知財関連 重要判決集(7)


審決取消請求事件(対訳辞書の発明該当性)
審決取消請求事件(双方向歯科治療ネットワークの発明該当性)
審決取消請求事件(「ビットの集まりの短縮表現を生成する方法」の発明該当性)
審決取消請求事件(明細書の訂正による特許請求の範囲の減縮最判
審決取消請求事件(訂正と一部無効審決の取り扱い)
特許異議の申立てがされている請求項についての訂正の効果最判
特許権侵害差止請求権不存在確認請求控訴事件
特許無効審決取消請求事件(弁理士法違反「止血用メタルクリップ」事件)
特許権等に基づく侵害差止等請求控訴事件(「溶接用セラミックエンドタブ」事件)
特許権侵害差止等請求控訴事件(「椅子式エアーマッサージ機」事件)
特許権侵害差止等請求事件(「ポットカッター」事件)
「セフジニルのA型結晶」事件
特許権に基づく製造販売禁止等請求事件(「ナイフの加工装置」事件)最判
「プライオグリーン」緑化土壌安定剤事件
「マルチトール含蜜結晶」事件
「光ディスク用ポリカーボネート成形材料」審決取消請求事件
「単クローン性抗CEA抗体4」特許権侵害差止請求事件
「アイスクリーム充填苺」特許権侵害差止等請求事件(機能的クレームの解釈)
審決取消請求事件(「除くクレーム」について)
審決取消請求事件(「人工乳首」事件)
審決取消請求事件(「プレスフェルト」事件)
除草剤事件(イミダゾール又はピラゾール誘導体)
共同発明者としての認定否定事件
パリ条約による優先権主張の手続
「カプセルベンダーマシン」事件
却下処分無効確認請求事件(特許料の納付期限徒過)
航空機衝突防止用「レーダ」審決取消請求事件
実用新案技術評価取消請求控訴事件



審決取消請求事件(対訳辞書の発明該当性)

<発明の実施の過程に人間の精神活動等と評価し得る構成を含むものであっても、本願発明が全体として、単に人間の精神活動等からなる思想の創作にすぎず、特許法2条1項所定の「発明」に該当しないとすべきではないとして、特許庁による拒絶審決を取消。>

事件番号  平成20年(行ケ)第10001号
事件名  審決取消請求事件
裁判年月日  平成20年08月26日
裁判所名  知的財産高等裁判所 
判決データ: PAT-H20-Gke-10001.pdf

 出願に係る特許請求の範囲に記載された技術的思想の創作が自然法則を利用した発明であるといえるか否かを判断するに当たっては、出願に係る発明の構成ごとに個々別々に判断すべきではなく、特許請求の範囲の記載全体を考察すべきである(明細書及び図面が参酌される場合のあることはいうまでもない。)。そして、この場合、課題解決を目的とした技術的思想の創作の全体の構成中に、自然法則の利用が主要な手段として示されているか否かによって、特許法2条1項所定の「発明」に当たるかを判断すべきであって、課題解決を目的とした技術的思想の創作からなる全体の構成中に、人の精神活動、意思決定又は行動態様からなる構成が含まれていたり、人の精神活動等と密接な関連性を有する構成が含まれていたからといって、そのことのみを理由として、同項所定の「発明」であることを否定すべきではない。
 そのような観点に照らすならば、審決の判断は、@「対訳辞書の引く方法の特徴というよりは、引く対象となる対訳辞書の特徴というべきものであって、・・・対訳辞書の特徴がどうであれ人間が行うべき動作を特定した人為的取り決めに留まるものである」などと述べるように、発明の対象たる対訳辞書の具体的な特徴を全く考慮することなく、本願発明が「方法の発明」であるということを理由として、自然法則の利用がされていないという結論を導いており、本願発明の特許請求の範囲の記載の全体的な考察がされていない点、及び、Aおよそ、「辞書を引く方法」は、人間が行うべき動作を特定した人為的取り決めであると断定し、そもそも、なにゆえ、辞書を引く動作であれば「人為的な取り決めそのもの」に当たるのかについて何ら説明がないなど、自然法則の利用に当たらないとしたことの合理的な根拠を示していない点において、妥当性を欠く。したがって、審決の理由は不備であり、その余の点を判断するまでもなく、取消しを免れない。
 のみならず、前記のとおり、本願の特許請求の範囲の記載においては、対象となる対訳辞書の特徴を具体的に摘示した上で、人間に自然に具わった能力のうち特定の認識能力(子音に対する優位的な識別能力)を利用することによって、英単語の意味等を確定させるという解決課題を実現するための方法を示しているのであるから、本願発明は、自然法則を利用したものということができる。本願発明には、その実施の過程に人間の精神活動等と評価し得る構成を含むものであるが、そのことゆえに、本願発明が全体として、単に人間の精神活動等からなる思想の創作にすぎず、特許法2条1項所定の「発明」に該当しないとすべきではなく、審決は、その結論においても誤りがある。





審決取消請求事件(双方向歯科治療ネットワークの発明該当性)

<通信ネットワーク及びコンピュータなどを用いた歯科治療システムは、その実施のために評価、判断等の精神活動も必要となるものと考えられるものの、自然法則を利用した技術的思想の創作に当たるものということができ、特許法2条1項で定義される「発明」に該当するとして、特許庁における拒絶審決を取消。>

事件番号  平成19年(行ケ)第10369号
事件名  審決取消請求事件
裁判年月日  平成20年06月24日
裁判所名  知的財産高等裁判所
判決データ:  PAT-H19-Gke-10369.pdf

 請求項1に規定された「要求される歯科修復を判定する手段」及び「前記歯科修復の歯科補綴材のプレパラートのデザイン規準を含む初期治療計画を策定する手段」には、人の行為により実現される要素が含まれ、また、本願発明1を実施するためには、評価、判断等の精神活動も必要となるものと考えられるものの、明細書に記載された発明の目的や発明の詳細な説明に照らすと、本願発明1は、精神活動それ自体に向けられたものとはいい難く、全体としてみると、むしろ、「データベースを備えるネットワークサーバ」、「通信ネットワーク」、「歯科治療室に設置されたコンピュータ」及び「画像表示と処理ができる装置」とを備え、コンピュータに基づいて機能する、歯科治療を支援するための技術的手段を提供するものと理解することができる。
 したがって、本願発明1は、「自然法則を利用した技術的思想の創作」に当たるものということができ、本願発明1が特許法2条1項で定義される「発明」に該当しないとした審決の判断は是認することができない。





審決取消請求事件(「ビットの集まりの短縮表現を生成する方法」の発明該当性)

<特許庁による拒絶審決を維持。本願発明は既存の演算装置に新たな創作を付加するものではなく、その実質は数学的なアルゴリズムそのものというほかないから、これをもって、法2条1項の定める「発明」に該当するということはできない。>

事件番号  平成19年(行ケ)第10239号
事件名  審決取消請求事件
裁判年月日  平成20年02月29日
裁判所名  知的財産高等裁判所
判決データ:  PAT-H19-Gke-10239.pdf

 甲7(審査基準第Z部第1章〔1頁〜62頁〕)によれば、コンピュータ・ソフトウェア関連発明に関する特許庁の審査基準として、請求項に係る発明が特許法上の「発明」であるためには、その発明は自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものであることが必要であるが、「ソフトウェアによる情報処理が、ハードウェア資源を用いて具体的に実現されている」場合は、当該ソフトウェアは「自然法則を利用した技術的思想の創作」であるとされ、そして、「ソフトウェアによる情報処理がハードウェア資源を用いて具体的に実現されている」とは、ソフトウェアがコンピュータに読み込まれることにより、ソフトウェアとハードウェア資源とが協働した具体的手段によって、使用目的に応じた情報の演算又は加工を実現することにより、使用目的に応じた特有の情報処理装置(機械)又はその動作方法が構築されることをいう、とされている。

(中略)

 本願発明1〜3における「ビットの集まりを生成する装置」とは、・・・(中略)・・・「長い長さのデータを短い長さのデータとして表現する技術」(上記3(2)ア)が用いられているものである。
 ここで用いられるハッシュ法は、「n」というデータを一定の法則に従って短縮化して表現しようとする場合に不可避的に発生する短縮表現の衝突(n1というデータを短縮した値m1と、n2というデータを短縮したm2が等しくなってしまうこと)の確率を可能な限り小さくするという数学的な課題を有し、本願発明は、そのための計算手順(アルゴリズム)として、・・・(中略)・・・という各演算を含むものである。したがって、本願発明1〜3はいずれも数学上の計算式、すなわちハッシュ関数として表現可能なものであり、・・・(中略)・・・いずれも数学的な計算式として表現されているところである。
(4) ところで、上記数学的課題の解法ないし数学的な計算手順(アルゴリズム)そのものは、純然たる学問上の法則であって、何ら自然法則を利用するものではないから、これを法2条1項にいう発明ということができないことは明らかである。また、既存の演算装置を用いて数式を演算することは、上記数学的課題の解法ないし数学的な計算手順を実現するものにほかならないから、これにより自然法則を利用した技術的思想が付加されるものではない。
 したがって、本願発明のような数式を演算する装置は、当該装置自体に何らかの技術的思想に基づく創作が認められない限り、発明となり得るものではない(仮にこれが発明とされるならば、すべての数式が発明となり得べきこととなる。)。
 この点、本願発明が演算装置自体に新規な構成を付加するものでないことは、原告が自ら認めるところであるし、特許請求の範囲の記載(前記第3、1(2))をみても、単に「ビットの集まりの短縮表現を生成する装置」により上記各「演算結果を生成し」これを「出力している」とするのみであって、使用目的に応じた演算装置についての定めはなく、いわば上記数学的なアルゴリズムに従って計算する「装置」という以上に規定するところがない。
 そうすると、本願発明は既存の演算装置に新たな創作を付加するものではなく、その実質は数学的なアルゴリズムそのものというほかないから、これをもって、法2条1項の定める「発明」に該当するということはできない。





審決取消請求事件(明細書の訂正による特許請求の範囲の減縮

事件番号  昭和62年(行ツ)第109号
事件名  審決取消請求事件
裁判年月日  平成3年03月19日
法廷名  最高裁判所第三小法廷
判決データ:  PAT-S62-Gtsu-109.pdf

 原審は、本件明細書の接着剤(接着層)に関する発明の詳細な説明の項の記載や図面などを参酌して、固定部材には接着剤(接着層)が含まれるものと認定判断したものであり、原審の右認定判断は、特許請求の範囲の記載文言の技術的意義が一義的に明確とはいえない場合の発明の要旨の認定の手法によったものとして首肯し得るものであるが、訂正を認容する審決の確定により、特許請求の範囲の記載文言自体が訂正されたものではないけれども、接着剤(接着層)に関する記載がすべて明細書及び図面から削除されたことによって、出願時に遡って、本件明細書の特許請求の範囲の固定部材に接着剤(接着層)が含まれると解釈して本件発明の要旨を認定する余地はなくなったものと解するのが相当である。
 したがって、本件特許につき訂正を認容する審決が確定したことにより、本件発明の特許請求の範囲の固定部材の構成は、出願の当初に遡ってこれに接着剤(接着層)を含まないものに減縮されたものと認められる。





審決取消請求事件(訂正と一部無効審決の取り扱い)

<「コンクリート製の水路壁面改良工法」事件
 2以上の請求項に係る無効審判請求においては、無効理由の存否は請求項ごとに独立して判断されるのであり、無効審判の審決において認められた訂正の効力についても、個々の請求項ごとに生ずると解するのが相当である。

事件番号  平成19年(行ケ)第10081号
事件名  審決取消請求事件
裁判年月日  平成19年06月20日
裁判所名  知的財産高等裁判所
判決データ:  PAT-H19-Gke-10081.pdf

2 なお、当裁判所において、本決定に際して考慮した問題点につき、補足して説明する。
 (1) 本件のように、2以上の請求項に係る発明についての特許を無効にすることを求める特許無効審判において、特許権者による訂正請求を認めた上で、一部の請求項に係る発明についての特許を無効とし、残りの請求項に係る発明についての特許の無効請求を不成立とする審決がされた場合に、審決のうち無効不成立とした請求項に係る部分について取消訴訟が提起されなかったときには、審決が認めた訂正の帰趨が問題となる。すなわち、上記の場合において、特許法181条2項の規定による審決の取消しの決定により、審決のうち特許を無効とした請求項に係る部分が取り消されて、審判手続が再開されたときに、同法134条の2第4項に規定する訂正請求のみなし取下げとの関係で、当該審決において認められた訂正のうち無効不成立とされた請求項に関する部分については、訂正が確定したものと解するのか、あるいは同項の規定により取り下げられたものと解するのかが問題となる。
 そこで、本決定により差し戻された事件について、今後行われる審判における審理に資するため、本件訂正の帰趨につき付言する。
 (2) 本件訂正は、本件明細書の特許請求の範囲のうち請求項4のみを訂正するものであって、その余の請求項を訂正するものではなく、また、本件審決によれば、特許請求の範囲以外の訂正事項(本件明細書の段落【0014】、【0032】、【0079】、【0080】に係るもの)はいずれも請求項4の訂正に伴い、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載との整合を図るものとされているから、本件審決は、専ら請求項4との関係で本件訂正を認めたものというべきである。そして、本件審決は、本件訂正が認められることを前提として、本件特許の請求項4に係る発明についての無効審判請求を不成立としたものであるから、本件審決中「訂正を認める。」との部分と、「特許第3749833号の請求項4に係る発明についての審判請求は、成り立たない。」との部分は、一体不可分の関係にあるというべきである。
 しかるところ、被告(審判請求人)は、本件審決中「特許第3749833号の請求項4に係る発明についての審判請求は、成り立たない。」との部分については取消訴訟を提起していないから、本件審決中の上記部分は、出訴期間の経過により確定した。けだし、特許が2以上の請求項に係るものであるときには、無効審判は請求項ごとに請求することができるものとされているのであるから(特許法123条1項柱書)、2以上の請求項について無効審判が請求されて審決においてこれに対する判断がされた場合にあっては、当該審決は、各請求項についての判断ごとに可分な行政処分として、それぞれが取消訴訟の対象となるものであり、それぞれ別個に確定するというべきであるからである。審決は、行政処分であり、その取消しを求める訴えは、当該処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者に限り、提起することができるのであり(行政事件訴訟法9条参照)、2以上の請求項に係る特許についての無効審判において、一部の請求項に係る発明についての特許を無効とし、残りの請求項に係る発明についての特許の無効請求を不成立とする審決がされた場合には、特許法178条2項の規定する当事者、参加人又は参加を申請してその申請を拒否された者のうち、審決中、特許を無効とされた請求項に係る部分については被請求人(特許権者)側のみが、無効請求が不成立とされた請求項に係る部分については請求人側のみが、取消訴訟を提起することができる。そして、審決のうち、それぞれの部分について特許法178条3項に規定する期間内に上記の者から取消訴訟が提起されなかったときには、当該部分は確定するものと解することとなる。
 そうすると、本件審決のうち「特許第3749833号の請求項4に係る発明についての審判請求は、成り立たない。」との部分が確定したことに伴って、本件審決中「訂正を認める。」との部分も確定したものと解するのが相当である(特許法134条の2第5項において準用される同法128条参照)。
 (3) 以上検討したとおり、本件訂正はすでに確定したものであるから、本決定が効力を生じた後、本件審判の手続が本件特許の請求項1及び2に関する部分について再開され、特許法134条の3第2項の規定により指定された期間内に訂正請求がされ又は同条5項の規定により同期間の末日に訂正請求がされたものとみなされても、本件訂正に関しては同法134条の2第4項の規定によるみなし取下げの効果は生じない。
 また、別件審判についても、本件訂正が確定していることを前提として、その審理が行われるべきである。
 なお、原告は、訂正審判の請求書において、本件訂正が未確定であることを前提に、訂正審判に係る明細書の請求項4及び段落【0014】、【0032】、【0079】、【0080】につき、訂正事項(C)及び訂正事項(C−1)ないし(C−4)として説明を加えているが、上記のとおり、本件訂正はすでに確定したものであるから、上記請求書における訂正事項(C)及び訂正事項(C−1)ないし(C−4)の記載は意味のないものである。
3 本件に関する判断は以上のとおりであるが、この機会に、特許法134条の2第4項の規定によるみなし取下げの効果は、請求項ごとに生じると解すべきことについて、当裁判所の見解を示しておく。
 (1) 特許法は、昭和62年法律第27号による改正により、いわゆる改善多項制を導入するとともに、2以上の請求項に係る特許については請求項ごとに無効審判請求をすることができることとしたが(特許法123条1項柱書)、その後、平成5年法律第26号による改正により、無効審判の手続において訂正請求をすることができることとし、さらに、平成11年法律第41号による改正(以下「平成11年改正」という。)により、訂正請求の当否に関し、訂正後の請求項に係る発明(ただし、無効審判請求がされていない請求項に係る発明を除く。)について、いわゆる独立特許要件の判断を行わないこととした。なお、2以上の請求項に係る発明についての特許を無効にすることを求める特許無効審判において、特許権者による訂正請求を認めた上で、一部の請求項に係る発明についての特許を無効とし、残りの請求項に係る発明についての特許の無効請求を不成立とする審決は、平成11年改正において、上記のとおり、訂正請求の当否に関し独立特許要件の判断を行わないこととされたことに伴い、現れるに至ったものである(平成11年改正前の特許法の下では、このような場合、独立特許要件を欠くとして訂正請求が全体として認められず、訂正前の特許請求の範囲の記載に基づいて、各請求項の無効理由の存否が判断されていた。)。
 このように、2以上の請求項に係る無効審判請求においては、無効理由の存否は請求項ごとに独立して判断されるのであり、個々の請求項ごとの審判が同時に進行しているものとして考えるのが、無効審判制度の趣旨に沿うものである。そうすると、無効審判の審決において認められた訂正の効力についても、個々の請求項ごとに生ずると解するのが相当である。
 そして、特許法134条の2第4項のいわゆるみなし取下げの規定は、平成15年法律第47号による改正により導入されたものであるが、上記のような無効審判制度を前提としていることは明らかであるから、その効果も請求項ごとに生じると解するのが相当である。
 (2) なお、いわゆる改善多項制が導入され、請求項ごとに無効審判請求についての判断を行う制度が採用されたため、上記のとおり、2以上の請求項に係る発明についての特許に関して、一部の請求項につき無効審判請求の審決が確定し、あるいは特許請求の範囲等の記載が訂正されることが生ずるが、このような結果が、必ずしも特許登録原簿の記載に反映されていないようにも見受けられる。仮に、特許庁において、無効審決による特許無効ないし訂正の効力が請求項ごとに生ずるとの実務運用がされていないとするならば、それは法の趣旨に反するものといわざるを得ない。





特許異議の申立てがされている請求項についての訂正の効果

<「発光ダイオードモジュールおよび発光ダイオード光源」事件
 特許異議申立事件の係属中に複数の請求項に係る訂正請求がされた場合、特許異議の申立てがされている請求項についての特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正については、訂正の対象となっている請求項ごとに個別にその許否を判断すべきである。>

事件番号  平成19年(行ヒ)第318号
事件名  特許取消決定取消請求事件
裁判年月日  平成20年07月10日
法廷名  最高裁判所第一小法廷
判決データ:  PAT-H19-Ghi-318.pdf
原審(平成18年(行ケ)第10314号)
判決データ: PAT-H18-Gke-10314.pdf


