商標 判決集(10)


間接侵害行為についての侵害罪の成立
「DAKS」商標事件
URL ・ 名刺 における標章の使用
先使用による商標の使用をする権利
商標法第4条第1項第10号の規定の解釈
無効審判の請求登録前の使用による商標の使用をする権利
商標専用使用権侵害差止等請求事件(「花粉のど飴」事件)
「インナートリップ霊友會インターナショナル」事件
不使用による商標登録の取消審決の取消事件
「RINASCIMENTO」不使用取消請求事件
「PAPA JOHN'S」商標不使用取消事件
職権調査義務の不履行の違法性について
「キューピー」図形商標審決取消請求事件
「キシリトール/XYLITOL」商標事件
「ELLEGARDEN」商標不正使用取消請求事件
「アイピーファーム」無効審決取消請求事件




間接侵害行為についての侵害罪の成立

商標法第78条にいう商標権の侵害とは、同法36条にいう侵害行為にとどまらず、同法37条の規定により侵害とみなされる行為も含むものと解される。

事件番号  昭和56年(う)第1596号
事件名  商標法違反、不正競争防止法違反被告事件
裁判年月日  昭和58年11月07日
裁判所名・部  東京高等裁判所      第三刑事部
判決データ:  TM-S56-u-1596.pdf

 第二、 法令適用の誤りの主張について。
 一、 商標法三七条にいう侵害とみなす行為の可罰性。
 論旨は、要するに、原判決は、原判示罪となるべき事案第一の関係において、被告会社が使用した別紙イ、ロ、ハ、ニの商標と、B2の別紙甲一の登録商標とは少なくとも類似商標と認められると判断し、右イ、ロ、ハ、ニの商標の使用行為は商標法三七条一号に該当するとして、同法七八条を適用し被告人らを処断したが、同法七八条にいう商標権の侵害とは、同法三六条にいう本来の侵害行為、すなわち、正当な権限がないのに、他人の商標登録にかかる指定商品について登録商標を使用することをいうのであつて、登録商標に類似する商標の使用行為のように、同法三七条一号によつて商標権の侵害行為とみなされるにすぎない行為は、含まれないと解すべきである。もし侵害とみなす行為も侵害罪を構成するとすれば、同法三七条六号のように本来の侵害行為の予備の予備に相当する行為までも本来の侵害行為と同様に処罰することになり、可罰性の点からみても極めて不当な結果となるばかりか、類似か否かの判断は多分に判断する者の主観によつて定まるものであり、犯罪の構成要件として確定されないものであつて、罪刑法定主義に反する。したがつて、原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の解釈適用の誤りがあるというのである。
 そこで検討すると、なるほど、商標法七八条は、「商標権(中略)を侵害した者は、五年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。」と規定するのみで、処罰対象の侵害行為を具体的に明示していないので、ここにいう「侵害」とは、商標権本来の効力範囲に対する侵害(いわゆる直接侵害)をいい、侵害とみなす行為(同法三七条、いわゆる間接侵害)は含まれないと解しうる余地がないではない。
 しかしながら、現行商標法は、工業所有権制度改正審議会が昭和三一年一二月二四日付でした商標部会関係答申に基づき、旧商標法を全面的に改正して昭和三四年法律第一二七号として公布施行されたものであるが、旧商標法は、三四条において、商標権の本来の効力範囲に対する侵害である他人の登録商標と同一の商標を同一の商品に使用した行為(直接侵害)のほか、本件のような他人の登録商標と類似の商標を同一商品に使用した行為、その他多岐にわたる予備的行為など、現行法が三七条において「侵害とみなす行為」(間接侵害)としている行為のほとんどを刑事処罰の対象として明示していた。ところが右の改正により、現行商標法には、新たに差止請求権や侵害とみなす行為などの規定が新設され、権利侵害に関する規定の整備がなされた関係から、侵害罪として旧法三四条各号に掲げられた行為は、そのほとんどが本来の侵害行為として、または侵害とみなす行為として、現行法三六条および三七条に移されるところとなつたのである。
 このような法改正の経過に徴して考えると、現行商標法七八条にいう商標権の侵害とは、同法三六条にいう侵害行為にとどまらず、同法三七条の規定により侵害とみなされる行為も含むものと解するのが相当である。
 このように解することにより、同法三七条各号の規定が適用上不明確で罪刑法定主義に反することになるとは思われず、また、間接侵害の予備的行為について本来の侵害行為と同一の罰則によつて処断することも、この種事犯が業として大量に、継続、反覆して行なわれることを常とするその特殊性にかんがみれば、決して不当なこととは思われない。これを要するに、商標法三七条一号の行為につき、同法七八条に該当するとして同法条を適用した原判決に、所論のような法令適用の誤りはなく、論旨は理由がない。
 二、 不正競争防止法一条一項一号にいう「他人ノ商品ト混同ヲ生ゼシムル行為」の解釈。
 論旨は、要するに、原判決は、原判示罪となるべき事実第一の関係において、不正競争防止法一条一項一号の「他人ノ商品ト混同ヲ生ゼシムル行為」とは、混同を生じさせる具体的危険があるかぎり、必ずしも現実に混同を生じたことを必要としないと解釈して同法条を適用処断しているが、少なくとも同法五条二号の適用を行なう場合には、現実の混同を生じていることが必要であると解すべきであるから、この点につき原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令解釈の誤りがあるというのである。
 しかし、刑罰法規としての解釈においても、不正競争防止法一条一項一号の「他人ノ商品ト混同ヲ生ゼシムル行為」とは、原判示にもあるとおり、取引者や一般需要者をして相互の商品主体すなわち商品の出所が同一であるか、または両者になんらかの営業上の関係があると誤認させるに足りる行為を指称し、混同を生じさせる具体的危険がある限り、必ずしも現実に混同を生じたことを必要としないと解するのが相当である。原判決のこの点の判示は相当であり、原判決に所論のような法令解釈の誤りはなく、論旨は理由がない。
 法令適用に関するその余の論旨は、いずれも、商標の同一性ないし類否の判断の誤りをいうもので、結局は事実誤認の主張に帰するところ、これらの点についてはすでに説述したところから明らかなとおり、原判決にその判断の誤りはない。





「DAKS」商標事件

<信用毀損による無形損害と弁護士費用相当損害額を認定。さらに、信用回復措置請求としての謝罪広告を認める。>

事件番号  平成19年(ワ)第4692号
事件名  商標権侵害差止等請求事件
裁判年月日  平成20年03月11日
裁判所名  大阪地方裁判所 
判決データ:  TM-H19-wa-4692.pdf  TM-H19-wa-4692-1.pdf

第2 事案の概要等
 本件は、後記の本件商標権@、Aを有する原告ダックスシンプソングループパブリックリミテッドカンパニー及び同原告とライセンス契約を締結し、本件商標権@について専用使用権を、本件商標権Aについて独占的通常使用権をそれぞれ有する原告三共生興株式会社が、後記標章を付した「英国王室御用達DAKS社リバーシブルベルト」と称するベルトを韓国より輸入し、販売している被告に対し、上記ベルトの輸入・販売は原告らの有する本件商標権@、A及び上記専用使用権等を侵害するとして、商標法36条1項、2項、37条1号に基づき、これらの標章をベルト等に付し、又はこれらの標章を付したベルト等の輸入及び販売の差止め並びにこれらの標章を付したベルトの廃棄を求め、併せて同法39条により準用される特許法106条に基づき、信用回復措置請求として請求の趣旨第3項記載の謝罪広告を求めるとともに、本件商標権@、A及びその専用使用権等を侵害した不法行為に基づく損害賠償として1億6500万円(原告らの商標権等侵害による損害5000万円、信用毀損による損害1億円及び弁護士費用相当の損害1500万円)及びこれに対する民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求め、原告三共生興株式会社が被告に対し、訴外プレリーシミズ株式会社から譲り受けた損害賠償請求権に係る財産上の損害47万9871円及びこれに対する民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

(判旨)
 結論
 以上のとおり、原告らの本件請求は、被告に対し、本件商標権及びその専用使用権に基づき、被告標章をベルト等に付し、又はこれらの標章を付したベルト等の輸入及び販売の差止め並びにこれらの標章を付したベルトの廃棄を求め(ただし、被告標章2、4については原告ダックスのみ)、併せて商標法39条により準用される特許法106条に基づき、信用回復措置請求として主文第3項掲記の謝罪広告を求め、さらに、商標権侵害の不法行為に基づく損害賠償として、原告ダックスが商標権侵害の不法行為に基づく財産上の損害4万6319円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成19年5月3日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求め、原告三共生興が商標権侵害の不法行為に基づく財産上の損害4万6319円と、プレリーシミズから譲り受けた損害賠償請求権に係る財産上の損害31万7234円の合計36万3553円及びそのうち4万6319円に対する訴状送達の日の翌日である平成19年5月3日から、31万7234円に対する訴えの変更申立書送達の日の翌日である平成19年12月2日から、各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求め、原告らが信用毀損による損害200万円と弁護士費用相当の損害50万円の合計250万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成19年5月3日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。





