特許 判決集(16)



「人工乳首」拒絶審決取消請求事件
「石風呂装置」特許実施権契約事件
「回路用接続部材」拒絶審決取消事件
「微弱磁気再生医療抗菌用品」拒絶審決取消請求事件
溶融金属収容「容器」無効審決取消事件
「レベルシフタ」拒絶審決取消請求事件
「遠赤外線放射体」特許権侵害差止等請求控訴事件
「ヒートシール装置」拒絶審決取消事件
「キシリトール調合物」拒絶審決取消事件
「内燃機関の排ガス浄化方法及び浄化装置」拒絶審決取消事件
「旅行業向け会計処理システム」審決取消請求事件
「有核顆粒およびその製造法」特許権存続期間延長登録出願拒絶審決取消事件
「医薬」特許権存続期間延長登録出願拒絶審決取消事件
「高断熱・高気密住宅における深夜電力利用蓄熱式床下暖房システム」無効審決取消事件





「人工乳首」拒絶審決取消請求事件

事件番号  平成14年(行ケ)第539号
事件名  審決取消請求事件
裁判年月日  平成15年10月08日
裁判所名  東京高等裁判所  
判決データ:  PAT-H14-Gke-539.pdf

第5 当裁判所の判断
1 取消事由(特許法41条2項の適用の誤り)について
 (1) 特許法41条2項は、同法29条の2の適用に係る優先権主張の効果について「・・・優先権の主張を伴う特許出願に係る発明のうち、当該優先権の主張の基礎とされた先の出願の願書に最初に添付した明細書又は図面・・・に記載された発明・・・についての・・・第29条の2本文、・・・の規定の適用については、当該特許出願は、当該先の出願の時にされたものとみなす」と規定し、後の出願に係る発明のうち、先の出願の当初明細書等に記載された発明に限り、その出願時を同法29条の2の適用につき限定的に遡及させることを定めている。後の出願に係る発明が先の出願の当初明細書等に記載された事項の範囲のものといえるか否かは、単に後の出願の特許請求の範囲の文言と先の出願の当初明細書等に記載された文言とを対比するのではなく、後の出願の特許請求の範囲に記載された発明の要旨となる技術的事項と先の出願の当初明細書等に記載された技術的事項との対比によって決定すべきであるから、後の出願の特許請求の範囲の文言が、先の出願の当初明細書等に記載されたものといえる場合であっても、後の出願の明細書の発明の詳細な説明に、先の出願の当初明細書等に記載されていなかった技術的事項を記載することにより、後の出願の特許請求の範囲に記載された発明の要旨となる技術的事項が、先の出願の当初明細書等に記載された技術的事項の範囲を超えることになる場合には、その超えた部分については優先権主張の効果は認められないというべきである。





「石風呂装置」特許実施権契約事件

事件番号  平成20年(ネ)第10070号
事件名  損害賠償請求控訴事件
裁判年月日  平成21年01月28日
裁判所名  知的財産高等裁判所 
判決データ:  PAT-H20-ne-10070.pdf

第2 事案の概要
1 原審の経緯等
 被控訴人(原審原告。以下「原告」という。)は、控訴人K(原審被告。以下「被告K」という。)との間で、被告Kが特許権を有していた発明の名称「石風呂装置」の特許(特許第3396776号。以下「本件特許」といい、その発明を「本件発明」という。)について、専用実施権設定契約(以下「本件実施契約」という場合がある。)を締結し、同契約に基づいて被告Kに対し契約金3000万円を支払ったが、その後、本件特許を無効とする審決が確定した。原告は、被告K及び同人の経営する控訴人株式会社石の湯総本部(原審被告。以下「被告石の湯総本部」といい、被告Kと併せて、以下「被告ら」という。)に対して、以下のとおりの請求をした。
(1)(主位的主張)@被告らが、共謀の上、本件特許に無効原因のあることを知りながら、原告にそのことを告げずに本件特許が有効であると誤信させ、また、本件発明の実施品ではない石風呂装置を、本件発明を実施したものであると誤って説明し、原告をして本件実施契約を締結させ、契約金3000万円を支払わせたことが共同不法行為を構成する、A被告らが本件特許の無効を招き、本件特許に係る石風呂装置を原告が独占的に使用できなくさせたことが共同不法行為を構成する(被告石の湯総本部に対しては予備的に会社法350条)と主張して、損害金3000万円及びこれに対する平成18年10月27日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに、
(2)(予備的主張)被告らが、本件特許の無効を招来させて、本件特許に係る石風呂装置を独占的に使用できなくさせたことは、債務不履行に当たると主張して、被告K及び実質的な契約当事者である被告石の湯総本部に対し、同額の損害賠償金の支払を求め、
(3)(予備的主張)本件実施契約は錯誤により、又は公序良俗違反により、無効であると主張して、被告らに対し、不当利得返還請求権に基づき上記契約金等と同額の返還を請求した。
 原判決は、(1)不法行為に係る主張、及び(2)債務不履行に係る主張をいずれも排斥したが、(3)要素の錯誤に係る主張を認めて、原告に被告らに対する、各自契約金相当額の不当利得金3000万円及びこれに対する平成18年12月1日(返還催告の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金(不可分債務)の支払を命ずる旨の一部認容判決をした。
 被告らは、原判決を不服として本件控訴を提起した。

(中略)

第3 当裁判所の判断
 当裁判所は、原告の主張に係る、(1)不法行為に基づく損害賠償請求、(2)債務不履行に基づく損害賠償の請求、及び(3)要素の錯誤又は公序良俗による無効又は信義則違反による不当利得返還請求のいずれも排斥すべきものと判断する。
 その理由は、(1)及び(2)の請求については、原判決のとおりであるから、原判決12頁17行目から22頁22行目を引用する。
1 要素の錯誤の有無及び錯誤に関する重過失の有無について
(1) 事実経緯
 本件実施契約締結の前後の事情は、原判決2頁21行目から5頁25行目及び12頁17行目から19頁12行目に記載とおりであるから、同部分を引用する。
 引用部分を要約すれば、以下のとおりとなる(前記当事者間に争いのない事実等のほか、証拠(甲1、9、12ないし14、20、乙1、20ないし23、29、30、35ないし37、丙1ないし3、丙4の1及び2、丙5、丙8の1及び2、丙9ないし14、丙15の1及び2、丙16ないし18、原審のF証言、原審の被告K供述、原審の共同被告Z供述))。
ア石風呂装置の研究開発をしていた被告Kと、「嵐の湯」(当時の名称は「有限会社みんなの石の湯」)を経営するZは、平成15年3月、本件発明に係る石風呂装置を、共同して販売する事業を進めることとし、共同事業の遂行に当たって、被告Kは、「嵐の湯」に対して、本件特許の通常実施権を設定する旨の契約を締結した。
 Zは、平成15年3月ころ、石風呂装置販売のモデルにするため、被告Kの指導を受けて、「嵐の湯」の経営に係る温泉宿泊施設「たびやかた嵐湯」(山形県)内に石風呂装置1号を設置した。また、Zは、平成15年10月ころ、石風呂装置1号の薬石層に温泉水を導入して蒸気化し、石風呂内を温泉水の蒸気で充満させる構成を付加したZ装置(石風呂装置2号)も「たびやかた嵐湯」内に設置した。
イF(後に設立される原告の役員)らは、平成15年10月ころ、石風呂装置を用いた施設に関連する事業を行おうと考えて、「たびやかた嵐湯」を訪れた。そして、Zから、Z装置の構造の概要、Z装置が被告Kの有する本件特許権を実施したものである等の説明を受けた。
Fらは、平成15年11月ころ、石風呂装置を用いた施設を自ら設置して経営するには資金が足りないので、むしろ、本件特許の専用実施権の設定を受けて、第三者に再許諾するビジネスを行うことを考えた。そして、平成15年12月に、被告KらとFらが協議した。その際に、被告Kらは、Fらに対し、上記実施契約書案の契約条項の内容について説明し、特に、本件実施契約書6条1項については、特許が無効になっても契約金等の返還をしない等の趣旨を説明し、Fらも、実施契約書案の内容を了解した。その直後の平成15年12月12日に、原告が株式会社として設立された。
平成15年12月22日に、被告K、原告代表者、F、Zらが同席して本件特許権について専用実施権を設定する旨の契約を締結した。実施地域は岐阜県及び長野県であり、その代金は3000万円であった。原告は、専用実施権者であり、被告Kの承諾を得て他人に通常実施権を許諾することができる。また、既払分については返還しない旨の特約が付されている。平成15年12月24日、原告は、被告Kに対し、本件実施契約に基づき、本件契約金3000万円を支払った。
ウその後、被告Kと、通常実施権者であった「嵐の湯」(被告Z経営)との間で、特許の有効性の認識について見解の相違が生じ、原告は通常実施権契約を解除するとともに、「嵐の湯」に対して、Z装置が本件特許権を侵害すると主張して、特許権侵害差止訴訟を提起した。しかし、被告Kの「嵐の湯」に対する同侵害訴訟提起が契機となり、「嵐の湯」が無効審判請求を提起したところ、平成17年4月特許庁は、進歩性なしとの理由により、本件特許を無効とする審決をし、その後平成18年10月に同審決は確定した。
(2) 判断
 上記の本件実施契約の締結前後の事実経緯に照らすならば、本件実施契約を締結するに当たり、Z装置が本件発明の技術的範囲に含まれると原告が誤信した点は、要素の錯誤に当たると解すべきではなく、また、原告の認識した事実に何らかの点で誤りがあったとしても、それは重大な過失に基づくものというべきであるから、原告は本件実施契約の無効を主張することができない。
 その理由は、以下のとおりである。
 すなわち、本件実施契約は、営利を目的とする事業を遂行する当事者同士により締結されたものであり、その対象は、本件特許権(専用実施権)であるから、契約の当事者としては、取引の通念として、契約を締結する際に、契約の内容である特許権がどのようなものであるかを検討することは、必要不可欠であるといえる。すなわち、合理的な事業者としては、「発明の技術的範囲がどの程度広いものであるか」、「当該特許が将来無効とされる可能性がどの程度であるか」、「当該特許権(専用実施権)が、自己の計画する事業において、どの程度有用で貢献するか」等を総合的に検討、考慮することは当然であるといえる。そして、「技術的範囲の広狭」及び「無効の可能性」については、特許公報、出願手続及び先行技術の状況を調査、検討することが必要になるが、仮に、自ら分析、評価することが困難であったとしても、専門家の意見を求める等により、適宜の評価をすることは可能であるというべきである。
 本件では、原告は、被告Kから、専用実施権の設定を受け、その権利に基づいて、第三者に再許諾(通常実施権)をし、また、自ら施設を運営するすることによって、利益を図ることを計画していたのであるから、原告としては、そのような事業目的との関連性において、本件特許権(専用実施権)の価値(発明の技術的範囲等)を分析、評価及び検討をすべきであったというべきである。

 ところで、本件特許権は、当事者双方が予測しなかった事情によって、無効とされるに至ったが、本件実施契約では不返還の特約が付されていたため、原告は、無効となったことを理由として、支払った金額の返還を求めることはできなかった。
 しかし、仮に、本件特許が無効とされる事情が発生しなかったとすれば、本件特許権は、その特許請求の範囲の記載のとおりの技術的範囲及びその均等物に対する専有権を有していたのであり、その専有権は、原告の計画していた事業において、有益であったというべきである。実際にも、原告は、本件実施契約に基づく再許諾権限に基づいて、湯本館に対して、通常実施権を付与したことにより、525万円の契約金の支払を受けていた(乙38、39)。そうすると、技術的範囲についての原告の認識の誤りは、原告の計画していた事業の妨げになったとは到底解することはできず、Z装置が本件発明の技術的範囲又はそれと均等の範囲に含まれていない限り原告において本件実施契約を締結する意思表示をすることがなかったであろうとまで認めることはできない。
 以上のとおりであって、原告に、本件実施契約の対象たる特許権に係る発明の技術的範囲についての認識の誤りがあったからといって、その点が、本件実施契約についての「要素の錯誤」に該当するということはできない。また、仮に、何らかの誤認があったとしても、それは、このような事業を遂行する過程で契約を締結する際に、当然に調査検討すべき事項を怠ったことによるものであって、重大な過失に基づく誤認であるというべきである。

2 公序良俗違反又は信義則違反について
 原告が誤信した点について被告らにおいて本件実施契約当初から悪意であったと認めるに足りる証拠はなく、前記認定の本件の事実関係を併せ考慮すれば、本件実施契約の締結が公序良俗に違反するとはいえず、また、被告らにおいて本件不返還特約を援用することが信義則に反するということもできないから、この点に関する原告の主張も理由がない。
3 結論
 以上によれば、原告の被告らに対する請求は、いずれも理由がないからこれを棄却すべきであり、これと異なる原判決中被告ら敗訴の部分を取り消して原告の請求をいずれも棄却することとし、主文のとおり判決する。