3 原審は、次のとおり判断して、本件決定の取消しを求める上告人の請求を棄却した。
 本件決定は、訂正事項bが訂正の要件に適合しないことを理由に、他の訂正事項について判断することなく、本件訂正の全部を認めなかったものであるが、その判断に違法があるということはできない。すなわち、願書に添付した明細書又は図面の記載を複数箇所にわたって訂正することを求める訂正審判の請求又は訂正の請求において、その訂正が特許請求の範囲に実質的影響を及ぼすものである場合には、請求人において訂正(審判)請求書の訂正事項を補正する等して複数の訂正箇所のうち一部の箇所について訂正を求める趣旨を特定して明示しない限り、複数の訂正箇所の全部につき一体として訂正を許すか許さないかの審決又は決定をしなければならず、たとえ客観的には複数の訂正箇所のうちの一部が他の部分と技術的にみて一体不可分の関係になく、かつ、一部の訂正を許すことが請求人にとって実益のあるときであっても、その箇所についてのみ訂正を許す審決又は決定をすることはできないと解するのが相当である(最高裁昭和53年(行ツ)第27号、第28号同55年5月1日第一小法廷判決・民集34巻3号431頁参照)。そして、この理は、いわゆる改善多項制(昭和62年法律第27号による改正後の特許法36条5項が定める請求項の記載方法)の下でも同様に妥当するというべきである。本件訂正に係る訂正請求書をみても、複数の訂正箇所のうち一部の箇所について訂正を求める趣旨を特定して明示しておらず、その訂正請求は一体不可分のものであったと解さざるを得ない。
4 しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
(1) 特許法は、一つの特許出願に対し、一つの行政処分としての特許査定又は特許審決がされ、これに基づいて一つの特許が付与され、一つの特許権が発生するという基本構造を前提としており、請求項ごとに個別に特許が付与されるものではない。このような構造に基づき、複数の請求項に係る特許出願であっても、特許出願の分割をしない限り、当該特許出願の全体を一体不可分のものとして特許査定又は拒絶査定をするほかなく、一部の請求項に係る特許出願について特許査定をし、他の請求項に係る特許出願について拒絶査定をするというような可分的な取扱いは予定されていない。このことは、特許法49条、51条の文言のほか、特許出願の分割という制度の存在自体に照らしても明らかである。一方で、特許法は、複数の請求項に係る特許ないし特許権の一体不可分の取扱いを貫徹することが不適当と考えられる一定の場合には、特に明文の規定をもって、請求項ごとに可分的な取扱いを認める旨の例外規定を置いており、特許法185条のみなし規定のほか、特許法旧113条柱書き後段が「二以上の請求項に係る特許については、請求項ごとに特許異議の申立てをすることができる。」と規定するのは、そのような例外規定の一つにほかならない(特許無効審判の請求について規定した特許法123条1項柱書き後段も同趣旨)。
(2) このような特許法の基本構造を前提として、訂正についての関係規定をみると、訂正審判に関しては、特許法旧113条柱書き後段、特許法123条1項柱書き後段に相当するような請求項ごとに可分的な取扱いを定める明文の規定が存しない上、訂正審判請求は一種の新規出願としての実質を有すること(特許法126条5項、128条参照)にも照らすと、複数の請求項について訂正を求める訂正審判請求は、複数の請求項に係る特許出願の手続と同様、その全体を一体不可分のものとして取り扱うことが予定されているといえる。
 これに対し、特許法旧120条の4第2項の規定に基づく訂正の請求(以下「訂正請求」という。)は、特許異議申立事件における付随的手続であり、独立した審判手続である訂正審判の請求とは、特許法上の位置付けを異にするものである。訂正請求の中でも、本件訂正のように特許異議の申立てがされている請求項についての特許請求の範囲の減縮を目的とするものについては、いわゆる独立特許要件が要求されない(特許法旧120条の4第3項、旧126条4項)など、訂正審判手続とは異なる取扱いが予定されており、訂正審判請求のように新規出願に準ずる実質を有するということはできない。そして、特許異議の申立てがされている請求項についての特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正請求は、請求項ごとに申立てをすることができる特許異議に対する防御手段としての実質を有するものであるから、このような訂正請求をする特許権者は、各請求項ごとに個別に訂正を求めるものと理解するのが相当であり、また、このような各請求項ごとの個別の訂正が認められないと、特許異議事件における攻撃防御の均衡を著しく欠くことになる。以上の諸点にかんがみると、特許異議の申立てについては、各請求項ごとに個別に特許異議の申立てをすることが許されており、各請求項ごとに特許取消しの当否が個別に判断されることに対応して、特許異議の申立てがされている請求項についての特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正請求についても、各請求項ごとに個別に訂正請求をすることが許容され、その許否も各請求項ごとに個別に判断されるものと考えるのが合理的である。
 被上告人は、発明を表現する明細書は常にその全体が一体不可分のものとして把握されるべきであると主張するが、昭和62年法律第27号による特許法の改正により、いわゆる一発明一出願の原則を定めていた規定が削除され、しかも一発明に複数の請求項の記載をすることが認められるようになったことを考えると、同改正後の特許法の下で、上記のように解すべき根拠を見いだすことはできない。前掲最高裁昭和55年5月1日第一小法廷判決は、いわゆる一部訂正を原則として否定したものであるが、複数の請求項を観念することができない実用新案登録請求の範囲中に複数の訂正事項が含まれていた訂正審判の請求に関する判断であり、その趣旨は、特許請求の範囲の特定の請求項につき複数の訂正事項を含む訂正請求がされている場合には妥当するものと解されるが、本件のように、複数の請求項のそれぞれにつき訂正事項が存在する訂正請求において、請求項ごとに訂正の許否を個別に判断すべきかどうかという場面にまでその趣旨が及ぶものではない。
(3) 以上の点からすると、特許異議申立事件の係属中に複数の請求項に係る訂正請求がされた場合、特許異議の申立てがされている請求項についての特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正については、訂正の対象となっている請求項ごとに個別にその許否を判断すべきであり、一部の請求項に係る訂正事項が訂正の要件に適合しないことのみを理由として、他の請求項に係る訂正事項を含む訂正の全部を認めないとすることは許されないというべきである。





特許権侵害差止請求権不存在確認請求控訴事件

事件番号  平成18年(ネ)第10040号等
事件名  特許権侵害差止請求権不存在確認請求控訴事件
裁判年月日  平成19年10月31日
裁判所名  知的財産高等裁判所
判決データ:  PAT-H18-ne-10040.pdf

a 1審被告は、通常必要とされる事実調査を超えた詳細な調査・分析を実施した旨主張するが、そのような調査は行われていない。
1審被告は、本件製品の分析に係る乙3以外には、本件特許権の無効理由の存否や本件製品が本件特許発明の技術的範囲に属するか否かについて調査・検討をしたことにつき、何ら立証しておらず、1審被告の上記主張は裏付けを欠くものである。
 また、仮に1審被告の主張を前提とするとしても、特許に無効理由が存在するのは、新規性がない場合に限られるものではなく、進歩性がない場合、その他の特許要件を欠く場合があるところ、1審被告は、保護回路のゲートとソース及びドレインの一方を電気的に接続させる材料として、ITOに代表される酸化物半導体膜を使用する先行技術がないことを確認したにすぎないから、新規性についてはともかく、進歩性その他の特許要件については、全く検討を行わなかったことになる。また、調査の対象となる先行技術の範囲は、本件特許権及びその関連出願の審査経過において引用された文献に限られるものではない。1審被告は、最低限のものとして必要な、一般的な公知例調査(公開済みの各種公報及び一般公表された技術文献の調査)も行っていない。
 さらに、前記(1)イ及び(2)イのとおり、本件特許明細書の記載から、本件特許発明が保護回路として機能しないことは明らかであり、このことは1審被告が自白したとみなされている。1審被告は、本件仮処分申立てに際して、本件特許明細書の記載に照らし、本件特許発明が保護回路として機能するかどうかについて、調査・検討を怠ったものといえる。
 以上のとおり、1審被告は、通常必要とされる注意義務を尽くさなかった。
b 無効審判請求において無効判断がされる割合や、審決取消訴訟における無効不成立審決が取り消される割合が少なくないことに照らせば、特許査定を受けたという一事をもって調査義務を免れる理由はないし、弁理士等の専門家の意見を判断の基礎としたという事情があったとしても、違法性や過失の存在を否定する理由とはならない。
 また、特許権侵害に関して、具体的な交渉が行われれば、相手方から、当該特許権に関連する先行技術が示されるのが通常である。したがって、特許権者が相手方との交渉を拒否することは、先行技術について調査・検討する機会を放棄することを意味する。本件において、1審被告は、一連の交渉において、特許権侵害に関する具体的な根拠を示さなかったのみならず、1審原告との交渉において提示したリスト(甲25)に、本件特許権を掲載しなかった。したがって、1審被告は、先行技術を認識・発見する機会を自ら放棄したものであり、このような交渉態度に照らしても、権利者としての通常の注意義務を尽くしていないといえる。
c 特許権侵害をめぐる紛争の真の相手方に対してではなく、その顧客等に対し仮処分申立てをして、当該顧客等の紛争回避的傾向を利用するような場合は、仮処分制度をその本来の目的に反して濫用するものといえる。

(中略)

4 争点(5)(信用を害する虚偽事実の告知行為又は不法行為)について
1審被告のした本件仮処分申立等が1審原告に対する関係で、不法行為を構成するか否か、及び、不競法2条1項14号所定の不正競争行為に該当するか否かについて、以下検討する。
(1) 不法行為該当性について
仮処分申立ての不法行為該当性について
 紛争の当事者が当該紛争の解決を裁判所に求め得ることは法治国家の根幹にかかわる重要な事柄であるから、裁判を受ける権利は最大限尊重されなければならず、訴えの提起について不法行為の成否を判断するに当たっては、いやしくも裁判制度の利用を不当に制限する結果とならないよう慎重な配慮が必要である。したがって、法的紛争の解決を求めて訴えを提起することは、原則として正当な行為であって、不法行為を構成することはない。しかし、提訴者が当該訴訟において主張した権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠くものである上、同人がそのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たのにあえて提起したなど、裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠く場合には、違法な行為として不法行為を構成するというべきである
(最高裁昭和60年(オ)第122号同63年1月26日第三小法廷判決・民集42巻1号1頁参照)。
 この理は仮処分の申立てにおいても異なることはなく、債権者がその主張する権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠くことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たのに、あえて販売禁止等の仮処分を申し立てた場合には、同仮処分の申立ては違法な行為として不法行為を構成すると解すべきである。
 また、当該仮処分申立てにおいて、債権者の主張した権利又は法律関係が、事実的、法律的根拠を欠くものであることを、通常人であれば容易に知り得たものとまでいえない場合であっても、権利の行使に藉口して、競業者の取引先に対する信用を毀損し、市場において優位に立つこと等を目的として、競業者の取引先を相手方とする仮処分申立てがされたような事情が認められる場合には、同仮処分の申立ては違法な行為として不法行為を構成するというべきである。当該仮処分の申立てが、違法な行為となるか否かは、当該申立てに至るまでの競業者との交渉の経緯、当該申立ての相手方の態度、仮処分に対する予測される相手方の対応等の事情を総合して判断するのが相当である。

(ア) 上記イに説示の各事実を総合すると、1審被告が本件仮処分申立て前に、本件特許明細書の記載を検討すれば、実施可能要件違反の無効理由が存在することを容易に知り得たものであり、また、通常必要とされる事実調査を行えば、本件特許権に進歩性欠如の無効理由が存在することも容易に知り得たものというべきである。
 そして、@1審原告のどの製品が1審被告の有するどの特許権をどのように侵害しているか何ら指摘することなく、ライセンス契約を締結するよう求めていた1審被告の交渉の態度、A西友に対しては、事前に警告等の措置を行った形跡はうかがわれないこと、B完成品を仕入れて一般消費者に販売する業態を採用している量販店に対して、仮処分を申し立てれば、量販店は、直ちに販売を中止するであろうことは十分に予測できたこと、C仮処分の申立てをしたことを記者に公表すれば、マスコミ等が事件報道することが予測できたこと等の諸事情を総合すれば、1審被告がした本件仮処分申立ては、専ら自己の有する複数の特許権を背景に1審原告に圧力をかけ、1審被告に有利な内容の包括的なライセンス契約を締結させるための手段として、行われたものと認められる。すなわち、本件仮処分申立ては、特許権侵害に基づく権利行使という外形を装っているものの、1審原告の取引先に対する信用を毀損し、契約締結上優位に立つこと等を目的とした行為であり、著しく相当性を欠くものと認められる。

(イ) 1審被告のした本件記者発表は、本件仮処分申立ての事実や本件仮処分事件における自己の申立内容や事実的主張、法律的主張の内容を説明したものであって、虚偽の事実を公表したものということはできない。
 しかし、本件記者発表は、上記の本件仮処分申立てに続いて直ちに実施されていることに照らすならば、新聞記者らに告知した事項を掲載した記事が作成され、報道されることにより、本件製品の需要者を含む一般の読者に、本件製品が本件特許権を侵害しているかのような印象を与える蓋然性が高く、そのような報道がされた場合、量販店であれば、販売を中止せざるを得ない状況となる。そうすると、本件記者発表は、本件製品が本件特許権を侵害しているかのような事実を広く世間に知らしめることにより、1審原告に圧力をかけ、1審被告に有利な内容の包括的なライセンス契約を締結させる手段として用いられたものということができ、正当な権利行使の一環としてされたものとは到底いえない本件仮処分申立てと同様に、著しく相当性を欠くものと認められる。

(ウ) 前記(ア)のとおり、1審被告が本件仮処分申立て前に、本件特許明細書の記載を検討すれば、実施可能要件違反の無効理由が存在することを容易に知り得たものであり、また、無効理由の有無について通常必要とされる事実調査を行えば、本件特許権に進歩性欠如の無効理由が存在することも容易に知り得たものというべきである。
(エ) 以上によれば、1審被告による本件仮処分申立て及びこれに引き続く本件記者発表は、1審原告に対する不法行為を構成するというべきである。

(2) 不競法2条1項14号所定の不正競争行為該当性について
ア 本件仮処分申立てについて
 1審原告は、1審被告が、本件仮処分申立てにより、東京地方裁判所をしてその申立書を西友に送達させた行為が、1審原告の取引先である西友に対し、本件製品が本件特許権を侵害するとの虚偽の事実を告知する行為であると主張する。
 しかし、本件全証拠によるも、本件仮処分事件に係る申立書が東京地方裁判所により西友に送達されたとの事実は認められない。なお、乙2及び弁論の全趣旨によれば、本件仮処分申立て後遅くとも平成16年12月17日までの間に、本件仮処分事件に係る申立書の内容を西友が知ったことが認められるものの、仮処分の申立てが権利者が義務者に対して権利を実現するために設けられた仮の救済制度であって、かかる救済制度の利用及びこれに当然随伴する行為を差し止めることは不競法の予定するところではない点に鑑みれば、特許権侵害等を理由とする差止の仮処分など仮の地位を定める仮処分の申立てに伴って、申立書の内容を相手方に知らしめることを、不競法2条1項14号所定の告知行為であるとすることはできない。
 したがって、1審原告の主張は採用することができない。

イ 本件記者発表について
 1審原告は、本件仮処分申立ての事実を記者に公表したことが、本件製品が本件特許権を侵害するとの虚偽の事実を告知・流布する行為であるとも主張する。
 しかし、前記(1)イ(イ)で認定したとおり、1審被告は、本件記者発表により、本件仮処分申立ての事実や本件仮処分事件における自己の申立内容や事実的主張、法律的主張の内容を説明したものであり、その公表自体について、虚偽の事実を告知・流布したものと評価することはできない(なお、1審原告は、1審被告が、本件記者発表により、本件特許以外にも1審被告保有の特許権を侵害しているとの虚偽の事実を告知・流布したことを主張するが、本件全証拠によるも、具体的にいかなる事実が告知・流布されたというのか明らかでなく、採用の限りでない。)。

ウ 差止請求の当否について
 以上のとおり、本件仮処分申立て及び本件記者発表が、不競法2条1項14号所定の不正競争行為に該当することを前提とする1審原告の主張は採用できない。したがって、1審原告の不競法3条1項に基づく差止請求は理由がない。





特許無効審決取消請求事件(弁理士法違反「止血用メタルクリップ」事件)

<権利が譲渡その他の原因により移転し権利者が変わったとしても、弁理士が、同一の特許権について、あるときは、その権利の行使又は権利の擁護に回り、あるときは一転して、その権利の無効を主張しその権利を攻撃するような行為に及ぶときは、弁理士法8条1号の規定に反する行為である。>

事件番号  平成4年(行ケ)第32号
事件名  特許無効審決取消請求事件
裁判年月日  平成4年09月16日
裁判所名  東京高等裁判所 
判決データ :  PAT-H04-Gke-32.pdf

 このような立場にある弁理士が、同一の特許権について、あるときは、その権利の行使又は権利の擁護に回り、あるときは一転して、その権利の無効を主張しその権利を攻撃するような行為に及ぶときは、当事者のみならず、広く世人をして、弁理士一般に対する信用を失墜させるおそれがあるばかりでなく、特許権を初めとする工業所有権の法的安定性に疑念を抱かせ、その権利の社会的価値を毀損し、ひいては、工業所有権制度の健全な運営と発展を阻害するに至るおそれがあるといわなければならない。
 弁理士がその自治規範として制定した弁理士会則26条が前示当事者間に争いがない内容の規定を定め、「出願人又ハ権利者ノ代理人トシテ取扱ヒタル権利ヲ攻撃スル者ノ代理人ト為」る行為を特に取り上げて、「弁理士法第八条ノ精神ニ悖戻スル行為」を唯一例示する行為として挙げ、また、前掲甲第7号証によれば、「弁理士倫理」21条が、弁理士として禁止されるべき行為として、上記行為を「相手方の代理人として取り扱った事件を受任」する行為と並立させて規定していることが認められる。このことからすれば、権利が同一のものである限り、その権利が譲渡その他の原因により移転し権利者が変わったとしても、上記行為は、弁理士一般の信用を失墜させ、工業所有権制度の健全な運営、発達を阻害するに至る重大な職業倫理違反行為と認識され、このような行為を弁理士の業務として行うことを固く禁止する法規範が弁理士法の下で確立しているものということができる。
 以上の考察に従えば、弁理士法8条1号の規定は、上記行為を含めた意味において規定されているものと解釈するのが相当である。したがって、前叙事実関係の下で、B弁理士が被告の代理人として、本件特許の無効審判を請求した行為は、同規定に違反する行為といわなければならない。





特許権等に基づく侵害差止等請求控訴事件(「溶接用セラミックエンドタブ」事件)

事件番号  平成15年(ネ)第1901号
事件名  特許権等に基づく侵害差止等請求控訴事件
裁判年月日  平成15年10月29日
裁判所名  東京高等裁判所 
判決データ:  PAT-H15-ne-1901.pdf

4 争点5(被控訴人の損害等)について
(1) 特許法102条1項の意義
 本件における被控訴人の損害賠償請求は、実用新案法29条1項及び特許法102条1項に基づくものである。以下、特許法102条1項につき規定の趣旨を検討するが、説示する内容は実用新案法29条1項についても同様である。
ア 特許法102条1項は、排他的独占権という特許権の本質に基づき、特許権を侵害する製品(以下「侵害品」ということがある。)と特許権者の製品(以下「権利者製品」ということがある。)が市場において補完関係に立つという擬制の下に設けられた規定というべきである。すなわち、そもそも特許権は、技術を独占的に実施する権利であるから、当該技術を利用した製品は特許権者しか販売できないはずであって、特許発明の実施品は市場において代替性を欠くものとしてとらえられるべきであり、このような考え方に基づき、侵害品と権利者製品とは市場において補完関係に立つという擬制の下に、同項は設けられたものである。
 このような前提の下においては、侵害品の販売による損害は、特許権者の市場機会の喪失としてとらえられるべきものであり、侵害品の販売は、当該販売時における特許権者の市場機会を直接奪うだけでなく、購入者の下において侵害品の使用等が継続されることにより、特許権者のそれ以降の市場機会をも喪失させるものである。
 したがって、同項にいう「実施の能力」については、これを侵害品の販売時に厳密に対応する時期における具体的な製造能力、販売能力ではなく、特許権者において、金融機関等から融資を受けて設備投資を行うなどして、当該特許権の存続期間内に一定量の製品の製造、販売を行う潜在的能力を備えている場合には、原則として、「実施の能力」を有するものと解するのが相当である。
イ 次に、同項にいう「侵害の行為がなければ販売することができた物」とは、侵害に係る特許権を実施するものであって、侵害品と市場において排他的な関係に立つ製品を意味するものである。
 証拠(甲15、甲31等)によれば、被控訴人は、本件実用新案権の実施品として、イ号製品の三つの型式に対応する形状・大きさの各製品3種類、ハ号製品に対応する形状・大きさの製品、本件特許権1の実施品として、ニ号ないしチ号製品に対応する形状・大きさの各製品を、それぞれ製造・販売しており、いくつかの製品については、被控訴人と控訴人で型式番号まで同じであることが認められる。そうすると、イ号、ハ号ないしチ号製品については、原判決別紙「原告商品販売価格等一覧表」(リ号及びヌ号製品に関する部分を除く。以下同じ。)記載の各被控訴人商品をもって「侵害の行為がなければ販売することができた物」と認めるのが相当である。
 この点に関して、控訴人は、ロ号製品については、被控訴人がこれに対応する製品を販売していないから、特許法102条1項の適用がない旨を主張する。しかしながら、イ号ないしハ号製品は、本件考案の技術的範囲に属するものであって、これらの間には具体的な形態につき相違があるとはいえ、本件考案の実施例の間での態様の差異にすぎないものである。そして、ロ号製品が、中央のスリットに沿って分割することで、2個の製品として使用されることが予定されているものであることに照らせば、ロ号製品に対応する被控訴人商品としては、その形状・大きさが分割後のロ号製品に最も類似するイ号製品(1)の対応品の2個分とするのが相当である。したがって、ロ号製品についても、原判決別紙「原告商品販売価格等一覧表」記載の被控訴人商品(イ号製品(1)の対応品の2個分)をもって「侵害の行為がなければ販売することができた物」と認めるのが相当である。
ウ 上記のとおり、「実施の能力」が、必ずしも侵害品販売時に厳密に対応する時期における具体的な製造販売能力を意味するものではなく、侵害品の販売により影響を受ける権利者製品の販売が、侵害品販売時に対応する時期におけるものにとどまらないことに照らせば、同項にいう「侵害の行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの利益の額」についても、侵害品の販売時に厳密に対応する時期における具体的な利益の額を意味するものではなく、侵害品の販売により影響を受ける販売時期を通じての平均的な利益額と解するのが相当であり、また、「単位数量当たりの利益の額」は、仮に特許権者において侵害品の販売数量に対応する数量の権利者製品を追加的に製造販売したとすれば、当該追加的製造販売により得られたであろう利益の単位数量当たりの額(すなわち、追加的製造販売により得られたであろう売上額から追加的に製造販売するために要したであろう追加的費用(費用の増加分)を控除した額を、追加的製造販売数量で除した単位数量当たりの額)と解すべきである。このように特許法102条1項にいう「単位数量当たりの利益の額」が仮定的な金額であることを考慮すると、その金額は、厳密に算定できるものではなく、ある程度の概算額として算定される性質のものと解するのが相当である。
 具体的な事案において、特許権者が侵害品の販売時に厳密に対応する時期において現実に権利者製品の製造販売を行っている場合には、当該時期における権利者製品の単位数量当たりの現実の利益額を斟酌して、特許法102条1項にいう「単位数量当たりの利益の額」を算定することが相当であるが、この場合においても、この利益額が上記のような性質を有する仮定的な金額であることに照らせば、「単位数量当たりの利益の額」は、必ずしも、当該時期における現実の利益額と一致するものではなく、現実の利益額は、同項にいう「単位数量当たりの利益の額」を認定する上での一応の目安にすぎないというべきである。



