青色LED特許 判決集(15)


「窒化ガリウム系化合物半導体発光素子」審決取消事件
「窒化インジウムガリウム半導体の成長方法」審決取消事件
「窒化ガリウム系化合物半導体発光素子」特許侵害訴訟事件@
「窒化物半導体発光素子」審決取消事件
「窒化ガリウム系化合物半導体発光素子」特許侵害訴訟事件A









「窒化ガリウム系化合物半導体発光素子」審決取消事件

事件番号  平成12年(行ケ)第361号
事件名  審決取消請求事件
裁判年月日  平成14年07月18日
裁判所名  東京高等裁判所 
判決データ:  PAT-H12-Gke-361.pdf  PAT-H12-Gke-361-1.pdf

2 当事者間に争いのない事実
(1) 特許庁における手続の経緯
 原告(豊田合成株式会社)らは、発明の名称を「窒化ガリウム系化合物半導体発光素子」とする特許第2623466号の特許(平成2年2月28日特許出願、平成9年4月11日設定登録、以下「本件特許」という。)の特許権者である。
 被告は、平成9年11月13日、本件特許を請求項1ないし4のいずれに関しても無効にすることについて、審判を請求した。
 特許庁は、これを平成9年審判第19470号事件として審理し、その結果、平成12年8月8日、「特許第2623466号発明の明細書の請求項1乃至4に記載された発明についての特許を無効とする。審判費用は、被請求人の負担とする。」との審決をし、その謄本を同年8月28日に原告らに送達した。
(2) 審決の理由
 審決の理由は、@平成8年11月15日付け手続補正書による補正が、本件特許の出願当初明細書の要旨を変更するものであるため、本件特許の出願は同補正日になされたものとみなされ、その結果、本件特許の特許請求の範囲の請求項1ないし4に係る発明は、本件特許に係る公開公報(特開平3−252175号)に記載された発明であると認められ、特許法29条1項3号の規定に違反して登録されたものということになる、A本件特許の特許請求の範囲の請求項1ないし4に係る発明は、本件特許出願前に頒布された刊行物に記載された発明から当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定に違反して登録されたものである、B本件特許の特許請求の範囲の請求項1ないし4に係る発明は、本件特許の願書に添付された明細書(以下「本件明細書」という。)の発明の詳細な説明に、当業者がその実施をすることができる程度に、その発明の目的、構成及び効果が記載されているとは認められず、平成2年法律30号改正前の特許法(以下「旧特許法」という。)36条3項の規定に違反してなされたものである、とするものである。
(3) 原告らは、本訴係属中の平成14年1月8日に、本件特許に係る異議申立事件(平成9年異議第75898号)の審理の過程において、本件明細書の訂正を求める訂正請求書を提出した。特許庁は、同異議事件について審理し、その結果、平成14年1月31日に、上記訂正が特許請求の範囲の減縮を目的とするものであること、及び、独立特許要件があることを認めて、訂正をすることを認め(以下「本件訂正」という。)、本件特許の請求項1に係る特許を維持する、との異議の決定をし、これが確定した。
(4) 本件訂正の内容
(ア) 本件訂正前の特許請求の範囲の記載は、次のとおりである。
「【請求項1】サファイア基板と、サファイア基板上に有機金属化合物気相成長法により形成された窒化ガリウム系化合物半導体(AlXGa1-XN;X=0を含む)の気相成長膜を有する発光素子であって、前記気相成長膜は、前記気相成長時に導入されたシリコンを含むことにより抵抗率が3×10-1〜8×10-3Ωcmであることを特徴とする発光素子。
【請求項2】前記気相成長膜は窒化ガリウム(GaN)であることを特徴とする請求項1に記載の発光素子。
【請求項3】前記サファイア基板と前記気相成長膜との間に、バッファ層を有することを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の発光素子。
【請求項4】前記バッファ層は、気相成長膜の成長温度より低温で、サファイア基板上に有機金属化合物気相成長法により形成されたことを特徴とする請求項3に記載の発光素子。」
(イ) 本件訂正後の特許請求の範囲の記載は、次のとおりである(下線部が訂正された箇所である。)。
「【請求項1】サファイア基板と、サファイア基板上に有機金属化合物気相成長法により形成された窒化ガリウム化合物半導体(GaN)の気相成長膜と、前記サファイア基板と前記気相成長膜との間に、前記気相成長膜の成長温度より低温でサファイア基板上に有機金属化合物気相成長法により形成されたバッファ層とを有する発光素子であって、前記気相成長膜は、前記気相成長時にドーピングされたシリコンがドナーとして作用して抵抗率を3×10-1〜8×10-3Ωcmの範囲の所望の値に設定できる制御可能状態で形成されたN型の層であることを特徴とする窒化ガリウム系化合物半導体発光素子。」
(【請求項2】、【請求項3】、【請求項4】はいずれも削除された。その後、本件特許の請求項2ないし4を無効とした審決を取り消すとの訴えは、取り下げられた。)

(中略)

(4) 上述したところによれば、本件特許の訂正前の請求項1については、特許法29条1項3号、特許法29条2項、旧特許法36条3項の規定に違反して登録された特許であることを理由に特許を無効とした審決の取消しを求める訴訟の係属中に、当該特許に係る発明を特定する特許請求の範囲につき、それを減縮する形で文言を変更する本件訂正を認めた異議の決定が確定したということになり、審決は、結果として、判断の対象となるべき発明の要旨の認定の基礎となる特許請求の範囲の文言の認定を誤ったものとなる。この誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。したがって、審決は取消しを免れない。
6 以上によれば、本訴請求は理由がある。そこで、これを認容し、訴訟費用の負担については、原告らに負担させるのを相当と認め、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法62条、65条を適用して、主文のとおり判決する。