「回路用接続部材」拒絶審決取消事件

事件番号  平成20年(行ケ)第10096号
事件名  審決取消請求事件
裁判年月日  平成21年01月28日
裁判所名  知的財産高等裁判所
判決データ:  PAT-H20-Gke-10096.pdf

1 特許庁における手続の経緯
 原告は、平成7年5月16日、発明の名称を「回路用接続部材」とする発明について、特許出願をし、平成16年4月27日付けで明細書の発明の詳細な説明に係る手続補正をしたが(甲2)、平成17年5月27日付けで拒絶査定を受けたことから、同年7月4日、これに対する不服の審判(不服2005−12671号事件)を請求するとともに、同年8月3日付け手続補正書(甲3)により手続補正(以下「本件補正」という。)をした。
 特許庁は、平成20年1月29日、本件補正を却下するとともに、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決(以下「審決」という。)をし、その審決の謄本は、平成20年2月12日に原告に送達された。
2 出願当初の特許請求の範囲
 出願当初の明細書(以下「本願明細書」という。甲1)における特許請求の範囲の請求項1の記載は、次のとおりである(以下、出願当初の請求項1に記載された発明を「本願発明」という。)。
「下記(1)〜(3)の成分を必須とする接着剤組成物と、導電性粒子よりなる回路用接続部材。
 (1) ビススフェノールF型フェノキシ樹脂
 (2) ビスフェノール型エポキシ樹脂
 (3) 潜在性硬化剤」
3 本件補正後の特許請求の範囲
 本件補正後の特許請求の範囲の請求項1の記載は、次のとおりである(以下、本件補正後の請求項1に記載された発明を「本願補正発明」という。補正部分に下線を施した。甲3)。
「【請求項1】
 下記(1)〜(3)の成分を必須とする接着剤組成物と、含有量が接着剤組成物100体積に対して、0.1〜10体積%である導電性粒子よりなる、形状がフィルム状である回路用接続部材。
 (1) ビスフェノールF型フェノキシ樹脂
 (2) ビスフェノール型エポキシ樹脂
 (3) 潜在性硬化剤」

(中略)

2 判断
(1) 特許法29条2項が定める要件の充足性、すなわち、当業者が、先行技術に基づいて出願に係る発明を容易に想到することができたか否かは、先行技術から出発して、出願に係る発明の先行技術に対する特徴点(先行技術と相違する構成)に到達することが容易であったか否かを基準として判断される。ところで、出願に係る発明の特徴点(先行技術と相違する構成)は、当該発明が目的とした課題を解決するためのものであるから、容易想到性の有無を客観的に判断するためには、当該発明の特徴点を的確に把握すること、すなわち、当該発明が目的とする課題を的確に把握することが必要不可欠である。そして、容易想到性の判断の過程においては、事後分析的かつ非論理的思考は排除されなければならないが、そのためには、当該発明が目的とする「課題」の把握に当たって、その中に無意識的に「解決手段」ないし「解決結果」の要素が入り込むことがないよう留意することが必要となる。
 さらに、当該発明が容易想到であると判断するためには、先行技術の内容の検討に当たっても、当該発明の特徴点に到達できる試みをしたであろうという推測が成り立つのみでは十分ではなく、当該発明の特徴点に到達するためにしたはずであるという示唆等が存在することが必要であるというべきであるのは当然である。

(2) 上記の観点に立って、審決の判断の当否について検討する。
 ア 前記1、(1)の本願明細書の記載、特に各実施例と比較例1との対比部分の記載に照らすならば、本願補正発明においてビスフェノールF型フェノキシ樹脂を必須成分として用いるとの構成を採用したのは、ビスフェノールA型フェノキシ樹脂を用いることに比べて、その接続信頼性(初期と500時間後のもの)及び補修性を向上させる課題を解決するためのものである。
 一方、前記1、(2)の引用例には、「フェノキシ樹脂は・・・エポキシ樹脂と構造が似ていることから相溶性が良く、また接着性も良好な特徴を有する」(甲4の段落【0007】)と記載されており、格別、相溶性や接着性に問題があるとの記載はない上、回路用接続部材用の樹脂組成物を調製する際に検討すべき考慮要素としては耐熱性、絶縁性、剛性、粘度等々の他の要素も存在するのであるから、相溶性及び接着性の更なる向上のみに着目してビスフェノールF型フェノキシ樹脂を用いることの示唆等がされていると認めることはできない。また、一般的に、ビスフェノールF型フェノキシ樹脂が本願出願時において既に知られた樹脂であるとしても(乙2、3)、それが回路用接続部材の接続信頼性や補修性を向上させることまで知られていたものと認めるに足りる証拠もない。
 さらに、ビスフェノールF型フェノキシ樹脂は、ビスフェノールA型フェノキシ樹脂に比べてその耐熱性が低いという問題があること、すなわち、「JOURNAL OF APPLIED POLYMER SCIENCE VOL.7,PP.2135-2144(1963)」(甲6)によれば、ビスフェノールF型フェノキシ樹脂(化学構造から、甲6の2138頁TABLE IのPolymer No.2に該当する。)のガラス転移点は「80℃」であり、ビスフェノールA型フェノキシ樹脂(化学構造から、甲6の2139頁TABLE IIのPolymer no.3に該当する。)のガラス転移点は「100℃」であり、ビスフェノールF型フェノキシ樹脂の耐熱性が低いものと認められる。上記のビスフェノールF型フェノキシ樹脂の性質に照らすと、良好な耐熱性が求められる回路用接続部材に用いるフェノキシ樹脂として、格別の問題点が指摘されていないビスフェノールA型フェノキシ樹脂(PKHA)(甲4の段落【0022】)に代えて、耐熱性が劣るビスフェノールF型フェノキシ樹脂を用いることが、当業者には容易であったとはいえない。
 イ 審決は、引用発明にビスフェノールF型フェノキシ樹脂を用いることが容易である根拠として、「引用例には・・・実施例として『PKHA(フェノキシ樹脂、分子量25000、ヒドロキシル基6%、ユニオンカーバイド株式会社商品名)』・・・を用いることも記載されている」点を挙げる(審決書5頁28行〜6頁4行)。しかし、審決が引用する「PKHA」(甲4の段落【0022】)は、特開平9−279121号公報において、「PKHA(ビスフェノールAより誘導されるフェノキシ樹脂・・ユニオンカーバイト株式会社製商品名・・・)」との記載があり(甲5の1の段落【0086】)、また、米国特許第4343841号明細書においても、「これらの樹脂は、ユニオンカーバイド社からBakeliteフェノキシ樹脂・・PKHA・・として商業的に入手でき、そして、ビスフェノールAとエピクロルヒドリンから得られる高分子量熱可塑性ポリマーと表現される。」(甲5の2第4欄44行〜48行。訳文)との記載がある。したがって、審決が引用する「PKHA」は、ビスフェノール「A型」のフェノキシ樹脂であり、ビスフェノール「F型」のフェノキシ樹脂ではないから、引用例の「PKHA」との記載は、ビスフェノールF型フェノキシ樹脂を用いることに対する示唆にはなり得ない。
(3) 小括
 以上の事実を総合考慮すれば、引用例に記載された発明のフェノキシ樹脂についてビスフェノールF型フェノキシ樹脂を用いることが当業者にとって容易想到であるということはできず、本願補正発明が特許法29条2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができないものであるとした審決の判断には誤りがあり、その誤りは審決の結論に影響を及ぼすものといえる。
3 結論
 以上のとおり、原告主張の取消事由2(相違点についての容易想到性判断の誤り)には理由があり、その余の点について判断するまでもなく、原告の本訴請求は理由があるから、これを認容することとし、主文のとおり判決する。





「微弱磁気再生医療抗菌用品」拒絶審決取消請求事件

事件番号  平成20年(行ケ)第10299号
事件名  審決取消請求事件
裁判年月日  平成21年01月21日
裁判所名  知的財産高等裁判所 
判決データ:  PAT-H20-Gke-10299.pdf

第2 事案の概要
 本件は、原告が特許出願をしたところ、拒絶査定を受けたので、これを不服として審判請求をしたが、特許庁が請求不成立の審決をしたことから、その取消しを求めた事案である。
1 特許庁における手続の経緯
 原告は、平成7年6月30日、名称を「微弱磁気保温服飾品」とする発明(請求項の数6。なお、その後、発明の名称を、順次、「微弱磁気保健衛生用品」、「微弱磁気再生医療抗菌用品」に変更するとの補正がされている。)につき、優先権(優先日:平成7年2月23日及び同年6月13日)を主張して特許出願(特願平7−165273号)をしたが(甲2)、特許庁は、平成18年3月8日付けで拒絶査定をした(甲9の3)。
 原告は、平成18年4月7日、上記拒絶査定に対する不服の審判請求をするとともに、同日付けで特許請求の範囲及び発明の名称を変更する手続補正(甲9の7。以下「本件補正」という。)をした。
 特許庁は、上記審判請求を不服2006−9327号事件として審理し、平成20年6月26日、本件補正を却下する決定とともに、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年7月16日に原告に送達された。

(中略)

第4 当裁判所の判断
1 本件補正の適否について
(1) 本件補正は、請求項1を「1mTの微弱磁気を有し再生医療に用いる微弱磁気再生医療抗菌用品。」と変更するものである(甲9の7)。
「再生医療」とは、「機能障害や機能不全に陥った生体組織・臓器に対して、細胞を積極的に利用して、その機能の再生を図る」もの(「日本再生医療学会」平成13年5月における設立趣旨、「平成15年度特許出願技術動向調査報告書・再生医療」等における記載)であって、創傷治ゆにおける自然治ゆ力による細胞の再生とは異なるものである。
(2) そこで、本件補正の適否について検討するに、本願の願書に最初に添付した明細書又は図面(以下「当初明細書」という。)には、次の記載がある(甲2)。
「【0005】本発明は保温性に加え、さらに抗菌性、坑かび性をも有する保温服飾品を提供することを目的とする。」
「【0006】本発明の別の目的は、抗菌性さらには細胞再生能(効果)を利用した保健衛生用品をも提供することを目的とする。」
「【0017】本発明者はさらに本発明の2〜20ガウスの微弱磁気を有する保温服飾品が皮膚および呼吸器等の感染症においてよく原因となる菌種に対して抗菌性を有することをも見いだした。」
「【0018】特に、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌、黄色ブドウ球菌、大腸菌および緑膿菌に効果があり、本発明による保温服飾品はこれらの菌種の発育を阻止する機能を有する。」
「【0020】また、磁性材料を繊維の内部に含有させる等の、本発明による抗菌性を有する保温服飾品素材を用いて製造した毛布、布団カバーおよび寝間着等を医療用として利用することは、特に寝たきり患者にとって非常に有効である。」
「【0021】さらに、抗菌性に対する研究を続けたところ2〜20ガウスの微弱磁気はみずむしの原因となる菌種(真菌)に対する抗菌性、坑かび性を有することを見いだした。・・・ここに本発明は上記のような抗菌、坑かび性を利用したみずむし治療用保温服飾品または下記する保健衛生用品を提供するものである。」
「【0024】なお、本発明による微弱磁気坑催眠服飾品は、皮膚および呼吸器等の感染症の原因となる前記菌種に対して抗菌性をも有するため、頭部に着用する服飾品が清潔に保て、衛生的にも優れた頭部服飾品を提供することができる。」
「【0025】また、本発明による微弱磁気服飾品を製造する前段階の素材を成形して、抗菌性または坑かび性機能のみを目的として保健衛生用品に用いてもよい。例えば、傷口保護治具、包帯、ばんそうこうの代替物、あかすり、手ぬぐいおよび雑巾として利用することができる。」
「【0026】この場合、抗菌性、坑かび性があるため菌の繁殖を防止することができ、安心して使用することができる。また、保管中にも菌の繁殖を防止することができる。」
「【0027】本発明を傷口用保健衛生用品として使用する場合、自己で治療できる軽い傷はもちろん、手術後の大きな傷口に対しても有用で、傷口に直接または覆うようにして使用すると傷口の化膿防止に有用である。・・・」
「【0029】さらに驚いたことに2〜20ガウスの微弱磁気を、例えば前記メチシリン耐性黄色ブドウ球菌等の菌種による化膿口に、医学的に適切にパッド等の形態で適用することにより、化膿口の回復に極めて有効であることがわかった。これは2〜20ガウスの微弱磁気が細胞再生能(効果)があることを示すものである。・・・」
「【0048】実施例7
 次に、微弱磁気製品の抗菌性効果を調査するため、皮膚および呼吸器等の感染症についてよく原因となるメチシリン耐性黄色ブドウ球菌、黄色ブドウ球菌、大腸菌および緑膿菌ならびにマグネットバリアシート(不織布)(8〜10ガウス)(以下、磁気シートという)を用いてそれぞれの菌種の発育を観察した。」
「【0049】マックファーランド比濁法によりそれぞれの菌濃度を約0.5×109/ml に調整した菌液を作り、シャーレ(直径10p)(10)に入れたBTB寒天培地にそれぞれ接種した。そして約4p×約3pの大きさの磁気シート(13)をそれぞれの培地に載せ、37℃で48時間培養し、発育阻止領域の有無を観察した。」
「【0050】その結果、・・・4種の菌の中で、メチシリン耐性ブドウ球菌が最も顕著に磁気シートにより発育を阻止された。」
「【0051】本実施例により、本発明による微弱磁気材料は皮膚および呼吸器等の感染症についてよく原因となるメチシリン耐性黄色ブドウ球菌、黄色ブドウ球菌、大腸菌および緑膿菌に対して抗菌作用を有することが示された。」
「【0052】実施例8
 本実施例では微弱磁気製品の細胞再生能を調査した。バンコマイシン、ハベカシン、スルペラゾン、ホスミシン等、感染症メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)に有効とされる薬剤の投与にも抵抗性のある感染症MRSA(S状結腸憩室症術後)腹壁膿瘍を患い、化膿口の大きさ縦13p、横18p、深さ2pのMRSA腹壁膿瘍を有する患者に対して、その化膿箇所に、大きさ縦20p、横30pの0.001T(10ガウス)磁気繊維を装着した。装着後、化膿口は徐々に回復し80日で元の状態に完全に回復した。これだけの大きな化膿傷口であったがケロイド痕を殆ど形成せず完治した。この事実により細胞再生効果があることが推察される。」
(3) 上記(2)の記載を含め、当初明細書(甲2)には、「1mTの微弱磁気を有し再生医療に用いる微弱磁気再生医療抗菌用品」についての明示的記載は存在しない。
 また、上記(2)のとおり、当初明細書には、微弱磁気服飾品の素材(以下「微弱磁気製品」という。)には、抗菌性及び抗かび性があるため、傷口の化膿防止に有効であること(【0025】〜【0027】)、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌等の菌種による化膿口に微弱磁気製品をパッド等の形態で用いると、化膿口の治ゆに有効であること(【0029】)の記載があるが、このような創傷の治ゆについては、消毒等による創傷の保護下で、肉芽が増殖して治ゆに至るものであって、この肉芽の増殖による創傷の治ゆは、「再生治療」とは異なるものである。
 さらに、上記(2)のとおり、当初明細書【0052】には、感染症MRSA(S状結腸憩室症術後)腹壁膿瘍が磁気繊維の装着により治ゆし、「細胞再生効果があることが推察される」との記載がされているが、【0017】、【0018】並びに【0048】〜【0051】(実施例7)に、微弱磁気製品のメチシリン耐性ブドウ球菌等に対する抗菌性効果について述べられていることからすると、上記【0052】の記載は、微弱磁気製品の抗菌作用により、創傷が細菌の活動から保護され、腹壁膿瘍が肉芽の増殖により治ゆしたことが記載されているものと認められ、そうすると、【0052】に記載された事実から推察される「細胞再生効果」とは、自然治ゆによる細胞再生の域を出ないものであって、「再生医療」への用途を何ら開示しないものである。
 そして、その他の記載も含め、当初明細書の記載において、微弱磁気製品が「再生医療」に用いられるものであることが当業者にとって自明であるとはいえない。
(4) 以上によれば、本件補正に係る「1mTの微弱磁気を有し再生医療に用いる微弱磁気再生医療抗菌用品」は、当初明細書に記載されたものではなく、また、当初明細書の記載より自明のものであるとも認められず、本件補正は、前記改正前特許法17条2項の規定に適合しないので、同法159条1項において読み替えて準用する同法53条1項の規定により却下されるべきものとなる。
 したがって、本願補正発明が当初明細書に記載されているとする原告主張の審決取消事由は理由がない。