事件番号  平成11年(ワ)第19329号
事件名  特許権等に基づく侵害差止等請求事件
裁判年月日  平成15年02月27日
裁判所名  東京地方裁判所 

原審判決データ:  PAT-H11-wa-19329.pdf  PAT-H11-wa-19329-1.pdf





特許権侵害差止等請求控訴事件
(「椅子式エアーマッサージ機」事件)


<特許出願当時の公知技術等に照らし、当該対象製品に係る構成を容易に想到し得たにもかかわらず、そのような構成を特許請求の範囲に含めなかったというだけでは、当該対象製品に係る構成を特許請求の範囲から意識的に除外したということはできず、均等侵害の成立を認定した。>

事件番号  平成17年(ネ)第10047号
事件名  特許権侵害差止等請求控訴事件
裁判年月日  平成18年09月25日
裁判所名  知的財産高等裁判所
判決データ:  PAT-H17-ne-10047.pdf

 しかしながら、特許侵害を主張されている対象製品に係る構成が、特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたというには、特許権者が、出願手続において、当該対象製品に係る構成が特許請求の範囲に含まれないことを自認し、あるいは補正や訂正により当該構成を特許請求の範囲から除外するなど、当該対象製品に係る構成を明確に認識し、これを特許請求の範囲から除外したと外形的に評価し得る行動がとられていることを要すると解すべきであり、特許出願当時の公知技術等に照らし、当該対象製品に係る構成を容易に想到し得たにもかかわらず、そのような構成を特許請求の範囲に含めなかったというだけでは、当該対象製品に係る構成を特許請求の範囲から意識的に除外したということはできないというべきである。
 そうすると、控訴人の主張するように、本件特許5の出願当時、マッサージ機の脚受部に中間壁を設けることや、身体の各部との接触を緩和する材料としてチップウレタン等を採用することが公知の技術であり、被控訴人が、その特許出願手続において、脚載置部の側壁の一方に空気袋を配設し、他方にチップウレタン等を配設する構成を特許請求の範囲に含めることが可能であったとしても、そのことから直ちに、そのような構成が本件発明5に係る特許請求の範囲から意識的に除外されたということはできない。
 本件においては、本件特許5の特許権者である被控訴人が、特許出願手続において、脚載置部の側壁の一方のみに空気袋を配設し、他方にチップウレタン等を配設する構成を採用しても本件発明5の目的や効果を達成できることを明確に認識し、これをことさらに除外したと評価し得る行動をとったと認めるに足る証拠はない。
 したがって、控訴人の主張は採用できない。
(2) 均等侵害についての結論
 以上によれば、控訴人製品3、4の脚載置部の一方の側壁の空気袋をチップウレタン等に置換したとしても、同各製品の構成は本件発明5と均等なものとして、本件発明5の技術的範囲に属するということができる。

(中略)

4-2 特許法102条3項に基づく主張
(1) 被控訴人は、予備的に、特許法102条3項の実施料相当額(製品当たり5%)を損害として主張するが、前記のとおり、本件発明5は、椅子式マッサージ機の一部の動作モードが選択された場合に初めてその作用が発現し、効果自体も付随的なものにとどまることや、本件発明5の機能を備えていないとしても、脚部や尻部のマッサージ自体は行うことができ、控訴人製品の販売への影響は少ないと考えられること、さらには前記判示の事情を総合すると、実施料相当額が特許法102条1項に基づいて認められる上記損害額を超えると認めることはできない。
(2) 被控訴人は、仮に、競合品の存在を考慮して特許法102条1項ただし書を適用したとしても、被控訴人によって販売できないとされた分(99%)については、特許法102条3項の実施料相当額として販売額の5%が損害として認められるべきであると主張する。
 しかしながら、特許法102条1項は、特許侵害に当たる実施行為がなかったことを前提に逸失利益を算定するのに対し、特許法102条3項は当該特許発明の実施に対し受けるべき実施料相当額を損害とするものであるから、それぞれが前提を異にする別個の損害算定方法というべきであり、また、特許権者によって販売できないとされた分についてまで、実施料相当額を請求し得ると解すると、特許権者が侵害行為に対する損害賠償として本来請求しうる逸失利益の範囲を超えて、損害の填補を受けることを容認することになるが、このように特許権者の逸失利益を超えた損害の填補を認めるべき合理的な理由は見出し難い。
 したがって、被控訴人の主張は採用できない。





特許権侵害差止等請求事件(「ポットカッター」事件)

事件番号 平成13年(ワ)第9922号
事件名  特許権侵害差止等請求事件
裁判年月日  平成14年12月26日
裁判所名  大阪地方裁判所  
判決データ:  PAT-H13-wa-9922.pdf  PAT-H13-wa-9922-1.pdf

第2 事案の概要
 本件は、「育苗ポットの分離治具及び分離方法」という特許発明に係る特許権を有する原告が、被告に対し、被告は、@別紙イ号物件目録(1)及び(2)記載のポットカッターを製造し、A原告から貸与されたポットカッターを原・被告間の賃貸借契約に設けられた条項に反して原告以外の製造に係る連結育苗ポットの切り離し等に使用したが、上記各行為はいずれも原告の特許権の侵害に当たるとして、特許権に基づき、ポットカッターの製造、使用の差止め及び廃棄並びに損害賠償を請求した事案である。

(中略)

2 争点(2)(被告が本件禁止条項に違反して、本件ポットカッターを他社製連結育苗ポット等に使用することが、本件特許権の侵害を構成するか)について
(1) 上記第2、1(4)によれば、本件貸与契約は、本件ポットカッターという動産の賃貸借契約の形式を採用している。しかし、その内容は、原告が被告に対し、本件発明の実施品である本件ポットカッターの占有を有償で移転し、これを連結育苗ポットの分離という本件発明の目的を達成するような方法で使用することを認めるというものであり、これは、本件発明についての特許出願人である原告が育苗業者である被告に対し、本件発明を業として実施することを実施の態様として使用(特許法2条3項)のみに限定した上で許諾することと実質的に同義といえる。加えて、原告が被告以外の育苗業者数社との間でも、本件貸与契約と同様のポットカッター賃貸借契約を重畳的に締結していること(甲17〜20)を考慮すると、本件貸与契約は、原・被告間における通常実施権(同法78条1項)の設定行為という性質を有し、原告は、本件貸与契約に基づき、被告に対し、本件発明が特許された場合には、本件特許権について、実施の態様を使用に限定した上で通常実施権(以下、この通常実施権を「本件通常実施権」という。)を許諾することを約したものと解するのが相当である(本件貸与契約が本件特許権の実施許諾の性質を有することは、当事者双方も認めるところである。)。
(2) 特許法は、設定行為で範囲を定めることにより、特許権の一部に制限して通常実施権を許諾することができる旨規定するとともに(特許法78条2項)、通常実施権は、その登録をしたときには、その特許権若しくは専用実施権又はその特許権についての専用実施権をその後に取得した者に対しても、その効力を生ずると規定している(特許法99条1項)から、特許権の一部に制限して通常実施権を許諾した場合も、その内容が登録されたときは、同様の効力を生ずると解される。他方、通常実施権の法的性質は、許諾者である特許権者又は専用実施権者と通常実施権者との間における、特許権者又は専用実施権者から差止請求権や損害賠償請求権の行使を受けないことを本質的内容とする債権関係であって、その具体的内容は当事者間の契約により決定される。通常実施権の許諾に当たりいかなる制限が付されるかは、当該特許発明の重要性・価値のほか、特許権者及び通常実施権者の技術・市場において占める地位、実施権者の数・実施能力など、市場の状況を踏まえた種々の要因に応じて両当事者の意図により契約毎に決定され、制限(時間的、場所的、内容的)の具体的内容・程度・期間にも、厳格なものから緩やかなものまで広範な態様が存在する。このように、法的には許諾者と通常実施権者との間の債権関係にすぎず、現実にも広範な態様のものが存在する通常実施権の許諾の制限について、そのすべての違反行為が物権的権利としての特許権の侵害を構成し、特許権者から差止請求権(特許法100条)及び損害賠償請求権(民法709条)を行使されるとともに、刑事罰(特許法196条)による制裁の対象となり得ると解するのは相当でない。
(3) ところで、特許法は、専用実施権(特許法77条)の設定について、登録を効力発生要件と定めており(特許法98条1項2号)、専用実施権の設定の登録を申請するときは、申請書に設定すべき専用実施権の範囲を記載しなければならない(特許登録令44条1項1号)。したがって、専用実施権の設定に際して付された範囲の制限は、それが登録された場合には専用実施権の内容として効力を生じ、その範囲内では特許権者の権利も制限される一方、その制限に違反する行為は特許権の侵害となる(特許法100条)。これに対し、専用実施権の設定に際して付された制限のうち登録されていない事項に違反した場合の効果について、特許法は規定していない。通常実施権についても同様である。
 そうすると、通常実施権者が通常実施権の許諾に付された制限に違反することが特許権侵害を構成するか否かを判断するに当たっては、通常実施権の許諾にそのような制限を付し、かつ、当該制限を遵守させる行為が、特許法に規定された権利の本来的な行使(以下「本来的行使」という。)と評価できるか否かという観点から検討されなければならず、本来的行使に当たらない制限を付すこと(以下「非本来的行使」という。)については、特許法による権利の行使とはみられず、私的自治に委ねられ、その違反も契約上の債務不履行を構成するにすぎないというべきである。
 そこで、特許法上、特許権及び通常実施権がいかなる性質の権利として規定されているかを特許制度の趣旨に照らして判断する。特許法は、「発明の保護及び利用を図ることにより、発明を奨励し、もって産業の発達に寄与すること」を目的とするものである(同法1条)。そして、特許法68条本文は、「特許権者は、業として特許発明の実施をする権利を専有する。」と規定するが、対象となる発明は、本来独占的に占有することが観念できない技術的情報であるから、「特許発明の実施をする権利を専有する」とは、結局、他人による無権原での実施を排除することに他ならない。換言すれば、特許権とは、特許発明の技術的範囲に包含される物の生産、使用、譲渡或いは方法の使用等(特許法2条3項)から、特許権者が他人を排除しうるという権利に他ならないということになる。そうすると、特許権者が通常実施権の許諾を行う場合において、許諾に付された制限の中で、特許権の本来的行使として物権的効力を有し、その制限に違反することが特許権侵害を構成するものとされるのは、前記の特許法の目的にも照らして、特許法が特許権者に保障する特許発明の無断実施自体の禁止という効力に直接関わり、当該効力を実現するために必要な範囲の行為に限られるというべきである。これに対し、実施許諾に付された制限が、特許発明の実施行為と直接関わりがなく、無断実施の禁止権を実現するために必要な範囲を超えるものと評価される場合には、そのような制限は、その特許権の効力として特許法上認められた範囲を超えるものとして、もはや特許権の本来的行使(物権的制限)には該当せず、単なる契約上の制限(債権的制限)にとどまると解するのが相当である。
(4) そこで、以上の説示に基づき、本件禁止条項によって本件通常実施権に付された制限が本件特許権の本来的行使に当たるかどうかについて検討する。
 本件貸与契約は、原告が被告に対し、(本件特許権が設定登録により発生した場合に)実施の態様を使用(特許法2条3項)のみに限定して通常実施権を許諾する旨の通常実施権設定行為と解されるが(前記(1))、本件禁止条項は、本件通常実施権の許諾に対し、さらに、「本件発明の使用目的(用途)を、別件特許権に係る発明の実施品である原告ポットの切り離しに限定し、それ以外の目的、すなわち、原告ポット以外の他社製連結育苗ポットの切り離し等に使用することを禁止する」という内容的な制限を付すものと解することができる。
 しかし、本件特許権により特許権者である原告に保障された効力は、他人が無権原で本件発明に係る「育苗ポットの分離治具及び分離方法」を連結育苗ポットの分離という本件発明の目的を達成するような方法で使用することを排除するという無断実施禁止の効力に直接関わり、その目的を実現するのに必要な範囲にとどまるのである。本件禁止条項のように、特許権者から実施範囲を使用に限定して実施許諾を受けた通常実施権者が特許発明に係る物を使用するに際し、特許権者の競業者の製品への使用に供することを排除することは、特許権者が通常実施権者に対して、競争品の使用等又は競争技術の採用の制限、若しくは原材料、部品等の購入先の制限を課すことと径庭がなく、それ自体は、特許発明の実施行為に関することではあるけれども、実施の区分、期間、地域、技術分野等を制限するものとは異なり、特許権者が本来決定権を有しない、特許発明の実施とは無関係の制限を課すものであるから、特許制度の目的に照らしても、特許権の本来的効力を実現するために必要な範囲を超えるものというべきである(公正取引委員会事務総局平成11年7月公表の「特許・ノウハウライセンス契約に関する独占禁止法上の指針」〔乙2〕も参照)。
 また、本件貸与契約は、もともと原告ポットの販促品として本件ポットカッターを原告が顧客である被告に供与するために締結されたものであるが、本件ポットカッターがいわゆる消耗品であり、被告が原告に返還した時点では、多くが約3年5か月にわたる使用により破損していたこと(甲9)、本件貸与契約で定められた使用料は1台9800円又は1万4000円、契約期間が3年間であり、期間の変更(期間経過後の更新)も予定されていること(上記第2、1(4)イ)からすれば、本件貸与契約の実質は売買と変わるところがなく、原告が本件ポットカッターの売買という通常考えられる法形式(売買であれば、特許権は消尽し、購入者が購入後の使用目的を特許権者から制約されるいわれはない。)を採らずに賃貸借という法形式を採った上で本件禁止条項を設けた趣旨は、実質的には、被告に別件特許権に係る発明の実施品である原告ポットの購入を促す目的によるものであると認められる。しかし、育苗業者がどのような連結育苗ポットを誰から購入するかという購入製品及び仕入先の選択は、本来、育苗業者自身の決定に委ねられるべき事項であり、他社の競争品が別件特許権の侵害品に当たるというような場合でない限り、原告にこれを制約する権原はない。この意味からも、本件禁止条項による制限は、無断実施自体の禁止という本件特許権の本来的効力を実現するために必要な範囲の行為とはいえない。
 そうすると、本件禁止条項により通常実施権の許諾に制限を付すことは、本件特許権の効力として特許法上認められた範囲を超えるものとして特許権の本来的行使に該当せず、単なる契約上の制限にとどまるものと解するのが相当である。

(5) 以上によれば、被告が本件禁止条項に違反して本件ポットカッターを他社製連結育苗ポットの切断に使用したこと(原告は、平成13年8月22日付け内容証明郵便により、被告が本件禁止条項に違反して本件ポットカッターを東海ポットの分離作業に使用したことを理由に本件貸与契約の解除を申し入れるとともに、本件ポットカッターの返還を請求し、被告は同月28日に本件ポットカッターを返還している(前記第2、1(7)、(8))から、それまでは本件貸与契約が存続したものである(本件貸与契約第5条)ところ、上記申入れ後に被告が本件ポットカッターを使用したことを認めるに足りる証拠はない。)は、本件貸与契約上の債務不履行を構成するにとどまり、本件特許権の侵害には当たらないというべきである(なお、原告は、平成14年9月27日の第7回弁論準備手続期日において、本件の訴訟物は特許権侵害に基づく差止請求と損害賠償請求のみであると陳述している。)。
3 よって、原告の請求は、その余の争点について判断するまでもなく理由がないから、主文のとおり判決する。





セフジニルのA型結晶事件

<控訴棄却し、特許権侵害を認定した原判決を維持。物質特許における開示と、後にされた新規結晶型に係る発明の特許性。>

事件番号  平成19年(ネ)第10034号
事件名  特許権侵害差止請求控訴事件
裁判年月日  平成19年09月10日
裁判所名  知的財産高等裁判所 
判決データ:  PAT-H19-ne-10034.pdf

 原判決は、@被告製剤は本件特許発明の技術的範囲に属する、A本件特許は特許無効審判により無効にされるべきものとは認められない、と認定判断し、原告の請求を認容した。

(中略)

(被告の主張)
 本件明細書の「発明が解決しようとする問題点」の記載は事実に反するものであり、引用実施例14及び16で得られたものは、結晶であったと考えざるを得ない。引用実施例14及び16は、得られた結晶がA型結晶かB型結晶かは明らかにされていないが、B型結晶とA型結晶とは、無水物か否かという点が相違するだけで、医薬品の原体としての有用性、製造方法においてほとんど相違する点はないから(甲21)、当業者であれば、B型結晶を得ることができれば、A型結晶を得ることは極めて容易である。
 これらの事情に照らせば、原告は、引用明細書に係る特許出願について特許を取得した後、同特許とは別個の結晶特許を取得しようとの考えから、引用実施例14及び16で得られるものが結晶ではなく、無晶質であるとの事実に反する記載をしたと推認される。

(裁判所の判断)
 @被告製剤は本件特許発明の技術的範囲に属するとの原告の主張は理由があり、A本件特許は特許無効審判により無効にされるべきである等の被告の主張はいずれも失当である。
(中略)

 前記ウのとおり、被告側の追試によっては引用実施例16の実験工程を忠実に再現してもセフジニルのA型結晶を得ることはできない。もっとも、前記エのとおり、原告側の追試も、引用実施例16を忠実に再現したものということはできないが、そのことをもって、被告側の追試が忠実な再現でなかったとの上記認定判断に影響を及ぼすものではない。
 よって、本件特許権の優先権主張日当時の技術常識を参酌すると、当業者において上記実施例の記載を追試してもセフジニルのA型結晶を製造することはできず、したがって、上記実施例においては、当業者において容易に実施し得る程度にセフジニルのA型結晶の製造方法が開示されているとはいえない。
 そうすると、本件特許発明は、その優先権主張日前に頒布された刊行物中の引用実施例16の記載内容から容易に実施することができるとはいえず、そのことを理由とする被告の主張は、理由がない。





特許権に基づく製造販売禁止等請求事件 (「ナイフの加工装置」事件)

<原審は、本件訂正前の特許請求の範囲の記載に基づいて、第5発明に係る特許には特許法29条2項違反の無効理由が存在する旨の判断をして、被上告人らの同法104条の3第1項の規定に基づく主張を認め、上告人の請求を棄却したものであり、原判決においては、本件訂正後の特許請求の範囲を前提とする本件特許に係る無効理由の存否について具体的な検討がされているわけではないが、本件において上告人が本件訂正審決が確定したことを理由に原審の判断を争うことは、上告人と被上告人らとの間の本件特許権の侵害に係る紛争の解決を不当に遅延させるものであり、特許法104条の3の規定の趣旨に照らして許されないものというべきである。>

事件番号  平成18年(受)第1772号
事件名  特許権に基づく製造販売禁止等請求事件
裁判年月日  平成20年04月24日
法廷名  最高裁判所第一小法廷
判決データ:  PAT-H18-Ju-1772.pdf

        主  文
    本件上告を棄却する。
    上告費用は上告人の負担とする。

(判旨)
2 所論は、本件の上告受理申立て理由書の提出期間内に本件訂正審決が確定し、請求項5に係る特許請求の範囲が減縮されたという本件の事実関係の下では、原判決の基礎となった行政処分が後の行政処分により変更されたものとして、民訴法338条1項8号に規定する再審事由があるといえるから、原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある(民訴法325条2項)というのである。
3(1) よって検討するに、原審は、本件訂正前の特許請求の範囲の記載に基づいて、第5発明に係る特許には特許法29条2項違反の無効理由が存在する旨の判断をして、被上告人らの同法104条の3第1項の規定に基づく主張を認め、上告人の請求を棄却したものであり、原判決においては、本件訂正後の特許請求の範囲を前提とする本件特許に係る無効理由の存否について具体的な検討がされているわけではない。そして、本件訂正審決が確定したことにより、本件特許は、当初から本件訂正後の特許請求の範囲により特許査定がされたものとみなされるところ(特許法128条)、前記のとおり本件訂正は特許請求の範囲の減縮に当たるものであるから、これにより上記無効理由が解消されている可能性がないとはいえず、上記無効理由が解消されるとともに、本件訂正後の特許請求の範囲を前提として本件製品がその技術的範囲に属すると認められるときは、上告人の請求を容れることができるものと考えられる。そうすると、本件については、民訴法338条1項8号所定の再審事由が存するものと解される余地があるというべきである。
(2) しかしながら、仮に再審事由が存するとしても、以下に述べるとおり、本件において上告人が本件訂正審決が確定したことを理由に原審の判断を争うことは、上告人と被上告人らとの間の本件特許権の侵害に係る紛争の解決を不当に遅延させるものであり、特許法104条の3の規定の趣旨に照らして許されないものというべきである。