「窒化インジウムガリウム半導体の成長方法」審決取消事件

事件番号  平成13年(行ケ)第172号
事件名  審決取消請求事件
裁判年月日  平成14年05月14日
裁判所名  東京高等裁判所 
判決データ:  PAT-H13-Gke-172.pdf

第2 争いのない事実
 1 特許庁における手続の経緯
  (1) 被告は、発明の名称を「窒化インジウムガリウム半導体の成長方法」とする特許第2751963号の特許(以下「本件特許」という。)の特許権者である。本件特許は、平成4年(1992年)6月10日出願の特願平4−177520号(以下「第1基礎出願」といい、その出願日を「第1基礎出願日」という。)及び同年11月4日出願の特願平4−321184号(以下「第2基礎出願」といい、その出願日を「第2基礎出願日」という。)に基づく国内優先権を主張して、平成5年5月7日特願平5−106555号(本件出願)として出願され、その後、平成8年2月22日付け手続補正書による補正及び平成9年12月3日付け手続補正書による補正があり、平成10年2月27日設定登録された。
  (2) 原告豊田合成株式会社(以下「原告豊田合成」という。)は、平成10年12月29日、本件特許について無効審判を請求したところ(平成11年審判第35005号、以下「審判1」という。)、被告は平成11年4月12日、訂正請求を行い、特許庁は、同年11月15日、「訂正を認める。特許第2751963号発明の明細書の請求項第1項ないし第4項に記載された発明についての特許を無効とする。」との審決(第1次審決)をした。
  (3) 被告は、第1次審決の取消しを求めて東京高等裁判所に審決取消請求訴訟(東京高等裁判所平成12年(行ケ)第15号)を提起するとともに、本件特許に対する平成10年異議第75365号手続において、平成12年2月23日、訂正請求をした。特許庁は、同年3月1日、「訂正を認める。特許第2751963号の請求項第1項ないし第4項に係る発明の特許を維持する。」との異議の決定をした。
  (4) 原告株式会社豊田中央研究所(以下「原告豊田中央研究所」という。)は、平成12年4月25日、本件特許について無効審判を請求した(無効2000−35220号、以下「審判2」という)。その後、第1次審決に対する前記審決取消請求訴訟において、同年8月10日、本件特許につき訂正が認められたことを理由として第1次審決を取り消す判決があった。
  (5) 特許庁は、平成12年10月20日、審判1と審判2を併合審理する旨の通知を発し、両審判事件を併合審理したうえ、平成13年3月27日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決(以下、この審決を単に「審決」という。)をし、その謄本を、同年4月12日に原告豊田中央研究所に、同月13日に原告豊田合成に、それぞれ送達した。 

(中略)

 しかしながら、刊行物2にZ=0としてGaNを形成した実施例が記載されていないことは被告主張のとおりとしても、一般式AlGa1−zN層(0≦Z≦1)で表されるバッファ層がZ=0であるGaN層であってよいことは上記一般式の記載自体から明らかであって、特にZ=0とすることを妨げる事情があるとも認められず、また、GaN層上に形成したInGaN層の結晶性は飛躍的に向上する旨の記載があることからすれば、刊行物2は、InGaN層の直下の層をGaN層とする積層構成を示唆しているといってよい。
 また、複数のバッファ層を形成した実施例が記載されていないとしても、「少なくとも1層」のバッファ層という記載が2層のバッファ層を設ける構成を含意していることは前示のとおりであり、刊行物2には2層のバッファ層という構成が記載されているというべきである。
 さらに、被告は、本件発明1は、基板/低温成長バッファ層/GaN層/InGaN層という積層構成を特徴とし、この積層構成により従来技術よりも結晶性の格段に優れたInGaNを成長させることを可能としたものであるところ、刊行物2にはバッファ層を2層にして、基板/バッファ層/GaN層/InGaN層という構成としたときの効果につき記載がないと主張する。なるほど、甲第7、第10号証によると、本件明細書には、実施例(特定の成長条件でサファイア基板上に成長させたGaNバッファ層(約200Å)/GaN層(約2μm)/InGaN層という層構成のもの)のもので、図2に示されるフォトルミネッセンスのスペクトルが450nmにピークの現れる良質のInGaNを実現したことを窺わせる記載があるのに対し、刊行物2にはこれと同等の効果の記載がないことが認められる。しかし、本件明細書に記載されているものは、特定の成長条件の下でサファイア基板上に低温成長GaNバッファ層、GAN層、InGaN層を順次成長させた実施例の効果(この記載された効果が刊行物2から想到容易な構成のものについて予測される効果を超える顕著な効果といえるかどうかはひとまず措く。)であるということはできても、それが、本件発明1の構成を有するものに共通する効果、すなわち、被告が本件発明1の本質的特徴であり特異な構成であると主張するところの、低温成長バッファ層の種類、基板の材料、各層の成長条件等につき具体的な限定を伴わない、基板/低温成長バッファ層/GaN層/InGaN層という積層構成そのものに基づいて得られる効果であるとは認め難い。そして、本件全証拠を検討しても、本件発明1の構成自体に基づいて、刊行物2記載の発明に周知の低温成長バッファ層に関する技術を適用した構成と格段に異なる予測し難い効果が奏されることを認めるに足りる証拠はない。
 したがって、上記@、A及びBの点についての被告主張は採用することができない。
   キ 以上のとおりであるから、本件発明1は、刊行物2記載の発明と周知技術とに基づいて、当業者が容易に推考し得たものというべきであり、これと異なる認定をした審決は、本件発明1の進歩性についての判断を誤ったものというべきである。
 (3) 本件発明2ないし4について
 本件発明2ないし4は、本件発明1の構成要件に、@原料ガスのキャリアガスとして窒素を用いる、AInGaNを600℃より高い温度で成長させる、BIn/Gaモル比を0.1以上とする、という限定を加えるものであるが、この@及びAの事項は、前記(2)アA及びEのとおり刊行物2(甲第22号証)に記載されており、Bの事項も刊行物2の3頁右下欄12行〜4頁2行に記載されているほか、甲第27号証(158頁左欄7行〜右欄2行(訳文3頁8行〜28行)及び同頁のFig.1)、甲第28号証(刊行物8、36頁Table2.(モル比1))、甲第36号証(634頁〜635頁の2.Film Growth(訳文2頁))によると周知と認められる。
 してみると、本件発明2ないし4も刊行物2に記載された発明に基づいて当業者が容易に想到し得たものというべきである。