溶融金属収容「容器」無効審決取消事件

事件番号  平成20年(行ケ)第10154号
事件名  審決取消請求事件
裁判年月日  平成21年02月04日
裁判所名  知的財産高等裁判所
判決データ:  PAT-H20-Gke-10154.pdf

第2 事案の概要
1 本件は、原告の有する後記特許の請求項1〜6について被告が無効審判請求(無効2005−80327号事件〔<A>事件〕及び無効2006−80167号事件〔<B>事件)をしたと〕ころ、特許庁が、<A>事件について上記請求項1、2、4〜6に係る発明についての特許を無効とし、<B>事件について上記請求項3に係る発明についての特許を無効とする旨の審決をしたことから、特許権者である原告がその取消しを求めた事案である。

(判旨)
イ上記アの記載によれば、甲1発明は、溶融金属を収容し、搬送し、供給するために使用される容器についての発明であり、当該技術分野においては、溶湯の放冷を防ぎ安全に運搬する方法やそのための取鍋が望まれていたことから、取鍋を運搬車輌に搭載し公道を介して工場間で運搬することを課題とし、このような課題を解決するため、上記ア(ウ)〜(キ)記載のような運搬用車輌に搭載し公道上を搬送するに適した構造を有する取鍋(容器)であって、溶湯は受湯口から取鍋内に収納され、使用先の工場では、注湯口を開きフォークリフトにより取鍋を傾動して保持炉や鋳型等に注湯する方式の、いわゆる傾動式の取鍋(容器)を採用したものと認められる。
ウ原告の主張について
(ア) 原告は、本件発明1の「容器」は、「加圧式取鍋」としての気密性及び耐圧性を当然に備えている点において、そのような気密性及び耐圧性を備えていない「傾動式」である甲1発明の「取鍋」とは相違すると主張するが、本件審決は、加圧式と傾動式との相違は相違点Aとして認定しており、その上で、甲1発明の「取鍋」と本件発明1の「容器」とを一致点とみたものであって、誤りとはいえない。
(イ) 原告は、甲1発明の傾動式である取鍋の「外殻鉄皮」は、本件発明1の加圧式である容器のフレームとは異なり、気密性を保持するような構造を有していないと主張するが、上記(ア)の説示と同様の理由により、同主張を採用することはできない。
(ウ) 原告は、本件発明1の「流路」は、「加圧式」である「容器」の「内底部付近」から上方に延びているなど、「加圧」により溶融金属を供給することに適した構成のものである点において、「傾動式」である甲1発明の「取鍋」におけるような「傾動」により溶融金属を供給することに適した構成のものとは相違すると主張するが、本件審決は、加圧式と傾動式との相違や流路の始まる位置の相違は相違点A、Bとして認定しており、その上で、甲1発明のものと本件発明1の「流路」とを一致点とみたものであって、誤りとはいえない。
(3) 相違点Eの判断の誤りに関する検討
 以上の(1)、(2)を踏まえて取消事由1(相違点Eの判断の誤り)の採否について検討するに、甲1発明の容器は、前記(2)イに説示したとおり、溶湯は受湯口から取鍋内に収納され、使用先の工場では、注湯口を開きフォークリフトにより取鍋を傾動して保持炉や鋳型等に注湯する方式の、いわゆる傾動式の取鍋であると認められるところ、この傾動式の取鍋から、これを、密閉された容器に溶融金属用の配管が設けられ加減圧用の配管が接続されるという構成(いわゆる加圧式)とすること自体は、甲10(特開平8−20826号公報、甲2(特開昭) 62−289363号公報)、甲11(実願昭63−130228号(実開平2−53847号)のマイクロフィルム)、甲12(実願平1−89474号(実開平3−31063号)のマイクロフィルム)において、加圧式の場合、注湯精度、溶湯品質等の点で傾動式よりも優れていることが記載されているから、当業者がこれを適用することは容易に想起できるものと認められる。
 しかし、このことは、当業者が甲1発明から出発してこれにいわゆる加圧式の容器を採用しようと考えた後は、加圧式の容器であれば性質上当然具備するはずの構成のほかそのすべての個々の具体的構成は当然に適用できることを意味するものではない。そして、甲1発明の傾動式の容器であれば、その傾動式の容器であるという性質自体から、溶湯を出し入れするために注湯口及び受湯口が必要であることが導かれるが、加圧式の容器の場合は、一つの流路を通して溶湯の導入と導出とを行う注湯方式であり加減圧用の配管が容器に接続されていればよいのであるから、傾動式の容器で必要な受湯口及び受湯口小蓋は必須なものではない。したがって、甲1発明の傾動式の容器に接した当業者がこれを加圧式の取鍋にすることを考える際、あえて、必須なものではない受湯口及び受湯口小蓋を具備したままの構造とするのであれば、そうした構造を採用する十分な具体的理由が存する必要があるというべきである。
 しかるに、上記(1)に記載したように、本件発明1は、容器内を加圧して容器内に導入された配管を介して容器内の溶融材料を外部に導出するという構成において、容器本体の上部には、開閉可能なハッチが設けられ、このハッチは容器内に溶融金属を供給する度に開けられるが、このハッチに内圧調整用の貫通孔を設けるという構成をとることにより、ハッチを開けて加熱器を容器内に挿入して予熱をする際に、内圧調整用の貫通孔に対する金属の付着を確認することができ、内圧調整に用いるための配管や孔の詰まりを未然に防止できるという作用効果を有するものである。そうすると、本件発明1と上記(2)に記載したような甲1発明とを対比すると、甲1発明は取鍋を運搬車輌に搭載し公道を介して工場間で運搬するという技術的課題を有し、その課題解決手段としては、上記(2)ア(ウ)〜(キ)記載のような運搬用車輌に搭載し公道上を搬送されるに適した構成を採用しており、技術分野は同じくするものの、その技術的課題は、傾動式取鍋の安全な工場間運搬(甲1発明)と加圧式取鍋特有の内圧調整用配管の詰まりの防止(本件発明1)というように基本的に異なっており、その課題解決手段も、注湯口、受湯口の密閉手段や運搬用車両への係止手段が設けられた構成(甲1発明)と「前記貫通孔は、前記ハッチ…に設けられ」た構成(本件発明1の相違点E)というように異なっており、その機能や作用についても異なるものであるから、そのような甲1発明に接した当業者が、本件発明1の相違点Eの構成を容易に想起することができたと認めることはできない。
 審決の相違点Eについて容易想到であるとした判断には誤りがあり、原告の取消事由1は理由がある。

特許第3489678号

        
           甲1発明                            本件発明






「レベルシフタ」拒絶審決取消請求事件

<発明が成立しその効果を発揮するには、「高電位部から隔てられた領域ないし位置に電界効果トランジスタを配置する構成」が求められるはずであるにもかかわらず、単に「電界効果トランジスタに低電位部が接続されている」との構成を採用する本願請求項に記載の発明により課題が解決されるものとは認められず、電界効果トランジスタが高電位部に近接配置された本願発明について、サポート要件を充足するものと認めることはできないとされた。

事件番号  平成20年(行ケ)第10357号
事件名  審決取消請求事件
裁判年月日  平成21年03月17日
裁判所名  知的財産高等裁判所 
判決データ:  PAT-H20-Gke-10357.pdf

第1 原告の求めた裁判
「特許庁が不服2006−5772号事件について平成20年8月18日にした審決を取り消す。」との判決
第2 事案の概要
 本件は、富士電機株式会社がした後記特許出願(以下「本願」という。)について、同社から特許を受ける権利を承継した原告が、本願に対する拒絶査定を不服として審判請求をしたが、同請求は成り立たないとの審決がされたため、その取消しを求める事案である。

(中略)

3 審決の理由の要旨
 審決は、本願発明は発明の詳細な説明に記載されたものでないから、平成14年法律第24号による改正前の特許法(以下、単に「特許法」という。)36条6項1号に規定する要件(いわゆるサポート要件)を満たしていないと判断した。
 審決の理由中、上記判断に係る部分は、以下のとおりである。
(1) そこで、本願の特許請求の範囲の記載が、特許法36条6項1号に規定する要件を満たしているか否かについて以下に検討する。
 まず、請求項1の記載に基づいて分析すると、本願発明は以下のとおりである。
(構成a)「半導体基板上に形成されるパワーデバイス制御駆動用のレベルシフタ」に関する発明である。
(構成b)「中間電位回路と電気的に一端が接続されるレベルシフト抵抗」を有するものである。
(構成c)「前記レベルシフト抵抗の他端と電気的に一端が接続される高耐圧ピンチ抵抗領域」を有するものである。
(構成d)「前記レベルシフト抵抗の他端と前記高耐圧ピンチ抵抗領域の一端との間に接続される出力端子」を有するものである。
(構成e)「前記高耐圧ピンチ抵抗領域の他端と電気的にドレイン領域が接続されるNチャネルの電界効果トランジスタ領域」を有するものである。
(構成f)「前記電界効果トランジスタ領域のソース領域が低電位回路に接続される」ものである。
(2) ここにおいて、本願発明の「レベルシフト抵抗」についてみると、当該「レベルシフト抵抗」は、その一端が「中間電位回路」と電気的に接続され、他端が「高耐圧ピンチ抵抗領域」に接続されていることが明らかである。
 また、本願発明の「高耐圧ピンチ抵抗領域」についてみると、当該「高耐圧ピンチ抵抗領域」は、その一端が「レベルシフト抵抗」と電気的に接続され、他端が「Nチャネル電界効果トランジスタ領域」の「ドレイン領域」と電気的に接続されていることが明らかである。
(3) そこで、本願発明おける「レベルシフト抵抗」、「高耐圧ピンチ抵抗領域」、及び「Nチャネル電界効果トランジスタ領域」の接続関係について整理すると、これら3つの要素は、上記(2)に記載された電気的な接続関係が特定されているのみであり、その空間的な配置、すなわち、「半導体基板」において、「レベルシフト抵抗」、「高耐圧ピンチ抵抗領域」、及び「Nチャネル電界効果トランジスタ領域」がどのような場所に形成され、互いにどのような位置関係を有するのかについては特定されていない。
 したがって、「レベルシフト抵抗」、「高耐圧ピンチ抵抗領域」、及び「Nチャネル電界効果トランジスタ領域」が上記(2)に記載された電気的な接続関係を満たす「レベルシフタ」であれば、半導体基板において「レベルシフト抵抗」、「高耐圧ピンチ抵抗領域」、及び「Nチャネル電界効果トランジスタ領域」がどのような場所に形成され、互いにどのような位置関係を有するのかに関係がなく、本願発明の技術的範囲に含まれることは明らかであり、その一例として、「レベルシフト抵抗」、「高耐圧ピンチ抵抗領域」、及び「Nチャネル電界効果トランジスタ領域」が、上記(2)に記載された電気的な接続関係を満たすものの、半導体基板において相互に分離されていない近接した位置に存在する「レベルシフタ」も、本願発明の技術的範囲に含まれるものであることが明らかである。