ア 特許法104条の3第1項の規定が、特許権の侵害に係る訴訟(以下「特許権侵害訴訟」という。)において、当該特許が特許無効審判により無効にされるべきものと認められることを特許権の行使を妨げる事由と定め、当該特許の無効をいう主張(以下「無効主張」という。)をするのに特許無効審判手続による無効審決の確定を待つことを要しないものとしているのは、特許権の侵害に係る紛争をできる限り特許権侵害訴訟の手続内で解決すること、しかも迅速に解決することを図ったものと解される。そして、同条2項の規定が、同条1項の規定による攻撃防御方法が審理を不当に遅延させることを目的として提出されたものと認められるときは、裁判所はこれを却下することができるとしているのは、無効主張について審理、判断することによって訴訟遅延が生ずることを防ぐためであると解される。このような同条2項の規定の趣旨に照らすと、無効主張のみならず、無効主張を否定し、又は覆す主張(以下「対抗主張」という。)も却下の対象となり、特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正を理由とする無効主張に対する対抗主張も、審理を不当に遅延させることを目的として提出されたものと認められれば、却下されることになるというべきである。
イ そして、前記1の事実関係の概要等によると、@被上告人らは、既に第1審において、第5発明に係る特許について無効主張をしており、平成16年10月21日に言い渡された第1審判決は、特許法に同法104条の3の規定を新設した平成16年法律第120号の施行前であったが、前掲最高裁平成12年4月11日第三小法廷判決に従い、上記無効主張を採用して上告人の請求をいずれも棄却したこと、A上告人は、平成16年11月2日に上記第1審判決に対して控訴を提起し、平成17年1月21日に請求項5について特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正審判請求をしたが、同年4月11日にこれを取り下げ、同日再度請求項5について訂正審判請求をしたこと、B上記再度の訂正審判請求については、同年11月25日に同請求は成り立たない旨の審決がされ、上告人は同年12月22日に同請求を取り下げたこと、Cそこで、原審は平成18年1月20日に口頭弁論を終結したが、上告人は同年4月18日に3度目の訂正審判請求をしたこと、D原審は同年5月31日に上告人の控訴をいずれも棄却したが、その理由は、第1審判決と同じく被上告人らの上記無効主張を採用するものであったこと、E上告人は、同年6月16日に上告及び上告受理の申立てをしたが、その後3度目の訂正審判請求を取り下げて4度目の訂正審判請求をし、さらに4度目の訂正審判請求を取り下げて5度目の訂正審判請求をしたのが本件訂正審判請求であること、以上の事実が明らかである。
 そうすると、上告人は、第1審においても、被上告人らの無効主張に対して対抗主張を提出することができたのであり、上記特許法104条の3の規定の趣旨に照らすと、少なくとも第1審判決によって上記無効主張が採用された後の原審の審理においては、特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正を理由とするものを含めて早期に対抗主張を提出すべきであったと解される。そして、本件訂正審決の内容や上告人が1年以上に及ぶ原審の審理期間中に2度にわたって訂正審判請求とその取下げを繰り返したことにかんがみると、上告人が本件訂正審判請求に係る対抗主張を原審の口頭弁論終結前に提出しなかったことを正当化する理由は何ら見いだすことができない。したがって、上告人が本件訂正審決が確定したことを理由に原審の判断を争うことは、原審の審理中にそれも早期に提出すべきであった対抗主張を原判決言渡し後に提出するに等しく、上告人と被上告人らとの間の本件特許権の侵害に係る紛争の解決を不当に遅延させるものといわざるを得ず、上記特許法104条の3の規定の趣旨に照らしてこれを許すことはできない。
4 以上によれば、原判決には所論の違法はなく、論旨は採用することができない。よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。なお、裁判官泉徳治の意見がある。
裁判官泉徳治の意見は、次のとおりである。
 私は、本件上告を棄却するとの多数意見の結論には同調するが、その理由を異にする。本件訂正審決が確定し、特許請求の範囲が減縮されたことにより、特許査定が当初から減縮後の特許請求の範囲によりされたものとみなされるに至ったとしても、民訴法338条1項8号所定の再審事由には該当しないから、原判決につき判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があるとすることはできないと考える。
1 一般に、特許権侵害訴訟において、原告の特許権を侵害したと訴えられた被告が、特許法104条の3第1項の規定に基づき、当該特許は特許無効審判により無効にされるべきものと認められるから、原告においてその権利を行使することができないという権利行使制限の抗弁を主張した場合には、原告は、当該特許に係る特許請求の範囲のうち被告主張の無効理由が存在する部分(以下「無効部分」という。)が、訂正審判を請求して特許請求の範囲を減縮することにより排除することができるものであること、及び、被告製品が減縮後の特許請求の範囲に係る発明の技術的範囲に属することを主張立証して、権利行使制限の抗弁の成立を妨げることができる。訂正審判の請求により無効部分を排除することができる場合には、特許法104条の3第1項にいう「当該特許が特許無効審判により無効にされるべきものと認められる」ことにはならないのである(ちなみに、最高裁平成10年(オ)第364号同12年4月11日第三小法廷判決・民集54巻4号1368頁も、「訂正審判の請求がされているなど特段の事情を認めるに足りないから」特許権に基づく損害賠償請求が権利の濫用に当たり許されない旨判示している。)。そして、被告において、権利行使制限の抗弁を成立させるためには、既に特許無効審判が請求されているまでの必要はなく、特許無効審判の請求がされた場合には当該特許が無効にされるべきものと認められることを主張立証すれば足りるのと同様に、原告において、同抗弁の成立を妨げるためには、既に訂正審判を請求しているまでの必要はなく、まして訂正審決が確定しているまでの必要はないのであり、訂正審判の請求をした場合には無効部分を排除することができ、かつ、被告製品が減縮後の特許請求の範囲に係る発明の技術的範囲に属することを主張立証すれば足りる。
 すなわち、原告は、訂正審判の請求をした場合には無効部分を排除することができることを主張立証することにより、訂正審決が現実に確定した場合と同様の法律効果を防御方法として主張することができるのである。原告は、現実にも、事実審口頭弁論終結時までに、訂正審判の請求を行うことが可能であり、請求が理由のあるものである限り、通常、訂正審決の確定を得ることも可能であるが、被告の権利行使制限の抗弁の成立を妨げるためには、現実に訂正審判を請求し、訂正審決を確定させておくまでの必要はないのである。
 以上のように、訂正審判の請求をした場合には無効部分を排除することができること、及び、被告製品が減縮後の特許請求の範囲に係る発明の技術的範囲に属することは、被告の権利行使制限の抗弁が成立するか否かを判断するための要素であって、その基礎事実が事実審口頭弁論終結時までに既に存在し、原告においてその時までにいつでも主張立証することができたものである。原告としては、事実審口頭弁論終結時までに、上記の主張立証を尽くして権利行使制限の抗弁を排斥すべきであり、事実審が、当事者双方の主張立証の程度に応じた訴訟状態に基づく自由心証の結果として、権利行使制限の抗弁の成立を認めた以上、事実審口頭弁論終結後になって、原告が訂正審判を請求し訂正審決が確定したとしても、訂正審決によってもたらされる法律効果は事実審口頭弁論終結時までに主張することができたものであるから、訂正審決が確定したことをもって事実審の上記判断を違法とすることはできないのである(なお、最高裁昭和55年(オ)第589号同年10月23日第一小法廷判決・民集34巻5号747頁、最高裁昭和54年(オ)第110号同57年3月30日第三小法廷判決・民集36巻3号501頁参照)。
 民訴法338条1項8号は、再審事由の一つとして、「判決の基礎となった行政処分が後の行政処分により変更されたこと」を掲げている。事実審が特許法104条の3第1項の規定に基づく権利行使制限の抗弁の成否について行う判断は、当初の特許査定処分を所与のものとして行うものではなく、上記のとおり、訂正審判の請求がされた場合にはそれが認められるべきものであるか否かも考慮の上、換言すると、訂正審決によってもたらされる法律効果も考慮の上で行うものであるから、その後に訂正審決が確定したからといって、上記判断の基礎となった行政処分が変更されたということはできない。仮に、原告が、事実審口頭弁論終結時までに、訂正審判の請求をした場合にはそれが認められるべきものであることを主張しなかったため、事実審がその点の判断をしなかったとしても、その後に原告が上記主張を行うことは許されないから、訂正審決が確定したから上記の再審事由が存するということはできないのである。
 更に付言すると、事実審口頭弁論終結後に訂正審決が確定したから再審事由が存し、原判決を破棄すべきであるというためには、訂正審決が確定したことにより、原判決につき判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反があるということがいえなければならない。しかし、訂正審決が確定しても、原告において、被告製品が減縮後の特許請求の範囲に係る発明の技術的範囲に属することを主張立証しない限り、権利行使制限の抗弁の成立を認めた原判決に誤りがあるということにはならない。また、被告においても、減縮後の特許請求の範囲による特許がなおも特許無効審判により無効とされるべきものであることを主張立証することができ、この主張立証に成功したときは、権利行使制限の抗弁の成立を認めた原判決に誤りがあるということにはならない。すなわち、これらの原被告の主張立証を待たなければ、原判決に法令違反があるということができないところ、法律審である上告審ではこのような原被告の主張立証を審理することができない。そうすると、訂正審決の確定により特許請求の範囲が減縮されたとしても、原判決につき判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があるとすることはできないのであるから、この点からしても、訂正審決が確定したから再審事由が存するということはできないのである。
2 したがって、本件においても、原審口頭弁論終結後に本件訂正審決が確定したからといって、民訴法338条1項8号所定の再審事由が存するということはできず、原判決につき判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があるとすることはできない。
3 ちなみに、特許権侵害訴訟においても、事実審が特許権者の請求を認容した場合は、当該特許権の成立、効力を前提として、その侵害行為があったことを認定するものであるから、事実審口頭弁論終結後に訂正審決があり、当該特許権に係る特許査定処分が変更されたときは、民訴法338条1項8号にいう「判決の基礎となった行政処分が後の行政処分により変更されたこと」に該当する。しかし、本件は、特許権侵害訴訟ではあるものの、原審が権利行使制限の抗弁を認めて特許権者の請求を棄却した事案であるから、特許権者の請求を認容した事案とは区別する必要がある。
4 なお、最高裁平成14年(行ヒ)第200号同15年10月31日第二小法廷判決・裁判集民事211号325頁は、特許権者が、特許取消決定の取消しを求めて訴えを提起し、事実審で請求を棄却する旨の判決を受け、事実審口頭弁論終結後に訂正審判を請求し、上記訴訟事件が上告審に係属中に訂正審決が確定したという事案に係るものである。特許取消決定は、対世的に特許権がはじめから存在しなかったものとする決定である。上記第二小法廷判決は、上告審係属中に当該特許について特許請求の範囲を減縮する旨の訂正審決が確定した場合には、原判決の基礎となった行政処分が後の行政処分により変更されたものとして、原判決には民訴法338条1項8号所定の再審事由がある旨判示した。上記第二小法廷判決は、特許取消決定により取り消された特許査定処分を審理の対象としているのであるから、審理の対象である特許査定処分が訂正審決により変更されたことは民訴法338条1項8号所定の再審事由に該当すると判断したものである。しかし、特許権侵害訴訟は、特許権そのものを審理の対象として特許権の効力を対世的に確定したり消滅させたりするものではないのであって、特許取消決定の取消しを求める訴訟とは異質のものである。したがって、上記第二小法廷判決の判示を、特許権侵害訴訟において事実審が権利行使制限の抗弁を認めて特許権者の請求を棄却した事案に適用することはできない。





「プライオグリーン」緑化土壌安定剤事件

<特許権侵害を否定。被控訴人製品は、硫酸カルシウムの含有量が23.8重量%であり、本件発明における「硫酸カルシウムの含有量を1ないし20重量%の範囲に限定する」構成要件Bbを充足すると認めるには足りないところ、この部分は本件発明の本質的部分であるから、そうであれば、被控訴人製品が特許請求の範囲に記載された構成と均等なものであるということはできない。>

事件番号  平成17年(ネ)第10056号
事件名  特許権侵害差止等請求控訴事件
裁判年月日  平成17年07月12日
裁判所名  知的財産高等裁判所 
判決データ:  PAT-H17-ne-10056.pdf

 (イ) 以上の記載によると、従来の厚層基材種子吹付け工法におけるスラリー客土は、客土、種子、養成剤、肥料、土壌改良剤、促進剤、土壌固結剤(糊剤)などを所定の割合で混合して成る混合物を水に懸濁したものであるが、従来のスラリー客土は、土壌粒子を団粒化するための糊剤が樹脂ポリマーを主体とするため、その硬化速度が遅く、また、糊剤の硬化が完了すると、団粒化した客土の表面は乾固状態になって、保水性や通気性も悪く、全体として、植生材料の発芽状態はまだらとなり、その発芽率は低下し、さらに、糊剤の硬化速度が遅く、単時間で厚い吹付け面を形成することが困難であるという問題があったところ、本件発明は、これらの問題を解決することを目的として、「添加剤が硫酸アルミニウム1ないし20重量%、硫酸カルシウム1ないし20重量%、シリカ粉末1ないし20重量%、セメント成分10ないし80重量%からなり、フライアッシュ成分100重量部に対し添加剤10〜50重量部を混合すること」という構成を採用し、これにより、吹付け施工後、1ないし3時間程度経過すると団粒化が起こり通常の降雨量でも流亡することがなく、また、1度の吹付け作業で8cm程度の厚みの吹付け面を形成することができ、しかも、形成された吹付け面は、多孔質で通気性や保水性に富み、吹付け面全体から高い発芽率で植生種子を発芽成長させることができ、凍上劣化も起こすことがないという作用効果を奏するものであることが認められる。そうすると、本件発明特有の課題解決手段を基礎づける特徴的部分は、「添加剤が硫酸アルミニウム1ないし20重量%、硫酸カルシウム1ないし20重量%、シリカ粉末1ないし20重量%、セメント成分10ないし80重量%からなり、フライアッシュ成分100重量部に対し添加剤10〜50重量部を混合すること」という特定の範囲内の混合割合を用いることにあると認められる。
 したがって、本件発明の本質的部分は、硫酸カルシウムが1ないし20重量%の範囲内にあることを含む、成分を特定の割合で混合することであるということができる。
 (ウ) 控訴人は、本件発明は、「客土、種子、養成剤、肥料、土壌改良剤、促進剤、土壌固結剤(糊剤)などを所定の割合で混合して成る混合物を水に懸濁してスラリー客土とし、得られたスラリー客土を例えばラス網が張設されている法面に吹付けて、当該法面を所望厚みの吹付け面で被覆する工法」が公知であったときに、硫酸アルミニウムと硫酸カルシウムを添加剤に含めることによって、土壌を安定化するようにしたものであるから、成分を特定の割合で混合することは、本件発明の本質的部分ではないと主張する。
 しかし、控訴人は、特許請求の範囲において、添加剤につき、硫酸アルミニウム1ないし20重量%、硫酸カルシウム1ないし20重量%、シリカ粉末1ないし20重量%、セメント成分10ないし80重量%と限定し、発明の詳細な説明において、段落【0016】ないし【0023】に上記(ア)のとおりの記載をしているのである。そして、硫酸カルシウムについてみると、控訴人は、第2の3(1)イ(イ)、(ウ)のとおり、硫酸カルシウムの含有量を23.8重量%にしても、スラリー固化の速度が遅くなるだけで、本件発明の目的を達することができ、本件発明と同一の作用効果を奏する、硫酸カルシウムの含有量を23.8重量%にすることは、当業者が適宜選択することができる事項であって、技術的に重要な意義を有するものではなく、当業者が容易に想到することができたと主張しているところ、仮にこの主張のとおりであるとすれば、控訴人が、本件発明の特許出願に際して、硫酸カルシウムの含有量を1ないし20重量%の範囲に限定するとは考え難いが、それにもかかわらず、控訴人はあえて限定しているのである。そうであれば、本件発明特有の課題解決手段を基礎づける特徴的部分は、硫酸アルミニウムと硫酸カルシウムを添加剤に含めるというにとどまらず、特定の混合割合の硫酸アルミニウムと硫酸カルシウムを添加剤に含めるところにあるというべきであり、したがって、これが本件発明の本質的部分である。これと異なる控訴人の上記主張は、採用することができない。
 (エ) 被控訴人製品は、本件発明の構成要件Bbを充足すると認めるには足りないところ、この部分は本件発明の本質的部分であるから、そうであれば、被控訴人製品が特許請求の範囲に記載された構成と均等なものであるということはできない。





マルチトール含蜜結晶事件

<特許権侵害を否定。「従来より知られた方法」との包括的な記載をして特許を取得した以上、従来より知られたいずれの方法によって測定しても、特許請求の範囲の記載の数値を充足する場合でない限り、特許権侵害にはならないというべきであるとの原判決の判断を是認。>

事件番号  平成15年(ネ)第3746号
事件名  特許権侵害差止請求控訴事件
裁判年月日  平成16年02月10日
裁判所名  東京高等裁判所 
判決データ:  PAT-H15-ne-3746.pdf

 (2) 甲発明の構成要件Bの「見掛け比重」の充足性について
 (2-1) 控訴人は、我が国において唯一マルチトール含蜜結晶を工業的に生産し、商業的に販売していた控訴人が、JISK6721法を用いてきたので、当業者は、「従来より知られた方法」とはJISK6721法であると理解するのであり、異議の決定においても、控訴人の主張に沿う認定がされていることを主張する。
 しかし、パウダーテスター法もまた、「従来より知られた方法」の1つであり、粉末マルチトールの見掛け比重の測定方法として、当業者が通常パウダーテスター法ではなく、JISK6721の方法を用いることが明らかであると認めるに足りる証拠はないとした原判決の認定は、その挙示する証拠に照らし、相当として是認することができる。控訴人は、原判決が乙18、33、34等の証拠の見方を誤っているとも主張するが、原判決に誤りがあるとはいえない。
 原判決が認定したパウダーテスター法の使用状況等に関する事情に照らせば、控訴人がJISK6721法を用いてきたからといって、上記認定を覆すに足りるものではない(控訴人は、JISK6721法の使用状況として甲94ないし100〔枝番号を含む〕を提出するが、上記パウダーテスター法に関する事情のほか、乙52ないし55にも照らせば、JISK6721法が当時の唯一の測定法として確立されていた又は使用されていたと認めることはできない。)。
 そして、異議の決定も、必ずしも、パウダーテスター法が用いられることを否定して、JISK6721法が唯一の測定法であると認めた趣旨ではないものと解され、原判決の認定と直ちに矛盾するものではない。
 (2-2) 控訴人は、仮に、パウダーテスター法で測定するとしても、JISK6721法を用いた場合とパウダーテスター法を用いた場合とでは、前者が平均0.091低い値となるので、パウダーテスター法による測定値は、甲特許明細書に示された数値範囲に入らないが、上記の差を控除すると、甲特許明細書に記載された数値範囲に入るので、当業者は、甲特許明細書に記載された測定値は、JISK6721法によるものと理解すること、被控訴人製品のマルチトール含蜜結晶の「見掛け比重」をJISK6721法により測定すると、構成要件Bの数値範囲にあること(甲7、8−1、72、73)、被控訴人が主張するパウダーテスター法による被控訴人製品のマルチトール含蜜結晶の値は、前記のように両者の誤差を修正すると、構成要件Bの数値範囲に入ることを主張する。そして、控訴人は、さらに、2つの異なる測定方法が存する場合に、通常測定すべき試料の測定値と同時に測定される対照(コントロール)の測定値を基準にして、試料の測定値がどちらの測定方法で測定されたものかを判断することは技術者の常識的な態度であり、2つの異なる測定方法における測定値に差異がある場合の両方法の測定値の対比は、両方法の測定値の相関から補正値を求め、一方の測定値と補正値により修正した他方の測定値とを比較することにより行われるので、原判決の認定するように、たとえ「構成要件Bの測定方法として、JISK6721とパウダーテスター法がある」としても、前記のように、いずれの方法によっても被控訴人製品のマルチトール含蜜結晶が構成要件Bを具備することが明らかであり、原判決は誤りであるとも主張する。
 しかし、控訴人主張のとおり控訴人がJISK6721法を用いてきたとしても、控訴人は、甲特許明細書においては、その方法を開示することなく、あえて「従来より知られた方法」との包括的な記載をしたものである(甲2)。そして、前記のとおり、JISK6721法のほかに、パウダーテスター法もまた、「従来より知られた方法」の1つであり、粉末マルチトールの見掛け比重の測定方法として、当業者が通常パウダーテスター法ではなくJISK6721の方法を用いることが明らかであると認めるに足りる証拠はない。
 控訴人は、上記のように、甲特許明細書に記載された測定値と、パウダーテスター法で測定した場合の測定値を対比し、さらに、JISK6721法を用いた場合とパウダーテスター法を用いた場合との測定値の差を修正することを主張する。しかし、いずれの方法で測定したか甲特許明細書に記載はなく、控訴人主張のような作業を経ない限り、容易に知ることはできないものであって、甲特許出願後の者が、当業者として当然に控訴人主張のような必ずしも容易とは思われない作業をしてしかるべきであるとすべき事情は認められない。むしろ、あえて「従来より知られた方法」との包括的な記載をして特許を取得した以上、控訴人は、上記のような作業の手間とリスクを出願後の者に転嫁することは許されず、広い概念で規定したことによる利益とともに、その不利益も控訴人において負担すべきである。
 したがって、本件において、従来より知られたいずれの方法によって測定しても、特許請求の範囲の記載の数値を充足する場合でない限り、特許権侵害にはならないというべきであるとの原判決の判断は、是認し得るものであり、これを前提とした、構成要件Bの充足性に関する原判決の認定判断も相当であるというべきである。控訴人の主張は、採用することができない。





「光ディスク用ポリカーボネート成形材料」審決取消請求事件

プロダクト・バイ・プロセス・クレームの解釈

事件番号  平成13年(行ケ)第84号
事件名  審決取消請求事件
裁判年月日  平成14年06月11日
裁判所名  東京高等裁判所 
判決データ:  PAT-H13-Gke-84.pdf