URL ・ 名刺 における標章の使用

事件番号  平成15年(ワ)第11661号
事件名  商標権侵害差止等
裁判年月日  平成18年04月18日
裁判所名  大阪地方裁判所
判決データ:  TM-H15-wa-11661.pdf  TM-H15-wa-11661-1.pdf

 被告が、平成14年4月10日まで被告のホームページにおいて、被告標章2(ヨーでる)、被告標章6(Yodel)、被告標章13(SunYodel)の各標章を用いていた行為は、商標法2条3項8号所定の、商品に関する広告を内容とする情報に標章を付して電磁的方法により提供する行為に該当する。
 他方、被告がそのURLに「yodel」なる文字列を用いたことが、商標としての使用に該当するか否かは争いがある。
 商標の本質は、自己の営業に係る商品を他人の営業に係る商品と識別するための標識として機能することにあるから、登録商標と同一又は類似の商標の使用が商標権の侵害になるというためには、第三者の使用する商標が単に形式的に商品等に表示されているだけでは足りず、それが自他商品の識別標識としての機能を果たす態様で用いられていることを要すると解すべきである。
 被告のURLにおける「yodel」なる文字列の使用態様は、ドメイン名における使用ではなく、被告に与えられたドメイン名(例えば、「esuroku.co.jp」)が割り振られたサーバーにアクセスし、そこで「under」などというディレクトリ内にある「goods」などというディレクトリの中の「yodel_a.html」などというファイルを取得してブラウザに表示するための文字列の表示であり、その画面上の表示もごく小さなものである。もっとも、URLに用いられた文字列が、そのURLによって表示される画面に表示された商品ないし役務と関連する文字列であると閲覧した者が認識し得る場合には、当該URLの文字列における使用も、商標としての使用に該当すると考える余地はある。しかし、前記認定のとおり、本件において問題となっているホームページの画面は、現商標商品の写真や現商標が掲載され、あるいは、新商標商品の写真が掲載され、新商標が表示されているものであるので、被告標章7に格別の周知性があるとは認めることができない本件においては、これらの画面を閲覧した者が、URLの被告標章7(yodel)を見て、画面に掲載されている被告製品の識別標識(標章)であると認識するとは認めることはできない。
 したがって、本件においては、URLを表示するウィンドウに「yodel」なる文字列を用いたことは、商標としての使用には該当しない。
「yodel.gif」なる文字列も、これを見た者は、同様に単なるファイルを表示するための文字列にすぎないと認識するのであるから、同文字列をホームページに表示しても、商標としての使用には該当しない。
 さらに、被告の業務部長の名刺に「YODEL DIET」(被告標章21)との記載があった点については、商標法2条3項8号の広告的使用に該当するか否かが問題となる。しかし、本件で問題となっている名刺には被告標章21が単独で用いられているにすぎず、宣伝文句等の記載もないことによれば、同標章が被告製品に関して付されたものと認めることはできない。また、本件において認定することができる名刺の使用態様は、後記認定のとおり、平成14年6月19日に、塩見・山元法律事務所における面談の際に、被告業務部長のCが「YODEL DIET」の標章が記載された名刺を交付したというものであるが、これが被告製品の宣伝広告のために名刺が使用された場合に該当しないことは明らかであり、その他、被告製品の広告宣伝のために名刺が使用されたと認めるに足りる的確な証拠はない。また、そもそも上記の態様の名刺は取引書類に該当しない。したがって、上記名刺における被告標章21の使用は、商標としての使用に該当しない。





先使用による商標の使用をする権利

<商標法第32条第1項の規定にいう「需要者の間に広く認識されているとき」及び「継続してその商品についてその商標の使用をする場合」の解釈。>

事件番号  平成1年(ワ)第11631号
事件名  差止請求権不存在確認
裁判年月日  平成3年12月20日
裁判所名  東京地方裁判所
判決データ:  TM-H01-wa-11631.pdf

第二 事案の概要
一 争いのない事実
1 被告は、登録番号第二〇一二六四八号商標権(本件商標権。その登録商標(本件登録商標)の構成は、別紙商標公報記載のとおり。)を有している。
2 被告は、原告が被服、布製身回品及び寝具類に別紙標章目録1ないし3記載の標章(原告標章)を使用する行為について、原告に対し、本件商標権に基づく差止請求権を有する旨主張している。
二 争点
1 原告標章が本件登録商標に類似するか否か。
2 原告が、商標法三二条一項の規定に基づき、先使用による原告標章を使用する権利を有するか否か。

(判旨)
5 原告は、右4(一)ないし(三)の宣伝広告等をしながら、原告標章を付した「ゼルダ」ブランドの被服、布製身回品及び寝具類を販売し、昭和五四年一一月に「ゼルダ」ブランドを発表してから同五五年八月までの間に、約二億円の売上を計上し、また、同月当時には、「ゼルダ」ブランドの右商品の販売のために、大手百貨店を中心に直営店八店舗及びフランチャイズ店二七店舗を出店するまでに至った(証人【B】、弁論の全趣旨)。
6 そして、原告は、その後も、後記7(三)のとおり、平成元年二月に「ゼルダ」ブランドを「MARIKO KOHGA」ブランドに変更するまで、原告標章を付した「ゼルダ」ブランドの被服、布製身回品及び寝具類を販売してきており、同月当時には、「ゼルダ」ブランドの右商品の販売のために、大手百貨店を中心に直営店四四店舗及びフランチャイズ店三二店舗を出店していた(甲八、甲二三、甲二四、甲二五の一ないし三、証人【B】)。

(中略)

(三) ところで、原告は、原告標章の使用を継続することによって、被告らから百貨店その他の取引先等に対して原告標章の使用を中止するよう警告がされるなどして、取引先等に迷惑がかかることを懸念し、原告標章の使用を一時中止したうえで、その紛争の解決に当たることにした。そこで、原告は、昭和六三年一二月頃、ブランド名を「ゼルダ」から「MARIKO KOHGA」に変更することを知らせる挨拶状を作成して、これを取引先及び顧客等に配付し、平成元年二月以降は、「MARIKO KOHGA」のブランド名を使用しているが、右紛争が解決したときには、被服、布製身回品及び寝具類に原告標章を使用する意思を有しており、そのために、同年九月四日、本件訴訟を提起した(乙一、証人【B】)。
三 右二1ないし5の認定事実によれば、原告は、株式会社ブローニュの本件登録商標に係る商標登録出願の日である昭和五五年八月四日前から、日本国内において、不正競争の目的でなく、右商標登録出願の指定商品の範囲に属する被服、布製身回品及び寝具類について原告標章の使用をしていた結果、右商標登録出願の際、現に、原告標章が原告の業務に係る商品を表示するものとして需要者の間に広く認識されているものと認めることができる。もっとも、乙三一によれば、三年間の平均利益率が六%以上の高収益レディスアパレル四六社(原告を含む。)の同五四年における総売上高の合計は、四六二八億二八〇〇万円であることが認められるところ、右二5の認定事実によれば、同年一一月から同五五年八月までの間の「ゼルダ」ブランドの商品の売上高は約二億円であるから、約二億円の売上高は、右のレディスアパレル四六社の同五四年における総売上高の合計額に比して僅少であるといわざるをえないが、右二4及び5の認定事実によれば、右のとおり、原告標章は、本件登録商標に係る商標登録出願の際、現に、原告の業務に係る商品を表示するものとして需要者の間に広く認識されているものと認められるところであって、「ゼルダ」ブランドの商品の売上高が右のレディスアパレル四六社の同年における総売上高の合計額に比して僅少であることをもっては、この認定を左右するに足りない。また、乙三二によれば、株式会社矢野経済研究所が、全国の小売店一〇〇〇店舗に、取引を行っているメーカー、問屋のすべてのブランドの評価をしてもらい、これを集計した「81年版レディスブランドの競争力調査」と題する報告書(同五六年四月二五日発行)には、原告のブランドとして、「ニコル」と「マダム・ニコル」が掲載され、「ゼルダ」が掲載されていないことが認められるが、右二4及び5の認定事実によれば、右認定の事実は、原告標章が、本件登録商標に係る商標登録出願の際、現に、原告の業務に係る商品を表示するものとして需要者の間に広く認識されているとの前認定を左右するには足りないというべきである。
 そして、右二6及び7の認定事実によれば、原告は、本件登録商標に係る商標登録出願の日である昭和五五年八月四日から平成元年二月までの間、「ゼルダ」ブランドの被服、布製身回品及び寝具類に原告標章の使用をしてきたが、同月以降は、ブランド名を「MARIKO KOHGA」に変更して、原告標章の使用を中止しているものであるところ、原告が原告標章の使用を中止したのは、自らの発意によるのではなく、株式会社ブローニュらから、原告が被服、布製身回品及び寝具類に原告標章を使用する行為は本件商標権の侵害になるとして、原告標章の使用を中止するよう警告を受けたため、原告標章の使用を継続することによって、被告らから百貨店その他の取引先等に対して原告標章の使用を中止するよう警告がされるなどして、取引先等に迷惑がかかることを懸念したことによるものであり、原告は、本件紛争が解決したときには、被服、布製身回品及び寝具類に原告標章を使用する意思を有しているのである。そうすると、原告は、右のような相当な理由に基づき、かつ、その限度において、原告標章の使用を一時中止しているにすぎないものというべきであって、このような場合は、商標法三二条一項の規定にいう「継続してその商品についてその商標の使用をする場合」に該当するものと解するのが相当である。
四 したがって、原告は、先使用による原告標章を使用する権利を有するから、原告が被服、布製身回品及び寝具類に原告標章を使用する行為は、本件商標権の侵害を構成しない。