(中略)

(5) 以上より、発明の詳細な説明に記載されているのは、
 「従来の構成のレベルシフタでは信頼性が十分ではなく、高温、高湿条件下においてMOSFETに高バイアスが印加されるとMOSFETのしきい値を低下させ、それによりレベルシフタの耐圧を低下させてしまうという」課題を解決するために、
 「MOSFETへの高バイアス印加を低減させ、信頼性を向上させたレベルシフタを提供すること」を目的とし、
 「電界効果トランジスタをレベルシフト抵抗及び高耐圧ピンチ抵抗等の高電位部から引き離して配置する」という構成を有し、
 「高電位部からの影響による電界効果トランジスタへの高バイアス印加を低減することが可能となり、レベルシフタの長期的な信頼性を向上させることができる」という効果を奏する「レベルシフタ」に関する発明であり、その実施の形態として発明の詳細な説明に記載されているものも、全て「電界効果トランジスタをレベルシフト抵抗及び高耐圧ピンチ抵抗等の高電位部から引き離して配置する」構成を有している。
 したがって、上記(3)において例示した、本願発明の技術的範囲に含まれる、「レベルシフト抵抗」、「高耐圧ピンチ抵抗領域」、及び「Nチャネル電界効果トランジスタ領域」が、上記(2)に記載された電気的な接続関係を満たすものの、半導体基板において相互に分離されていない近接した位置に存在する「レベルシフタ」は、課題、目的、構成、実施の形態、効果のいずれの観点からみても、発明の詳細な説明の記載と対応しないものであるから、そのような「レベルシフタ」は発明の詳細な説明に記載されておらず、かつ、発明の詳細な説明の記載から自明なものでもないことは明らかである。

 したがって、本願発明は、発明の詳細な説明に記載されていない事項を技術的範囲に含むものであるから、発明の詳細な説明に記載されたものではない。

(中略)

第5 当裁判所の判断

(中略)

ウ上記イによれば、本願発明が解決すべき課題は、電界効果トランジスタ(MOSFET)への高バイアス印加の低減であると認められるところ、発明の詳細な説明の段落【0047】の記載(上記イ(ス))によれば、同課題は、「電界効果トランジスタをレベルシフト抵抗及び高耐圧ピンチ抵抗等の高電位部から引き離して配置することとしたため」に解決されるものであり、また、発明の詳細な説明に記載された各実施例をみても、それらはいずれも、高電位部と分離され、又は高電位部から隔てられた領域ないし位置に電界効果トランジスタを配置する構成であると認められる。
 他方、近接配置された本願発明については、当業者において上記課題が解決されるものと認識することができることを窺わせる記載は、上記イを含め発明の詳細な説明に何ら存在せず(なお、段落【0011】(上記イ(ウ))は、請求項1の記載(本願発明の構成)を再掲した上、その効果を結論的に述べるものにすぎない。)、また、本願当時の当業者の技術常識に照らし、当業者において、そのように認識することができたものと認めるに足りる証拠もない。
 したがって、近接配置された本願発明について、サポート要件を充足するものと認めることはできない。
原告は、本願発明においては、電界効果トランジスタに低電位部が接続されているのであるから、本願発明が上記課題を解決するものであることは明らかである旨主張するが、上記のとおり、発明の詳細な説明の段落【0047】(上記イ(ス))には、上記課題が「電界効果トランジスタをレベルシフト抵抗及び高耐圧ピンチ抵抗等の高電位部から引き離して配置することとしたため」に解決されたものである旨明記されているところであり、その他、単に「電界効果トランジスタに低電位部が接続されている」との構成を採用することにより上記課題が解決されるものと認めるに足りる証拠はないから、原告の上記主張を採用することはできない。
(3) 以上のとおりであるから、取消事由は理由がない





「遠赤外線放射体」特許権侵害差止等請求控訴事件

事件番号  平成20年(ネ)第10013号
事件名  特許権侵害差止等請求控訴事件
裁判年月日  平成21年03月18日
裁判所名  知的財産高等裁判所
判決データ:  PAT-H20-ne-10013.pdf

1 事案の概要
 控訴人は、名称を「遠赤外線放射体」とする発明について本件特許権(特許第3085182号。平成8年2月8日出願〔特願平8−22180号〕、平成12年7月7日設定登録。請求項の数5。以下「本件特許」)を有しているところ、本件明細書(平成16年9月14日付け訂正審決による訂正後の明細書。甲3。以下「本件明細書」)の特許請求の範囲の請求項1の記載は、次のとおりである(以下「本件発明」)。
 「セラミックス遠赤外線放射材料の粉末と、全体に対し自然放射性元素の酸化トリウムの含有量として換算して0.3以上2.0重量%以下に調整したモナザイトの粉末とを共に10μm以下の平均粒子径としてなる混合物を、焼成し、複合化してなることを特徴とする遠赤外線放射体。」
2 原審の大阪地裁に提起された訴訟は、甲事件、乙事件及び丙事件とから成り、本件特許権者である控訴人(1審甲・乙・丙事件原告)が、被控訴人ら(1審甲事件被告、1審乙事件被告及び1審丙事件被告)に対し、被控訴人らが製造販売している遠赤外線放射体はいずれも本件発明の技術的範囲に属し、同商品を製造販売等する被控訴人らの行為は控訴人の本件特許権を侵害すると主張して、被控訴人らに対し、同商品の製造販売等及び同商品のカタログの配布の差止めと同商品、その製造装置及び同商品のカタログの廃棄を求めるとともに、特許権侵害の不法行為による損害賠償(訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を含む。)を請求する事案である。
 原判決は、本件特許の明確性要件の充足の有無について、次の判断を示し、本件特許についての被控訴人らの各物件の構成要件充足性や、進歩性等の本件特許の他の無効理由についての判断を示すまでもないとして、甲・乙・丙事件原告の請求はいずれも理由がないとして棄却したので、控訴人が本件控訴を提起した。
 すなわち、原判決は、本件明細書(甲2、乙A20の2)の特許請求の範囲の記載中「共に10μm以下の平均粒子径としてなる混合物」との記載は、それが具体的にどのような平均粒子径を有する粒子からなる混合物を指すかが不明であるというほかないから、特許法36条6項2号の明確性要件を満たしておらず、同法123条1項4号の無効理由を有する、としたものである。

(中略)

第5 当裁判所の判断
当裁判所も、本件発明は、特許法の定める明確性の要件を満たさないという無効理由を有するから、原判決と同じく、控訴人の請求を棄却すべきと判断する。
 その理由は、次に付加するほか、原判決の「事実及び理由」欄の「第3 当裁判所の判断」に記載したとおりであるから、これを引用する。
2 控訴人の主張(1)について
(1) 控訴人は、本件発明の「10μm以下の平均粒子径」については、本件明細書(甲2、乙A20の2)の段落【0035】の記載を踏まえれば、「10μm以下の平均粒子径」を限界値として特定するものではなく、境界値として特定しているにすぎず、本件明細書(甲2、乙A20の2)の記載の解釈として、「10μm以下の平均粒子径」という場合に、「平均粒子径」の「径」が「体積相当径」を意味することは明らかであって、その上で、体積相当径で算出したものについて、算術平均で平均粒子径を算出するものであると主張する。
 しかし、本件特許の特許請求の範囲において、「10μm以下の平均粒子径」との文言で記載され、発明の詳細な説明(本件明細書(甲2、乙A20の2)の段落【0035】)において、「遠赤外線放射体は、…製造される。これによって、放射線源材料は均一に分散、分布されると共に、遠赤外線放射材料との粒子間が緻密化される。そのため、特に、遠赤外線放射材料と放射線源材料はできるだけ細かな粒子の微粉末とすることが好ましく、一般に、10μm以下の平均粒子径とすることが好ましい。…そして、それらの粒度が細かい程、自然放射性元素の放射性崩壊によるエネルギ線をより効果的に遠赤外線放射材料に吸収させることができる。」とのように具体的にその技術的意義が説明されているものを、できるだけ細かいものであればよいという見地から、当然に、単なる境界値として特定しているにすぎないということはできない。また、「10μm以下の平均粒子径」という場合の「粒子径」については、技術的に見て、粒子をふるいの通過の可否等の見地から二次元的に捉えたり、体積等の見地から三次元的に捉えるなど様々な見地があり得る中で、本件明細書(甲2、乙A20の2)を精査しても、「粒子径」をどのように捉えるのかという見地からの記載はなく、平均粒子径の定義(算出方法)や採用されるべき測定方法の記載も存しない。これを踏まえると、本件発明の「10μm以下の平均粒子径」の「径」を、本件明細書の段落【0035】等の記載に照らして当然に、ふるい径等の幾何学的径や投影面積円相当径等ではなく体積相当径という意味であるということは困難であるし、仮に体積相当径とみることができたとしても、後記2〜4にも照らせば、本件発明の「10μm以下の平均粒子径」が特許法にいう明確性要件を満たすということはできない。
 以上によれば、控訴人の上記主張は採用することができない。
(2) 控訴人は、計量法は、「粒度」を二次元的に定義し、検定検査規則8条は、粒子の表面積から算出した粒子径、粒子の長短等のような他の表現を禁止している、そして、日本工業規格(JIS Z 8901〔甲29〕)は、「(1)粒径…光散乱法による球相当径、…で表したもの。」、「6.2平均粒子径平均粒子径は、付属書によって測定し、表23の値に適合しなければならない。なお、付属書による方法と同等な測定値が得られる他の測定方法を用いてもよい。」と規定し、レーザ光による光散乱法による球相当径で平均粒子径を測定してもよいとされるものであって、平均粒子径の範囲も上記日本工業規格によって子細に制限され、測定装置の測定結果がその範囲内に入る必要がある、そうすると、計量法及び上記日本工業規格に従って測定装置の校正を行えば、「平均粒子径」が特定できる、本件明細書は、計量法を遵守し、同法と整合性のある日本工業規格の定義に従った表現を用いるものであり、違法になり得ないと主張する。
 しかし、本件明細書の記載が計量法を遵守し日本工業規格の定義に従っていたとしても、そのことから、本件発明の「10μm以下の平均粒子径」という文言が特許法にいう明確性要件を満たすことが当然に導かれることにはならない。また、日本工業規格(JIS Z 8901〔甲29〕)については、試験用粒子の粒径(粒子径)について、「ふるい分け法によって測定した試験用ふるいの目開きで表したもの、沈降法によるストークス相当径で表したもの、顕微鏡法による円相当径で表したもの及び光散乱法による球相当径、並びに電気抵抗試験方法による球相当値で表したもの」のいずれかと定義されており(甲29・「2.用語の定義(1)粒径」の欄)、一義的に特定されているものではなく、また、同粒子の平均粒子径は、「光学顕微鏡法又は透過型電子顕微鏡法により撮影した粒子径の直径の平均値」と定義されている(甲29・「2.用語の定義(7)平均粒子径」の欄)。そうすると、こうした上記JIS(甲29)を根拠として、「平均粒子径」の意義が、レーザ光による光散乱法による球相当径による測定に一義的に特定されるということはできないし、その他、本件記録を精査しても、計量法及び上記日本工業規格に従って校正を行えば、測定方法が異なる測定装置で平均粒子径を測定した場合にあっても同一の値が測定されると認めるに足りる証拠はない。
 以上によれば、控訴人の上記主張は採用することができない。
(3) 控訴人は、セラミックス業界(ニューセラミックス、ファインセラミックスを扱う業界を含む業界)では、原材料の粒子を円相当径、球相当値(JIS Z8901「試験用粉体及び試験用粒子」の用語の定義〔甲29〕参照)として呼称していたから、当該粒子の形状が円、球とは全く似つかない異形であるにもかかわらず,「粒子径」として粒子を円相当径、球相当値とする「径」で表したものであり、このような、同業界で一般的に扱われている「10μm以下の平均粒子径」の表現は、測定装置あるいは測定方法まで特定する必要性はなく、どのような測定装置を使用しても平均粒子径が10μm以下であるかが確認できればよいという意味であると解すれば足りるものであると主張する。
 しかし、上記(2)に説示したとおり、JIS Z 8901〔甲29〕を根拠として、「平均粒子径」の意義が、レーザ光による光散乱法による球相当径による測定に一義的に特定されるということはできないし、また、後記3、4の説示に照らせば、セラミックス業界における技術の普及度に照らし、「10μm以下の平均粒子径」との表現が、測定装置あるいは測定方法まで特定する必要のないものであったということもできない。さらに、前記(1)の説示に照らせば、本件発明の「10μm以下の平均粒子径」という文言は、できるだけ細かいものであればよいという見地からの単なる境界値ということはできず、あくまで、具体的な技術的意義を有する発明特定事項というべきである。そうすると、このような「10μm以下の平均粒子径」との文言について、「10μm」という数値自体ではなく、「10μm以下の平均粒子径」という文言が明確であるかどうかを検討するに当たり、この文言の意義が、どのような測定装置を使用しても「平均粒子径」が10μm以下であるかが確認できればよいという意味であると解して明確性の要件を満たすとすることは、当業者に過度の試行錯誤を課するものであって発明特定事項の開示として相当でなく、また、「平均粒子径」について明確性の要件の充足は要しないというに等しいものというほかない。
 以上によれば、控訴人の上記主張は採用することができない。