      主 文
   1 原告の請求を棄却する。
   2 訴訟費用は原告の負担とする。
     事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
(1) 特許庁が訂正2000−39081号事件について平成13年1月16日にした審決を取り消す。
  (2) 訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
 主文と同旨
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
  原告とソニー株式会社(以下「ソニー」という。)は、発明の名称を「光ディスク用ポリカーボネート成形材料」とする特許第2672094号の特許(昭和62年年7月29日特許出願、平成9年7月11日設定登録、以下「本件特許」という。)の共有特許権者であった。
  本件特許に対し、特許異議の申立てがあり、特許庁は、これを、平成10年異議第72099号事件として審理し、その結果、平成11年11月15日、「特許第2672094号の特許を取り消す。」との決定をし、平成11年11月29日にその謄本を原告とソニーに送達した。
  原告とソニーは、平成11年12月27日に、同決定の取消しを求める訴訟を東京高等裁判所に提起した(同裁判所平成11年(行ケ)第437号)。原告は、平成12年8月7日、ソニーから同社が有する本件特許の持分全部を譲り受け、その登録を了した。
  原告は、平成12年7月25日に、本件特許の願書に添付した明細書又は図面(以下「本件明細書」という。)を訂正すること(以下「本件訂正」といい、本件訂正に係る明細書を「本件訂正明細書」という。)につき審判を請求した。特許庁は、これを訂正2000−39081号事件として審理し、その結果、平成13年1月16日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、平成13年2月5日、その謄本を原告に送達した。
2 本件訂正に係る特許請求の範囲(以下「本件訂正発明」という。)
 「ジクロロメタンを溶媒としてビスフェノールとホスゲンとの反応によって得られ、低ダスト化されたポリカーボネート樹脂溶液に、ポリカーボネート樹脂の非或いは貧溶媒として、n−ヘプタン、シクロヘキサン、ベンゼン又はトルエンを沈殿が生じない程度の量を加え、得られた均一溶液を45〜100℃に保った攪拌下の水中に滴下或いは噴霧してゲル化し、溶媒を留去して多孔質の粉粒体とした後、水を分離し、乾燥し、押出して得られるポリカーボネート樹脂成形材料であって、該ポリカーボネート樹脂中に含有される重合溶媒であるジクロロメタンが1ppm以下である光ディスク用ポリカーボネート成形材料。(下線は訂正個所を示す。)
  なお、本件訂正前の特許請求の範囲は、次のとおりである。
「ハロゲン化炭化水素を溶媒としてビスフェノールとホスゲンとの反応によって得られ、低ダスト化されたポリカーボネート樹脂溶液に、ポリカーボネート樹脂の非或いは貧溶媒を沈殿が生じない程度の量を加え、得られた均一溶液を45〜100℃に保った攪拌下の水中に滴下或いは噴霧してゲル化し、溶媒を留去して多孔質の粉粒体とした後、水を分離し、乾燥し、押出して得られるポリカーボネート樹脂成形材料であって、該ポリカーボネート樹脂中に含有される重合溶媒であるハロゲン化炭化水素が1ppm以下である光ディスク用ポリカーボネート成形材料。」
3 審決の理由
 審決は、別紙審決書の写しのとおり、本件訂正発明は、刊行物である特開昭61−250026号公報(以下「刊行物1」という。)に記載された発明(以下「引用発明1」という。)、日本プラスチック工業連盟誌「プラスチックス」7月号第38巻第7号14頁ないし23頁・昭和62年7月1日株式会社工業調査会発行(以下「刊行物2」という。)に記載された発明、特開昭58−126119号公報に記載された発明及び特開昭49−28642号公報(以下「刊行物4」という。)に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法29条2項に該当し、特許出願の際独立して特許を受けることができないものであるので、本件訂正は、特許法126条3項の規定に違反し、認められない、と判断した。

(中略)

第5 当裁判所の判断
1 本件訂正発明について
 本件訂正発明を特定する特許請求の範囲の記載が、「ジクロロメタンを溶媒としてビスフェノールとホスゲンとの反応によって得られ、低ダスト化されたポリカーボネート樹脂溶液に、ポリカーボネート樹脂の非或いは貧溶媒として、n−ヘプタン、シクロヘキサン、ベンゼン又はトルエンを沈殿が生じない程度の量を加え、得られた均一溶液を45〜100℃に保った攪拌下の水中に滴下或いは噴霧してゲル化し、溶媒を留去して多孔質の粉粒体とした後、水を分離し、乾燥し、押出して得られるポリカーボネート樹脂成形材料であって、」との表現により、発明とされるのがポリカーボネート樹脂成形材料であることを明らかにしつつ、そのポリカーボネート樹脂成形材料の製造方法を規定した上で(以下「本件製法要件」という。)、「該ポリカーボネート樹脂中に含有される重合溶媒であるジクロロメタンが1ppm以下である光ディスク用ポリカーボネート成形材料。」との表現により、発明とされるポリカーボネート樹脂成形材料の用途を特定しつつ、同樹脂中のジクロロメタンの含有量が1ppm以下であるとの構造を規定しているものである(以下「本件構造要件」という。)。
 本件訂正発明が、製造方法の発明ではなく、物の発明であることは、上記特許請求の範囲の記載から明らかであるから、本件訂正発明の上記特許請求の範囲は、物(プロダクト)に係るものでありながら、その中に当該物に関する製法(プロセス)を包含するという意味で、広い意味でのいわゆるプロダクト・バイ・プロセス・クレームに該当するものである。そして、本件訂正発明が物の発明である以上、本件製法要件は、物の製造方法の特許発明の要件として規定されたものではなく、光ディスク用ポリカーボネート成形材料という物の構成を特定するために規定されたものという以上の意味は有し得ない。そうである以上、本件訂正発明の特許要件を考えるに当たっては、本件製法要件についても、果たしてそれが本件訂正発明の対象である物の構成を特定した要件としてどのような意味を有するかを検討する必要はあるものの、物の製造方法自体としてその特許性を検討する必要はない。
 発明の対象を、物を製造する方法としないで物自体として特許を得ようとする者は、本来なら、発明の対象となる物の構成を直接的に特定するべきなのであり、それにもかかわらず、プロダクト・バイ・プロセス・クレームという形による特定が認められるのは、発明の対象となる物の構成を、製造方法と無関係に、直接的に特定することが、不可能、困難、あるいは何らかの意味で不適切(例えば、不可能でも困難でもないものの、理解しにくくなる度合が大きい場合などが考えられる。)であるときは、その物の製造方法によって物自体を特定することに、例外的に合理性が認められるがゆえである、というべきであるから、このような発明についてその特許要件となる新規性あるいは進歩性を判断する場合においては、当該製法要件については、発明の対象となる物の構成を特定するための要件として、どのような意味を有するかという観点から検討して、これを判断する必要はあるものの、それ以上に、その製造方法自体としての新規性あるいは進歩性等を検討する必要はないのである。

 本件訂正発明は、光ディスク用ポリカーボネート成形材料において、含有される重合溶媒であるジクロロメタンが記録膜を腐食させる原因となっていることを見いだし、同成形材料中に含有される重合溶媒であるジクロロメタンを1ppm以下とするとの構成により、記録膜の腐食による劣化、破壊が生じにくいように改善したものであって、本件製法要件は、含有されるジクロロメタンが1ppm以下であるとのポリカーボネート成形材料を製造するための製造方法であるものの、このこと以外に、本件訂正発明の対象であるポリカーボネート成形材料の構造ないし性質、性状その他の構成自体を特定するための要件としての特段の意味を有するものであると解することはできない。このことは、本件訂正明細書の次の記載から明らかである。
〔産業上の利用分野〕
 本発明は、レーザー光の反射や透過によって信号の記録や読み取りを行う光ディスク用のポリカーボネート成形材料であり、記録膜の腐食による劣化、破壊を大幅に改善したものである。(甲第2号証1欄14行〜2欄3行、甲第10号証。なお、甲第10号証は、原告が平成12年2月10日に本件訂正と同趣旨の訂正を求めて審判を請求したときの審判請求書であり(この請求は、原告がソニーから本件特許の持分を譲り受ける前に単独で請求したものであったため、同年5月24日に却下された。)、原告が平成12年7月25日に本件訂正を求めて審判を請求したときの審判請求書ではないものの、これら二つの審判請求書の内容が同趣旨のものであることは、甲第1、第3、第4号証及び弁論の全趣旨から明らかである。)
〔発明が解決しようとする問題点〕
 この記録膜の長期信頼性の改良すべく、ポリカーボネート樹脂に種々の化合物を添加して、高温多湿環境での試験(環境試験)をしたところ、コンパクトディスク用のポリカーボネート成形材料においては従来問題とされなかった成分であるハロゲン化炭化水素が記録膜を腐食破損させる原因となっていることを見出した。
 ハロゲン化炭化水素を芳香族ポリカーボネート樹脂より除去する方法としては、充分に乾燥する方法があるが、実用的な乾燥方法によりこれを実現しようとする場合には、粉体状で得られたポリカーボネートをより微粉砕し、乾燥することが必須となるが、微粉砕すると、粉砕工程で必然的に「ダスト」が増加し、光ディスク用の成形材料とすることは困難であった。又、金属腐食防止剤類を配合して腐食を防止する方法もあるが、ポリカーボネート樹脂に無害でかつ記録膜の保護を充分に行う添加剤は、未だ見出されていない。(甲第2号証3欄5行〜21行、甲第10号証)
〔問題点を解決するための手段〕
 本発明者らは、このハロゲン化炭化水素の低減と、許容限界について検討した結果、「ダスト」の増加を実質的に防止したハロゲン化炭化水素の除去法を見出し、本発明に到達した。すなわち、本発明は、ジクロロメタンを溶媒としてビスフェノールとホスゲンとの反応によって得られ、低ダスト化されたポリカーボネート樹脂溶液に、ポリカーボネート樹脂の非或いは貧溶媒として、n−ヘプタン、シクロヘキサン、ベンゼン又はトルエンを沈殿が生じない程度の量を加え、得られた均一溶液を45〜100℃に保った撹拌下の水中に滴下或いは噴霧してゲル化し、溶媒を留去して多孔質の粉粒体とした後、水を分離し、乾燥し、押出して得られるポリカーボネート樹脂であって、該ポリカーボネート樹脂中に含有される重合溶媒であるジクロロメタンが1ppm以下である光ディスク用ポリカーボネート成形材料である。(甲第2号証3欄22行〜37行、甲第10号証)
〔発明の作用および効果〕
 以上、本発明のポリカーボネート樹脂成形材料による光ディスクは、記録膜の材質によらず長期信頼性に優れたものとなることが明瞭であり、高温多湿環境下において使用することを余儀無くされる場合にも、安心して使用可能なものであり、その工業的意義は極めて高いものである。(甲第2号証7欄3行〜8欄4行、甲第10号証)
 本件訂正発明においては、本件訂正発明の対象となる物は、本件構造要件により十分に特定されている。このことは、本件訂正明細書の上記記載から明らかである。本件訂正発明における本件製法要件は、本件特許の対象である光ディスク用ポリカーボネート成形材料の構成を特定するための要件としては、ポリカーボネート樹脂中に含まれる量が1ppm以下とされているジクロロメタンが、ビスフェノールとホスゲンとの反応によってポリカーボネート成形材料が得られる際の重合溶媒であることを意味する以外には、特段の意味を有するものと解することはできない。
 要するに、本件製法要件は、本件特許の対象である「ポリカーボネート樹脂中に含有される重合溶媒であるジクロロメタンが1ppm以下である光ディスク用ポリカーボネート成形材料。」を製造するための方法を単に特許請求の範囲に記載したものにすぎず、それ以上に出るものではないのである。
 そうである以上、物の発明である本件訂正発明に特許を付与する要件となる新規性あるいは進歩性等を判断するに当たっては、本件製法要件は、本件訂正発明の構成を特定する要件としては、上記の程度の意味しか有していないことを前提とした上で、これを判断すべきことになるのは、当然である。
2 取消事由1(本件訂正発明と引用発明1との一致点の認定の誤り)、取消事由2(本件訂正発明と引用発明1との相違点の看過)、取消事由3( 相違点2(多孔質体の形成の有無)についての判断の誤り)及び取消事由5(相違点1(固形化溶媒の相違)についての判断の誤り)について
(1) 原告は、@取消事由1として、審決は、本件訂正発明と引用発明1との一致点について、「刊行物1には「滴下」或いは「噴霧」という語は記載されていないが、「この溶液を、加熱化(判決注・「加熱下」の誤記と認められる。)の温水に添加しつつ、溶媒及び固形化用溶媒を通常0.1〜1.0時間、好ましくは0.5〜1.0時間で留去するように添加する」(摘示事項g)と記載されていることから、刊行物1に記載された発明も「滴下」しているものと解することが相当であり、この点で、両発明は一致する。」(審決書7頁4行〜9行)と認定したが、誤りである、刊行物1に記載された「留去するように添加する」方法が「滴下或いは噴霧」であるとは限らない、刊行物1には、どっと入れても、少しづつ連続的に入れても、また、バッチ式に入れても、要するに「留去するように添加する」ことができればよいことが開示されているにすぎず、どのような方法で添加したかということについては、何も記載されていない、と主張し、A取消事由2として、審決は、「刊行物1に記載された発明は、固形化の際に、「固形化過程の液を湿式粉砕機に循環する」工程を必須の構成要件としているのに対し、訂正後の本件発明は、該工程を必須の構成要件としていない点で一応相違するが、訂正後の本件明細書に「この水スラリーを製造する際に、ゲル化粒子を適宜、拡散翼や湿式粉砕機によって粉砕しつつ行うことは・・・好ましい方法である。」(特許公報4欄10行〜14行)と記載されていることから、実質的な相違点ではない。」(審決書7頁13行〜19行)と認定したが、誤りである、審決は、本件訂正発明と引用発明1との目的(課題)の相違を看過し、その構成の点のみから判断したため、引用発明1が「固形化過程の液を湿式粉砕機に循環する」工程を必須とする点を、実質的な相違点ではないと看過したものである、と主張している。
  しかしながら、本件訂正発明の「滴下或いは噴霧」との要件(取消事由1)、は、本件製法要件中の要件であり、また、固形化過程において「湿式粉砕機」によって粉砕する行程を必須の要件とするかどうかも(取消事由2)、製造方法そのものに関する事柄であり、いずれも本件訂正発明の対象となる物の構成、すなわち「重合溶媒であるジクロロメタンが1ppm以下である光ディスク用ポリカーボネート成形材料」を特定する上では特段の意味を有しない要件であることは、本件訂正明細書の上記記載から明らかである。原告の上記主張は、本件製法要件中の前記の各要件が、製法として刊行物1に開示されていないとの主張、あるいは、両発明が製造方法として異なるものであるとの主張であるにすぎない。前に述べたところから明らかなように、物の発明である本件訂正発明の特許要件を論ずるに当たり、このような物の構成を特定する上で特段の意味のない製法要件に関し、製造方法としての新規性あるいは進歩性等があるかどうかについての議論をする必要は全くないのであるから、原告の主張する上記取消事由は、いずれも主張自体において既に失当である。
  審決は、本件訂正発明の進歩性を判断するに当たって、本件構造要件のみならず、本件製法要件に係る上記要件についても判断している。しかし、審決のこの判断手法を客観的に評価すれば、審決は、本来判断すべき他の論点に加え、本来判断する必要のない論点についても念のために判断した、ということになるにすぎない。
(2) 原告は、@取消事由3として、審決は、本件訂正発明と引用発明1との相違点の一つとして、「訂正後の本件発明は、「多孔質」とされているが、刊行物1には、「多孔質」とは記載されていない点」(審決書7頁28行〜29行)を認定し、これを相違点2とした上で、この相違点2について「刊行物1には、「多孔質」という語はないが、ポリカーボネート樹脂溶液を撹拌下の温水中に添加、溶媒を留去しながら、ポリカーボネート樹脂を固形化しているのであるから、該ポリカーボネート樹脂は、溶媒の留去により生じた多孔質の粉粒体であるものと解することが相当である。」(審決書8頁7行〜10行)と判断したが、誤りである、審決自体、本件訂正発明と引用発明1との間には、五つもの相違点があると認定していることからも分かるように、両者の方法は異なるのである。それゆえにこそ、引用発明1のものはビーズ状であり、本件訂正発明のものは多孔質の粉粒体となるのである、と主張し、A取消事由5として、審決は、本件訂正発明と引用発明1の相違点の一つとして、「訂正後の本件発明の「非或いは貧溶媒」は、「n−ヘプタン、シクロヘキサン、ベンゼン又はトルエン」と限定されているのに対し、刊行物1に記載された発明では、「固形化溶媒」の具体例として、n−ヘキサンが記載されているだけで、n−ヘプタン等の上記限定された化合物名が記載されていない点」(審決書6頁25行〜28行)を認定し、これを相違点1とした上で、この相違点1について、「刊行物1に記載された発明において、「固形化用溶媒」として、n−へキサン以外の物質を用いようとするときに、甲第4号証(判決注・刊行物4)に記載されたポリカーボネート樹脂の貧溶媒を、なかでも、実施例として用いられている物質をまず用いてみることは、当業者が容易に想到することである。」(同9頁19行〜22行)と判断したが、誤りである、引用発明1は、前述のとおり、「ゴミ」の少ないポリカーボネート樹脂を提供することをその目的(課題)とするものであり、本件訂正発明は、ジクロロメタンの少ないポリカーボネート樹脂を提供することを目的(課題)とするものであるから、両者はその目的(課題)を異にしている、刊行物4に具体的に記載されている沈殿法は、ポリカーボネート樹脂のジクロロメタン溶液にn−ヘプタンなどの貧溶媒を直接添加して、ポリカーボネート樹脂の沈殿を得るというものである(刊行物4の実施例1〜4)のに対し、本件訂正発明における沈澱法は、ポリカーボネート樹脂のジクロロメタン溶液に非あるいは貧溶媒を「沈殿が生じない程度の量」添加し、この混合溶液を温水に滴下あるいは噴霧してゲル化するものであり、両者の沈殿法は、相違しているのである等、と主張している。
  しかしながら、本件訂正発明の「ゲル化し、溶媒を留去して多孔質の粉粒体と」するとの要件(取消事由3)及び「非或いは貧溶媒として、n−ヘプタン、シクロヘキサン、ベンゼン又はトルエンを・・・加え」との要件(取消事由5)は、いずれも、本件製法要件中の要件であって、本件訂正発明の対象となる「重合溶媒であるジクロロメタンが1ppm以下である光ディスク用ポリカーボネート成形材料」を特定する上では特段の意味を有しない要件であることは、前述のとおり、本件訂正明細書の記載から明らかである。原告の上記主張は、本件製法要件中の前記の各要件が、製法として刊行物1に開示されていないとの主張、あるいは、両発明は製造方法として異なるものであるとの主張であるにすぎない。物の発明である本件訂正発明の特許要件を論ずるに当たり、このような物の構成を特定する上で特段の意味のない製法要件に関し、製造方法としての新規性あるいは進歩性等があるかどうかについて議論をする必要は全くないこと、及び、審決が、本来、判断する必要のない本件製法要件に係る上記要件についても念のために判断したにすぎない、と評価し得るものであることは、前述のとおりである。
  原告は、取消事由5に関し、本件訂正発明は、製法限定付きの「物」の発明である、本件訂正発明のようなポリマー樹脂についての発明においては、ポリマーの各種の特性が、単純にポリマーの繰り返し単位や分子量のみにより特定されることなく、ポリマーの密度や結晶性や立体的な配置などの各種の複雑な性状により特定されることが多々あり、それらの複雑な性状のすべてが常に解明されるとは限らないことから、製造方法によりポリマー樹脂を特定するほうがより好ましい場合や、製造方法によらなければ、十分な特定ができない場合もあることは、よく知られているところである、本件訂正発明は、製造方法により特定されたポリマー樹脂からなる成形材料に関するものであり、このような製造方法が、本件訂正発明のポリマー樹脂を技術的に特定しているのである、と主張する。
 本件訂正明細書の現実の記載を離れて、いわゆるプロダクト・バイ・プロセス・クレーム(原告のいう「製法限定付きの「物」の発明」)についての一般論としてみる限り、本件訂正発明のポリマー樹脂を原告主張のようなものとして理解するのが合理的である場合も十分存在し得るということができよう。しかし、問題は、本件訂正明細書において、本件製法要件がどのような意味を有するものとされているか、ということである。この問題を離れて、一般論のみによって、本件製法要件が本件訂正発明のポリマー樹脂を技術的に特定していると認めることはできないのである。そして、本件訂正明細書には、本件製法要件の有する技術的意義に関するものとしては、「コンパクトディスク用のポリカーボネート成形材料においては従来問題とされなかった成分であるハロゲン化炭化水素が記録膜を腐食破損させる原因となっていることを見出し」(甲第2号証3欄8行〜11行、甲第10号証)、ハロゲン化炭化水素を低減させる本件製法要件記載の製法により、「ポリカーボネート樹脂中に含有される重合溶媒であるジクロロメタンが1ppm以下である光ディスク用ポリカーボネート成型材料」(甲第2号証3欄34行〜37行、甲第10号証)との構成の本件訂正発明に至ったとの記載はある反面、原告主張のように、本件訂正発明のポリカーボネート樹脂が、ポリマーの密度や結晶性や立体的な配置などの各種の複雑な性状等によりその特性が特定されるものであることを述べた記載も、このことを示唆する記載もなく、まして、このことを前提に、本件訂正発明は、「ポリカーボネート樹脂中に含有される重合溶媒であるジクロロメタンが1ppm以下である光ディスク用ポリカーボネート成型材料」すべてであるわけではなく、その中の一部である本件製法要件により製造されたものに限られることを述べた記載、あるいは、これを示唆する記載はない。いわゆるプロダクト・バイ・プロセス・クレームの形により特許を得ようとする者は、発明の対象を製法としないで物とすることを何らかの理由で自ら選択した以上、当該物は当該製法によって製造されたものに限られることを主張しようとするなら、そのことを出願に係る明細書において明示すべきであり、それをしないで、明細書の記載を他の解釈の余地を残すものとしておきながら(例えば、侵害訴訟において、当該発明の対象となる物は、当該製法によって製造されたものには限られない、等の主張をすることが考えられる。)、このような主張をすることは、許されないというべきである。結局のところ、原告の本件訂正発明に関する上記主張は、本件訂正明細書に基づかない主張というべきであり、同主張を採用することはできない。
(3) 以上によれば、原告の取消事由1、取消事由2、取消事由3及び取消事由5の各主張は、本件訂正発明の対象となる物の構成を特定する上で特段の意味のない本件製法要件に関し、製法としての新規性、進歩性についての議論をすべきであるとの主張であるから、これらの取消事由が、審決の結論に影響を与える瑕疵ということができないものであることは、明らかであり、いずれもその主張自体失当であるという以外にない。