(中略)

3 結論
 以上のとおりであるから、本件発明1ないし4は、刊行物2及び周知技術に基づいて、当業者が容易に想到し得たものと認められる。これと反対の認定判断をして、原告らの無効審判請求は成り立たないとした審決は、誤りであり、原告らのその余の主張につき判断するまでもなく、取消しを免れない。





「窒化ガリウム系化合物半導体発光素子」特許侵害訴訟事件@

事件番号  平成10年(ワ)第5715号
事件名  特許権侵害差止等請求事件
裁判年月日  平成14年02月28日
裁判所名  東京地方裁判所 
判決データ:  PAT-H10-wa-5715A.pdf  PAT-H10-wa-5715A-1.pdf

第2 事案の概要
 1 本件の審理の経過等
  (1) 原告は、平成10年(ワ)第5715号事件において、@窒化ガリウム系化合物半導体発光素子の特許権(特許番号第2735057号。以下「本件特許権」という。)に係る明細書の【特許請求の範囲】請求項1記載の発明、A同請求項14記載の発明(後記の「本件特許発明」)、及び、B窒化ガリウム系化合物半導体発光素子の実用新案権(実用新案登録番号第2566207号。以下「本件実用新案権」という。)に係る明細書の【実用新案登録請求の範囲】請求項1の考案に基づき、被告が製造・販売する合計5種の発光ダイオードチップ及びこれらを組み込んだLED製品の製造・販売の差止等及び損害賠償を請求していた。
    このうち、本件実用新案権の請求項1の考案(上記B)に基づく請求については、弁論を分離した上で、特許庁平成10年異議第74857号実用新案異議事件の決定が確定するまで訴訟手続が中止された(平成12年8月28日付け決定)。また、本件特許権の請求項1の発明(上記@)に基づく請求についても、弁論を分離した上、特許庁平成10年審判第35433号無効審判事件の審決が確定するまで訴訟手続が中止された(平成13年6月18日付け決定)。そして、同特許権の請求項14の発明(上記A)に基づく請求のうち、差止等請求に係る部分については原告の請求減縮(平成13年10月15日付け請求の趣旨変更の申立書等。第16回弁論準備手続期日において被告が同意)により取り下げられた。この結果、同特許権の請求項14の発明(上記A)に基づく損害賠償請求に係る部分のみが、審理されている状況にあった。
  (2) 本件(標記平成10年(ワ)第5715号A事件)は、前記(1)記載の経過が示すとおり、当初の平成10年(ワ)第5715号事件から、弁論が分離された上で中止決定のされた請求及びその後に請求減縮された請求に係る部分を控除した請求に係る部分であり、その内容は、本件特許権の請求項14の発明に基づく損害賠償請求である。
    本件において、原告は、被告の製造・販売する別紙物件目録1ないし5記載の各発光ダイオードチップ(以下、これらをそれぞれの目録番号に従い「被告チップ1」などといい、総称して「被告チップ」という。)、及び、同目録5記載のLED製品(以下「被告LED製品」という。)は、いずれも、原告が有する本件特許権に係る明細書(以下「本件明細書」という。)の【特許請求の範囲】請求項14記載に係る発明(以下「本件特許発明」という。)の技術的範囲に属しており、その製造・販売は同特許権を侵害すると主張して、被告に対し、特許法102条2項に基づく総額243億7995万9355円の損害のそれぞれ一部として、被告チップ1ないし5につき各2500万円、被告LEDにつき1億2500万円の合計2億5000万円の損害賠償を求めている。
2 前提となる事実関係
(1) 原告は、下記の特許権(本件特許権)を有している。
 特許番号      第2735057号
 発明の名称    窒化物半導体発光素子
 出 願 日     平成7年12月12日
 登 録 日     平成10年1月9日
 優先権主張番号  特願平6−320100
 優 先 日      平成6年12月22日
 優先権主張国   日本
(2) 本件特許権に係る明細書の請求項14の記載は、次のとおりである(以下、この発明を「本件特許発明」という。本判決末尾添付の特許公報(甲4の4)参照。なお、本件明細書の特許請求の範囲請求項1ないし18(以下、それぞれ単に「請求項1」などという。)記載に係る各発明については、特許異議手続において、平成12年12月18日に、訂正を認めて各発明の特許を維持する旨の決定(甲61)がされて、確定しているが、本件(A事件)における請求の根拠である請求項14については、訂正の対象となっていないので、訂正前の記載が掲載された前記特許公報(以下「本件公報」という。)をそのまま添付する。)。
 「インジウムとガリウムとを含む窒化物半導体よりなり、第1の面と第2の面とを有する活性層を有し、この活性層の第1の面に接して、活性層よりもバンドギャップが大きく、かつn型InGa1−yN(0<y<1)よりなる第1のn型クラッド層を備え、該活性層の第2の面に接して、p型AlGa1−bN(0<b<1)よりなるp型クラッド層を備えることを特徴とする窒化物半導体発光素子。」
  なお、前記(1)記載のとおり、本件特許発明については、国内優先権主張の基礎となる平成6年12月22日付けの出願がなされているので、以下、この出願を「本件優先権出願」といい、同出願時に添付された明細書(乙7)を「本件優先権明細書」という。
(3) 本件特許発明の構成要件を分説すれば、次の@ないしC記載のとおりである(以下、分説した各構成要件をその番号に従い「構成要件@」のように表記する。)。
@ インジウムとガリウムとを含む窒化物半導体よりなり、第1の面と第2の面とを有する活性層を有し、
A この活性層の第1の面に接して、活性層よりもバンドギャップが大きく、かつn型InGa1−yN(0<y<1)よりなる第1のn型クラッド層を備え、
B 該活性層の第2の面に接して、p型AlGa1−bN(0<b<1)よりなるp型クラッド層を備えることを特徴とする
C 窒化物半導体発光素子