「ヒートシール装置」拒絶審決取消事件

事件番号  平成20年(行ケ)第10305号
事件名  審決取消請求事件
裁判年月日  平成21年03月25日
裁判所名  知的財産高等裁判所
判決データ:  PAT-H20-Gke-10305.pdf

    主 文
1 特許庁が不服2008−1551号事件について平成20年7月2
日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は、被告の負担とする。
  事実及び理由
第1 請求
 主文同旨
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
 原告は、特許庁に対し、平成10年8月10日、発明の名称を「ヒートシール装置」とする発明について、特許出願(特願平10−225547号)をしたが、平成19年12月20日に拒絶査定を受け、平成20年1月18日、不服の審判(不服2008−1551号事件)を請求した。
 特許庁は、平成20年7月2日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、同月14日、その謄本を原告に送達した。
2 特許請求の範囲等
 本願の願書に添付した明細書(以下、図面と併せて「本願明細書」という。)の特許請求の範囲(請求項の数8)の請求項1の記載は、次のとおりである(以下、請求項1に係る発明を「本願発明」という。甲4。別紙「本願明細書【図7】」参照)。
「【請求項1】合成樹脂層を含む積層体からなる包材をチューブ状とし、該チューブ状の包材を、加熱機構を有する開閉自在な一対の加圧部材を用いて、液面下で横断状にヒートシールするシール装置において、加圧部材の少なくとも一方の作用面に、シール帯域の容器内面側外側に隣接して合成樹脂溜まりを形成し得る溝が設けられていることを特徴とするヒートシール装置。」

(中略)

ウ容易想到性の検討
 本願発明と引用発明の相違点は、「本願発明は、合成樹脂溜まりを形成し得る溝が、シール帯域の外側に隣接して設けられているのに対し、引用発明ではシール帯域の端部に設けられている」点にある(争いない)。本願発明と引用発明との相違は、合成樹脂溜まりを形成する「溝」の設置場所のみであって、その構成における相違点は、一見すると、極めて僅かであるとの印象を与える。
 しかし、上記のとおり、「溝」の設置場所の相違点によって、本願発明においては、シール帯域から流出した合成樹脂で容器内側に波打った溶融樹脂ビードが形成されないようにする解決手段を提供するのに対して、引用発明においては、シール帯域からの合成樹脂の流れ出しを規制してシール帯域の樹脂量を確保する解決手段を提供するものであるという点で、解決課題及び解決手段において、大きな相違があるというべきである。
 そこで、引用発明を出発点として、周知例(甲2、甲3)を適用することによって、本願発明が容易に想到することができたか否かを検討する。
 引用発明は、シール帯域内に合成樹脂溜まり部を設けて、熱融着に寄与するポリエチレン樹脂の量を確保することにより、「接合強度を維持」するようにしたものであるから、単に、「溝を設けた部分に形成される合成樹脂溜まり部を非溶着の熱シールされない部分とする」ことを開示する周知例(甲2、3)を指摘することによって、その周知の技術を適用して、引用発明とは異なる解決課題と解決手段を示した本願発明の構成に至ることが容易であるということはできない。引用発明は、接合強度維持を目的とした技術であるのに対し、周知技術は、接合強度維持に寄与することとは関連しない技術であるから、本願発明と互いに課題の異なる引用発明に周知技術を適用することによって「本願発明の構成に達することが容易であった」という立証命題を論理的に証明できたと判断することはできない。

(2) 小括
 以上のとおり、引用発明に周知例を適用することによって、本願発明の相違点に係る構成に到達することができたとする審決の判断、すなわち「引用発明において密封性にはそれほど寄与しない合成樹脂溜まり部を、シール帯域の外側に隣接し、シール帯域としては機能しない部分として配置することも当業者が容易になし得たものと認める。」とした審決の判断には、その余の点を判断するまでもなく、誤りがあるというべきである。その他、被告は縷々主張するが、いずれも結論に影響を及ぼす主張とはいえない。





「キシリトール調合物」拒絶審決取消事件

事件番号  平成20年(行ケ)第10261号
事件名  審決取消請求事件
裁判年月日  平成21年03月25日
裁判所名  知的財産高等裁判所 
判決データ:  PAT-H20-Gke-10261.pdf

     主 文
1 特許庁が不服2004−9407号事件について平成20年3月4日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は、被告の負担とする。
    事実及び理由
第1 請求
 主文同旨
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
 原告は、発明の名称を「上気道状態を治療するためのキシリトール調合物」とする発明について、平成11年3月24日(パリ条約による優先権主張外国庁受理1998年3月24日(US)アメリカ合衆国1998年12月23日(US)アメリカ合衆国)を国際出願日として特許出願(国際出願番号PCT/US99/06436。日本国内出願番号特願2000−537427)をしたが、平成16年2月3日付けの拒絶査定を受け、同年5月6日、不服の審判(不服2004−9407号事件)を請求し、同年12月28日に手続補正をした。
 特許庁は、平成20年3月4日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決(以下「審決」という。)をし、同謄本は平成20年3月18日に原告に送達された。
2 特許請求の範囲
 平成19年12月28日付け手続補正書(甲8)により補正された後の明細書(以下「本願明細書」という。)における特許請求の範囲の請求項1の記載は、次のとおりである(以下、請求項1に係る発明を「本願発明」という。)。
 「【請求項1】鼻の鬱血、再発性副鼻洞感染、又はバクテリアに伴う鼻の感染又は炎症を治療又は防止するために、それを必要としている人に対して鼻内へ投与するための鼻洗浄調合物であって、
 キシリトールを水溶液の状態で含有しており、キシリトールが水溶液100cc当たり1から20グラムの割合で含有されている調合物。」
3 審決の理由
 別紙審決書写しのとおりである。要するに、本願発明は、国際公開第98/03165号パンフレット(以下「引用例1」という。)及び特表平6−507404号公報(以下「引用例2」という。)に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものである、というものである。
 上記判断に際し、審決が認定した引用例1記載の発明(以下「引用発明」という。)の内容並びに本願発明と引用発明との一致点及び相違点は、以下のとおりである。
(1) 引用発明の内容
 引用発明は、「水溶液1mlあたり400mgのキシリトールを含有する、S.pneumoniaeによる上気道感染を治療するための経口投与用溶液製剤」である(審決書5頁1行〜3行参照)。
(2) 一致点
 再発性副鼻洞感染、又はバクテリアに伴う鼻の感染を治療又は防止するために、それを必要としている人に対して投与するためのキシリトールを水溶液の状態で含有している調合物である点(審決書5頁10行〜13行参照)
(3) 相違点
 相違点1
 本願発明が鼻内へ投与するための鼻洗浄調合物であるのに対し、引用発明は経口投与用溶液製剤である点(審決書5頁15行〜16行参照)
 相違点2
 本願発明がキシリトールが水溶液100cc当たり1から20グラムの割合で含有されているのに対し、引用発明は水溶液1mlあたり400mgのキシリトールを含有する点(審決書5頁18行〜20行参照)

(判旨)

(2) 引用発明と引用発明2との組合せの容易想到性について
 審決は、引用例1に引用例2を組み合わせることによって、引用例1のキシリトールの投与により上気道感染を処置する際に、経口投与に代えて、全身投与より低い投与量で投与し得る感染部位への投与、すなわち、鼻への投与を採用し、鼻内へ投与するための鼻洗浄調合物とすることは当業者が容易に想到し得ると判断した。
 しかし、審決の上記認定及び判断には、以下のとおり誤りであり、当該認定及び判断の誤りは審決の結論に影響を及ぼすと解すべきである。
 特許法29条2項が定める要件は、特許を受けることができないと判断する側(特許出願を拒絶する場合、又は拒絶を維持する場合においては特許庁側)が、その要件を充足することについての判断過程について論証することを要する。同項の要件である、当業者が先行技術に基づいて出願に係る発明を容易に想到することができたとの点は、先行技術から出発して、出願に係る発明の先行技術に対する特徴点(先行技術と相違する構成)に到達することが容易であったか否かを基準として判断されるべきものであるから、先行技術の内容を的確に認定することが必要であることはいうまでもない。また、出願に係る発明の特徴点(先行技術と相違する構成)は、当該発明が目的とした課題を解決するためのものであることが通常であるから、容易想到性の有無を客観的に判断するためには、当該発明の特徴点を的確に把握すること、すなわち、当該発明が目的とする課題を的確に把握することが必要不可欠である。そして、容易想到性の有無の判断においては、事後分析的な判断、論理に基づかない判断及び主観的な判断を極力排除するために、当該発明が目的とする「課題」の把握又は先行技術の内容の把握に当たって、その中に無意識的に当該発明の「解決手段」ないし「解決結果」の要素が入り込むことのないように留意することが必要となる。さらに、当該発明が容易想到であると判断するためには、先行技術の内容の検討に当たっても、当該発明の特徴点に到達できる試みをしたであろうという推測が成り立つのみでは十分ではなく、当該発明の特徴点に到達するためにしたはずであるという示唆等の存在することが必要であるというべきである(知財高等裁判所平成20年(行ケ)第10096号審決取消請求事件・平成21年1月28日判決参照)。そこで、以下、これらの点を踏まえて、検討する。

(中略)