参考判決: 平成18年(行ケ)第10494号





「単クローン性抗CEA抗体4」特許権侵害差止請求事件

<いわゆるプロダクト・バイ・プロセス・クレームの技術的範囲は、具体的な製造方法を問わず、その物と同一性を有する物のすべてに及ぶとは限らないとした事例。>

事件番号  平成11年(ワ)第8434号
事件名  特許権侵害差止請求事件
裁判年月日  平成12年09月29日
裁判所名  東京地方裁判所 
判決データ:  PAT-H11-wa-8434.pdf   PAT-H11-wa-8434-1.pdf

 二 原告らは、本件特許請求の範囲は、製造方法によって特定された物の特許についてのもの(いわゆるプロダクト・バイ・プロセス・クレーム)であり、特許請求の範囲に記載された製造方法と異なる製造方法によるものであっても、物として同一であるものは、本件発明の技術的範囲に属するところ、被告製品は、物として同一であるから本件発明の技術的範囲に属すると主張するので、判断する。
1 解釈の指針
 一般に、特許請求の範囲が製造方法によって特定されたものであっても、特許の対象は飽くまで製造方法によって特定された物であるから、特許の対象を当該製造方法に限定して解釈する必然性はない。しかし、特許の対象を当該製造方法に限定して解釈すべき事情が存する場合には、特許の対象が当該製造方法に限定される場合があり得るというべきである。
2 本件特許請求の範囲の記載
(一) 本件特許請求の範囲は、「物の製造方法を記載した部分」と「物の性質を記載した部分」(癌胎児性抗原の個体非特異的な部分および正常糞便抗原2との反応性を有するが、癌胎児性抗原の個体特異的な部分、正常糞便抗原1および非特異的交叉反応抗原との反応性を有しない単クローン性抗体(抗体4)。)に分けられ、前者の「物の製造方法を記載した部分」は、更に「融合細胞の取得過程」(第1哺乳動物を最初の個体の癌胎児性抗原で免疫することによって、前記抗原に対する抗体産生能を有する細胞を産生させ、生じた細胞をこの哺乳動物から採取し、採取された細胞を第2哺乳動物由来のミエローマの株化細胞と融合させ、)、「単クローン性抗体の回収過程」(こうして得られた融合細胞をクローニングに付し、得られた単クローン性ハイブリドーマを培養し、得られた培養液から所望の単クローン性抗体を回収し、)及び「得られた単クローン性抗体の選別過程」(その際(イ)前記最初の個体の癌胎児性抗原を第1マーカー抗原として用い、前記単クローン性ハイブリドーマを前記第1マーカー抗原と反応する抗体の産生能を基準として選別し、(ロ)前記回収工程において、免疫した最初の個体以外の個体の癌胎児性抗原、正常糞便抗原1、正常糞便抗原2および非特異的交叉反応抗原からなる群から選ばれた2種以上の抗原を選別用マーカー抗原として用いて、前記単クローン性ハイブリドーマを選別用マーカー抗原との反応性を基準として選別し、かつその際(ハ)正常糞便抗原2を第2マーカー抗原として用いて単クローン性ハイブリドーマを選別し、正常糞便抗原2と反応する抗体(抗体B)産生能をもつ単クローン性抗体を分離し、次に正常糞便抗原1を第3マーカー抗原として用いて正常糞便抗原1と反応しない抗体産生能をもつ単クローン性ハイブリドーマを分離し、次に非特異的交叉反応抗原を第4マーカー抗原として用いて非特異的交叉反応抗原との反応性も有しない抗体産生能をもつ単クローン性ハイブリドーマを分離し、選別された単クローン性ハイブリドーマを培養して所望の抗体を得る工程からなる、癌胎児性抗原に対して特異性をもつ単クローン性抗体の製法によって得られた、)に分けられる。
(二) 「物の製造方法を記載した部分」のうち「融合細胞の取得過程」及び「単クローン性抗体の回収過程」について
 前記一2で認定した本件明細書の記載及び弁論の全趣旨によると、「物の製造方法を記載した部分」のうち「融合細胞の取得過程」及び「単クローン性抗体の回収過程」は、公知の技術であると認められる。
(三) 「物の製造方法を記載した部分」の「得られた単クローン性抗体の選別過程」と「物の性質を記載した部分」について
 前記一2で認定した本件明細書の記載によると、CEA分子上には多くの抗原決定基が存在すること、原告らは、右CEA分子上の多くの抗原決定基を五種類(個体特異的抗原決定基、CEA特異決定基、NFA−1共通決定基、NFA−2共通決定基、NCA共通決定基)に分類し得ることを提案したこと、「物の性質を記載した部分」は、右原告らの提案に係る分類を前提とする反応特異性を内容とするものであること、以上の事実が認められる。
 前記一2で認定した本件明細書の記載によると、「物の製造方法を記載した部分」の「得られた単クローン性抗体の選別過程」は、右の五種類の抗原決定基との反応特異性を確認する過程であって、「物の性質を記載した部分」によって、五種類の抗原決定基との一定の反応特異性を示すという要素により特定された単クローン性抗CEA抗体を、更に物の性質が異なるものとして特定するものではないということができる(この限度では、原告らの前記主張は、正当であるということができる。)。
3 本件特許の出願経過
 前記一1の事実によると、本件特許は、本件原出願について、特許庁の拒絶査定を受けた後に、分割出願し、本件特許請求の範囲記載のものとして特許されたこと、原告らは、右出願過程において、「引例は、方法でつくられた物として特定された本発明の特徴を明示も暗示もしていない。」などと述べて、公知技術との方法の違いを強調していたこと、本件特許請求の範囲の記載は、本件原出願の特許請求の範囲の記載に比べて、「製法によって得られた」ことを明示するなど、特定の製法によるものであることを明確にする内容になっていること、以上の事実が認められる。
4 結論
 本件原出願が行われた当時の特許法三六条五項は、特許請求の範囲について、「発明の詳細な説明に記載した発明の構成に欠くことができない事項のみを記載しなければならない」と規定していたから、本件特許請求の範囲の記載も、そのようなものであると解される。
 しかるところ、原告らが主張するように、「物の製造方法を記載した部分」の「得られた単クローン性抗体の選別過程」は、物の性質(反応特異性)を製造方法(選別方法)によって確認しているだけであるから、「物の性質を記載した部分」のみを充足していれば、本件発明の技術的範囲に属するとすると、「物の製造方法を記載した部分」の「得られた単クローン性抗体の選別過程」は全く無意味な記載であるということになり、特許法三六条五項の右要件に適合しないことになる。
 「物の製造方法を記載した部分」の「得られた単クローン性抗体の選別過程」は、「物の性質を記載した部分」とは別の意味を有するものと解さなければならず、そうすると、「物の製造方法を記載した部分」の「得られた単クローン性抗体の選別過程」は、「物の性質を記載した部分」で特定される物の具体的な製造方法を特定したものと解さざるを得ない。そして、そのように解することが、右3で述べた本件特許の出願経過にも適合するということができる。以上のとおり、本件においては、特許の対象を当該製造方法に限定して解釈すべき事情が存するということができる。
  しかるところ、被告製品の製造方法が、本件特許請求の範囲中の「物の製造方法を記載した部分」の「得られた単クローン性抗体の選別過程」を充足することについての主張立証はないから、被告製品が本件発明の技術的範囲に属するということはできない。


参考判決 「酸性糖タンパク質」特許権侵害差止請求事件
<いわゆるプロダクト・バイ・プロセス・クレームの技術的範囲は、具体的な製造方法を問わず、その物と同一性を有する物に及ぶが、被告製品は本件発明と同一の構造とは認められないとして侵害を否定した事例。>
事件番号  平成9年(ワ)第8955号
事件名  特許権侵害差止請求事件
裁判年月日  平成11年09月30日
裁判所名  東京地方裁判所
判決データ:  PAT-H09-wa-8955.pdf  PAT-H09-wa-8955-1.pdf

第二 事案の概要
 本件は、「酸性糖タンパク質」についての特許権を有する原告が、被告の製造する遺伝子組換エリスロポエチン及びこれを使用した製剤は、いずれも原告の右特許権を侵害するものであるとして、被告に対し、それらの製造の差止め及び廃棄、製剤の販売の差止め等を求めている事案である(以下、エリスロポエチンを「EPO」と略称することがある。)。
一 争いのない事実
1 原告は、主に乳製品及びその他の食品を製造販売し、医薬品等の製造販売をも業とする株式会社であり、被告は、ビール等の酒類、食料品及び医薬品等の製造販売を業とする株式会社である。
2 原告は、左記の特許権(以下「本件特許権」といい、その発明を「本件発明」という。)を有している。
  記
発明の名称  酸性糖タンパク質
出願年月日  昭和五八年二月二一日
出願番号   特願平二−三六六九〇号
分割の表示  特願昭五八−二六三九九号の分割
登録年月日  平成八年五月一七日
特許番号   第二五一九五六一号

(中略)

2 本件においては、構成要件二aが本件発明に係る酸性糖タンパク質の製造方法を掲げていることから、まず、本件発明に係る酸性糖タンパク質がその製造方法によって得られたものに限定されるかどうかを、検討する。
 一般に、特許請求の範囲が製造方法によって特定された物であっても、対象とされる物が特許を受けられるものである場合には、特許の対象は飽くまで製造方法によって特定された物であって、特許の対象を当該製造方法によって製造された物に限定して解釈する必然はなく、これと製造方法は異なるが物として同一であるものも含まれると解することができる。右のように解すべきことは、特許庁の「物質特許制度及び多項性に関する運用基準(昭和五〇年一〇月)」が、特許請求の範囲の記載要領につき、「(1) 化学物質は特定されて記載されていなければならない。化学物質を特定するにあたっては、化合物名又は化学構造式によって表示することを原則とする。化合物名又は化学構造式によって特定することができないときは、物理的又は化学的性質によって特定できる場合に限り、これらの性質によって特定することができる。また、化合物名、化学構造式又は性質のみで十分特定できないときは、更に製造方法を加えることによって特定できる場合に限り、特定手段の一部として製造方法を示してもよい。ただし、製造方法のみによる特定は認めない。」と定めている趣旨にも合致するものである。
 本件においては、前記認定のとおり、構成要件二aが本件明細書において「性質」の一つとして記載されていること等に照らしても、本件発明に係る酸性糖タンパク質は、必ずしも構成要件二aに掲げられた製造方法によって得られたものに限定されるものではなく、その製造方法によって特定される物と同一の構造ないし特性を有する限り、構成要件二aを充足するというべきである。

(中略)

4 そこで、構成要件二aによって示された酸性糖タンパク質の構造等について、被告遺伝子組換EPOがこれを充足するかどうかを検討する。
 被告遺伝子組換EPOが構成要件二aの構造等を有する物質であるというためには、(1)被告遺伝子組換EPOが構成要件二aの製法によって現に製造されている事実が認められるか、又は、(2)被告遺伝子組換EPOが構成要件二aの構造等、すなわち、SDS処理がされ、抗体に対する結合性やタンパク質の立体構造が天然のエリスロポエチンと異なっていることが認められる必要があるところ、本件においては、これらを認めるに足りる証拠はない。





「アイスクリーム充填苺」特許権侵害差止等請求事件(機能的クレームの解釈)

事件番号  平成15年(ワ)第19733号
事件名  特許権侵害差止等請求事件
裁判年月日  平成16年12月28日
裁判所名  東京地方裁判所
判決データ:  PAT-H15-wa-19733.pdf

(2) 判断
ア (ア) 本件明細書の「特許請求の範囲」【請求項1】には、「芯のくり抜かれた新鮮な苺の中にアイスクリームが充填され、全体が冷凍されているアイスクリーム充填苺であって、該アイスクリームは、外側の苺が解凍された時点で、柔軟性を有し且つクリームが流れ出ない程度の形態保持性を有していることを特徴とするアイスクリーム充填苺」と記載されている。
 ここでいう「アイスクリーム」の語の意義については、本件明細書には、「特許請求の範囲」のほか「発明の詳細な説明」欄にも、特にこれを定義した記載はないから、その文言の通常有する意味に基づいて解釈すべきところ、上記(1)イ記載の辞典等の記載内容を参酌すれば、「アイスクリーム」の語は「牛乳、クリームなどの乳製品に砂糖などの糖類を加えて冷凍させた氷菓子」を意味するものというべきである。
(イ) そして、上記の「特許請求の範囲」の記載によれば、本件特許発明の「アイスクリーム」は、「外側の苺が解凍された時点で、柔軟性を有し且つクリームが流れ出ない程度の形態保持性を有していることを特徴とする」ものとされている(構成要件B及びC参照)。
 しかし、この「外側の苺が解凍された時点で、柔軟性を有し且つクリームが流れ出ない程度の形態保持性を有していることを特徴とする」との記載は、「新鮮な苺のままの外観と風味を残し、苺が食べ頃に解凍し始めても内部に充填されたアイスクリームが開口部から流れ出すことがなく、食するのに便利であ」る(本件明細書【0008】。本件公報3欄38行ないし41行)という本件特許発明の目的そのものであり、かつ、「柔軟性を有し且つクリームが流れ出ない程度の形態保持性」という文言は、本件特許発明におけるアイスクリーム充填苺の機能ないし作用効果を表現しているだけであって、本件特許発明の目的ないし効果を達成するために必要な具体的な構成を明らかにするものではない。
 このように、特許請求の範囲に記載された発明の構成が作用的、機能的な表現で記載されている場合において、当該機能ないし作用効果を果たし得る構成であれば、すべてその技術的範囲に含まれると解すると、明細書に開示されていない技術思想に属する構成までもが発明の技術的範囲に含まれ得ることとなり、出願人が発明した範囲を超えて特許権による保護を与える結果となりかねない。しかし、このような結果が生ずることは、特許権に基づく発明者の独占権は当該発明を公衆に対して開示することの代償として与えられるという特許法の理念に反することになる。
 したがって、特許請求の範囲が、上記のような作用的、機能的な表現で記載されている場合には、その記載のみによって発明の技術的範囲を明らかにすることはできず、当該記載に加えて明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌し、そこに開示された具体的な構成に示されている技術思想に基づいて当該発明の技術的範囲を確定すべきものと解するのが相当である。


(中略)

 これらの記載によれば、アイスクリーム本来の食感を有し、かつ、通常のアイスクリームの解凍温度に到達しても溶けない形態保持性を有するアイスクリームは、少なくとも、通常のアイスクリームの組成に寒天及びムース用安定剤を添加することにより製造することができることが開示されているが、本件明細書においては、それ以外の方法によって、アイスクリーム本来の食感を失わず、かつ、苺が解凍された時にも形態保持性を維持することができるアイスクリームを製造することができることについて、何らの記載もない。
 上記のとおり、本件特許発明の目的は、アイスクリーム充填苺について糖度の低い苺が解凍された時にも、苺の中に充填された糖度の高いアイスクリームが柔軟性と形態保持性を有することにあるところ、本件明細書においては、これを実施するために、通常のアイスクリームの成分以外に「寒天及びムース用安定剤」を添加することを明示し、それ以外の成分について何ら言及していない。さらに、寒天をアイスクリームに添加する点について、形態保持性を与えるだけの量の寒天を添加しただけではアイスクリームの食感が失われてしまうこと(【0011】本件公報4欄11行ないし15行参照)、アイスクリーム中の寒天の割合が0.1重量%未満であると、苺の解凍時にアイスクリームが流れ出るので好ましくなく、0.4重量%を超えるとアイスクリームの食感がプリプリとした弾力性が増し好ましくないこと(【0012】本件公報4欄19行ないし23行参照)を指摘し、ムース用安定剤を添加する点についても、ムース用安定剤が2.0重量%未満であると、寒天のプリプリ感を減殺する効果がなく、3.0重量%を超えるとアイスクリームが固くなり、クリーミー感がなくなること(【0014】本件公報4欄39行ないし43行参照)を指摘するなど、その用法について詳細な説明を施している。加えて、後記2(1)記載のとおり、「芯のくり抜かれた新鮮な苺の中にアイスクリームが充填され、全体が冷凍されているアイスクリーム充填苺」自体は、本件特許発明の特許出願前の平成5年に既に広く販売されて、公知であったことに照らせば、本件特許発明に進歩性を認めるとすれば、充填されているアイスクリームが「外側の苺が解凍された時点で、柔軟性を有し且つクリームが流れ出ない程度の形態保持性を有していること」を実現するに足りる技術事項を開示した点にあるというべきである。
 上記によれば、本件特許発明における「外側の苺が解凍された時点で、柔軟性を有し且つクリームが流れ出ない程度の形態保持性を有していることを特徴とする」アイスクリームに該当するためには、通常のアイスクリームの成分のほか、少なくとも「寒天及びムース用安定剤」を含有することが必要であると解するのが相当である。

(中略)

(エ) 加えて、乙8の2によれば、遅くとも平成13年6月3日には、伊勢丹デパートの顧客からの注文に基づき、原告日宏貿易は贈答先に「いちごの雫」を出荷したことが認められるから、本件特許発明は、特許出願(平成13年6月6日)前に既に公然実施されていたものというべきである。
(3) まとめ
 上記によれば、本件特許発明は、特許法29条1項1号ないし2号の規定に違反して特許されたものであり、同法123条1項2号所定の無効理由を有することが明らかというべきであるから、本件特許権に基づく差止め、損害賠償等の原告らの請求は、権利の濫用に当たり許されない。
 3 結論
 以上によれば、被告製品は、本件特許権の技術的範囲に属さないものであるが、これに加えて、本件特許発明は無効理由を有することが明らかであるから、本件特許権に基づく原告らの請求は、権利の濫用に当たるものとして許されない。





審決取消請求事件(「除くクレーム」について)


事件番号  平成18年(行ケ)第10563号
事件名  審決取消請求事件
裁判年月日  平成20年05月30日
裁判所名  知的財産高等裁判所
判決データ:  PAT-H18-Gke-10563.pdf

 このような特許法の趣旨を踏まえると、平成6年改正前の特許法17条2項にいう「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」との文言については、次のように解するべきである。
 すなわち、「明細書又は図面に記載した事項」とは、技術的思想の高度の創作である発明について、特許権による独占を得る前提として、第三者に対して開示されるものであるから、ここでいう「事項」とは明細書又は図面によって開示された発明に関する技術的事項であることが前提となるところ、「明細書又は図面に記載した事項」とは、当業者によって、明細書又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項であり、補正が、このようにして導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものであるときは、当該補正は、「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」するものということができる。
 そして、同法134条2項ただし書における同様の文言についても、同様に解するべきであり、訂正が、当業者によって、明細書又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものであるときは、当該訂正は、「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」するものということができる。
 もっとも、明細書又は図面に記載された事項は、通常、当該明細書又は図面によって開示された技術的思想に関するものであるから、例えば、特許請求の範囲の減縮を目的として、特許請求の範囲に限定を付加する訂正を行う場合において、付加される訂正事項が当該明細書又は図面に明示的に記載されている場合や、その記載から自明である事項である場合には、そのような訂正は、特段の事情のない限り、新たな技術的事項を導入しないものであると認められ、「明細書又は図面に記載された範囲内において」するものであるということができるのであり、実務上このような判断手法が妥当する事例が多いものと考えられる。
 ところで、平成6年法律第116号附則8条1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前(以下「平成6年改正前」という。)の特許法29条の2は、特許出願に係る発明が当該特許出願の日前の他の特許出願であって当該特許出願後に出願公開がされたものの願書に最初に添付した明細書又は図面に記載された発明(以下「先願発明」という。)と同一であるときは、その発明については特許を受けることができない旨定めているところ、同法同条に該当することを理由として、平成5年法律第26号附則2条4項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法123条1項1号に基づいて特許が無効とされることを回避するために、無効審判の被請求人が、特許請求の範囲の記載について、「ただし、…を除く。」などの消極的表現(いわゆる「除くクレーム」)によって特許出願に係る発明のうち先願発明と同一である部分を除外する訂正を請求する場合がある。
 このような場合、特許権者は、特許出願時において先願発明の存在を認識していないから、当該特許出願に係る明細書又は図面には先願発明についての具体的な記載が存在しないのが通常であるが、明細書又は図面に具体的に記載されていない事項を訂正事項とする訂正についても、平成6年改正前の特許法134条2項ただし書が適用されることに変わりはなく、このような訂正も、明細書又は図面の記載によって開示された技術的事項に対し、新たな技術的事項を導入しないものであると認められる限り、「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」する訂正であるというべきである。


(中略)

 訂正が、当業者によって、明細書又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものであるときは、当該訂正は、「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」するものということができるというべきところ、上記イによると、本件各訂正による訂正後の発明についても、成分(A)〜(D)及び同(A)〜(E)の組合せのうち、引用発明の内容となっている特定の組合せを除いたすべての組合せに係る構成において、使用する希釈剤に難溶性で微粒状のエポキシ樹脂を熱硬化性成分として用いたことを最大の特徴とし、このようなエポキシ樹脂の粒子を感光性プレポリマーが包み込む状態となるため、感光性プレポリマーの溶解性を低下させず、エポキシ樹脂と硬化剤との反応性も低いので現像性を低下させず、露光部も現像液に侵されにくくなるとともに組成物の保存寿命も長くなるという効果を奏するものと認められ、引用発明の内容となっている特定の組合せを除外することによって、本件明細書に記載された本件訂正前の各発明に関する技術的事項に何らかの変更を生じさせているものとはいえないから、本件各訂正が本件明細書に開示された技術的事項に新たな技術的事項を付加したものでないことは明らかであり、本件各訂正は、当業者によって、本件明細書のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものであることが明らかであるということができる。
 したがって、本件各訂正は、平成6年改正前の特許法134条2項ただし書にいう「願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」するものであると認められる。