(中略)

3 結論
   前記1、2のとおり、構成要件@ないしBの「活性層」には、多重量子井戸構造のものも含まれるが、活性層の2つの面のうち第1のn型クラッド層と接する第1の面、すなわち多重量子井戸構造の2つの最外層のうち「第1のn型クラッド層」(構成要件A)と接するものがInGaN層であるものに限られると解すべきところ、被告チップにおいては、「第1のn型クラッド層」(構成要件A)に該当するn型InGaN層に接している多重量子井戸構造の最外層は「InGaN層」ではなく、「GaN層」である(第2の1(6))。
   したがって、被告チップは、構成要件Aにいう「第1の面」を備える活性層を備えているとは認められないから、被告チップはいずれも本件特許発明の技術的範囲に属しないものであり、したがって、被告チップ及びこれを組み込んだ被告LED製品は、いずれも本件特許権を侵害するものではない。






「窒化物半導体発光素子」審決取消事件

事件番号  平成12年(行ケ)第310号
事件名  審決取消請求事件
裁判年月日  平成13年06月13日
裁判所名  東京高等裁判所 
判決データ:  PAT-H12-Gke-310.pdf

第2 当事者間に争いのない事実
 1 特許庁における手続の経緯
   被告は、名称を「窒化物半導体発光素子」とする特許第2780691号発明(平成7年12月1日出願、平成10年5月15日設定登録、以下、この特許を「本件特許」といい、本件特許に係る発明を「本件発明」という。)の特許権者である。
   本件特許につき、平成11年4月22日に原告が無効審判の請求をしたところ、被告は、同年8月17日に本件特許に係る明細書の特許請求の範囲及び発明の詳細な説明の記載を訂正する旨の訂正請求(以下、この訂正請求に係る訂正を「本件訂正」といい、本件訂正後の明細書を「訂正明細書」という。)をした。
   特許庁は、上記審判請求を平成11年審判第35191号事件として審理した上、平成12年6月16日、「訂正を認める。本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年7月21日に原告に送達された。
 2 特許請求の範囲の記載
  (1) 本件訂正前の明細書の特許請求の範囲の記載
  【請求項1】インジウムおよびガリウムを含む窒化物半導体よりなり、第1および第2の面を有する活性層を備え、該活性層の第1の面に接してInGa1−xN(0≦x<1)よりなるn型窒化物半導体層を備え、該活性層の第2の面に接してAlGa1−yN(0<y<1)よりなるp型窒化物半導体層を備え、該活性層を量子井戸構造とし、活性層を構成する窒化物半導体の本来のバンドギャップエネルギーよりも低いエネルギーの光を発光することを特徴とする窒化物半導体発光素子。
  【請求項2】活性層とn型窒化物半導体層との総膜厚が300オングストローム以上であることを特徴とする請求項1記載の窒化物半導体発光素子。
  【請求項3】p型窒化物半導体層上に、GaNよりなるp型コンタクト層を有することを特徴とする請求項1または2記載の窒化物半導体発光素子。
  【請求項4】GaNよりなるn型窒化物半導体層およびGaNよりなるp型コンタクト層を有し、該n型窒化物半導体層とp型コンタクト層との間にインジウムおよびガリウムを含む窒化物半導体よりなる活性層を備え、該p型コンタクト層側で該活性層に接してAlGa1−yN(0<y<1)よりなるp型窒化物半導体を備え、該活性層を量子井戸構造とし、活性層を構成する窒化物半導体の本来のバンドギャップエネルギーよりも低いエネルギーの光を発光することを特徴とする窒化物半導体発光素子。
  【請求項5】インジウムおよびガリウムを含む窒化物半導体よりなる井戸層を備え、第1および第2の面を有する活性層を具備し、該活性層の第2の面側にGaNよりなるp型コンタクト層を備え、該活性層の第1の面に接して該活性層を構成するインジウムおよびガリウムを含む窒化物半導体よりもバンドギャップエネルギーの大きなInGa1−xN(0≦x<1)よりなるn型窒化物半導体層を備え、該活性層とp型コンタクト層との間に該活性層の第2の面に接してAlGa1−yN(0<y<1)よりなるp型窒化物半導体層を備え、該活性層を単一量子井戸構造または多重量子井戸構造とし、活性層を構成する窒化物半導体の本来のバンドギャップエネルギーよりも低いエネルギーの光を発光することを特徴とする窒化物半導体発光素子。
  【請求項6】InGa1−xNよりなるn型窒化物半導体層に接してAlGa1−aN(0≦a≦1)よりなる第2のn型窒化物半導体層を備えることを特徴とする請求項5記載の窒化物半導体発光素子。
  【請求項7】活性層が、ノンドープのものであることを特徴とする請求項1ないし6のいずれか1項に記載の窒化物半導体発光素子。
  【請求項8】活性層にドナー不純物および/またはアクセプター不純物がドープされていることを特徴とする請求項1ないし6のいずれか1項に記載の窒化物半導体発光素子。
  【請求項9】活性層が、厚さ100オングストローム以下の井戸層を有することを特徴とする請求項1ないし8のいずれか1項記載の窒化物半導体発光素子。
  【請求項10】活性層が、厚さ70オングストローム以下の井戸層を有することを特徴とする請求項1ないし8のいずれか1項記載の窒化物半導体発光素子。
  【請求項11】活性層が、InGa1−zN(0<z<1)よりなる井戸層を有することを特徴とする請求項1ないし10のいずれか1項記載の窒化物半導体発光素子。