b 引用例1の開示内容
 以上の記載によれば、引用例1には、水溶液1mlあたり400mgのキシリトールを含有する、S.pneumoniaeによる上気道感染を治療するための経口投与用溶液製剤に関する引用発明の内容が開示されているものの、投与量及び副作用に着目した格別の課題及び解決手段は、一切示されていないと解される。
(イ) 引用例2の記載
 前記認定のとおり、引用例2は、専ら「感染部位」を「気道下部」とする疾患を対象とした治療方法を提供するものであり、該治療方法の好ましい態様においては、抗炎症剤及び抗感染剤が感染部位である「気道下部」に直接的にエアロゾル粒子の形態で投与されることが記載開示されている。
(ウ) 本願明細書の記載等
a 本願明細書(甲3)の記載
 本願明細書には、次の記載がある
「【0005】本発明の目的は、鼻咽頭への感染及びそれらの感染に伴う症状を低減するための調合物及び方法を提供することである。
 本発明の別の目的は、鼻咽頭を清浄にしてそこに存在する病原性バクテリアの個体数を低減するための手段を提供することである。本発明のさらに別の目的は、耳炎、副鼻腔炎を低減するとともに上気道の炎症に起因する喘息の発病度を低下させるための調合物及び方法を提供することである。
【0006】本発明のさらに別の目的は、鼻咽頭感染に対する付加的治療のためにキシリトール/キシロースを効果的に投与する方法を提供することである。さらに別の目的は、高度な調合技術や投与技術を必要とすることなく、迅速に、効果的に、効率的に、自然に、安全かつ安価に上記目的を達成することである。さらに別の目的は、長時間の保存性、安全性、多目的性、効率性、安定性及び信頼性を有するとともに、安価で調合及び投与が可能な製造物によって上記目的を達成することである。」
b 本願発明の課題
 上記本願明細書には、本願発明の課題として、上気道の一部である鼻咽頭への感染及びそれらの感染に伴う症状を低減するための調合物及び方法を提供すること、鼻咽頭感染に対する付加的治療のためにキシリトール/キシロースを効果的に投与する方法を提供すること、安全性、効率性等を達成する目的等を実現することが明記されている。
イ引用例1及び引用例2の組合せの容易性に関する判断
 以下のとおり、引用例1に引用例2を組み合わせることによって、相違点1(本願発明が鼻内へ投与するための鼻洗浄調合物であるのに対し、引用発明は経口投与用溶液製剤であるとの相違点)に係る構成に到達することはないと判断する。すなわち、
(ア) 引用例1には、「水溶液1mlあたり400mgのキシリトールを含有する、S.pneumoniaeによる上気道感染を治療するための経口投与用溶液製剤」が記載され、また、「上気道感染において子供に食品であるキシリトールチューインガムによって、キシリトールを経口(全身)投与する臨床試験結果」が示されているが、キシリトールを「経口投与用」溶液製剤として用いることによる作用、機序、副作用回避等の事項までが格別開示されているわけではない。
 引用例2には、PIV3、Ad−5、又は他の感染性剤により引き起こされた病気を患っている検体の気道下部に、病気等の緩和、回復のために、小さい粒子のエアロゾルの形態の有効量のコルチコステロイド又は抗炎症薬を直接デリバリーするための手段を含んで成る治療装置を提供する発明が開示されている。
 引用発明(上気道感染について子供達にキシリトールチューインガムの形態で経口(全身)投与をするとの臨床試験に基づいて想到した「水溶液1mlあたり400mgのキシリトールを含有する、・・・上気道感染を治療するための経口投与用溶液製剤」)と引用発明2(肺炎等の気道下部感染症においてコルチコステロイド等をエアロゾルの形態で局所投与をする処置方法)とは、解決課題、解決に至る機序、投与量等に共通性はなく、相違するから、それらを組み合わせる合理的理由を見いだすことはできないし、そもそも、エアロゾルの形態のままでは吸気しながら鼻へ投与すると、有効成分(キシリトール)が感染部位とは異なる気道下部にまで到達することがあるため、感染部位である鼻内への局所投与の実現は、困難であるというべきである。
 以上のとおりであり、引用例1に接した当業者は、これに気道下部の感染を緩和するための目的でエアロゾルの形態の有効量のコルチコステロイド又は抗炎症薬を投与する引用例2を適用することによって、安全性、多目的性、効率性、安定性等を有するとともに、安価で調合及び投与を可能とするために採用された本願発明の構成(相違点1の構成)に容易に想到できたと解することはできない。
(イ) この点について、成分や用途に係る医薬品等に係る発明が存在する場合に、その投与量の軽減化、安全性の向上等を図ることは、当業者であれば、当然に目標とすべき解決課題といえるであろうし、そのための手段として格別の技術的要素を伴うことなく、課題を解決することができる場合もあり得よう。
 しかし、そのような事情があるからといって、審決が、本願発明の相違点1の構成は、引用例2の記載内容から容易であるとの理由を示して結論を導いている場合に、その理由付けに誤りがある以上、上記のような事情が存在することから直ちに審決のした判断を是認することは許されない。
 けだし、審決書の理由に、当該発明の構成に至ることが容易に想到し得たとの論理を記載しなければならない趣旨は、事後分析的な判断、論理に基づかない判断など、およそ主観的な判断を極力排除し、また、当該発明が目的とする「課題」等把握に当たって、その中に当該発明が採用した「解決手段」ないし「解決結果」の要素が入り込むことを回避するためであって、審判体は、本願発明の構成に到達することが容易であるとの理解を裏付けるための過程を客観的、論理的に示すべきだからである。
(ウ) 被告は、仮に、引用例2の摘記事項(G)の記載が気道下部の疾患のみの開示であり、引用例2の認定に関する誤りがあったとしても、@全身投与に比べて局所投与をすると少ない総投与量で既知の副作用を回避することができるという利点は、局所投与に起因するものであるから、「気道下部」の疾患に限らず、「上気道」の疾患に対しても局所投与をすることにより得られるであろうと当業者が当然に理解することができる、Aそうすれば、引用例2に接した当業者にとって、上気道感染の治療に関する引用発明において、経口投与に代えて、経口投与に比べ、低い全投与量で、感染部位により高い濃度の薬をデリバリーでき、副作用を回避できることが期待される鼻内への局所投与を採用することは容易に想到し得る、Bそして、鼻内投与の形態として、エアロゾルや鼻洗浄調合物が周知であるから、具体的な鼻内投与の態様を鼻洗浄調合物とすることに何ら困難性はないので、容易想到性を認めた審決の判断に影響を及ぼさない旨を主張する。しかし、上記(ア)及び(イ)で述べたとおり、引用発明に引用発明2を組み合わせることにより、本願発明の相違点1に係る構成に到達することができたとする審決の判断は是認できないのであるから、被告の上記主張の当否については、審判手続において、改めて出願人である原告に対して、本願発明の容易想到性の有無に関する主張、立証をする機会を付与した上で、審決において再度判断するのが相当であるといえる。
ウ小括
 以上のとおりであるから、引用例1のキシリトールの投与により上気道感染を処置する際に、経口投与に代えて、鼻への投与を採用し、鼻内へ投与するための鼻洗浄調合物とすることは、当業者が引用発明及び引用発明2に基づいて容易に想到し得るとした審決の判断は誤りである。





「内燃機関の排ガス浄化方法及び浄化装置」拒絶審決取消事件

<周知技術であるとしたことが特許法第50条の拒絶理由の通知義務違反とされた事例。>

事件番号  平成20年(行ケ)第10433号
事件名  審決取消請求事件
裁判年月日  平成21年09月16日
裁判所名  知的財産高等裁判所 
判決データ:  PAT-H20-Gke-10433.pdf

ウ さらに、審決は、拒絶理由通知においてなんら摘示されなかった公知技術(周知例1及び2)を用い、単にそれが周知技術であるという理由だけで、拒絶理由を構成していなくとも、特許法29条1、2項にいういわゆる引用発明の一つになり得るものと解しているかのようである。
 すなわち、審決は、相違点1について、「排ガスがリーンのときに、NOx浄化触媒としてNOxを触媒表面へ吸着するものは周知(例えば、周知例1及び周知例2参照。以下「周知技術1」という。)であることから、相違点1に係る本願発明の発明特定事項は周知である。」と説示し、また、相違点2についても、「内燃機関がリーン運転しているとき、前記NOx浄化触媒で排ガス中のNOxを吸着し、吸着後に、排ガスを数秒間ストイキもしくはリッチの状態とし、前記NOx浄化触媒で吸着したNOxを還元剤と接触反応させてN2に還元して排ガスを浄化することは周知(‥‥‥)であり、相違点2に係る本願発明のように時間及び深さを決定することは、周知例1及び周知例3の周知技術2を勘案すれば、適宜なし得る設計的事項に過ぎないものである。」、そして、「本願発明は、引用発明、周知技術1及び周知技術2に基づいて当業者が容易に発明することができたものである」という説示をしているが、誤りである。
 被告主張のように周知技術1及び2が著名な発明として周知であるとしても、周知技術であるというだけで、拒絶理由に摘示されていなくとも、同法29条1、2項の引用発明として用いることができるといえないことは、同法29条1、2項及び50条の解釈上明らかである。確かに、拒絶理由に摘示されていない周知技術であっても、例外的に同法29条2項の容易想到性の認定判断の中で許容されることがあるが、それは、拒絶理由を構成する引用発明の認定上の微修整や、容易性の判断の過程で補助的に用いる場合、ないし関係する技術分野で周知性が高く技術の理解の上で当然又は暗黙の前提となる知識として用いる場合に限られるのであって、周知技術でありさえすれば、拒絶理由に摘示されていなくても当然に引用できるわけではない。被告の主張する周知技術は、著名であり、多くの関係者に知れ渡っていることが想像されるが、本件の容易想到性の認定判断の手続で重要な役割を果たすものであることにかんがみれば、単なる引用発明の認定上の微修整、容易想到性の判断の過程で補助的に用いる場合ないし当然又は暗黙の前提となる知識として用いる場合にあたるということはできないから、本件において、容易想到性を肯定する判断要素になり得るということはできない。
 この点に関する被告の主張は失当であり、原告らの主張が正当である。
エ 以上により、審決には、上述のいずれについても、特許法159条2項で準用する同法50条に反する違法がある。





「旅行業向け会計処理システム」審決取消請求事件

特許庁による「訂正を認める。本件審判の請求は、成り立たない。」との審決を維持した事例。>

事件番号  平成20年(行ケ)第10151号
事件名  審決取消請求事件
裁判年月日  平成21年05月25日
裁判所名  知的財産高等裁判所  
判決データ:  PAT-H20-Gke-10151.pdf

2 本件特許発明が自然法則を利用した技術的思想の創作に該当すると判断した誤り(取消事由2)について
 当裁判所は、審決が、本件特許発明は自然法則を利用した技術的思想の創作に該当するとした判断に誤りはなく、取消事由2は理由がないと判断する。その理由は、以下のとおりである。
(1) 請求項1に係る発明について
ア 請求項1に係る発明は、旅行業向け会計処理装置の発明であり、経理ファイル上に、「売上」と「仕入」とが、「前受金」、「未収金」、「前払金」、「未払金」と共に、一旅行商品単位で同日付けで計上されるようにしたことを特徴とする(1P)。その構成は、電子ファイルである経理ファイル(1A)、第1の計上要求操作(「売上」及び「仕入」の同日付計上を要求)と第2の計上要求操作(「入金」又は「支払」の計上を要求)があったことをそれぞれ判別する操作種別判定手段(1B)、操作種別判定手段により第1の計上要求操作ありと判定されたときに実施される第1の計上処理手段(1C)、操作種別判定手段により第2の計上要求操作ありと判定されたときに実施される第2の計上処理手段(1D)を有し、第1の計上処理手段(1C)は、前受金判定手段(1E)、売上計上処理手段(1F)、前払金判定手段(1G)、仕入計上処理手段(1H)を含み、第2の計上処理手段(1D)は、売上仕入済み判定手段(1I)、売上仕入前計上処理手段(1J)、売上仕入後計上処理手段(1K)を含み、さらに、売上仕入前計上処理手段(1J)は、操作種別判定手段(1L)、前受前払金の計上処理手段(1M)を含み、売上仕入後計上処理手段(1K)は、操作種別判定手段(1N)、未収未払金の計上処理手段(1O)を含むものである。そして、上記各手段は、コンピュータプログラムがコンピュータに読み込まれ、コンピュータがコンピュータプログラムに従って作動することにより実現されるものと解され、それぞれの手段について、その手段によって行われる会計上の情報の判定や計上処理が具体的に特定され、上記各手段の組み合わせによって、経理ファイル上に、「売上」と「仕入」とが、「前受金」、「未収金」、「前払金」、「未払金」と共に、一旅行商品単位で同日付けで計上されるようにするための会計処理装置の動作方法及びその順序等が具体的に示されている。
 そうすると、請求項1に係る発明は、コンピュータプログラムによって、上記会計上の具体的な情報処理を実現する発明であるから、自然法則を利用した技術的思想の創作に当たると認められる。





「有核顆粒およびその製造法」特許権存続期間延長登録出願拒絶審決取消事件

事件番号  平成20年(行ケ)第10477号
事件名  審決取消請求事件
裁判年月日  平成21年05月27日
裁判所名  知的財産高等裁判所  
判決データ:  PAT-H20-Gke-10477.pdf