商標法 第32条(先使用による商標の使用をする権利)
1 他人の商標登録出願前から日本国内において不正競争の目的でなくその商標登録出願に係る指定商品若しくは指定役務又はこれらに類似する商品若しくは役務についてその商標又はこれに類似する商標の使用をしていた結果、その商標登録出願の際(第九条の四の規定により、又は第十七条の二第一項若しくは第五十五条の二第三項(第六十条の二第二項において準用する場合を含む。)において準用する意匠法第十七条の三第一項の規定により、その商標登録出願が手続補正書を提出した時にしたものとみなされたときは、もとの商標登録出願の際又は手続補正書を提出した際)現にその商標が自己の業務に係る商品又は役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されているときは、その者は、継続してその商品又は役務についてその商標の使用をする場合は、その商品又は役務についてその商標の使用をする権利を有する。当該業務を承継した者についても、同様とする。





商標法第4条第1項第10号の規定の解釈

<商標法第4条第1項第10号の規定にいう「需要者の間に広く認識されている商標」の解釈。>

事件番号  昭和57年(行ケ)第110号
事件名  審決取消請求事件
裁判年月日  昭和58年06月16日
裁判所名  東京高等裁判所
判決データ:  TM-S57-Gke-110.pdf

2 原告使用のDCCの表示を用いた商標の周知性の成否
 成立に争いのない甲第三号証の三四、三五及び弁論の全趣旨によれば、コーヒーは、その原材料であるコーヒー豆を我が国で産出することができず、すべて輸入品に依存しており、その香りや味覚は品種により特徴があり、持味である芳香も荒挽きする際焙煎法により異なつてくるものであるが、いわゆる専業的な喫茶店のみならず食堂、レストラン、グリル一般でも営業用に供され、一般家庭でも日常手軽に消費される嗜好品であって、全国的に流通し、地域的嗜好特性も格別認め難い商品であることが認められる。しかも、原告製品が独自の原材料の独占、調合もしくは焙煎法、したがってまた、これに基づく他と際立った独特の風味をもって知られているとの立証もない。
 かかる全国的に流通する日常使用の一般的商品について、商標法第四条第一項第一〇号が規定する「需要者の間に広く認識されている商標」といえるためには、それが未登録の商標でありながら、その使用事実にかんがみ、後に出願される商標を排除し、また、需要者における誤認混同のおそれがないものとして、保護を受けるものであること及び今日における商品流通の実態及び広告、宣伝媒体の現況などを考慮するとき、本件では、商標登録出願の時において、全国にわたる主要商圏の同種商品取扱業者の間に相当程度認識されているか、あるいは、狭くとも一県の単位にとどまらず、その隣接数県の相当範囲の地域にわたって、少なくともその同種商品取扱業者の半ばに達する程度の層に認識されていることを要するものと解すべきである。
 しかるに、前記認定事実によれば、原告の使用によってDCCが、主として専業的な喫茶店をはじめとする当該継続的取引先の相当数の取扱業者の間で、原告の営業ないし原告取扱いのコーヒー等の商品を表示するものとして認識されていたことこそうかがわれるけれども、その主な販売地域である広島県下でも専業的な喫茶店等に対する取引占有率は高々三〇パーセント程度に過ぎず、成立に争いのない乙第五号証ないし第七号証によつて認められる右以外の一般的な食堂、グリル、レストラン等の存在をも考慮すると、DCCを原告の業務に係る商品を表示するものとして認識していた同種商品取扱業者の比率は更に下まわるものといわねばならず、隣接県である山口県、岡山県等におけるそれらの比率は遥かに広島県に及ばないものであるから、商標法第四条第一項第一〇号に規定するような需要者の間に原告の業務に係る商品を表示する商標として広く認識されていたものとまではいい難い。
 したがって、本件商標がその登録出願日前に原告の営業に係る商品を示す商標として需要者の間に広く認識されていたとは認められないとした審決の判断に誤りはなく、この認定事実を前提として、原告主張の無効事由の存在を否定した審決に、違法の点はない。


商標法第4条(商標登録を受けることができない商標)
第1項 次に掲げる商標については、前条の規定にかかわらず、商標登録を受けることができない。
 第10号 他人の業務に係る商品若しくは役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されている商標又はこれに類似する商標であつて、その商品若しくは役務又はこれらに類似する商品若しくは役務について使用をするもの


注解: 商標法第32条第1項における周知性は、使用継続を認める趣旨から一地方における周知であってもよいと解される。一方、商標法第4条第1項第10号における周知性は、相当範囲の地域において周知であることが求められ、商標法第32条第1項における周知の程度よりも高いものであることが必要であると解される。





無効審判の請求登録前の使用による商標の使用をする権利(中用権)

<「野路菊」商標については、商標法第33条の使用権を有するが、「のじぎく」商標については、先使用権、中用権とも認められない。>

事件番号  昭和43年(ネ)第1937号
事件名  仮処分命令申請事件
裁判年月日  昭和47年03月29日
裁判所名  大阪高等裁判所 
判決データ:  TM-S43-ne-1937.pdf