  【請求項12】活性層が、InGa1−xN(0<x<1)よりなる井戸層と、In′Ga1−z′N(0<z′<1、ただし、z′はzと異なる)もしくはGaNよりなる障壁層との組み合わせからなる多重量子井戸構造を有することを特徴とする請求項1ないし11のいずれか1項記載の窒化物半導体発光素子。
  (2) 訂正明細書の特許請求の範囲の記載(下線部が訂正箇所である。以下、下記請求項1〜10に記載された発明を総称して「本件訂正発明」といい、請求項1に記載された発明を「本件訂正発明1」という。)
  【請求項1】インジウムおよびガリウムを含む窒化物半導体よりなり、第1および第2の面を有する活性層を備え、該活性層の第1の面に接してInGa1−xN(0≦x<1)よりなるn型窒化物半導体層を備え、該活性層の第2の面に接してAlGa1−yN(0<y<1)よりなるp型窒化物半導体層を備え、該活性層を厚さ70オングストローム以下の井戸層を有する量子井戸構造とし、活性層を構成する窒化物半導体の本来のバンドギャップエネルギーよりも低いエネルギーの光を発光することを特徴とする窒化物半導体発光素子。
  【請求項2】活性層とn型窒化物半導体層との総膜厚が300オングストローム以上であることを特徴とする請求項1記載の窒化物半導体発光素子。
  【請求項3】p型窒化物半導体層上に、GaNよりなるp型コンタクト層を有することを特徴とする請求項1または2記載の窒化物半導体発光素子。
  【請求項4】GaNよりなるn型窒化物半導体層およびGaNよりなるp型コンタクト層を有し、該n型窒化物半導体層とp型コンタクト層との間にインジウムおよびガリウムを含む窒化物半導体よりなる活性層を備え、該p型コンタクト層側で該活性層に接してAlGa1−yN(0<y<1)よりなるp型窒化物半導体を備え、該活性層を厚さ70オングストローム以下の井戸層を有する量子井戸構造とし、活性層を構成する窒化物半導体の本来のバンドギャップエネルギーよりも低いエネルギーの光を発光することを特徴とする窒化物半導体発光素子。
  【請求項5】インジウムおよびガリウムを含む窒化物半導体よりなる井戸層を備え、第1および第2の面を有する活性層を具備し、該活性層の第2の面側にGaNよりなるp型コンタクト層を備え、該活性層の第1の面に接して該活性層を構成するインジウムおよびガリウムを含む窒化物半導体よりもバンドギャップエネルギーの大きなInGa1−xN(0≦x<1)よりなるn型窒化物半導体層を備え、該活性層とp型コンタクト層との間に該活性層の第2の面に接してAlGa1−yN(0<y<1)よりなるp型窒化物半導体層を備え、該活性層を厚さ70オングストローム以下の井戸層を有する単一量子井戸構造または多重量子井戸構造とし、活性層を構成する窒化物半導体の本来のバンドギャップエネルギーよりも低いエネルギーの光を発光することを特徴とする窒化物半導体発光素子。
  【請求項6】InGa1−xNよりなるn型窒化物半導体層に接してAlGa1−aN(0≦a≦1)よりなる第2のn型窒化物半導体層を備えることを特徴とする請求項5記載の窒化物半導体発光素子。
  【請求項7】活性層が、ノンドープのものであることを特徴とする請求項1ないし6のいずれか1項に記載の窒化物半導体発光素子。
  【請求項8】活性層にドナー不純物および/またはアクセプター不純物がドープされていることを特徴とする請求項1ないし6のいずれか1項に記載の窒化物半導体発光素子。
  【請求項9】活性層が、InGa1−zN(0<z<1)よりなる井戸層を有することを特徴とする請求項1ないしのいずれか1項記載の窒化物半導体発光素子。
  【請求項10】活性層が、InGa1−zN(0<x<1)(注、括弧内の「0<x<1」は「0<z<1」の誤記であると解される。)よりなる井戸層と、In′Ga1−z′N(0<z′<1、ただし、z′はzと異なる)もしくはGaNよりなる障壁層との組み合わせからなる多重量子井戸構造を有することを特徴とする請求項1ないしのいずれか1項記載の窒化物半導体発光素子。
 3 審決の理由
   審決は、別添審決謄本写し記載のとおり、@本件訂正は、特許請求の範囲の減縮を目的とし、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張又は変更するものではなく、さらに、本件訂正発明は、特許法36条4項又は6項の規定に違反するものではなく、本件特許の出願当初の明細書及び図面に記載された事項の範囲内のものであって、同法17条の2第3項に違反するものではなく、特開平6−268259号公報、特開平6−177423号公報(以下「引用例」という。)及び特開平4−68579号公報にそれぞれ記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものでもないので、特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるから、本件訂正は同法134条5項において準用する同法126条1項〜4項の規定(注、「平成11年法律第41号による改正前の特許法134条5項において準用する同法126条2項〜5項」の趣旨であると解される。)に適合するとして、本件訂正を認め、A無効審判請求の理由及び証拠によっては、本件訂正発明についての特許を無効とすることができないとした。

