックスとの間のブームは、その基端部がキャビンの側方の後方位置でエンジンボックスの前方斜め上の位置で旋回フレームの基台から突設された正面視略直角三角形状のブーム支持フレームの上端部に枢着され、収縮・収納状態では前下がりの状態でキャビンの下方側部を横切り、先端部が下部走行体の先端より若干突出して下部走行体に近接した位置で終わっており、正面視においてブーム中央部の下方の一部が機器収納ボックスに隠れていること。
以上の点が一致している。
2 他方、両意匠の相違点としては、
(一) 本件意匠では、下部走行体のタイヤフェンダーは、正面視において略台形状に折曲した板状で、タイヤフェンダーの間は、直方体の箱体状の部材あるいはステップがあるのに対し、イ号意匠では、タイヤフェンダーは正面視において略円弧状に曲げられた板状で、タイヤフェンダーの間はサイドフェンダーで覆われていること。
(二) エンジンボックスに関して、
(1) 本件意匠のエンジンボックスでは、右側面視では縦長方形の角張った形状で、空気出入口は網状となっているのに対し、イ号意匠では、右側面視では左右対称に角がゆるやかに突出した六角形状でいずれも角に多少のアールを付し、後部の空気出入口にはルーバーが嵌込まれていること。
(2) 本件意匠では、エンジンボックスの上面は機器収納ボックスの上面よりやや高くなっているのに対し、イ号意匠では、エンジンボックスの上面は機器収納ボックスの上面よりやや低くなっていること。
(三) 機器収納ボックスに関して、
(1) 本件意匠では、機器収納ボックスの前後の長さはキャビンのそれと略同じ長さで正面視において上辺が下辺より右方(後方)に退いた略平行四辺形状であるのに対し、イ号意匠では、機器収納ボックス前後の長さはキャビンの長さの二分の一弱で正面視において上辺が下辺より右方(後方)へ退いた台形状となっており、その後方にこれと連続するウインチ収納ボックスが続き一体として駆動機器フードを構成していること。
(2) 本件意匠では、機器収納ボックス及びブーム支持フレームの各後端部とエンジンボックスとの間には空間が形成されているのに対し、イ号意匠では、駆動機器フードがブーム支持フレーム下方の後方からキャビンの後方に回り込んでいるので、エンジンボックスの前面には空間が形成されていないこと。
(四) 本件意匠のブーム支持フレームの頂点(最後部)はキャビンの天井部とほぼ同じ高さに位置するのに対し、イ号意匠のブーム支持フレームの頂点(最後部)はキャビンの天井部より若干低く、右頂点には滑車が設けられていること。
(五) 本件意匠では、ブーム支持フレーム後端部に平面視において略台形状の分厚いカウンターウェイトが配設されているのに対し、イ号意匠ではそれに該当する形状は認められないこと。
(六) 本件意匠では、キャビンの後方略二分の一の部分に若干食い込むようにウインチがブーム基部の上面に配設され、その分キャビンの幅が狭まっているのに対し、イ号意匠ではウインチは外部から視認できず、平面視におけるキャビンの幅が狭まっていないこと。
が認められる。
3 右1に認定した本件意匠とイ号意匠の一致点によれば、イ号意匠は四に認定した本件意匠の要部である構成を具備しているものであり、そのことによって看者に彼此混同を生じさせる共通の美感を与えるものであり、イ号意匠は本件意匠に類似すると認められる。
 本件意匠とイ号意匠との間には、右2に認定したような相違点があるが、いずれも細部についてのものであり、その個々の相違点も、また、それらの相違点全てを併せ考えても、前記共通の美感を左右するに足りるものではない。
七 以上によれば、被告のイ号物件の製造、販売、販売のための展示は、原告の本件意匠権を侵害するものであるから、意匠法三七条一項及び二項により、被告の右行為の差止請求及びイ号物件の廃棄請求はいずれも理由があり、また、被告には侵害行為について過失があったものと推定される(意匠法四〇条)から、被告は、本件意匠権を侵害したことによって原告に生じた損害を賠償すべき責任がある。
八 そこで、原告の蒙った損害額について検討する。
(一) イ号物件の販売価格が一台当たり一八〇〇万円であり、被告が平成三年一二月から同四年一二月までの間に合計五二八台のイ号物件を販売したことは当事者間に争いがない。
 原告は、イ号物件の純利益率は五・六パーセントであると主張するが、原告がイ号物件の純利益率の拠り所とするのは、平成三年四月一日から平成五年三月三一日までの被告の全営業収支から算出される平均営業利益率に過ぎず、これをもってイ号物件の純利益率とすることはできず、他にイ号物件の製造、販売による純利益率を認めるに足りる証拠はない。
 したがって、原告の主位的請求は理由がない。
(二) そこで、本件意匠の実施に対して通常受けるべき金銭の額に相当する額について検討するに、ホイールクレーンは大型の耐久事業用機械であって製造台数も限られ、各種工事現場等で汎用される機種であると目されるが、反面、一台あたりの価格が高額である上、需要者は自己の目的とする作業内容や現場の状況を前提として、大きさも含めたホイールクレーンの性能を重視して機種を選択し、一般消費者向けの商品あるいは事業者向けではあるが一般消費者の利用を目的とする商品とは異なり、需要者の選択にあたってデザインが影響する度合は高くないものと推認される。ホイールクレーンの右のような特殊性を考慮すれば、本件意匠の実施に対し通常受けるべき金銭の額は、イ号物件の販売価格に一・五パーセントの実施料率を乗じて算出するのが相当である。そうすると、原告の受けるべき実施料相当の損害額は、次式のとおり、一億四二五六万円となる。
 一八〇〇万円×五二八台×〇・〇一五=一億四二五六万円
 右金額を超える実施料相当の損害額を認めるに足りる証拠はない。
 仮に、被告が主張するとおり、実際の販売の際にはホイールクレーンは右販売価格から値引きされて販売されている事実があるとしても、通常の実施許諾の際の実施料は、売主と個々の需要者との関係や駆け引き等種々の要因によって定まる個々まちまちの値引き後の価格ではなく、値引き前の販売価格を基準として算出されるのが通常であると推認されるから、イ号物件の値引き前の販売価格を基準として「通常受けるべき金銭の額」を算出するのが相当である。
(三) 右のとおり、原告主張の損害額は一部認めるに足らないが、その点は、仮に被告の行為が不正競争行為に該当するとしても同様であるから、不正競争行為の存否について判断するまでもなく、右(二)認定の損害額を超える損害は認めることができない。
九 よって、原告の請求は主文第一項ないし第三項の限度で理由がある(民法所定年五分の割合による遅延損害金の起算日は不法行為以後の日)からこれを認容し、その余は棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。