二、しかるところ控訴人は右控訴人商標および「のじぎく」商標を使用する権限があるとして、先ず商標法三二条一項の先使用権を、次に同法三三条一項の中用権を主張するので、先ず先使用権の主張につき考えるに、被控訴人の有する本件商標の出願日は昭和三三年七月一〇日であるから、控訴人主張の先使用権の成否は商標法施行法四条により右昭和三三年七月一〇日現在施行されていた旧商標法九条一項により判定すべきものであるところ、同法条には「他人の登録商標ノ登録出願前ヨリ同一又ハ類似ノ商品ニ付キ取引者又ハ需要者ノ間ニ広ク認識セラレタル同一又ハ類似ノ標章ヲ善意ニ使用スル者ハ其ノ他人ノ商標ノ登録ニ拘ラズ其ノ使用ヲ継続スルコトヲ得、営業又ハ業務ト共ニ其ノ標章ノ使用ヲ承継シタルモノ亦同ジ」と規定せられているので、同法条所定の要件の有無を検討するに、当審における控訴人会社代表者A本人尋問の結果により真正に成立したと認める乙第一ないし三号証、第五ないし七号証、第八号証の一、二、第九ないし一一、第一三ないし二八号証、第四三ないし四五号証の各記載および当審証人C、D、E、Fの各証言並びに前出A本人尋問の結果の中には、大正末頃、或いは昭和二四年、昭和二八年頃すなわち前記昭和三三年七月一〇日以前に柴田最正堂(当時は控訴人会社設立前である。)で菊の形をした桃山製菓子を買ったその銘柄は「野路菊」「のじぎく」であった旨の供述(または供述記載)部分が散見するが、これのみによつては未だ右Aまたはその先代の個人営業時代の柴田最正堂が銘菓「野路菊」を控訴人商標または「のじぎく」商標を使用して製造販売していたと認めるには足りず、右「野路菊」或いは「のじぎく」の商標が高砂市周辺において一般消費者または生菓業者(すなわち前記法条にいう需要者または取引者)間に周知されていたとはなお更認め難く、控訴人が控訴人商標を使用して銘菓「野路菊」の販売を大々的に始めたのは被控訴人も認めるとおり昭和三八年一〇月頃からであり、後段認定のとおり、これを高砂市周辺の業者、消費者間に周知されたのもその頃からであるといわねばならない。
 されば控訴人においてその業務を承認したと認められるA(控訴人のいわゆる法人成りの主張に対する判断は後に中用権の主張について判示するとおりである。)が、控訴人の現在使用中の控訴人商標(成立に争いのない甲第六号証の一、二、三のイ、ロ、四のとおりであると認める。)、「のじぎく」商標(右甲第六号証の三のイのとおりであると認める。)と同一の業者または消費者間に周知された商標を被控訴人の本件商標出願前から使用していたとの事実は控訴人の全立証によってもこれを認めることはできないから前示先使用の抗弁はすでにこの点において失当である。
 のみならず前記旧商標法九条一項(現行商標法三二条も同旨)に基づき先使用によって先使用権の認められる商標は、他人の登録出願前から使用されていた商標と同一の商標に限られこれに類似するにすぎぬ商標は含まれないと解すべきところ、前出A本人尋問の結果によれば右昭和三三年七月一〇日以前に個人営業時代の柴田最正堂が使用していたという「野路菊」商標は普通の行書体であったというのであって、これと現在控訴会社が使用中の前記甲第六号証の一、二、三のイ、ロ、四に顕出されている控訴人商標の一種独特の書体との間には、書体を全く異にしている相違があることが認められるし、かな書きの「のじぎく」商標についても右甲第六号証の三のイに顕出されている特異な書体と控訴人がかつて使用していた商標文字を表示するものとして提出している乙第八号証の二の「のじぎく」の平凡な書体の間にはかなりの相違のあることが認められるから、控訴人が現在使用中の商標と従前使用していたという商標とは前示の意味における同一商標とはいい難く控訴人の先使用の抗弁はこの点においても採用し難い。
三、そこで進んで中用権の主張について考えるに、控訴人が現在使用中の「野路菊」商標(控訴人商標)は控訴会社代表取締役Aが昭和三八年七月八日第六二〇、二六一号をもって登録を受けていたものであるところ、被控訴人が特許庁にその無効審判を請求し(昭和三九年審判第二〇四七号)昭和四二年九月一六日右請求どおりの無効審判があり、右Aは東京高等裁判所に右審判取消の訴を提起した(同庁昭和四二年(行ケ)第一四二号)が請求棄却の判決が言渡され確定したことは当事者間に争いがなく、右無効審判の請求の登録が昭和三九年四月三日本件仮処分執行日以後であることは被控訴人の自認するところであり、同日以前(昭和三八年一〇月頃以降)から控訴人が右「野路菊」の控訴人登録商標を用いて菓子の製造販売していることは当事者間に争いがない。
 この点につき控訴人は、控訴人の右第六二〇、二六一号商標の使用はその商標権者Aの使用と同一視しうるものであるとして(一)ないし(四)の理由を択一的に主張しているのでその中の(一)いわゆる法人成りの主張について考えるに、前顕A本人尋問の結果にこれにより真正に成立したと認められる乙第二九号証、第四五号証によれば、柴田最正堂は右Aの祖父Gが明治二六年生菓子の製造販売を始めた高砂市の老舗で二代B、三代Aと続いた個人企業であつたが税理士Hのすすめで税金対策の為昭和三六年三月一日同名の控訴人会社(実質はAの個人会社)を設立して同人が代表取締役となり個人営業時代の一切の債権債務を承継し従来と同じ営業を続けているものであって、その営業の実態においては個人営業時代と全く同一であることが認められこれに反する証拠はない。
 右のように個人企業がその実態の同一性を保つたまま法人格を取得した個人会社において、商標権者であるその代表取締役の管理、監督の下に当該商標が使用されていたと認められる場合には、商標権者である代表取締役にとっても自己の商標を善意で使用しているものとして商標の継続使用、信用保持の為の注意が払われていたと推認できるから、同人が商標権者として右個人会社と文書等による明示の商標権使用許諾契約を締結した事実がないとしても、当該商標権の実質的な使用許諾契約があつたと認めるに妨げないというべく、中用権制度の趣旨に照らすと控訴会社の前記第六二〇、二六一号商標の使用は商標権者Aの使用と同視して差支ないものと解するを相当とする。
 そして前段二掲記の各証拠に弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる乙第三四ないし四〇号証を綜合すれば、控訴人は昭和三八年一〇月以降その企業努力と共にラヂオ等で宣伝したり、新聞記事で紹介されたり、又受賞したりしたことと相まって、前記昭和三九年四月当時その製造にかかる桃山製菓子「野路菊」は兵庫県西部少く共高砂地方においては生菓業者のみならず一般消費者間にも周知されていたこと、控訴人は当時被控訴人が本件商標を有することを知らず右「野路菊」の製造販売に努め、右昭和三九年当時においてはその売上が控訴人方の売上高の七〇ないし八〇パーセントに達し更に売上を伸すべく努力中であったこと等の事実が認めることができるから、控訴人の他の択一的な主張に対し判断をするまでもなく控訴人は商標法三三条により右「野路菊」商標の使用権を有するものである。
 しかしながら、かな書きの「のじぎく」商標については前記昭和三九年四月頃控訴人により使用されていたと認めるに足る証拠がないうえに、同商標と前記第六二〇、二六一号「野路菊」商標とは称呼および観念を共通にする類似商標とは認められるが、後者と同一ないしは同一性のある商標とは認め難い(この点の控訴人の主張は採用し難い。)ので右「のじぎく」については中用権の主張も失当である。
四、してみれば第六二〇、二六一号「野路菊」商標については控訴人のその余の主張に対する判断をなすまでもなくその差止請求は失当であり、本件仮処分は同商標に関するかぎり取消しを免れないが、かな書きの「のじぎく」商標については控訴人の先使用権、中用権はともに認められないので、特段の事由の疎明なきかぎり本件仮処分はその必要性があるものといわなければならない。


第33条(無効審判の請求登録前の使用による商標の使用をする権利)
1 次の各号の一に該当する者が第四十六条第一項の審判の請求の登録前に商標登録が同項各号の一に該当することを知らないで日本国内において指定商品若しくは指定役務又はこれらに類似する商品若しくは役務について当該登録商標又はこれに類似する商標の使用をし、その商標が自己の業務に係る商品又は役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されていたときは、その者は、継続してその商品又は役務についてその商標の使用をする場合は、その商品又は役務についてその商標の使用をする権利を有する。当該業務を承継した者についても、同様とする。


論点: 中用権とパリ条約4条Bとの関係
 特許法第80条、商標法第33条などのいわゆる中用権の規定がパリ条約第4条Bの規定に反するのではないかとの問題があるため、優先権期間中にされた出願についての特許・登録が無効とされた場合には、条約が国内法に優先し(憲法第98条第2項、特許法第26条)、中用権が発生しないと解するべきである。





商標専用使用権侵害差止等請求事件(「花粉のど飴」事件)

事件番号  平成14年(ワ)第10522号
事件名  商標専用使用権侵害差止等請求事件
裁判年月日  平成15年06月27日
裁判所名  東京地方裁判所 
判決データ:  TM-H14-wa-10522.pdf

第2 事案の概要
  本件は、商標権者から登録商標につき当初独占的通常使用権の許諾を受け、次いで専用使用権の設定を受けた原告が、被告に対し、被告が別紙被告標章目録1ないし3記載の標章(以下、「被告標章1」などといい、これらを併せて「被告標章」と総称する。)をのど飴に付して、これを販売展示等する行為は原告の独占的通常使用権ないし専用使用権を侵害すると主張して、専用使用権に基づき販売展示等の行為の差止め及び商品の廃棄を求めるとともに損害賠償(原告が独占的通常使用権者であった期間の分を含む。)を求めている事案である。
 被告は、これに対して、@ 被告標章は登録商標に類似しない、A 被告標章は商品の効能、用途等を普通に用いられる方法で表示するものであり、商標権の効力は及ばない(商標法26条1項2号)、B 原告が専用使用権の設定を受けるに至った経過等に照らせば、原告の被告に対する権利行使は権利の濫用に当たるなどと主張して、原告の請求を争っている。

(判旨)
ウ 被告標章の要部
 被告商品がのど飴であることに照らせば、被告標章のうち「のど飴」の部分は、標章の付された当該商品の内容、属性を示す普通名称であるから、自他商品識別機能を有しない部分である。また、被告標章3のうち末尾の「2」は、数字であって、商品名の末尾に付された場合には、通常、続編ないし改良製品等であることを示すものであり、それ自体としては自他商品識別機能を有するものではない。
 他方、被告標章のうち「花粉」の部分については、被告商品の属する、のど飴ないしキャンディーの分野において、通常、商品の原材料や効能・用途を意味する語ということはできない。
 そうすると、被告標章においては、「のど飴」ないし「のど飴2」の部分を除いた「花粉」の部分が自他商品識別機能を有する部分として、見る者の注意をひく部分というべきである。
 上記のとおり、被告標章においては、「花粉」の部分をもって要部ということができる。
(3) 本件登録商標と被告標章の類否
ア 本件登録商標においては、漢字で「花粉」と縦1列に大書した部分が商標中の大きな部分を占め、右側に小文字でふりがな様にひらがな「かふん」を記載した部分と比べて、見る者の注意を引く部分と認められる。
  他方、前記のとおり、被告標章は、縦書き1列又は横書き1列に「花粉のど飴」ないし「花粉のど飴2」と記載したものであり、これらのうち要部である「花粉」の部分は、被告標章1、2においては活字の形状やそれが白抜文字である点で異なり、また、被告標章2、3においては、横書1列に記載されている点で異なるが、いずれも「花粉」の文字の記載がある点において本件登録商標と共通である。 
 そして、被告標章においては前記のとおり「花粉」の部分が自他商品識別機能を有する要部というべきところ、当該部分は、本件登録商標と称呼及び観念が同一である。
 上記によれば、被告標章は、本件登録商標と外観において類似し、その要部の称呼、観念が同一であるから、いずれも本件登録商標に類似するものというべきである。