(中略)

 なお、訂正明細書(甲第3号証添付)には、「多重量子井戸構造の活性層において・・・井戸層と障壁層とを積層して、多重量子井戸構造とする。その場合、井戸層は100オングストローム以下、さらに好ましくは70オングストローム以下の膜厚が望ましい。この井戸層の膜厚の範囲は単一量子井戸構造の活性層(単一の井戸層により構成される)についても同様である」(段落【0031】)との記載もあるが、本件訂正発明1に関し、井戸層の膜厚を70オングストローム以下とすることが好ましいとする根拠が明らかにされているわけではなく、訂正明細書に上記のような記載があるからといって、訂正明細書に、本件訂正発明1が活性層の厚さを70オングストローム以下とすることによって「活性層を構成する窒化物半導体の本来のバンドギャップエネルギーよりも低いエネルギーの光を発光する」との効果を奏することが記載されているものとすることはできない。
  (4) したがって、訂正明細書に、本件訂正発明1につき、活性層の厚さを70オングストローム以下とする構成を選択したことによって「活性層を構成する窒化物半導体の本来のバンドギャップエネルギーよりも低いエネルギーの光を発光する」との効果を奏することが示されているということはできないから、本件訂正発明1が引用例記載の発明に対して選択発明に当たるとする被告の主張は採用することができない。
  (5) そうすると、本件訂正発明1は、「活性層を構成する窒化物半導体の本来のバンドギャップエネルギーよりも低いエネルギーの光を発光する」との部分を除く構成において、引用例記載の発明の構成と一致(重複)し、かつ、上記構成は、引用例記載の発明と一致(重複)する構成によって奏するとされる作用効果を発明の構成としたものであるから、本件訂正発明1は実質的に引用例記載の発明と同一であるといわざるを得ない。

    そして、審決によれば、審判において、原告は、本件訂正発明1が、引用例並びに特開平6−268259号公報及び特開平4−68579号公報にそれぞれ記載された発明に基づいて当業者が容易に発明することができた旨主張したことがうかがわれ(審決書11頁5行目〜13頁26行目)、かつ、審決は上記のとおりその主張を斥ける判断をしたものであるが、このような主張、判断は、本件訂正発明1が引用例記載の発明と実質的に同一である旨の主張及びこれに対する判断を含むものというべきであるから、審決の本件訂正発明1に係る進歩性判断は誤りであることに帰し、この誤りが本件訂正を認めた審決の判断に影響を及ぼすことは明らかであり、ひいて、審決の結論に影響を及ぼすものと認められる。
 2 以上によれば、原告の主張する取消事由2は理由があるから、その余の点につき判断するまでもなく、審決は違法として取消しを免れない。





「窒化ガリウム系化合物半導体発光素子」特許侵害訴訟事件A

事件番号  平成12年(ワ)第12193号
事件名  特許権侵害差止請求事件
裁判年月日  平成14年02月28日
裁判所名  東京地方裁判所
判決データ:  PAT-H12-wa-12193.pdf