「除くクレーム」に関する参考事件判決
事件番号  平成20年(行ケ)第10065号
事件名  審決取消請求事件
裁判年月日  平成21年03月31日
裁判所名  知的財産高等裁判所 
判決データ:  PAT-H20-Gke-10065.pdf





審決取消請求事件(「人工乳首」事件)

<実施例の追加と国内優先権主張の効果について。>

事件番号  平成14年(行ケ)第539号
事件名  審決取消請求事件
裁判年月日  平成15年10月08日
裁判所名  東京高等裁判所 
判決データ:  PAT-H14-Gke-539.pdf

      主  文
  原告の請求を棄却する。
  訴訟費用は原告の負担とする。
     事実及び理由
第1 請求
 特許庁が不服2001−20120号事件について平成14年9月12日にした審決を取り消す。
第2 当事者間に争いのない事実
 1 特許庁における手続の経緯
 原告は、平成10年10月20日の出願(特願平10−316899号、以下「先の出願」という。)の願書に最初に添付した明細書又は図面(以下「当初明細書等」という。)に記載された発明に基づき、特許法41条による優先権を主張して、平成11年10月8日、名称を「人工乳首」とする発明につき特許出願(特願平11−288535号、以下「本件出願」という。)をしたが、拒絶の査定がされ、平成13年10月12日にその謄本の送達を受けたので、同年11月8日、これに対する不服の審判の請求をし、不服2001−20120号事件として特許庁に係属した。
 特許庁は、同事件について審理した結果、平成14年9月12日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同月25日、原告に送達された。
 2 特許請求の範囲の記載
    (1) 先の出願の当初明細書等(甲3添付)に記載のもの
     【請求項1】乳首胴部と、この乳首胴部から突出して形成されている乳頭部とを有する人工乳首であって、上記乳頭部及び/又は上記乳首胴部の少なくとも一部に伸長する伸長部が備わっていることを特徴とする人工乳首。
     【請求項2】上記伸長部に隣接して、この伸長部より剛性のある剛性部が設けられていることを特徴とする請求項1に記載の人工乳首。
     【請求項3】上記伸長部と上記剛性部が交互に配置されていることを特徴とする請求項2に記載の人工乳首。
     【請求項4】上記人工乳首がシリコンゴムにより形成されていると共に、このシリコンゴムの厚みが、上記伸長部では比較的薄く、上記剛性部では比較的厚いことを特徴とする請求項2又は請求項3に記載の人工乳首。
    (2) 平成13年8月7日付け手続補正書(甲4添付)により補正された本件出願の明細書に記載のもの
     【請求項1】乳幼児の哺乳窩に当接可能な先端部を有する乳頭部と、乳幼児が舌により蠕動運動を行う際に舌を波うつように移動させることができる表面を有する乳頭部及び乳首胴部と、哺乳瓶と接続するためのベース部と、を有する人工乳首であって、前記乳頭部及び乳首胴部のシリコンゴムから成る壁面の内側に、この壁面より肉厚の薄い伸長部が形成され、この伸長部に隣接して、この伸長部より肉厚が厚い剛性部が交互に形成されていることを特徴とする人工乳首。
     【請求項2】前記伸長部は、前記剛性部より、蠕動運動で伸び易く形成されていると共に、この剛性部は、この伸長部より潰れ難く形成されていることを特徴とする請求項1に記載の人工乳首。
     【請求項3】前記乳頭部の先端部の断面が円弧状に形成され、前記乳首胴部が略お椀状に形成されていることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の人工乳首。
     【請求項4】前記乳頭部と前記乳首胴部が曲面で連なって一体的に形成されていることを特徴とする請求項1乃至請求項3のいずれかに記載の人工乳首。(以下、上記(2)の【請求項1】に係る発明を「本願発明1」という。)
3 審決の理由
 審決は、別添審決謄本写し記載のとおり、本願発明1は、先の出願の当初明細書等に記載されていない、本件出願の当初明細書等(甲2添付)に記載の【図11】の実施例(以下「図11実施例」という。)に係る発明(以下「図11実施例発明」という。)を包含するから、図11実施例発明の出願については、特許法41条2項により先の出願の時にされたものとみなすことはできず、本件出願の現実の出願日がその出願日になるとした上、図11実施例発明は、本件出願日前の他の出願であって、その出願後に出願公開された特願平11−85326号の願書に最初に添付した明細書又は図面(以下「先願明細書等」という)に記載された発明(以下「先願発明」という。)と同一であり、かつ、本願発明1の発明者が先願発明の発明者と同一であるとも、また、本件出願時にその出願人が上記他の出願の出願人と同一であるとも認められないので、図11実施例発明を含む本願発明1は特許法29条の2により特許を受けることができないとした。
第3 原告主張の審決取消事由
 1 審決は、本件出願について特許法41条2項の適用による優先権主張の効果を誤って否定した(取消事由)結果、本願発明1は特許法29条の2により特許を受けることができないとの誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されるべきである。

(中略)

第5 当裁判所の判断
   1 取消事由(特許法41条2項の適用の誤り)について
   (1) 特許法41条2項は、同法29条の2の適用に係る優先権主張の効果について「・・・優先権の主張を伴う特許出願に係る発明のうち、当該優先権の主張の基礎とされた先の出願の願書に最初に添付した明細書又は図面・・・に記載された発明・・・についての・・・第29条の2本文、・・・の規定の適用については、当該特許出願は、当該先の出願の時にされたものとみなす」と規定し、後の出願に係る発明のうち、先の出願の当初明細書等に記載された発明に限り、その出願時を同法29条の2の適用につき限定的に遡及させることを定めている。後の出願に係る発明が先の出願の当初明細書等に記載された事項の範囲のものといえるか否かは、単に後の出願の特許請求の範囲の文言と先の出願の当初明細書等に記載された文言とを対比するのではなく、後の出願の特許請求の範囲に記載された発明の要旨となる技術的事項と先の出願の当初明細書等に記載された技術的事項との対比によって決定すべきであるから、後の出願の特許請求の範囲の文言が、先の出願の当初明細書等に記載されたものといえる場合であっても、後の出願の明細書の発明の詳細な説明に、先の出願の当初明細書等に記載されていなかった技術的事項を記載することにより、後の出願の特許請求の範囲に記載された発明の要旨となる技術的事項が、先の出願の当初明細書等に記載された技術的事項の範囲を超えることになる場合には、その超えた部分については優先権主張の効果は認められないというべきである。
   (2) 本件において、後の出願に係る本願発明1の当初明細書等(甲2添付)の記載と先の出願の当初明細書等(甲3添付)の記載とを対比すると、後者の図面には、「本発明(注、先願発明)の実施の形態にかかる人工乳首」(段落【0015】)として【図1】が記載されているだけであったところ、前者の図面には、「本発明(注、本願発明1)の第4の実施の形態に係る人工乳首」(段落【0042】)として先の出願の図面には記載されていなかった【図11】(図11実施例)が加えられるとともに、当該図面に関する説明の記載(段落【0042】)が明細書の発明の詳細な説明中に加えられたことは明らかである。

(中略)

・・・結局、図11実施例発明は、後の出願の本願発明1の発明の要旨となる技術的事項のすべてを満足するものであって、本願発明1の実施例に相当するものであると認められる。そして、図11実施例に係る人工乳首は、伸長部である肉薄部を螺旋形状に形成することにより、哺乳運動の際、人工乳首がより伸びやすくなり、また、その際、縦方向に圧力が加わっても、人工乳首がつぶれて乳幼児の哺乳運動が困難になることがなく、製造に当たり金型から抜きやすくなり、製造しやすくなるという螺旋形状特有の効果を奏するものであることが認められる。
 オ そうすると、後の出願の当初明細書等に本願発明1の実施例として記載された、伸長部である肉薄部を螺旋形状に形成した図11実施例に係る人工乳首は、先の出願の当初明細書等に明記されていなかったばかりでなく、先の出願の当初明細書等に現実に記載されていた、伸長部である肉薄部を環状に形成した【図1】の実施例に係る人工乳首の奏する効果とは異なる螺旋形状特有の効果を奏するものである。したがって、当該伸長部である肉薄部を螺旋形状にした人工乳首の実施例(図11実施例)を後の出願の明細書に加えることによって、後の出願の特許請求の範囲に記載された発明の要旨となる技術的事項が、先の出願の当初明細書等に記載された技術的事項の範囲を超えることになることは明らかであるから、その超えた部分については優先権主張の効果は認められないというべきである。

(中略)

  (4) 原告は、また、国内優先権制度の実施例補充型といわれるもののうち、先の出願の請求項の発明が先の出願の実施例で十分実証されている場合には、後の出願で実質的に同一の発明が実施例で補充されても、この実施例によって影響を受けず、後の出願の請求項の発明が、先の出願と後の出願との重複範囲であれば、優先権主張の効果は肯定されるとした上、図11実施例発明は、先の出願の【図1】等の実施例で十分に実証されているから、本件出願について優先権主張の効果を否定した審決の判断は誤りであると主張する。
      しかしながら、後の出願の明細書及び図面に新たな実施例を加えることにより、後の出願の特許請求の範囲に記載された発明の要旨とする技術的事項が、先の出願の当初明細書等に記載された技術的事項の範囲を超えることとなる場合には、その超えた部分について優先権主張の効果が認められないところ、本件において、図11実施例を後の出願である本件出願の明細書に加えることにより、後の出願である本願発明1の特許請求の範囲に記載された発明の要旨となる技術的事項が、先の出願の当初明細書等に記載された技術的事項の範囲を超えることになり、その超えた部分については優先権主張の効果が認められないことは、上記のとおりであって、本願発明1が先の出願の【図1】等の実施例で十分実証されていたか否かは、この判断を左右するものではない。したがって、審決に原告主張の誤りがあるとはいえない。

    図1
  


    図11
  





審決取消請求事件(「プレスフェルト」事件)

事件番号  平成19年(行ケ)第10299号
事件名  審決取消請求事件
裁判年月日  平成20年08月26日
裁判所名  知的財産高等裁判所 
判決データ:  PAT-H19-Gke-10299.pdf

 請求項1において「撚成されたモノフィラメント」が複数本であることは明示的に示されていない。
 しかし、上記ア記載のとおり、「撚成されたモノフィラメント」は「モノフィラメント」に撚りをかけたものであるところ、「モノフィラメント」は「1本の繊維」(甲1、乙3)を意味し、また、「シングル撚糸」は1本又は2本以上の糸で撚られたものを意味することは明らかである(甲2、甲3、乙2)。
 そうすると、「撚成されたモノフィラメント」について、更に撚りをかけて「シングル撚糸」とする場合、仮に「撚成されたモノフィラメント」が1本であることを前提として、その1本のモノフィラメントを対象として再度撚りをかけるということは、およそ技術常識に照らして、意味のない解釈となるから、当業者は、請求項1記載の「シングル撚糸」について、複数本の「撚成されたモノフィラメント」に撚りをかけたものであると理解するのが合理的であるといえる。すなわち、請求項1項の「シングル撚糸」の意義について、「撚成されたモノフィラメントが1本である場合」は、およそ技術常識から離れた解釈であるから、そのような場合を含まないと理解して差し支えない。
 以上のとおり、請求項1記載の「撚成された・・・シングル撚糸」とは、「撚成されたモノフィラメント」を複数本集めて撚られたシングル撚糸を指すものと理解されるべきである。





除草剤事件(イミダゾール又はピラゾール誘導体)

事件番号  平成13年(行ケ)第219号
事件名  除草剤事件
裁判年月日  平成15年01月29日
裁判所名  東京高等裁判所
判例データ:  PAT-H13-Gke-219.pdf     PAT-H13-Gke-219-1.pdf

 本件においては、上記のとおり、本件出願時明細書に記載されていた多数の化合物の一部については、基本骨格が同じであっても置換基の種類によっては除草活性がないものも相当数含まれるとの事実が判明していたのであるから、本件特許明細書の従来技術に関する記載に示される除草効果の予測(上記(4)ア)が合理的に成り立つということはできない。そうすると、QがQ−4である本件ピラゾール系化合物の除草活性についての裏付けを全く欠く本件特許明細書の記載からは、その有用性が当業者に理論上又は経験則上予測可能であるということはできず、原告の主張は、上記(3)の認定判断を左右するものではない。
  (6) したがって、本件ピラゾール系化合物は、未完成の発明というべきであるから、本件特許明細書において、本件ピラゾール系化合物については発明が完成されたものとして記載されておらず、本件発明は、未完成部分を包含するものとして特許法29条1項柱書に規定する要件を満たしていないとした審決の判断に誤りはなく、原告の取消事由3の主張は理由がない。





共同発明者としての認定否定事件

<生物系研究者を合成系研究者との共同発明者として認定せず。>

事件番号  平成18年(ネ)第10074号
事件名  職務発明対価請求控訴事件
裁判年月日  平成19年03月15日
裁判所名  知的財産高等裁判所 
判決データ:  PAT-H18-ne-10074.pdf

2 本件発明の発明者について
 控訴人の請求は、いずれも、控訴人が本件発明の共同発明者であることを前提とするものであるので、この点につき、まず判断する。
 発明とは、自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものをいい(特許法2条1項)、特許発明の技術的範囲は、特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならない(現行の同法70条1項参照)。したがって、発明者と認められるためには、当該特許請求の範囲の記載に基づいて定められた技術的思想の創作行為に現実に加担したことが必要であり、仮に、当該創作行為に関与し、発明者のために実験を行い、データの収集・分析を行ったとしても、その役割や行為が発明者の補助をしたにすぎない場合には、創作行為に現実に加担したということはできない。本件発明は、物質発明及び当該物質の特定の性質を専ら利用する物の発明(用途発明。請求項25ないし28)であるところ、本件の用途発明(請求項25ないし28)は、既に存在する物質の特定の性質を発見し、それを利用するという意味での用途発明ではなく、物質発明に係る物質についてその用途を示す、いわば物質発明に基づく用途発明であり、その本質は、物質発明の場合と同様に考えることができる。
 本件発明に係る化合物に関し、控訴人は、生物系研究者として、その生物活性測定及びその分析等に従事していたものの、当該化合物の合成そのものを担当していたのがAやBらの合成系研究者であることは、当事者間に争いがない。本件においては、控訴人が本件発明の技術的思想の創作行為に現実に加担した者といえるかどうかは、@本件発明に係る化合物の構造の研究開発に対する貢献、A生物活性の測定方法に対する貢献、B本件研究における目標の設定や修正に対する貢献を総合的に考慮し、認定されるべきである。
 以上の観点から検討するに、当裁判所も、控訴人は、本件発明の共同発明者ということはできないと判断する。





パリ条約による優先権主張の手続

<電子情報処理組織を使用してパリ条約による優先権の主張に必要な所定事項を追加する補正の適法性を否定した。>

事件番号  平成20年(行ウ)第82号
事件名  却下処分取消請求事件
裁判年月日  平成20年06月27日
裁判所名  東京地方裁判所
判決データ: DE-H20-Gu-82.pdf

第2 事案の概要
 本件は、原告が意匠登録出願をした際、当初、パリ条約による優先権主張の手続をせず、その後、同日中に、優先権主張に必要な事項を追加する手続補正をし、さらに後日、優先権証明書提出書を提出したのに対し、特許庁長官が原告に対して前記の手続補正(書)に係る手続を却下する処分及び前記の優先権証明書提出書に係る手続を却下する処分をしたことから、原告が被告に対し、これらの処分について、意匠法15条1項で準用される特許法43条1項、意匠法60条の3の解釈及び運用を誤った違法がある旨主張して、その取消しを求める事案である。

(判旨)
(1)原告によって電子情報処理組織を使用して行われた本件出願の願書には、「【パリ条約による優先権等の主張】」の欄が設けられておらず、「【国名】」、「【出願日】」などの所定事項が一切記録されていないものであるから(甲1の1)、原告による出願の際の手続においては、前記1のとおりの要求される方式を充たしていないことが明らかである。
 ところが、原告は、本件出願と同日で本件出願から2時間17分後に、本件出願の手続の補正として、電子情報処理組織を使用してパリ条約による優先権の主張に必要な所定事項を追加する本件補正の手続を行っているため、これによって優先権の主張の手続が適法に行われたものということができるか否かが問題となる。

(中略)

(イ)原告は、実質論として、原告の意匠登録を受ける権利及び優先権と、想定される第三者の被る不利益との間の考量をした上、原告がこれらの権利や利益の制限を受けるに値するような第三者の不利益はない旨主張する。
 しかしながら、当該優先権による基準時より後の日で、当該出願より前の日までに同一発明の出願を完了した第三者は、出願と「同時に」されなかった優先権主張の手続が事後的に適法な手続と扱われることによって、優先順位が覆ることになる不利益を被ることになる。当該出願の後、同一日中に当該優先権主張の手続がされる前に出願した第三者も、同日出願人の地位(協議成立により特許を受け得る地位)が、出願と「同時に」されなかった優先権の主張が事後的に適法な手続と扱われることによって、失われることになる不利益を被ることになる。
 第三者の被るこれらの不利益は、到底看過し得るようなものではなく、原告の主張する実質論は、特許法43条1項の「同時に」を「同一日に」と解釈することの根拠とはなり得ないことが明らかである。

(中略)

(エ)仮に、原告の主張のとおり特許法43条1項の「同時に」を「同一日に」と解釈すると、「同時に」と定める他の規定(例えば、意匠法4条3項、14条2項、17条の3第3項など)との関係において、整合的な理解をすることが困難となる。
(オ)(ア)ないし(エ)で述べたところによれば、原告の上記主張はいずれも採用することができず、特許法43条1項の「同時に」を「同一日に」と解釈すべき特別の事情があると認めることはできない。
ウ 以上のとおりであるから、本件補正によって優先権の主張の手続が適法にされたものということはできず、本件出願については、全く優先権の主張の手続が行われていないといわざるを得ない。
 したがって、本件各処分につき、意匠法15条1項で準用される特許法43条1項の解釈及び運用の誤りがあるということはできない。


上記事件の控訴審判決
<原判決を維持>
事件番号  平成20年(行コ)第10002号
事件名  却下処分取消請求控訴事件
裁判年月日  平成21年03月26日
裁判所名  知的財産高等裁判所  
判決データ:  DE-H20-Gko-10002.pdf





「カプセルベンダーマシン」事件

事件番号  平成19年(ネ)第10098号
事件名  特許権侵害差止等請求控訴事件
裁判年月日  平成20年09月29日
裁判所名  知的財産高等裁判所
判決データ:  PAT-H19-ne-10098.pdf

 当裁判所は、以下に述べるとおり、カプセル特許2(カプセル発明2−9)・同3(カプセル発明3−1、3−2)・同4(カプセル発明4−1)は分割要件違反の無効理由があるが、カプセル特許1(カプセル発明1−2)に無効理由はなくかつ被告カプセルベンダーは上記特許の定める要件を充足する、カード特許2(カード発明2−1、2−2)には進歩性違反の無効理由があるが、カード特許3(カード発明3−1)に無効理由はなくかつ被告カードベンダーは上記特許の定める要件を充足する、と判断する(原審とほぼ同じ)。





却下処分無効確認請求事件(特許料の納付期限徒過)

<代理人が過失により追納期限を徒過した場合に本人がその責めを負うのは当然であって、たとえ本人に過失がなかったとしても法112条の2第1項の「その責めに帰することができない理由」がある場合には該当しない。>

事件番号  平成13年(行ウ)第285号
事件名  却下処分無効確認請求事件
裁判年月日  平成14年06月27日
裁判所名  東京地方裁判所  
判決データ:  PAT-H13-Gu-285.pdf

第2 事案の概要
   本件は、原告が被告に対し、原告の保有に係る特許番号第2136547号の特許権(以下「本件特許権」という。)につき、被告がした特許料納付書についての却下処分が無効であることの確認を求めている事案である。原告は、同却下処分は、特許法112条の2第1項の解釈を誤ってなされた違法なものであり、かつ、その違法性が重大顕著であるから無効であると主張し、被告は、同処分は適法なものであって、無効でないと主張して争っている。

(判旨)
 特許料の納付を行う代理人弁理士は、その職務として平成6年改正法の内容について承知しているはずであるから、本件特許権の特許料の納付を行う原告の代理人弁理士としては、個々の特許権について、平成6年改正法が適用されるのかどうかについて考慮したうえで、特許料の納付につき万全の管理をする注意義務があるというべきであるところ、本件においては、原告主張のような上記@〜Bのような事情が存在したことを考慮しても、代理人弁理士において、通常の注意力を有する者が万全の注意を払ってもなお追納期限内に納付できなかった事情が存在するとは到底いうことができない。その他、原告の提出する全証拠を含め一件記録を精査しても、本件事情の下において原告に「その責めに帰することができない理由」があると認めることはできない(原告の代理人弁理士としては、平成10年5月の設定登録時に第4年分の特許料の納付期限を確認することも容易にできたはずであるのに漫然納付期間を徒過し、さらに6か月間の追納期間をも徒過したものであって、その過失は明らかといわざるを得ない。)。
 また、原告は、代理人弁理士の過失を本人の過失とみることはできないと主張するが、代理人は本人により選任され、本人の委託を受けて本人の名をもって特許料等の納付行為を行うのであるから、このような代理人が過失により追納期限を徒過した場合に本人がその責めを負うのは当然であって、たとえ本人に過失がなかったとしても法112条の2第1項の「その責めに帰することができない理由」がある場合には該当しない。