イ この点に関して、被告は、@ 被告標章においては「花粉」の部分と「のど飴」の部分が同一の大きさ及び書体であり、等間隔で配列されているから、「花粉」の部分と「のど飴」の部分とに分離してとらえるべきではなく、「花粉のど飴」という一体のものとして把握すべきである、A このような理解によれば、被告標章からは「花粉症に効くのど飴」ないし「花粉症対策用のど飴」という観念が生ずるなどと主張する。
 しかし、商標の要部の認定に当たっては外観のみを基準とすることはできないところ、本件においては、前記のとおり被告標章のうち「のど飴」の部分は自他商品識別機能を全く備えない部分であるから、「花粉」の部分に自他商品の識別機能を認めざるを得ないものであり、また、被告標章が外観において「花粉」以外の部分が特に見る者の目をひくような構成となっているわけでもないから、「花粉」の部分を被告標章の要部と認める上で妨げとなるものでもない。
 また、証拠(乙17、55、64ないし67、69ないし75、81)によれば「SPA!」、「ぴあ」といった情報誌において、平成10年ころから花粉症対策の商品としてマスクや点眼薬等のほか、キャンディー(のど飴)やガムなどの菓子類を、手軽に花粉症対策を行うことのできる機能性食品として紹介する記事が掲載され、その後現在まで、毎年、花粉症の季節である2月や3月ころに発売される情報誌に、「花粉シャット」、「花粉本舗」といった標章を付した花粉症対策用の飴など種々の商品が掲載されていることが認められるが、「花粉のど飴」の語が、「花粉症に効くのど飴」ないし「花粉症対策用のど飴」を意味する1個の独立した語として一般的に使用されていたことまでは認めることができない。
 さらに、証拠(乙4、34、49、50、51)によれば、平成14年8月ころから、花粉症罹患者を対象としたウェブサイト上において、「花粉のど飴」の語が「花粉症対策用のど飴」の意味で用いられた例があり、花粉症罹患者がウェブサイト上の掲示板に「花粉のど飴」の語を同趣旨で用いた文章の書き込みをしている例が存在することが認められる。しかしながら、他方、証拠(乙46ないし48)によれば、全世代を通じてのスギ花粉症の罹患率は15〜16%にとどまるものであることが認められるものであり、これらの事情に照らせば、「花粉のど飴」の語が「花粉症対策用のど飴」を意味するものであると一般的に認識されているとまでは認められない。
 したがって、「花粉のど飴」を一体としてとらえて本件登録商標との外観、称呼、観念の類否を判断するべきであるとの被告の主張は、採用できない。
  さらに、被告は、「花粉○○」の構成からなる標章で、商標登録がなされているものが存することをもって、本件登録商標と被告標章との非類似を主張しているが、被告の掲げる「花粉○○」という登録商標は、いずれも「○○」に当たる部分に、「にミント」、「の季節」、「STOP」、「ブロック」、「あめのち晴れ」、「注意報」、「警報」、「前線」という、それだけでは意味をなさず、「花粉」という語と結びついて一定の意味を生ずる語か、あるいは対象商品の内容等とは無関係な語が置かれているものである。したがって、これらの登録商標が存するとしても、「花粉」の語に続いて対象商品それ自体である「のど飴」の語が付されている被告標章について、本件登録商標と類似するとの判断が妨げられるものではない。
ウ 以上のとおり、被告の主張はいずれも採用できない。
2 争点2(被告標章は商品の普通名称、効能、用途、使用の時期を普通に用いられる方法で表示する商標に当たるか)について
 前記1(3)イにおいて認定のとおり、「SPA!」、「ぴあ」等の情報誌において、平成10年ころから花粉症対策の商品としてキャンディー(のど飴)やガムなどの菓子類が、手軽に花粉症対策を行うことのできる機能性食品として紹介する記事が掲載され、その後現在まで、毎年、花粉症の季節である2月や3月ころに発売される情報誌に、「花粉シャット」、「花粉本舗」といった標章を付した花粉症対策用の飴など種々の商品が掲載されていることが認められ、また、平成14年8月ころから、花粉症罹患者を対象としたウェブサイト上において、「花粉のど飴」の語が「花粉症対策用のど飴」の意味で用いられた例が存在することが認められるが、「花粉のど飴」の語が、「花粉症に効くのど飴」ないし「花粉症対策用のど飴」を意味する語として、一般的に認識され、使用されているとまでは認めることができない。
 また、前記1(2)アにおいて認定した被告標章の使用態様に照らせば、被告標章1、2は、被告商品の大袋の表側中央部及び裏側上側のそれぞれ目につく部分に大書されているものであって、「普通に用いられられる方法で表示する」ものということもできない。
 上記によれば、被告標章(「花粉のど飴」)ないしそのうちの「花粉」部分が、「指定商品の普通名称、効能、用途等を表示する商標」(商標法26条1項2号)に当たるとする被告の主張(抗弁)は、採用できない。

(中略)

(2)ア 権利濫用の主張について
 前記(1)で認定した事実によれば、原告は、商品名として「花粉のど飴」を用いることを前提として、「Kabaya/花粉のど飴」の商標登録出願をしたが、その過程で本件登録商標の存在を知り、本件登録商標の商標権者である信州蜂蜜本舗との間でライセンス取得の交渉を行い、当初独占的通常使用権の許諾を受け、次いで専用使用権の設定を受けて、被告に対して警告書を送付し、その後、本件訴訟を提起したものである。このような経緯に照らせば、原告の本訴提起は、本件登録商標の商標権者から正当な権利を取得しての権利行使であって、権利の濫用と認めることはできない。
 上記によれば、原告の本訴提起が権利濫用に当たるとの被告の主張(抗弁)は、採用できない。
イ 信託法11条違反の主張について
(ア) 原告は、被告の信託法11条違反の主張は、口頭弁論を終結する段階に至ってこのような主張をするものであり、時機に後れたものとして却下すべきであると主張する。
 確かに、被告の上記主張は、弁論準備手続終結後、弁論終結が予定されていた第5回口頭弁論期日において初めて主張されたものであり、時機に後れて提出されたものというべきであるが、被告の上記主張は、以下のとおりこれまでの審理の結果により容易に判断できるから、訴訟の完結を遅延させるものではない。そこで、上記主張については、これを却下することなく、判断を示す。
(イ) 信託法11条は、主たる目的として訴訟行為をさせるために財産の管理処分権を移転することを禁止しているが、上記(1)で認定した経緯に照らせば、原告は、自ら「花粉のど飴」の標章を使用するために相当の対価を支払って信州蜂蜜本舗から独占的通常使用権の許諾を得、次いで専用使用権の設定を受けて、実際に上記標章を付した原告商品を販売しているものであり、また、本件訴訟については弁護士である訴訟代理人に委任し、同代理人が口頭弁論期日に出頭して訴訟を追行しているものである。これらの点に照らせば、信州蜂蜜本舗に代わって被告に対する訴訟行為を行うことを主たる目的として、原告が信州蜂蜜本舗から専用使用権の許諾を得たものであるとは到底認められない。
 上記によれば、原告が信州蜂蜜本舗から専用使用権の設定を受けたことが信託法11条に違反し、無効であるとの被告の主張(抗弁)も採用できない。

(中略)