第2 事案の概要
 本件は、窒化ガリウム系化合物半導体発光素子の特許権を有する原告が、被告が製造・販売していた別紙物件目録1記載の発光ダイオードチップ(以下「被告チップ」という。)及び同チップを組み込んだ別紙物件目録2記載のLED製品(以下「被告LED製品」といい、被告チップと併せて「被告製品」と総称する。)は、原告の上記特許権に係る発明の技術的範囲に属しており、その製造・販売は同特許権を侵害すると主張して、被告に対し、特許法102条2項に基づく損害賠償金合計135億9708万9666円の、それぞれの一部請求として、被告チップにつき5000万円、被告LED製品につき5000万円の合計金1億円の支払を求めている事案である。
1 争いのない事実
(1) 原告は、下記の特許権(以下「本件特許権」という。)を有している。
            記
 特許番号     第2770720号
 発明の名称   窒化ガリウム系化合物半導体発光素子
 出 願 日    平成5年10月8日
 登 録 日    平成10年4月17日
(2) 本件特許権に係る明細書(以下「本件明細書」という。本判決末尾添付の特許公報(甲2。以下「本件公報」という。)参照。)の特許請求の範囲請求項1の記載は、次のとおりである(以下、この発明を「本件特許発明」という。)。
 「基板上にn層とp層とが順に積層され、同一面側にn層の電極とp層の電極とが形成されて、それら電極側を発光観測面側とする窒化ガリウム系化合物半導体発光素子において、前記p層の電極が、p層のほぼ全面に形成されたオーミック接触用のAu合金を含む透光性の第一の金属電極と、前記第一の金属電極の表面の一部に形成されたボンディング用の第二の金属電極とからなり、前記第二の金属電極は、第一の金属電極と共通金属としてAuを含み、前記p層とのオーミック接触を阻害するAlもしくはCrを含まないことを特徴とする窒化ガリウム系化合物半導体発光素子。」
(3) 本件特許発明の構成要件を分説すれば、次の@ないしC記載のとおりである(以下、分説した各構成要件をその番号に従い「構成要件@」などのように表記する。)。
@ 基板上にn型窒化ガリウム系化合物半導体層とp型窒化ガリウム系化合物半導体層とが順に積層されている発光素子である。
A 同一面側にn型窒化ガリウム系化合物半導体層のn電極とp型窒化ガリウム系化合物半導体層のp電極とが形成されて、それら電極側が発光観測面側とされている。
   B 前記p層の電極は、p層のほぼ全面に形成されたオーミック接触用のAu合金を含む透光性の第一の金属電極と、前記第一の金属電極の表面の一部に形成されたボンディング用の第二の金属電極からなっている。
   C 前記ボンディング用の第二の金属電極は、前記透光性の第一の金属電極と共通金属としてAuを含み、前記p層とのオーミック接触を阻害するAl若しくはCrを含まない。
(4) 本件特許発明は、次のような作用効果を有する。
ア p層の上に形成する第一の電極(透光性電極)をp層のほぼ全面に形成した全面電極とし、p層とオーミック接触可能なAu合金を使用しているために、電流をp層全体に均一に広げ、p−n接合界面から均一な発光を得ることができる。しかも、前記第一の金属電極を透光性としていることにより、電極側から発光を観測する際に、電極によって発光が妨げられることがないので、発光素子の外部量子効率が格段に向上する。
イ 第二の電極(ボンディング電極)は、第一の金属電極との共通金属としてAuを含有しているので、第一の金属電極と接着性がよく、ワイヤーボンディング時に用いられる金線からできるボールとも接着性がよい。また、Auは素子通電中に第一の電極へのマイグレーションが少なく、第一の電極を変質させることが少ない一方で、Auの中にAl若しくはCrを含有させた合金を第二の電極とすると、通電中、比較的短時間でマイグレーションが発生して第一の金属電極を変質させてしまう。そこで、第二の電極をAu単体、またはAuを含みAl若しくはCrを含まない合金とすることにより、第一の電極及びボールとの接着性がよく、通電中にマイグレーションを引き起こしにくい電極を実現できる。

(中略)

第3 当裁判所の判断
 1 平成12年(2000年)12月26日付けMST作成の分析結果報告書(甲8)においては、被告チップについてEPMA(電子線マイクロアナリシス)による定性分析及び定量分析を行ったところ、定性分析の結果では、被告チップの電極17の露出部及びSiO部(ケイ素酸化物で被膜された部分)にいずれもAlが存在することが示されており、定量分析の結果では、電極露出部にはSiO部に比して重量比で約6倍強、原子濃度比で約2.7倍近くのAlが存在することが示されている。また、平成12年11月13日付け株式会社松下テクノリサーチ技術部長作成の分析・解析報告書(「報告書番号 No.A1204431」と記載されたもの。乙1。)においては、XMA(X線マイクロ分析)による定性分析及び面分析を行ったところ、被告チップの電極17のボンディング用ボール以外の部分からAlが検出されたことが示されている。さらに、同日付け松下テクノリサーチ技術部長作成の分析・解析報告書(「報告書番号 No.1204430」と記載されたもの。乙2。)によれば、AES(オージェ電子分光法)による定性分析等を行ったところ、被告チップの電極表面から少なくとも約3nm(ナノメートル)までの深さの間にAuの約3分の1から4分の1程度の量のAlが検出されたことが示されている。
   以上のとおり、原告・被告双方から提出された書証によれば、それぞれ原理の異なる実験手法を用いた複数の実験結果において、少なくとも被告チップの電極17の最表面といってよい部分からAlが検出されたことが示されており、定量分析における細かな精度の問題を除けば、定性分析の結果それ自体(すなわち、Alが存在すること)に疑問を差し挟むべき事情も見当たらないから、本件においては、証拠上、少なくとも被告チップの電極17の最表面(とりわけ電極が露出している部分)にAlが存在する事実が認められるというべきである。
   また、甲10においては、X線照射により放出される光電子のエネルギー分布を測定し、数10Å程度の深さの試料表面における元素の種類、存在量、化学状態等を分析する手法であるESCA(X線光電子分光法/XPS)を用いて定性分析及び定量分析を行ったところ、被告チップにおけるAlは、主として、O(酸素)と結合してAl(酸化アルミニウム)の状態で存在していると考えられる旨の結果が示されており、その実験手法や測定精度に特に疑問を差し挟むべき事情も見当たらないから、被告チップの電極17最表面に存在する上記Alは、酸化状態で存在する蓋然性が高いと認められる。
 2 原告は、前記認定事実を前提にしても、これらのAlは酸化状態(Al)のAlであり、本件特許発明が排除する「金又はバナジウムとの合金を形成しているアルミニウム」(前記第1の3ア)ではないから、構成要件Cの充足性には影響がない旨主張する。
   しかしながら、本件明細書の【発明の詳細な説明】欄の記載によれば、そもそも、本件特許発明がされるに至った前提には、基板側を発光観測面とするp−n接合型の発光素子は、電気的ショートを避けるために電極とリードフレームの間隔を大きくする必要があり、したがって、自然とチップサイズが大きくなって高コストになるという欠点があること、これに対し、被告チップのように電極側を発光観測面とする発光素子は、1チップを1つのリードフレーム上に載置できるためチップサイズを小さくできるが、その反面、発光観測面側の電極により発光が阻害されやすい欠点があること、その欠点を克服するため、従来、p層側を発光観測面とする発光素子のp層に形成する電極を金属よりなる透光性の全面電極(第一の電極)とし、その全面電極の上にボンディング用のパッド電極(第二の電極)を形成する技術が提案されていたこと、しかしながら、このような構造の電極を有する発光素子においては、通電中にパッド電極の金属材料によるマイグレーション(金属内部又は異種金属接触部を原子が移動すること)が発生し、透光性電極の透光性が失われるとともに、p層と透光性電極とのオーミック接触性が悪くなるという問題のあったことが認められる(本件公報第3欄12行〜第4欄5行)。
   そして、本件明細書には、このような問題を解決する具体的手段として、「パッド電極の材料について数々の実験を重ねた結果、パッド電極に特定の元素を含まず、Auを含む電極金属を使用すること」(同第4欄15行以下)が見出された旨の記載がある。また、本件明細書には、Ni及びAuで形成した透光性電極を第一の電極とし、その上に様々な材料でボンディング用の第二の電極を形成した後、通常の発光ダイオードとして発光させ、500時間連続して点灯させた後に、第一の電極の状態を調べた結果が記載されているところ、そこでは、上記第二の電極の、@第一電極と接触する側の電極材料、及び、Aボールと接触する側の電極材料として、それぞれ、Au、Ni、Ti、In、Pt、Al及びCrの7種類の金属が、少なくとも、層を形成(積層)する時点においては、単体の金属として存在することを前提にした記載がされている(同第6欄12行目以下)。
   以上のような本件明細書の記載からすると、本件特許発明の発明者ないし出願人は、ボンディング用電極におけるAl若しくはCrの存在がp層とのオーミック接触を阻害する原因になるとの認識に立った上で、元素としてのAl及びCrそのものを本件特許発明の構成要素から排除することを意図したとみるのが自然であり、したがって、構成要件CにおいてAlについて付された「オーミック接触を阻害する」との文言は、Alの属性についての発明者ないし出願人の認識を表したものであって、「Al」に特段の限定を加える趣旨のものではない(すなわち、構成要件Cにおける「Al」は元素としてのAlそのものを指す。)と解するのが相当である。
   そうであれば、最表面に酸化状態で微量存在することが認められるにとどまるとはいっても、被告チップに現にAlが存在することが認められる以上、被告チップは、構成要件Cを充足せず、本件特許発明の技術的範囲に属しないというほかはない。したがって、被告チップを組み込んだ被告LED製品も、また、本件特許発明の技術的範囲に属しない。