航空機衝突防止用「レーダ」審決取消請求事件

事件番号  平成20年(行ケ)第10130号
事件名  審決取消請求事件
裁判年月日  平成20年12月25日
裁判所名  知的財産高等裁判所 
判決データ:  PAT-H20-Gke-10130.pdf

2 特許請求の範囲
 平成17年6月27日付け手続補正書(甲3)により補正された後の本件の特許請求の範囲の請求項1の記載は、次のとおりである(以下、この請求項1に係る発明を「本願発明」という。また、上記手続補正後の明細書を「本願明細書」という。)。
「【請求項1】
 アンテナの指向方向を順次変えるとともに、パルス電波の送受波を行い、アンテナ周囲の探知画像のデータを生成し、所定の範囲の探知画像を表示画面内に表示する移動体に装備されるレーダにおいて、
 前記移動体の移動速度を検知する移動体速度検知手段を備え、
 表示画面内における移動体の表示位置を前記表示画面内の基準位置から移動体の移動方向に対して後方へ所定のシフト量だけシフトさせて前記探知画像を表示し、前記移動体速度検知手段により検知された移動体の移動速度が大きくなるほど、前記シフト量を大きくする探知画像表示制御手段を設けたことを特徴とするレーダ。」
3 審決の理由
 審決の理由は、別紙審決書写しのとおりである。要するに、本願発明は、特開昭61−79179号公報(以下「引用刊行物」といい、同刊行物に記載された発明を「引用発明」という。甲1)並びに特開昭59−17177号公報(甲4)及び特開昭54−64991号公報(甲5)の周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであり、本願出願は、その余の請求項2ないし4に係る発明について検討するまでもなく、拒絶されるべきである、というものである。
 上記判断に際し、審決が認定した引用発明の内容並びに本願発明と引用発明との一致点及び相違点は、以下のとおりである。
(1) 引用発明の内容
 「自航空機の衝突防止装置が発する質問信号に応答する他航空機のATCトランスポンダ応答信号を受信し、その受信電界強度、方位等から他航空機の概略位置を把握しこれをCRT上の警戒空域内に表示する航空機衝突防止装置において、対気速度計の指示する自航空機速度情報を計算機に入力し、これに基づいて、自航空機を中心とする所定半径の円と、前記円の中心を通り前記自航空機の速度に応じてその進行方向に直径が伸縮する円との外周を結ぶ如きプロファイルを有する警戒空域をCRT上に表示し、自航空機の速度が増大するに従って前記直径を伸張することを特徴とする航空機衝突防止装置。」

(中略)

第4 当裁判所の判断
 当裁判所は、審決のした相違点2に係る容易想到性の判断には、誤りがあると解する。その理由は、以下のとおりである。
1 審決の相違点2に係る容易想到性判断の内容
 上記論点に関する審決の判断は、以下のとおりである。
「引用発明において、自航空機を中心とする所定半径の円と、前記円の中心を通り前記自航空機の速度に応じてその進行方向に直径が伸縮する円との外周を結ぶ如きプロファイルを有する警戒空域をCRT上に表示し、自航空機の速度が増大するに従って前記直径を伸張するようにした趣旨は、引用刊行物の上記摘記事項3及び4の記載からみて、衝突回避操作に必要とされる時間を確保するために、自航空機の速度が増大するに従って、自航空機の前方の警戒空域の表示範囲をより広げるためである。
 一方、航法装置において、移動体の前方の監視区域の表示範囲を広げるために、移動体の表示位置を表示画面の中心位置から後方へずらせて表示させることは、例えば、特開昭59−17177号公報、特開昭54−64991号公報に示されるように本願出願前周知である。
 そうすると、引用発明と該周知技術は、ともに、移動体の前方の監視区域の表示範囲を広げるものであるから、引用発明に該周知技術を適用して、自航空機の速度が増大するに従って、自航空機の表示位置を表示画面の中心位置からより後方へずらせるようにすることは当業者が容易に想到し得たことである。
 そして、その際に、引用刊行物の第1図(b)に示されるように、自航空機の移動方向の警戒空域を最も広く表示するためには、自航空機の表示位置を移動方向に対して後方へずらせばよいことは明らかである。
 したがって、引用発明に上記周知技術を適用して相違点2に係る構成とすることは当業者が容易になし得たことである。」(審決書5頁15行〜35行)と判断している。

(中略)

(本願明細書の記載)
「【0007】このように構成したことにより、探知画像表示制御手段は、移動体の移動速度が大きくなるほど、表示画面内における移動体の位置を基準位置より移動体の移動方向に対して後方へシフトさせて探知画像を表示するため、移動体の移動速度が低速な状態ではシフト量があまり大きくならずに、移動体の前方も後方も略等しい範囲を探知および監視できるようになり、移動体の移動速度が大きくなると、後方より前方の表示範囲が広く取られて、前方のより広い範囲を監視できるようになる。
【0008】上記探知画像表示制御手段として、請求項2に記載のとおり、前記シフト量を変化させてから、一定時間を経過するまではそのシフト量を維持するように構成すれば、移動体の移動速度が変わる毎に表示画面における移動体の位置が頻繁に切り換わるといったことがなく、探知画像を読み誤ったりすることもない。
【0009】また、上記探知画像表示制御手段として、請求項3に記載のとおり、前記移動体の移動速度に対する前記シフト量を段階的に変化させるように構成すれば、移動体の移動速度が僅かに変わる毎に表示画面における移動体の位置が頻繁に切り換わるといったことがなく、探知画像を読み誤ったりすることもない。
【0010】更に、この発明のレーダは、請求項4に記載のとおり、前記シフト量を段階的に変化させるための移動体の移動速度のそれぞれのしきい値を移動体の移動速度の上昇時と下降時とで異ならせて、移動速度に対するシフト量の変化にヒステリシスをもたせる。これにより移動体の移動速度の上昇によって、あらかじめ定めたしきい値を超えた時にシフト量の変更が行われ、その直後に移動体の移動速度が下降に転じても直ちにシフト量が変更されることがなく、同様に移動体の移動速度が下降によってあらかじめ定めたしきい値を下回ることによってシフト量が変更された直後に移動速度が再び上昇に転じても直ちにシフト量が変更されることがない。
 これにより移動体の移動速度が変わる毎に表示画面内における移動体の位置が頻繁に切り換わるといったことがなく、探知画像を読み誤ったりすることもない。」(甲2)
 「【0029】【発明の効果】請求項1に記載の発明によれば、移動体の移動速度が大きくなるほど、表示画面内における移動体の表示位置が前記表示画面内の基準位置から移動体の移動方向に対して後方へシフトして探知画像が表示されるため、移動体の移動速度が低速な状態ではシフト量があまり大きくならずに、移動体の前方も後方も略等しい範囲を探知および監視でき、移動体の移動速度が大きくなると、後方より前方の表示範囲が広く取られて、前方のより広い範囲を監視できるようになり、操作者の手を煩わせることなく、移動速度に応じて常に最適なシフト量が確保される。」(甲3)
(2) 引用刊行物(甲1)には、次の記載がある。
「特許請求の範囲
(1) 航空機衝突防止装置の脅威機表示装置に於いて、自他航空機の衝突を警戒すべき空域表示を自航空機の速度に応じて変更するようにしたことを特徴とする航空機衝突防止装置に於ける警戒空域表示方式。
(2) 前記自他航空機の衝突を警戒すべき空域表示が自航空機の速度によって自航空機の進行方向に直径の伸縮する円であることを特徴とする特許請求の範囲1記載の航空機衝突防止装置に於ける警戒空域表示方式。
(3) 前記自他航空機の衝突を警戒すべき空域表示が自航空機を中心とする所定半径の円と、前記円の中心を通り前記自航空機の速度に応じてその進行方向に直径が伸縮する円との外周を結ぶ如きプロファイルを有することを特徴とする特許請求の範囲1記載の航空機衝突防止装置に於ける警戒空域表示方式。」(甲1、1頁左欄5行〜右欄2行)
「(従来の技術)
 従来一般に使用され或は考究されている航空機衝突防止システムは基本的には自航空機の衝突防止装置が発する質問信号に応答する他航空機のATCトランスポンダ応答信号を受信し、その受信電界強度、方位等から他航機(判決注:「他航空機」の誤記)の概略位置を把握しこれをCRT上に表示するものであるが、自航空機から見て現実に衝突の虞れの強い他航空機に操縦者の注意を集中せしめるべくCRT上に自航空機を中心とする所要半径、例えば2n.m.(浬)に相当する円を表示するのが一般的であった。
 しかしながら前記警戒空域を表示する円が半径2n.m.固定である場合に於いて自他航空機が夫々、500kt(ノット)で正対接近すると仮定すれば、他航空機が前記円内に表示せられた後衝突するまでの時間tはt=2/(500+500)時間=7.2秒であり回避操作にはとうてい不充分であるという欠陥があった。
 一方、前記警戒空域を表示する円の半径を大とすれば円内に表示される他航空機の数が増大し操縦者にとって極めてわずらわしく真の脅威機に対する神経の集中が困難になることは自明であり採用し難いものであった。
(発明の目的)
 本発明は上述の如き従来の航空機衝突防止装置の欠陥を除去すべくなされたものであって、自航空機の速度に応じて警戒空域を所要の形状に変化せしめることによって自他航空機の衝突回避操作に必要な時間を確保すると共に操縦者の真の脅威機に対する注意の散漫を防止し航空交通の安全を図ることを目的とする。」(甲1、1頁右欄7行〜2頁左上欄18行)
 「さて、上述の如き警戒空域表示方式を実現する為には第2図に示す如く送受信機夫々TX及びRX、応答検知機REPLY DETECTOR、計算器CAS CPU及び表示器DISPLAYによって構成する従来の航空機衝突防止装置1の他に対気速度計VELOCITY SENSOR 2の指示を必要ならエンコーダENCODER 3で符号化した自航空機速度情報を前記計算機CAS CPUに入力し、これに基づいて前述した如き所要の計算を行なわしめた上、表示器DISPLAY上に自航空機速度に対応したプロファイルを描かせればよい。」(甲1、3頁左上欄5行〜16行)
「(発明の効果)
 本発明は以上説明した如き方式を採用するものであるから事実上従来の航空機衝突防止装置に簡単なソフトウエアを付加するのみで航空交通の実情に即した警告表示が可能となり、延いては操縦者に対し空中衝突回避操作の時間的余裕を十分に与えることになるため航空機の衝突事故を防止する上で著しい効果を発揮する。」(甲1、3頁右上欄1行〜8行)
3 審決の相違点2に係る容易想到性判断の当否について
(1) 上記の引用刊行物の記載に照らすならば、引用発明では、CRT上(表示器DISPLAY上)に他航空機の概略位置を示す全体の表示画面は、拡大又は縮小させることなく、一定の範囲の画像を表示することを前提としていること、全体の表示画面中に、衝突のおそれの少ない他航空機も表示されることにより操縦者の注意が散漫になるため、真の脅威機に対して神経を集中させて航空交通の安全を図るようにさせるとの課題が存在すること、その課題を解決するために、前記自航空機の速度に応じてその進行方向に直径が伸縮する円で示される「警戒空域」をCRT上に重ねて表示するとの技術が示されている。
 一方、特開昭59−17177号公報及び特開昭54−64991号公報(甲4、5)によれば、移動体の表示位置を表示画面の中心位置から後方等へ移動させて表示する技術が記載され、同技術は、表示画面上に表示される探知画像の表示面積を変えることなく、探知画像の描画中心位置を変化させるものであって、周知技術であることが認められる(以下「オフセンタ機能という場合がある。)。
 上記のとおり、オフセンタ機能は、探知画像の描画中心位置を後方へ変化させることにより、前方の表示画面限界位置までの表示範囲を広げて、変化させる前に見えていない探知物標が見えるようにし、他方、後方の表示画面限界位置までの表示範囲を狭め、変化させる前には見えていた探知物標を見えなくする技術である。
(2) そこで、引用発明において、周知技術であるオフセンタ機能を採用する解決課題ないし動機等が存在するか否かについて検討する。
 前記のとおり、引用発明は、表示器DISPLAY上の全体の表示画面について、自航空機の速度等に応じて、前方の表示範囲を伸縮させるのではなく、むしろ、一定の範囲内に位置する他航空機等のすべてを表示させることを前提ないし想定した発明である。このように、引用発明は、全体の表示画面内に、数多く表示されることがあり得る他航空機等の中で、操縦者をして、真に衝突を警戒すべき他航空機を識別させ、そのような航空機に対する注意を喚起させるために、「警戒空域」を円で表示し、かつ、自航空機の速度に応じて、その半径の長さを伸縮させる技術に係る発明である。上記のとおり、「警戒空域」の表示画面は、全体の表示画面に既に表示されている他航空機等の中で、衝突を回避させる必要のない航空機等と、真に衝突を回避させる必要のある他航空機等を、操縦者にとって識別することを容易にするための手段として用いられている。
 上記のとおり、引用発明では、CRT上(表示器DISPLAY上)の全体の表示画面には、衝突のおそれの有無にかかわらず、他航空機が表示されていることを前提として、既に、全体の表示画面に表示されている他航空機の中で、操縦者に対して、真に衝突を警戒すべき他航空機を操縦者に識別させて、注意をしやすくする目的で、「警戒空域」を表示させるという課題解決のための技術であるから、引用発明が、課題をそのような手段によって解決する発明である以上、「警戒空域」の表示範囲のみを、効率的に表示する目的でオフセンタ機能を採用する解決課題、優位性ないし動機等は存在しないというべきであり、仮にあるとすれば、それは、引用発明が想定する課題解決とは全く別個の課題設定と解決手段というべきである。
 けだし、一般的には、オフセンタ機能を用いて、探知画像の描画中心位置を後方へ変化させれば、前方の表示画面限界位置までの表示範囲は拡大し、それまでに見えていない探知物標が見えるようになるという画面の効率化を実現できるという効果はあるが、引用発明は、全体の表示画面内に警戒空域を表示する技術に関するものであって、それまでに見えていない探知物標を見えるように表示するという課題の解決を目的としたものではないから、上記のような一般的な効果は、引用発明とは無関係であるといえる。
 この点、被告は、引用発明においても、自航空機の速度を増大させた場合には、警戒空域の表示範囲が前方に拡大し、CRT上の全体表示画面から、はみ出して表示されることがあり得るものであり、画面の効率化を必要とする解決課題、動機等が潜在的に示されている旨主張する。しかし、そのような主張は、引用発明における解決課題、すなわち、多数の他航空機が表示され得るCRT上の全体表示画面において「警戒空域」表示をすることによって、真に衝突を警戒すべき他航空機を操縦者に識別させることを容易にするという引用発明の課題とは相容れない効果を前提とする主張というべきであって、採用の限りでない。
(3) 審決は、前記1のとおり、「引用発明において、自航空機を中心とする所定半径の円と、前記円の中心を通り前記自航空機の速度に応じてその進行方向に直径が伸縮する円との外周を結ぶ如きプロファイルを有する警戒空域をCRT上に表示し、自航空機の速度が増大するに従って前記直径を伸張するようにした趣旨は、引用刊行物の上記摘記事項3及び4の記載からみて、衝突回避操作に必要とされる時間を確保するために、自航空機の速度が増大するに従って、自航空機の前方の警戒空域の表示範囲をより広げるためである。」と説示する。
 しかし、上記に詳述したとおり、引用発明においては、他航空機等は、既に、全体の表示画面において、自航空機の速度を速くする前から表示されているのであるから、「警戒空域」画面の表示態様として、オフセンタ機能を適用する解決課題ないし動機付けはない。
 審決は、本願発明と引用発明とは、解決課題及び技術思想を互いに異にするものであって、引用発明を前提とする限りは、本願発明と共通する解決課題は生じ得ないにもかかわらず、解決課題を想定した上で、その解決手段として周知技術を適用することが容易であると判断して、引用発明から本願発明の容易想到性を導いた点において、誤りがあるといえる。

 原告の取消事由4に係る主張には、理由がある。
4 結論
 以上によれば、その余の点を判断するまでもなく、原告の本訴請求は理由があるから、これを認容することとし、主文のとおり判決する。





実用新案技術評価取消請求控訴事件

事件番号  平成12年(行コ)第22号
事件名  実用新案技術評価取消請求控訴事件
裁判年月日  平成12年05月17日
裁判所名  東京高等裁判所  
判決データ:  UM-H12-Gko-22.pdf

第三 当裁判所の判断
 一 当裁判所も、控訴人の本件請求は理由がないものと判断する。
   その理由は、控訴人の当審における主張に対し後記二のとおり判断するほかは、原判決事実及び理由欄の「第四 当裁判所の判断」と同じであるから、これを引用する。
   ただし、原判決一〇頁六行目から七行目にかけての「示すこととしている。」の次に、改行して、次のとおり加える。
 「 そして、その評価は、「評価1」が、「この請求項に係る考案は、右欄(注、実用新案技術評価書の「引用文献名等及び説明」欄を指す。以下同じ。)の刊行物の記載からみて、新規性を欠如するものと判断されるおそれがある。(実用新案法第3条第1項第3号)」というものであり、「評価2」が、「この請求項に係る考案は、右欄の刊行物の記載からみて、進歩性を欠如するものと判断されるおそれがある。(第3条第2項(同条第1項第3号に掲げる考案に係るものに限る))」というものであり、「評価3」が、「この請求項に係る考案は、その出願の日前の出願であって、その出願後に登録公報の発行又は出願公告若しくは出願公開がされた右欄の出願の願書に最初に添付した明細書又は図面に記載された発明又は考案と同一と判断されるおそれがある。(第3条の2)」というものであり、「評価4」が、「この請求項に係る考案は、その出願の日前に出願された右欄の出願に係る発明又は考案と同一と判断されるおそれがある。(第7条第1項、第3項)」というものであり、「評価5」が、「この請求項に係る考案は、その出願と同日に出願された右欄の出願に係る発明又は考案と同一と判断されるおそれがある。(第7条第2項、第6項)」というものであり、「評価6」が、「特に関連する先行技術文献を発見できない。」というものである。(甲第五号証、弁論の全趣旨)」
 二 控訴人の当審における主張について
  1 控訴人の主張1について
    控訴人の主張は、要するに、実用新案技術評価が「1」から「5」までのいずれかであれば、企業等が当該登録実用新案の実施権者となろうとはしないから、該「1」から「5」までのいずれかの評価が、当該実用新案権を実質的に無効とする処分であるというものであると解される。
    しかしながら、前示(原判決八頁末行から九頁三行目まで)のとおり、行政事件訴訟法三条二項の「処分」とは、公権力の主体たる国又は公共団体が行う行為のうち、その行為によって、直接国民の権利義務を形成し、又はその範囲を確定することが法律上認められているものをいうものであり、このことは、具体的な行政庁の行為が右の「処分」に当たるか否かは、当該行為の根拠となる行政法規が、当該行為を、直接国民の権利義務を形成し、又はその範囲を確定するものとして、規定しているか否かに係ることを意味するものである。
    しかるところ、控訴人の主張するような、実用新案技術評価が「1」から「5」までのいずれかであれば、企業等が当該登録実用新案の実施権者となろうとはしないとの実用新案権者の不利益が仮に存在するとしても、それが、実用新案法が実用新案技術評価によって直接形成し、又はその範囲を確定するために規定した国民の権利義務に相当すると解すべき根拠は、同法上、全く存在しないから、単なる事実上の不利益であるといわざるを得ず、かかる不利益があることを理由として、実用新案技術評価が行政事件訴訟法三条二項の「処分」であるとすることはできない。
    したがって、控訴人の右主張は失当である。
  2 控訴人の主張2について
    控訴人の主張は、要するに、実用新案法二九条の二によって、実用新案権者が、損害賠償請求権等の権利行使をするに当たって、実用新案技術評価の請求をし、「1」から「6」までのいずれかの評価を受けること、及び警告時に実用新案技術評価書を提示して、該「1」から「6」までのいずれの評価を受けたかを相手方に知らせることを義務付けられているから、実用新案技術評価は、その内容いかんにかかわらず、直接国民の権利義務を形成し、又はその範囲を確定することが法律上認められている「処分」であるというものであると解される。
    しかしながら、実用新案法二九条の二は、「実用新案権者又は専用実施権者は、その登録実用新案に係る実用新案技術評価書を提示して警告をした後でなければ、自己の実用新案権又は専用実施権の侵害者等に対し、その権利を行使することができない。」と定め、実用新案技術評価書を提示することを、実用新案権者の権利行使の一要件としているにすぎないのであり、当該実用新案技術評価書に記載された実用新案技術評価が「1」から「6」までのいずれかの評価であること(例えば、評価6であること)は、該権利行使の要件とはされていない。すなわち、実用新案技術評価自体は、実用新案権者の右権利行使に何ら影響を及ぼすものではないのである。
    しかるところ、本件において、控訴人が、行政事件訴訟法三条二項の「処分」に当たるものとして、その取消しを求めているのは、前示第一の一の2記載の実用新案技術評価自体であり(実用新案技術評価書は、その実用新案技術評価を特定するために記載されているにすぎない。)、また、右の「処分」とは、公権力の主体たる国又は公共団体が行う行為のうち、その行為によって、直接国民の権利義務を形成し、又はその範囲を確定することが法律上認められているものをいうものであることは前示のとおりであるから、実用新案法二九条の二によって、実用新案技術評価書の提示が実用新案権者の権利行使の一要件とされているからといって、控訴人が、本件において、取消しを求めている実用新案技術評価が右の「処分」に当たるとすることはできない。
    したがって、控訴人の右主張も失当である。
 三 以上によれば、原判決は正当であって、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条、六七条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。



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