(2) 独占的通常使用権者による損害賠償請求の許否
ア 通常使用権者は、同人の登録商標の使用に対しては商標権に基づく権利行使をしない旨の合意を商標権者又は専用使用権者(以下「商標権者等」という。)との間で得て、商標権者等に対して当該合意に基づく債権的請求権を有するものであり、独占的通常実施権者は、これに加えて他者に当該登録商標の使用を許諾しない旨の合意を商標権者等との間で得ているものである。
 独占的通常使用権者は、商標権者等に対して契約に基づく債権的請求権を有するにすぎないが、商標法は商標権者等に対して登録商標の専用権を保障しており(商標法25条、36条)、商標権者等は、契約上独占的通常使用権者に対して当該登録商標を唯一使用し得る地位を第三者との関係でも確保すべき義務を負っているものであるから、独占的通常使用権者は、このことを通じて、当該登録商標を独占的に使用し、これを使用した商品を市場で販売することによる利益を独占的に享受し得る地位にあるものと評価することができる。
 このように独占的通常使用権者が契約上の地位に基づいて登録商標の使用権を専有しているという事実状態が存在することを前提とすれば、独占的通常実施権者がこの事実状態に基づいて享受する利益についても、一定の法的保護を与えるのが相当である。すなわち、独占的通常使用権者が現に商標権者等から唯一許諾を受けた者として当該登録商標を付した商品を自ら市場において販売している場合において、無権原の第三者が当該登録商品を使用した競合商品を市場において販売しているときには、独占的通常使用権者は、固有の権利として、自ら当該第三者に対して損害賠償を請求し得るものと解するのが相当である。
そして、この場合、当該第三者が、独占的通常使用権者による当該商品の市場における販売を認識し得る状況にあったものであれば、独占的通常使用権者に対する関係においても、商標法39条により過失が推定されるものと解するのが相当である。
 もっとも、同法38条1項ないし3項の規定は、商標権者等が登録商標の使用権を物権的権利として専有し、何人に対してもこれに基づく権利を自ら行使することができることを前提として、商標権者等の権利行使を容易ならしめるために設けられた規定であるから、独占的通常使用権者の損害についてこれらの規定を類推適用することはできない。したがって、独占的通常使用権者は、第三者の侵害行為と相当因果関係にある範囲の損害につき、その賠償を請求することができるにとどまるものと解するのが相当である。
イ 本件においては、前記当事者間に争いのない事実(第2、1(2)イ)のとおり、原告は、平成13年8月1日、信州蜂蜜本舗との間で、本件登録商標につき使用許諾契約を締結したものであるところ、同契約書(甲2)においては、商標権者である信州蜂蜜本舗は、原告に対して、原告が使用する商標の態様を「花粉のど飴」と指定し、使用商品を「キャンディ」として通常使用権を許諾しているが(同契約書第1条)、商標権者は、前記使用商品(キャンディー)においては、本件登録商標を第三者に使用許諾しない旨が定められている(同第5条)から、原告は、本件登録商標につき、独占的通常使用権者であったと認めることができる。
 そして、証拠(甲5の1、2)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、平成13年12月から、本件使用許諾契約に従い、「花粉のど飴」の商標を付したのど飴(キャンディー。原告商品)を自ら販売していたものであり、原告商品と被告商品とは同内容の商品として市場において競合していたものと認められる。
 しかしながら、証拠(甲8、乙44、45)及び弁論の全趣旨によれば、春日井製菓は、平成14年初めころから「花粉のど飴」の標章を付したのど飴(キャンディー)を販売していたところ、信州蜂蜜本舗は、原告との間の上記使用許諾契約(第5条)に違反して、遅くとも平成14年4月までに、春日井製菓に対して、50万円の使用料で、同年8月末日まで本件登録商標の使用を許諾し(このことは、原告自身が訴状15頁において自認している。)、これに基づいて春日井製菓は「花粉のど飴」の標章を付したのど飴(キャンディー)を市場において販売していたことが認められる。そうすると、原告は商標権者との間で本件登録商標につき独占的通常使用権の許諾を受ける旨の契約を締結したものの、同契約による許諾期間において、実際には本件登録商標は競業他社に対しても使用許諾され、同社により本件登録商標を付した商品が市場において販売されていたのであるから、本件においては、原告は、商標権者等から唯一許諾を受けた者として本件登録商標を付した商品を市場において販売していたということはできない。
 前述のとおり、独占的通常使用権者に固有の損害賠償請求権を認めるにしても、それは独占的通常使用権者が契約上の地位に基づいて事実上本件登録商標の使用権を専有しているという事実状態が存在することを前提とするものであるところ、本件においては、原告はこのような前提を欠くものである。したがって、このような原告が独占的通常使用権の侵害を理由として損害賠償を請求することは許されない。

ウ 上記によれば、独占的通常使用権の侵害を理由とする原告の損害賠償請求は既に理由がないものであるが、加えて、本件においては、被告が被告商品を市場において販売したことにより、相当因果関係の範囲内において原告が被った損害を確定することも不可能であるから、この点からしても、原告の上記請求は理由がない。
 すなわち、証拠(甲8、乙5ないし11、20、23、32、33)及び弁論の全趣旨によれば、@平成14年春期市場より前において、「花粉」と他の文字列との組合せからなる標章を付したのど飴(キャンディー)として、「花粉あめのち晴れ」、「花粉本舗」、「花粉クールアップタイム」、「花粉にミントガム」、「瞬間花粉STOP!」、「花粉退治」、「花粉注意報」といった商品が販売されていたこと、A平成14年春期市場においては、前同様の商品として、株式会社扇雀飴本舗の「花粉クールアップタイム」、ライオン菓子株式会社の「シュガーレス花粉対策キャンディー」、「花粉本舗」、株式会社リボンの「花粉大作戦」などが販売されていたほか、「花粉のど飴」の標章を付したのど飴(キャンディー)として、原告商品、被告商品に加えて、春日井製菓の「花粉のど飴」、「ノンシュガー花粉のど飴」、株式会社オレンジゼリー本舗の「花粉のど飴」が販売されていたことが認められる。このように、「花粉」の文字を含む標章を付された多数の競合商品が、原告商品及び被告商品に先行して販売され、あるいは同時期に販売されていたものであり、また、これに加えて、前記のとおり本件登録商標を付した原告商品が平成13年12月に初めて発売されたものであることに照らせば、本件登録商標は、それ自体として強い商品出所識別機能を有するものではなく、また、特定の商品につき長期間継続的に使用されたことを通じて市場における信用ないし顧客吸引力を備えたものということもできない。上記のような競合商品の存在及び本件登録商標の自他識別力の脆弱性に加えて、さらに、証拠(甲5の1、2、6の1、2、乙45)及び弁論の全趣旨によれば、被告商品は原告商品と同等の内容であり、かつ内容量も同じ(70g)であるにもかかわらず、小売価格において原告商品(200円)よりも25%も安い価格(150円)で販売されていたというのであるから、被告商品は小売価格が低廉であることにより消費者に好んで購入されたと推測される。
 上記の各事情を総合すれば、被告が被告商品を市場において販売したことにより、原告商品の売上に何らかの不利益な影響が生じたことが推測されるとしても、被告の行為と相当因果関係のあるものとして原告がどれだけの原告商品の売上を失ったのかを確定することは到底不可能である。
エ 上記によれば、原告が本件登録商標につき独占的通常使用権者であった期間について、独占的通常使用権の侵害を理由として損害の賠償を求める請求は、理由がない。

(中略)

 そうすると、被告の行為により専用使用権を侵害されたことによって原告の被った損害は、6291円(計算式:83万8820円×0.15×0.05=6291円)と推定される(商標法38条2項)。
(4) 弁護士費用相当額について
 原告が本訴の提起を原告訴訟代理人に委任したことは当裁判所に顕著であるところ、本件事案の性質、請求の内容、審理の経過その他諸般の事情を総合勘案すれば、本件においては弁護士費用のうち50万円をもって、被告の侵害行為と相当因果関係のある損害と認める。





「インナートリップ霊友會インターナショナル」事件

<本件商標は、本件登録異議の申立人である霊友会の名称を含むものであって、その承諾を得ていないため、本件商標の登録は、商標法第4条第1項第8号に違反してされたと認められる。>

事件番号  平成20年(行ケ)第10142号
事件名  商標登録取消決定取消請求事件
裁判年月日  平成20年09月17日
裁判所名  知的財産高等裁判所
判決データ:  TM-H20-Gke-10142.pdf

事案の概要
 本件は、後記本件商標の商標権者である原告が、登録異議の申立てを受けた特許庁により本件商標の登録を取り消す旨の決定がされたため、同決定の取消しを求めた事案である。
1 特許庁における手続の経緯
(1) 本件商標(甲第1、第57号証)
 原告は、本件商標に係る商標登録出願をし、その登録を受けた保田健一から、本件商標に係る商標権の特定承継を受けた者である。
 商標権者:X(原告)
 出願日:平成17年1月7日(商願2005−970号)
 設定登録日:平成19年2月9日
 登録番号:商標登録第5024625号
 商標の構成:下記のとおり(本件商標の構成中の漢字部分のうち、第1字目は「霊(靈)」の、第3字目は「会(會)」のそれぞれ異体文字と認められる。以下、本件商標の構成中の漢字部分を「霊友會」と表記する。)

    