 3 以上のとおり、本件においては、構成要件Cにおける「Al」は元素としてのAlそのものを指すものと解するのが相当であるから、被告チップは本件特許発明の技術的範囲に属せず、原告の本訴請求はいずれも理由がないというべきである。
   もっとも、付言するに、仮に構成要件CのAlについて、原告の主張するように、「オーミック接触を阻害する」Alすなわち「金又はバナジウムとの合金を形成するアルミニウム」に限定されるとの解釈を採ったとしても、原告の本訴請求は、理由がない。
   すなわち、上記のような本件明細書中の各記載を総合すれば、本件特許発明の発明者ないし出願人が、同明細書の記載当時、第二電極に存在するAl若しくはCrが第一電極に移動することが同電極の透光性を失わせる原因であり、これを防ぐため、第二電極の組成要素からAl及びCrを排除することが必要であると考えていたことは間違いない。そうすると、仮に構成要件Cについて原告の主張する解釈を採ったとしても、上記発明者ないし出願人は、Al及びCrの存在形態についてまで特に意識していたわけではなく、これらが電極に存在することがあるとすれば、単体の金属として、あるいは他の金属と合金を形成して存在することが多いという事情を前提に同明細書を記載したにすぎないとみるのが相当である。
   したがって、仮に被告チップの電極17中にAlが存在するとして、現に存在するAlが、例えば、時間の経過とともに空気中の酸素と結合して酸化された状態になったとしても(金属であるアルミニウム(Al)が、時間の経過とともに空気中の酸素と結合して酸化アルミニウム(Al)になりやすいことは、技術常識である。)、それで構成要件充足性が左右されるものではない。
   そうすると、一般に、特許権侵害訴訟においては、特許権者が原告として対象物件の各構成要件充足を主張・立証することを要するものであるから、原告が自ら本件明細書の【特許請求の範囲】を上記のように記載し、本件訴訟において、構成要件Cの「p層とのオーミック接触を阻害するAl」における「Al」について、金又はバナジウムとの合金を形成するアルミニウムを意味すると主張するのであれば、被告チップが本件特許発明の技術的範囲に属するというためには、被告チップの電極17の最表面から検出されたAlが検出の時点において酸化された状態であったことを主張・立証するだけでは足りず、このAlが当初から、単体の金属又は他の金属との合金として電極17に存在したものではなく、金又はバナジウムとの合金を形成する可能性のないAlであったことをも、主張・立証しなければならないというべきである。
   しかるところ、前記認定のとおり、本件において証拠上認定できるのは、被告チップの電極17の最表面にAlが存在する事実、及び、このAlは酸化された状態で存在している蓋然性が高い事実にとどまるものであって、このAlが当初から単体の金属又は他の金属との合金としては存在していなかったことまでも認定し得るものではない。したがって、本件では、原告において、被告チップが構成要件Cを充足することを立証し得たということはできない。
 3 以上によれば、いずれにせよ、本件においては、被告チップが構成要件Cを充足していると認めることはできないから、被告チップ及び被告LED製品は、いずれも、本件特許発明の技術的範囲に属すると認めることができない。




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