第4 当裁判所の判断
1 取消事由1(本件特許に係る特許発明の内容の認定の誤り)について
 原告は、審決には本件特許に係る特許発明の要旨認定を誤った違法があると主張するので、検討する。
(1) 本件特許に係る特許発明の内容について
ア 本件特許の出願公告時の特許請求の範囲の記載は、前記第2、2(1)のとおりである。
 証拠(甲40〜47)によれば、本件特許については、@出願公告後、特許異議の申立てがされたことから、原告は、平成9年4月7日付け手続補正書(甲45)により、特許請求の範囲の記載を補正したこと、Aその後、平成10年2月2日付け特許異議の決定(甲47)記載の理由により、同日付けの拒絶査定(甲46)を受けたことから、原告は、同年4月22日付けで同査定に対する不服の審判を請求し、同年5月21日付け手続補正書(甲42)により、特許請求の範囲の記載を補正したこと、Bその後、同年7月3日付けで特許査定(甲44)を受けたことが、いずれも認められる。
 上記各事実及び弁論の全趣旨によれば、本件特許の設定登録時の特許請求の範囲の記載は、前記第2、2(2)のとおりであることが認められる(なお、上記各補正〔特に、平成10年5月21日付け手続補正書(甲42)による補正〕が補正の要件を欠くものであることから、その補正がされなかつた特許出願について特許がされたものとみなされる〔平成5年法律第26号による改正前の特許法42条参照〕旨の主張、立証はなく、また、本件特許の設定登録後、訂正審判請求又は訂正請求により、特許請求の範囲の記載が訂正されたことから、その訂正後における明細書等により特許権の設定の登録がされたものとみなされる〔特許法128条参照〕旨の主張、立証もない。)。
イ 特許法67条の3第1項1号は、「その特許発明の実施に第六十七条第二項の政令で定める処分を受けることが必要であつたとは認められないとき。」と規定する。同号にいう「特許発明」とは、「特許法を受けている発明」(特許法2条2項)を意味するというべきであるから、本件出願について同号の規定する拒絶理由の有無を判断するに当たり、本件特許に係る特許発明の内容は、出願公告時の特許請求の範囲の記載ではなく、設定登録時の特許請求の範囲の記載に基づいて、確定されるべきことは当然である。
ウ 審決は、前記第2、3のとおり、本件処分が公告時発明(審決にいう「本件特許発明」)の実施に必要な処分であったとは認められないから、本件出願は特許法67条の3第1項1号の規定により拒絶すべきであると判断した。審決は、本件処分が本件特許に係る特許発明の実施に必要な処分であったか否かを判断するに当たり、設定登録時の特許請求の範囲の記載に基づくのではなく、公告時発明の特許請求の範囲の記載に基づいて、特許発明の内容を認定した点において、誤りがあるというべきである。
(2) 被告の主張に対し
ア 被告は、特許権の存続期間の延長登録の出願の審査及び審判は、その出願時に出願人が提出した資料に基づいて行われるのであるから、本件出願の願書に添付された本件公告公報の特許請求の範囲の記載に基づいてした審決の認定、判断に、違法はないと主張する。
 確かに、証拠(甲1、2、13、16、19)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件出願の願書に本件公告公報を添付し、また、同出願に係る審査、審判を通じ、本件公告公報の特許請求の範囲の記載に基づいて、本件特許に係る特許発明の実施に本件処分が必要であった旨説明したことが認められる。
 しかし、上記の経緯を前提としても、以下のとおり、被告の上記主張は失当である。
(ア) すなわち、特許法67条の2第2項は、特許権の存続期間の延長登録の出願に係る願書には、経済産業省令で定めるところにより、延長の理由を記載した資料を添付しなければならない旨を規定する。法がこのような規定を設けた趣旨は、出願人に、願書に資料を添付させることよって、迅速な審査や審判手続の実現を目指すことにあるのは明らかである。
 同条の上記の趣旨に照らすならば、このような規定があるからといって、審査及び審判において、存続期間延長登録出願に係る特許に係る特許発明の内容を認定するに当たって、出願人の提出に係る資料のみに基づいてされなければならないものではなく、また、出願人の提出に係る資料に基づいて、審査及び審判を実施しさえすれば、違法とはならないと解することもできない。

(イ) また、特許法施行規則38条の16第1号は、特許権の存続期間の延長登録の出願に係る願書に添付しなければならないとされている特許法67条の2第2項所定の「延長の理由を記載した資料」として、「その延長登録の出願に係る特許発明の実施に特許法第六十七条第二項の政令で定める処分を受けることが必要であったことを証明するため必要な資料」と規定している。
 これを受けて、特許庁は、「特許・実用新案審査基準」を作成、公表し、その「第VI部特許権の存続期間の延長」の「2.5 延長の理由を記載した資料の記載事項」の項には、特許法施行規則38条の16第1号所定の資料に該当するものの一つとして、「特許発明であること(登録日、満了日、特許料の納付状況等)」とし、それを裏付けるための資料が例示されている(当裁判所に顕著な事実)。
 しかし、そもそも、特許原簿のように特許庁に備えられているものまで、「証明するため必要な資料」に該当すると解することには疑問があるのみならず、そのことによって、審査、審判を担当する特許庁審査官、特許庁審判官が、特許原簿など特許庁に備えられている資料との照合を省略することが正当化される理由はない。
イ 被告は、「ランソプラゾール」はベンツイミダゾール骨格以外に特殊な官能基を有する化合物であるところ、登録時発明にいう「ベンツイミダゾール系薬物」は単にベンツイミダゾール骨格を有することを特定するものにすぎず、公告時発明にいう「主薬」と同様に、「ランソプラゾール」との同一性を論じるに足りる記載とはいえないから、本件特許に係る特許発明の要旨認定の誤りは、審決の結論に影響しないと主張する。
 しかし、登録時発明について、審決は何ら判断していないのであるから、被告の上記主張の当否については、再開されるべき審判手続において、原告に意見陳述の機会を与えた上で、審決において判断すべきものである。被告の上記主張は、審決を適法とする理由としては、主張自体失当というべきである。
(3) 小括
 以上検討したところによれば、審決は本件特許に係る特許発明の内容の認定を誤ったものであり、この誤りが審決の結論に影響することは明らかである。原告主張の取消事由1は理由がある。





「医薬」特許権存続期間延長登録出願拒絶審決取消事件

事件番号  平成20年(行ケ)第10458号
事件名  審決取消請求事件
裁判年月日  平成21年05月29日
裁判所名  知的財産高等裁判所 
判決データ:  PAT-H20-Gke-10458.pdf

第4 当裁判所の判断
 当裁判所は、本件出願に対し、本件先行処分があったことを理由として、本件発明の実施に政令で定める処分を受けることが必要であったとは認められないとした審決の判断には、以下の2点(「特許法67条の3第1項1号該当性の誤り」及び「先行処分に係る延長登録の効力の及ぶ範囲についての誤り」)において誤りがあり、その誤りは、いずれも審決の結論に影響するものであるから、審決を取り消すべきものと判断する。その理由は、以下のとおりである。
 従来、先行処分を理由として特許権の存続期間が延長された後に、さらに処分(後行処分)がされ、後行処分があったことを理由とする延長登録の出願の可否が争われた事案においては、専ら、先行処分を理由として存続期間が延長された特許権の効力がどの範囲まで及ぶかという観点(特許法68条の2)から検討されてきた。本件においても、例外ではなく、審決は、専ら、上記の論点から検討を加えて、結論を導いている。
 しかし、先行処分を理由として存続期間が延長された特許権の効力がどの範囲まで及ぶかという点は、特許発明の実施に政令で定める処分を受けることが必要であったか否かとの点と、常に直接的に関係する事項であるとはいえない。むしろ、本件を含む、特許権の存続期間の延長登録の出願を拒絶すべきとした審決の判断の当否を検討するに当たっては、拒絶すべきとの査定(審決)の根拠法規である特許法67条の3第1項1号の要件適合性を検討することが必須である。そこで、まず、その観点から検討する。
1 特許法67条の3第1項1号該当性の誤り
 審決は、前記第2、3のとおり、本件先行処分が本件処分の前にされていたから、本件発明の実施に政令で定める処分を受けることが必要であったとは認められないとして、本件出願を特許法67条の3第1項1号の規定により拒絶すべきものと判断した。
 しかし、審決の上記判断には、以下のとおり誤りがある。
(1) 特許法67条の3第1項1号の趣旨等
ア 特許法67条の3第1項1号の要件
 特許法67条の3第1項は、柱書きにおいて「審査官は、特許権の存続期間の延長登録の出願が次の各号の一に該当するときは、その出願について拒絶をすべき旨の査定をしなければならない。」と、1号において、「その特許発明の実施に第六十七条第二項の政令で定める処分を受けることが必要であつたとは認められないとき。」と、それぞれ規定している。
 上記規定によれば、特許権の存続期間の延長登録の出願に関し、同条1号所定の拒絶査定をするための処分要件(要件事実)は、「その特許発明の実施に第六十七条第二項の政令で定める処分(判決注本件においては、薬事法14条1項所定の医薬品の承認)を受けることが必要であつたとは認められないとき」であり、そのいわゆる主張、立証責任は、あげて、拒絶査定をする被告において負担する。
 この点、被告は、特許権の存続期間に関する特許法67条2項において、「特許権の存続期間は、その特許発明の実施について安全性の確保等を目的とする法律の規定による許可その他の処分であつて当該処分の目的、手続等からみて当該処分を的確に行うには相当の期間を要するものとして政令で定めるものを受けることが必要であるために、その特許発明の実施をすることができない期間があつたときは、5年を限度として、延長登録の出願により延長することができる。」と規定されていることから、「当該処分の目的、手続等からみて当該処分を的確に行うには相当の期間を要する」ことを、逆に、延長登録をすべき旨の査定をするための要件であるかのような主張をする。しかし、被告の同主張は、以下のとおり、失当である。すなわち、特許法67条2項の上記部分は、どのような処分を特許権の存続期間の延長の理由とすべきかに関して、特許法が政令に委任するに当たり、処分の目的・手続等の観点から一定の制約を設けた規定にすぎないのであって(なお、特許法施行令3条において、薬事法の承認と農薬取締法の登録が規定されている。)、上記の事項が、個別的具体的な事案において、延長登録をすべき旨の査定をするための処分要件になるものではない。
 のみならず、特許権の存続期間の延長登録の制度が制定された当初(昭和62年改正法が施行された昭和63年1月1日当時)は、特許発明の実施をすることができなかった期間が2年を超えることを延長登録の要件としていたが、その後、同要件が廃止された(平成11年法律第41号)ことに照らしても、「当該処分を的確に行うには相当の期間を要すること」が、延長登録の要件に含まれるというような解釈が採用できないことは明らかである。
イ 特許発明の存続期間の延長登録制度の趣旨
 特許権の存続期間の延長登録の制度が設けられた趣旨は、以下のとおりである。すなわち、「その特許発明の実施」について、特許法67条2項所定の「政令で定める処分」を受けることが必要な場合には、特許権者は、たとえ、特許権を有していても、特許発明を実施することができず、実質的に特許期間が侵食される結果を招く(もっとも、このような期間においても、特許権者が「業として特許発明の実施をする権利」を専有していることに変わりはなく、特許権者の許諾を受けずに特許発明を実施する第三者の行為について、当該第三者に対して、差止めや損害賠償を請求することが妨げられるものではない。したがって、特許権者の被る不利益の内容として、特許権のすべての効力のうち、特許発明を実施できなかったという点にのみ着目したものである。)。そして、このような結果は、特許権者に対して、研究開発に要した費用を回収することができなくなる等の不利益をもたらし、また、一般の開発者、研究者に対しても、研究開発のためのインセンティブを失わせるため、そのような不都合を解消させて、研究開発のためのインセンティブを高める目的で、特許発明を実施することができなかった期間、5年を限度として、特許権の存続期間を延長することができるようにしたものである。

(中略)

 このように、特許権の存続期間の延長登録の制度は、特許発明を実施する意思及び能力があってもなお、特許発明を実施することができなかった特許権者に対して、「政令で定める処分」を受けることによって禁止が解除されることとなった特許発明の実施行為について、当該「政令で定める処分」を受けるために必要であった期間、特許権の存続期間を延長するという方法を講じることによって、特許発明を実施することができなかった不利益の解消を図った制度であるということができる。
 そうとすると、「その特許発明の実施に政令で定める処分を受けることが必要であった」との事実が存在するといえるためには、@「政令で定める処分」を受けたことによって禁止が解除されたこと、及びA「政令で定める処分」によって禁止が解除された当該行為が「その特許発明の実施」に該当する行為(例えば、物の発明にあっては、その物を生産等する行為)に含まれることが前提となり、その両者が成立することが必要であるといえる。
 以上の点を前提として整理する。特許法67条の3第1項1号は、「その特許発明の実施に・・・政令で定める処分を受けることが必要であつたとは認められないとき。」と、審査官(審判官)が、延長登録出願を拒絶するための要件として規定されているから、審査官(審判官)が、当該出願を拒絶するためには、@「政令で定める処分」を受けたことによっては、禁止が解除されたとはいえないこと、又は、A「『政令で定める処分』を受けたことによって禁止が解除された行為」が「『その特許発明の実施』に該当する行為」に含まれないことを論証する必要があるということになる(なお、特許法67条の2第1項4号及び同条2項の規定に照らし、「政令で定める処分」の存在及びその内容については、出願人が主張、立証すべきものと解される。)。換言すれば、審決において、そのような要件に該当する事実がある旨を論証しない限り、同号所定の延長登録の出願を拒絶すべきとの判断をすることはできないというべきである。

(中略)