 指定商品及び役務:TMR5024625.txt
(2) 本件手続
 登録異議事件番号:異議2007−900228号
 登録異議申立人:霊友会、株式会社いんなあとりっぷ社
 申立日:平成19年5月11日
 決定日:平成20年2月26日
 決定の結論:「本件商標の商標登録を取り消す。」
 決定謄本送達日:平成20年3月22日(原告に対し)
2 決定の理由の要点
 決定は、本件商標が、本件登録異議の申立人である霊友会の名称を含むものであって、その承諾を得ていないから、本件商標の登録は、商標法4条1項8号に違反してされたものであり、同法43条の3第2項の規定に基づき、取り消すべきものであるとした。
 本件商標の登録が商標法4条1項8号に違反してされたものであるとした決定の判断の部分は、以下のとおりである。
「1 申立人霊友会及び株式会社いんなあとりっぷ社が提出した甲第15号証の1は平成19年2月8日付けの登記簿謄本(写し)である。これによれば、申立人の一人である名称(申立人霊友会)が『霊友会』であることが認められる。そして、『霊友会』は、昭和27年11月21日に宗教法人として設立され、その目的を達成するために必要な業務として公益事業等も行っていることが認められる。
 しかして、本件商標は前記第1のとおり『インナートリップ霊友會インターナショナル』の文字よりなり、構成全体が極めて冗長であり、しかも片仮名文字の中間部に漢字の『霊友會』の文字を有してなるから、視覚上構成中の該漢字部分『霊友會』が取引者、需要者に特に着目されるといえるものであり、かつ、後記3のとおり『霊友会』は著名である。そして、構成中の該漢字部分『霊友會』は、他人(申立人『霊友会』)の名称をその構成中に含む商標であり、しかも、その他人(申立人『霊友会』)の承諾を得ていないものである。
 したがって、本件商標が商標法第4条第1項第8号に違反するとの前記第3の取り消し理由は妥当なものであって、これについて述べる・・・商標権者の意見は、以下の理由により採用することができない。
2 商標権者は『『霊友会』の名称と、本件商標との名称が、相紛らわしいか否かについて、本件商標が結合商標であるものの、構成上、文字が同大同書にして一連一体に表されるものであるから、一体不可分に外観、称呼されるものであると考える。』旨述べている。しかしながら、前記1のとおり、本件商標は構成全体が極めて冗長であり、しかも片仮名文字の中間部に漢字の『霊友會』の文字を有してなるから、視覚上構成中の該漢字部分『霊友會』が取引者、需要者に特に着目されるといえるもので、かつ、後記3のとおり『霊友会』は著名であるから、この点に関する商標権者の主張は採用できない。
3 また、商標権者は、『天理教事件』の不正競争(防止)法による名称使用権差止等請求事件を例に挙げ、本件商標の登録が、申立人の『霊友会』という名称に係る法人の人格的利益を侵害するものでないから、本件も同様に判断すべきである旨述べている。しかしながら、本件は不正競争(防止)法でなく、商標法であって、商標法第4条第1項は、商標登録を受けることができない商標を各号で列記しているが、同項第8号が、他人の肖像又は他人の氏名、名称、著名な略称等を含む商標は、その他人の承諾を得ているものを除き、商標登録を受けることができないと規定した趣旨は、人(法人等の団体を含む。以下同じ。)の肖像、氏名、名称等に対する人格的利益を保護することにあると解される。すなわち、人は、自らの承諾なしにその氏名、名称等を商標に使われることがない利益を保護されているのである(平成17年7月22日最高裁判所判決平成16年(行ヒ)第343号参照)。そして、本件商標に『霊友會』の他人(申立人『霊友会』)の名称が含まれることは紛れもない事実である。また、申立人は、本件商標が人格的利益を侵害するおそれがあるから、それ故本件商標が商標法第4条第1項第8号に違反すると異議申し立てを行ったものと推認できるものである。さらに、(1)『霊友会』が著名であること(この点について、申立人、商標権者に争いがない。)、(2)申立人が出願中の商願2006−81575号(甲第14号の1及び甲第14号の2)について、本件商標が引用された拒絶理由通知があるため、申立人に少なからぬ不利益が生ずること、(3)申立人が、『霊友会』の名称に他の用語を付加した名称を冒用されない権利を有すること(この点について、商標権者は『異論はない。』と述べている。)、(4)『霊友会』の名称と本件商標が紛らわしいこと、これらを総合的に判断すれば、本件商標が人格的利益を侵害するおそれがあると認められるから、この点に関する商標権者の主張も採用することができない。
 したがって、本件商標の登録は、上述した取消理由により商標法第4条第1項第8号に違反してされたと認められるから、申立人のその余の申立理由について判断するまでもなく、同法第43条の3第2項の規定に基づき、取り消すべきものである。」

(中略)

当裁判所の判断
1 取消事由について
(1) 商標法4条1項8号は、「他人の肖像又は他人の氏名若しくは名称若しくは著名な雅号、芸名若しくは筆名若しくはこれらの著名な略称」を含む商標について、その他人の承諾を得ているものを除き、商標登録を受けることができないとするものであるが、この規定の趣旨は、人が、自らの承諾なしに、その肖像、氏名、名称等を商標に使われることがない人格的利益を有していることを前提として、このような人格的利益を保護することにあるものと解するのが相当である(最高裁平成17年7月22日判決・集民217号595頁)。
 そして、かかる見地からすれば、肖像、氏名、名称のほか、これらと同様、特定人の同一性を認識させる機能を有する雅号、芸名、筆名について、また、氏名、名称、雅号、芸名、筆名の各略称についても、同号による保護を及ぼす必要が生ずるが、氏名、名称が、ほとんどの場合に、出生届出や登記申請等の所定の手続を経て決定され、戸籍簿や登記簿等の公簿により確認することができるのに対し、雅号、芸名、筆名や上記各略称は、無方式で決定され、これを確認する定まった手段等もないのが通常であって、このような意味で恣意的ないし曖昧な部分を残し、当人の認識と周囲の認識との間に食い違いが生ずるような場合もあり得ることを考慮して、同号は、雅号、芸名、筆名及び氏名、名称、雅号、芸名、筆名の各略称については、同号による保護の要件として、著名であることを必要としたのに対し、氏名、名称については、著名であることを要しないものとしたと解することができる。
 もっとも、同号の適用に当たり、他人の氏名、名称等を含む商標について、当該他人の人格的利益を侵害するおそれのある具体的な事情が存在することは、著名性を要する雅号、芸名、筆名及び氏名、名称、雅号、芸名、筆名の各略称に関して、著名性の有無を判断する際の1要素となり得ることは格別、同号の規定上、人格的利益の侵害のおそれそれ自体が、独立した要件とされているものではない。
(2) しかるところ、上記第2の1の(1)のとおり、本件商標の構成中の漢字部分のうち、第1字目は「霊(靈)」の、第3字目は「会(會)」のそれぞれ異体文字と認められるから、同部分は実質的に「霊友会」と書されているのと同じというべきであり、この点は、原告も争っていない。
 そして、「霊友会」は、本件の登録異議申立人である霊友会の名称(フルネーム。甲第15号証の1、2)の表記そのものであるから、本件商標が、他人の名称を含むものであることは明らかであり、かつ、当該「他人」である霊友会の承諾を得ていないことは、原告も自認するところである。そうすると、本件商標は、商標法4条1項8号により商標登録を受けることができないものであるといわざるを得ない。
(3) 原告は、商標の使用により他人の人格的利益を侵害するおそれがある場合に初めて、当該商標が商標法4条1項8号の「他人の肖像又は他人の氏名若しくは名称若しくは著名な雅号、芸名若しくは筆名若しくはこれらの著名な略称」を含む商標に該当するものと解すべきである旨主張する。
 しかしながら、同号の立法趣旨が、氏名、名称等を、承諾なく商標に使われることがないという人格的利益を保護することにあるものとしても、上記のとおり、同号の規定上、他人の氏名、名称等を含む商標が、当該他人の人格的利益を侵害するおそれのある具体的な事情が存在することは、同号適用の要件とされているものではない。すなわち、同号は、他人の肖像、氏名、名称を含む商標、並びに他人の著名な雅号、芸名、筆名及び氏名、名称、雅号、芸名、筆名の著名な略称を含む商標については、そのこと自体によって、上記人格的利益の侵害のおそれを認め、商標登録を受けることができないとしているものと解されるのである。
 したがって、原告の上記主張は失当である。
(4) 仮に、他人の氏名を含む商標であっても、その使用が当該他人の人格的利益を侵害するおそれが全くない場合には、商標法4条1項8号の適用がなく、当該商標の登録を受けることができると解するとしても、本件においては、本件商標の使用が霊友会の人格的利益を侵害するおそれが全くないとの事実を認めるに足りる証拠はない。
 この点につき、原告は、天理教事件最高裁判決を引用し、同判決が、宗教法人の名称に係る人格的利益(名称権)について判示したものであり、商標法4条1項8号との関係において、本件商標の使用により宗教法人である霊友会の人格的利益が侵害されるおそれがあるか否かの判断の参考となるものであるとした上、「霊友会」は、原告の属するITRI日本センターの宗教上の教義を指標するものであって、その活動において教義を明らかにする名称を選定しようとすれば、「霊友会」との名称を含む商標を採択せざるを得ないこと、ITRI日本センターは、霊友会とともにAの教えに従って宗教活動を行う宗教団体であり、その信奉する教義は、社会一般の認識においては「霊友会」にほかならないこと、原告ないしITRI日本センターが、霊友会の名称の著名性を殊更に利用しようとする不正な目的はないことなどを挙げて、本件商標の登録が霊友会の人格的利益を侵害するものということはできないと主張する。
 しかしながら、天理教事件最高裁判決の原告の引用する判示部分は、宗教法人が、その名称を他の宗教法人等に冒用されない権利を有し、これを違法に侵害されたときは、人格権に基づきその侵害行為の差止めを求め得ることを一般的に肯定した上、他方で、宗教法人は、その名称に係る人格的利益の1内容として、名称使用(教義を簡潔に示す語を冠した名称の使用を含む。)の自由を有するから、甲宗教法人の名称と同一又は類似の名称を乙宗教法人が使用している場合において、当該行為が甲宗教法人の上記権利を違法に侵害するものであるか否かは、乙宗教法人の名称使用の自由に配慮し、甲宗教法人の名称の周知性や乙宗教法人が当該名称を使用するに至った経緯等の諸事情を総合して判断すべきであるとし、当該事案に係る具体的事情の下では、乙宗教法人に相当する被上告人の名称使用が、甲宗教法人に相当する上告人の名称を冒用されない権利を違法に侵害するものではないと判断したものである。すなわち、天理教事件最高裁判決が、宗教法人の名称に係る人格的利益(名称権)について判示したものであることはそのとおりであるとしても、宗教法人の名称に係る人格的利益(名称権)を違法に侵害するか否かが問われているのは、他の宗教法人の名称の使用行為であり、当該他の宗教法人も、その人格的利益の1内容として、名称使用(教義を簡潔に示す語を冠した名称の使用を含む。)の自由を有するゆえに、当該名称使用行為が違法な侵害行為とされるか否かの判断に当たっては、その名称使用の自由に配慮し、上記諸事情を考慮すべきものとしているのである。これに対し、本件において、宗教法人の名称に係る人格的利益(名称権)を侵害するおそれがないといえるかどうかが問題となるのは、商標の登録ないしその使用行為であり、かかる行為は、商標を使用する者の業務上の信用(商標法1条参照)という、取引社会における経済的利益に係るものであって(現に、本件商標に係る指定商品及び指定役務の大部分は、宗教法人の本来的な宗教活動やこれと密接不可分な関係にある事業と直接の関係を有するものではない。)、宗教法人の名称の使用がその人格的利益に基づくのと比べ、法的利益の性質を全く異にするものであるといわざるを得ない。
 そうすると、天理教事件最高裁判決が指摘したのと同様の諸事情により、本件における、本件商標の使用が霊友会の人格的利益を侵害するおそれがないといえるか否かの判断をなし得るというものでないことは明らかであり、かかる意味で、天理教事件最高裁判決は、本件と事案を異にするものである。
 しかるところ、原告が、本件において主張する上記各事情は、天理教事件最高裁判決が指摘した事情の一部と同様の事情であり、当該主張に係る事情が存在するからといって、本件商標の使用が霊友会の人格的利益を侵害するおそれが全くないとの事実を認めることはできないし、他に、本件商標の使用が霊友会の人格的利益を侵害するおそれが全くないとの事実を裏付けるに足りるような事情の存在も認められない。
 したがって、本件商標の使用が霊友会の人格的利益を侵害するおそれが全くないとの事実は、これを認めるに足りる証拠はないことに帰する。
2 結論
 以上によれば、いずれにせよ原告の主張は理由がなく、原告の請求は棄却されるべきである。