専用実施権を設定した特許権者による差止請求権(安定複合体構造の探索方法事件)

事件番号  平成16年(受)第997号
事件名  特許権侵害差止請求事件
裁判年月日  平成17年06月17日
法廷名  最高裁判所第二小法廷
判決データ: PAT-H16-Ju-997.pdf

 特許権者は、その特許権について専用実施権を設定したときであっても、当該特許権に基づく差止請求権を行使することができると解するのが相当である。その理由は、次のとおりである。
 特許権者は、特許権の侵害の停止又は予防のため差止請求権を有する(特許法100条1項)。そして、専用実施権を設定した特許権者は、専用実施権者が特許発明の実施をする権利を専有する範囲については、業としてその特許発明の実施をする権利を失うこととされている(特許法68条ただし書)ところ、この場合に特許権者は差止請求権をも失うかが問題となる。特許法100条1項の文言上、専用実施権を設定した特許権者による差止請求権の行使が制限されると解すべき根拠はない。また、実質的にみても、専用実施権の設定契約において専用実施権者の売上げに基づいて実施料の額を定めるものとされているような場合には、特許権者には、実施料収入の確保という観点から、特許権の侵害を除去すべき現実的な利益があることは明らかである上、一般に、特許権の侵害を放置していると、専用実施権が何らかの理由により消滅し、特許権者が自ら特許発明を実施しようとする際に不利益を被る可能性があること等を考えると、特許権者にも差止請求権の行使を認める必要があると解される。これらのことを考えると、特許権者は、専用実施権を設定したときであっても、差止請求権を失わないものと解すべきである。





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