 ところで、本件においては、本件処分の前である平成15年3月14日に、先行医薬品を対象とする本件先行処分がされている。
 しかし、本件先行処分の対象となった先行医薬品は、本件発明の技術的範囲に含まれないこと、本件先行処分を受けた者が、本件特許権の特許権者である原告でもなく、専用実施権者又は登録された通常実施権者でもないことは、当事者間に争いがなく、本件先行処分によって禁止が解除された先行医薬品の製造行為等は本件発明の実施行為に該当するものではない。本件においては、本件先行処分が存在するものの、本件先行処分を受けることによって禁止が解除された行為が、本件発明の技術的範囲に属し、本件発明の実施行為に該当するという関係が存在するわけではない。
 したがって、本件先行処分の存在は、本件発明に係る特許権者である原告にとって、本件発明の技術的範囲に含まれる医薬品について薬事法所定の承認を受けない限り、本件発明を実施することができなかった法的状態の解消に対し、何らかの影響を及ぼすものとはいえない。本件先行処分の存在は、本件発明の実施に当たり、「政令で定める処分」(本件では薬事法所定の承認)を受けることが必要であったことを否定する理由とならない。
(3) 小括
 上記検討したところによれば、審決は、その「4−1 医薬品における『物』と『用途』の解釈」の項における説示の当否にかかわらず、本件先行処分の存在を理由として、本件発明の実施に政令で定める処分を受けることが必要であったとは認められないから、本件出願は特許法67条の3第1項1号により拒絶すべきであると判断した点に誤りがあり、この誤りが審決の結論に影響することは明らかである。
2 先行処分に係る延長登録の効力の及ぶ範囲についての誤り
 当裁判所は、審決が、先行処分を理由とする特許権の存続期間が延長された場合の当該特許権の効力を、処分の対象となった品目とは関係なく、「有効成分(物)」、「効能・効果(用途)」を同一とする医薬品に及ぶものと解して、原告のした延長登録の出願に対して、政令で定める処分を受けることが必要であったとは認められないと判断した点に関し、特許法68条の2の解釈上の誤りがあると解する。その理由は、以下のとおりである。
(1) 特許法68条の2の趣旨について
 特許法68条の2は、「特許権の存続期間が延長された場合(第六十七条の二第五項の規定により延長されたものとみなされた場合を含む。)の当該特許権の効力は、その延長登録の理由となつた第六十七条第二項の政令で定める処分の対象となつた物(その処分においてその物の使用される特定の用途が定められている場合にあつては、当該用途に使用されるその物)についての当該特許発明の実施以外の行為には、及ばない。」と規定している。
 上記規定は、特許権の存続期間が延長された場合の当該特許権の効力は、その特許発明の全範囲に及ぶのではなく、「政令で定める処分の対象となった物(その処分においてその物に使用される特定の用途が定められている場合にあっては、当該用途に使用されるその物)」についてのみ及ぶ旨を定めている。これは、特許請求の範囲の記載によって特定される特許発明の技術的範囲が「政令で定める処分」を受けることによって禁止が解除された範囲よりも広い場合に、「政令で定める処分」を受けることが必要なために特許権者がその特許発明を実施することができなかった範囲(「物」又は「物及び用途」の範囲)を超えて、延長された特許権の効力が及ぶとすることは、特許権者と第三者の公平を欠くことになるからである。すなわち、特許権の存続期間の延長登録の制度は、特許権者がその特許発明を実施する意思及び能力を有するにもかかわらず、特許法67条2項所定の「安全性の確保等を目的とする法律」の規定によりその特許発明の実施が妨げられた場合に、実施機会の喪失による不利益を解消させる制度であるから、そのような不利益の解消を超えて、特許権者を有利に扱うことは、制度の趣旨に反することになる。
(2) 「政令で定める処分」が薬事法所定の承認である場合における「政令で定める処分」の対象となった「物」について
 以上のとおり、特許法68条の2は、特許発明の実施に薬事法所定の承認が必要であったことを理由として存続期間が延長された場合、当該特許権の効力は、薬事法所定の承認の対象となった物(物及び用途)についての当該特許発明の実施以外の行為には及ばないとする規定である。
 そこで、「政令で定める処分」が薬事法所定の承認である場合、薬事法の承認の対象になった物(物及び用途)に係る特許発明の実施行為の範囲について、検討する。
 薬事法14条1項が、「医薬品・・・の製造販売をしようとする者は、品目ごとにその製造販売についての厚生労働大臣の承認を受けなければならない。」と規定しており、同項に係る承認に必要な審査の対象となる事項は、「名称、成分、分量、構造、用法、用量、使用方法、効能、効果、性能、副作用その他の品質、有効性及び安全性に関する事項」(薬事法14条2項3号参照。なお、平成16年法律第135号による改正前の薬事法14条2項柱書きでは、審査の対象となる事項は、「名称、成分、分量、構造、用法、用量、使用方法、効能、効果、性能、副作用等」とされている。)とされていること、薬事法14条9項が、「第一項の承認を受けた者は、当該品目について承認された事項の一部を変更しようとするとき(当該変更が厚生労働省令で定める軽微な変更であるときを除く。)は、その変更について厚生労働大臣の承認を受けなければならない。この場合においては、第二項から前項までの規定を準用する。」と規定していること(なお、平成16年法律第135号による改正前の薬事法14条7項の規定も同じ。)に照らすならば、薬事法上の「品目」とは、形式的には、上記の各要素によって特定されたそれぞれの物を指し、それぞれを単位として、承認が与えられるものというべきである。
 次に、特許法68条の2によって、存続期間が延長された場合の特許権の効力の範囲を特定する要素について、実質的な観点から、詳細に検討する。
 まず、品目を構成する要素のうち、「名称」は医薬品としての客観的な同一性を左右するものではない。また、「副作用その他の品質」、「有効性」及び「安全性」は、医薬品としての客観的な同一性があれば、これらの要素もまた同一となる性質のものであるから、特定のための独立の要素とする必要性はない。現に、薬事法所定の承認に際し、医薬品としての同一性の審査にかかわるのは、「成分、分量、構造、用法、用量、使用方法、効能、効果、性能等」(薬事法14条5項、及び平成16年法律第135号による改正前の薬事法14条4項参照)とされている。さらに、「用法」、「用量」、「使用方法」、「効能」、「効果」、「性能」は、「用途発明」における「用途」に該当することがあり得るとしても(この点、「用途」に該当するというためには、特許法上、「用途発明」として、保護されるべき内容を備えていること、すなわち、客観的な「物」それ自体の構成は同一であっても、「用途」が異なることにより、特許法上、「物」の発明として「同一」とは認められないと評価されるだけの内容を備えていることが必要である。)、客観的な「物」それ自体の構成を特定するものではない。
 したがって、「政令で定める処分」が薬事法所定の承認である場合、「政令で定める処分」の対象となった「物」とは、当該承認により与えられた医薬品の「成分」、「分量」及び「構造」によって特定された「物」を意味するものというべきである。なお、薬事法所定の承認に必要な審査の対象となる「成分」とは、薬効を発揮する成分(有効成分)に限定されるものではない。
 以上のとおり、特許発明が医薬品に係るものである場合には、その技術的範囲に含まれる実施態様のうち、薬事法所定の承認が与えられた医薬品の「成分」、「分量」及び「構造」によって特定された「物」についての当該特許発明の実施、及び当該医薬品の「用途」によって特定された「物」についての当該特許発明の実施についてのみ、延長された特許権の効力が及ぶものと解するのが相当である(もとより、その均等物や実質的に同一と評価される物が含まれることは、技術的範囲の通常の理解に照らして、当然であるといえる。)。

(中略)

エ 改善多項制の下での問題点について
 特許法は、特許権の存続期間の延長登録の出願について、2以上の請求項に係る特許権の場合について格別の規定を設けていない。そして、2以上の請求項に係る特許について、請求項ごとに特許無効審判を請求することができるとしている(123条1項柱書き)のに対して、延長登録無効審判については、請求項ごとに請求することができる旨の規定を置いていないことに照らせば、2以上の請求項に係る特許権について存続期間の延長登録出願がされた場合に、一部の請求項について延長登録をし、他の請求項について拒絶査定をするというような、請求項ごとに可分的な取扱いは予定されていないものと解される。昭和62年改正法の法案作成に当たり、内閣法制局の担当官から、特許権の存続期間の延長登録について、請求項ごとに認める必要はないかという指摘がされたにもかかわらず、特許法に、そのような規定が置かれなかったという経緯も、上記の解釈を裏付けるものといえる。
 そうすると、例えば、薬事法所定の承認を受けた医薬品が、特許権の存続期間の延長登録の出願がされた特許に係る2以上の請求項のうち、ある請求項に係る発明の技術的範囲に含まれないときは、当該請求項については、特許法67条の3第1項1号の「その特許発明の実施に第六十七条第二項の政令で定める処分を受けることが必要であつたとは認められないとき。」に該当することになる。このような場合、その余の請求項について拒絶の理由を発見しないときであっても、出願を全体として拒絶すべきであるという見解も成り立ち得ないではないが、そのような結論は、発明の多面的な保護を可能とするという改善多項制の立法趣旨に照らし、妥当を欠く。実務上も、特許権の存続期間の延長登録の出願がされた2以上の請求項に係る特許に関しては、いずれかの請求項について、「その特許発明の実施に第六十七条第二項の政令で定める処分を受けることが必要であつた」場合には、特許法67条の3第1項1号によって拒絶されることはない(乙1、弁論の全趣旨)。
 ところで、このような実務を前提とした上で考察すると、仮に、特許法68条の2の「物」を「有効成分」と解釈するとしたならば、薬事法所定の承認を受けた医薬品を技術的範囲に含まない請求項に係る発明についてまで、存続期間の延長登録の効果を及ぼすことになり、そのような結果は、特許権者に不当な利益を与え、本来の存続期間の満了後に特許発明を実施しようとする者に著しい不利益を課すことになり、存続期間の延長登録の制度の趣旨に反する、不公平な結果を招く。
 この点、「政令で定める処分」の対象となった「物」に係る存続期間の延長登録の効果が及ぶ範囲を、当該承認が与えられた医薬品の「成分」、「分量」及び「構造」によって画された「物」についての特許発明を実施する行為と解するならば、「物」を「有効成分」と解することによって生ずる、特許権の存続期間の延長登録の制度の趣旨に反する不当な結果を避けることができるものといえよう。
 以上の観点からも、特許法68条の2にいう「政令で定める処分の対象」となった「物」を「有効成分」とする審決の判断は、採用することができないものというべきである。

→参考事件判決 PAT-H20-Gke-10459.pdf
「長期徐放型マイクロカプセル」特許権存続期間延長登録出願拒絶審決取消事件

→参考事件判決 PAT-H20-Gke-10460.pdf
「放出制御組成物」特許権存続期間延長登録出願拒絶審決取消事件





「高断熱・高気密住宅における深夜電力利用蓄熱式床下暖房システム」無効審決取消事件

事件番号  平成21年(行ケ)第10175号
事件名  審決取消請求事件
裁判年月日  平成22年01月28日
裁判所名  知的財産高等裁判所 
判決データ:  PAT-H21-Gke-10175.pdf

第5 当裁判所の判断
1 はじめに
 当裁判所は、「高断熱・高気密住宅」との構成を「熱損失係数が1.0〜2.5kcal/m2 ・h・℃の高断熱・高気密住宅」との構成とした本件補正は、特許法17条の2第3項の規定に反するものではないと判断する。その理由は、以下のとおりである。
 特許法17条の2第3項は、補正について、願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面(以下「出願当初明細書等」という場合がある。)に記載した事項の範囲内においてしなければならない旨を定める。同規定は、出願当初から発明の開示を十分ならしめるようにさせ、迅速な権利付与を担保し、発明の開示が不十分にしかされていない出願と出願当初から発明の開示が十分にされている出願との間の取扱いの公平性を確保するとともに、出願時に開示された発明の範囲を前提として行動した第三者が不測の不利益を被ることのないようにするなどの趣旨から設けられたものである。
 そして、発明とは、自然法則を利用した技術的思想であり、課題を解決するための技術的事項の組合せによって成り立つものであることからすれば、同条3項所定の出願当初明細書等に「記載した事項」とは、出願当初明細書等によって開示された発明に関する技術的事項であることが前提になる。したがって、当該補正が、明細書、特許請求の範囲又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入したものと解されない場合であれば、当該補正は、明細書、特許請求の範囲の記載又は図面に記載した事項の範囲内においてされたものというべきであって、同条3項に違反しないと解すべきである。
 ところで、特許法36条5項は、特許請求の範囲には、「・・・特許出願人が特許を受けようとする発明を特定するために必要と認める事項のすべてを記載しなければならない」と規定する。同規定は、特許請求の範囲には、「・・・特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項のみを記載」すべきとされていた同項2号の規定を改正したものである(平成6年法律第116号)。従来、特許請求の範囲には、発明の構成に不可欠な事項以外の記載はおよそ許されなかったのに対して、同改正によって、発明を特定するのに必要な事項を補足したり、説明したりする事項を記載することも許容されることとされた。そこで、これに応じて、特許請求の範囲に係る補正においても、発明の構成に不可欠な技術的事項を付加する補正のみならず、それを補足したり、説明したりする文言を付加するだけの補正も想定されることになる。
 したがって、補正が、特許法17条の2第3項所定の出願当初明細書等に記載した「事項の範囲内」であるか否かを判断するに際しても、補正により特許請求の範囲に付加された文言と出願当初明細書等の記載とを形式的に対比するのではなく、補正により付加された事項が、発明の課題解決に寄与する技術的な意義を有する事項に該当するか否かを吟味して、新たな技術的事項を導入したものと解されない場合であるかを判断すべきことになる。


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