不使用による商標登録の取消審決の取消事件

本件商標の使用をしているとの事実は、被告において主張立証責任を負担する事項であり、審決取消訴訟において、被告は、同事項について、何らの主張立証をしなかったため、本件審決が認定した「被告は、本件審判の請求の登録前3年以内に日本国内において、本件商標を請求に係る指定商品中の『薬剤』について使用した」との事実が認定されず、審決が取り消された。

事件番号  平成20年(行ケ)第10308号
事件名  審決取消請求事件
裁判年月日  平成20年10月30日
裁判所名  知的財産高等裁判所
判決データ:  TM-H20-Gke-10308.pdf

      主  文
1 特許庁が取消2007−300598号事件について平成20年4月7日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
      事実及び理由
第1 請求
 主文第1項と同旨
第2 原告の主張
 原告は、本件口頭弁論期日において、次のとおり陳述した。
1 特許庁における手続の経緯
 被告は、登録第640192号商標(昭和37年8月3日出願、昭和39年4月4日設定登録。以下「本件商標」という。)の商標権者である。
 原告は、平成19年5月11日、本件商標の指定商品中、第5類「薬剤」についての登録を取り消すことを求めて審判の請求(取消2007−300598号事件。以下「本件審判」という。)をした。
 特許庁は、平成20年4月7日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をし、同月18日、その謄本を原告に送達した。
2 本件審決の理由
 本件審決の理由は以下のとおりである。
(1) 被告は、本件審判の請求の登録前3年以内に日本国内において、本件商標を請求に係る指定商品中の「薬剤」について使用していたことを証明した。
(2) 商標法第50条の規定により、本件商標の指定商品中の「薬剤」についての登録を取り消すことはできない。
3 本件審決の取消事由に関する原告の主張
 本件商標の商標権者である被告、専用使用権者又は通常使用権者のいずれも、本件審判の予告登録がされた平成19年5月29日より前3年以内に、日本国内において、本件審判の請求に係る指定商品(第5類「薬剤」)について、本件商標の使用をしていない。本件審決は、取り消されるべきである。
第3 当裁判所の判断
 被告は、適式の呼出し(公示送達によるものではない。)を受けたが、本件口頭弁論期日に出頭せず、答弁書その他の準備書面の提出もしない。したがって、前記第2記載の原告の主張(ただし、後記のとおり、被告において主張立証責任を負担する、本件商標の使用に係る事実は除く。)を自白したものとみなされる。
 なお、本件商標の商標権者である被告、専用使用権者又は通常使用権者のいずれかが、本件審判の予告登録がされた平成19年5月29日より前3年以内に、日本国内において、本件審判の請求に係る指定商品(第5類「薬剤」)について、本件商標の使用をしているとの事実は、被告において主張立証責任を負担する事項であるが(商標法50条2項)、被告は、同事項について、何らの主張立証をしない。
 したがって、本件審決が認定した「被告は、本件審判の請求の登録前3年以内に日本国内において、本件商標を請求に係る指定商品中の『薬剤』について使用した」との事実は、これを認定することができない。

 よって、原告の請求は理由があるから、これを認容することとし、主文のとおり判決する。





「RINASCIMENTO」不使用取消請求事件
<登録商標の使用を認めなかった審決を取消した事例。>

事件番号  平成20年(行ケ)第10317号
事件名  審決取消請求事件
裁判年月日  平成21年01月28日
裁判所名  知的財産高等裁判所 
判決データ:  TM-H20-Gke-10317.pdf

第2 争いのない事実
1 本件商標
 登録第2194689号商標(以下「本件商標」という。)は、「RINASCIMENTO」の欧文字と「リナッシメント」の片仮名文字とを上下二段に横書きしてなり、昭和62年7月7日に登録出願され、第17類「被服、布製身回品、寝具類」を指定商品として、平成元年12月25日に設定登録され、その後、商標権の存続期間の更新登録がされ、原告を商標権者として、現に有効に存続している(甲1、2)。
2 特許庁における手続の経緯
 被告は、平成19年10月2日、商標法50条1項に基づき、本件商標の指定商品中「第17類被服」について、商標登録の取消しを求める審判(取消2007−301265号事件。以下「本件審判」という。)を請求し、同年10月19日、その旨の予告登録(以下「本件予告登録」という。)がされた(甲2)。
 特許庁は、平成20年7月16日、「登録第2194689号商標の指定商品中「被服」についての登録を取り消す。」との審決(以下「審決」という。)をし、その謄本を同月28日に原告に送達した。

(中略)

第4 当裁判所の判断
1 当裁判所は、以下のとおり、本件審判の請求に係る本件予告登録前3年以内に、本件商標と社会通念上同一の商標「RinAsciMento」を付した商品「スーツ」を原告が製造、販売している事実を認定することができるから、その事実が認められないとした審決には誤りがあると判断する。その理由は、以下のとおりである。
(1) 商標「RinAsciMento」の使用の事実
ア証拠(甲1ないし15)によれば、以下の事実が認められる。
 原告は、平成15年4月から、伊勢丹新宿店メンズ館4階の店舗において、同社が、いわゆるイージーオーダー商品(メジャーメイド)として販売する「スーツ」について、同社から注文を受けて裁縫し、商標「RinAsciMento」を付した上、完成した「スーツ」を同社に納品し、販売している。
 その販売態様の詳細は、@原告の提供するスーツのサンプルを店頭で展示し、A顧客は、展示されているサンプルのデザイン等から、好みのスーツの生地、デザイン等を選択し、販売担当者が、顧客の採寸をして、オプション等の注文を確認し、B原告は、注文を受けた後に、注文に応じたスーツを製造し、上記のとおり、裏生地に商標「RinAsciMento」を付した上で、伊勢丹に、納品、販売するものである。
 以上のとおり、原告は、その製造、販売に係るスーツに、上記商標を付していることは明らかであり、これに反する証拠はない。
 なお、甲15では、顧客にスーツを販売する主体は、原告であって、伊勢丹ではないかのような供述記載があるが、甲10、甲11の取引伝票において、「買取」と明示されていることに照らして、同記述部分は採用の限りでない(被告も、顧客にスーツを販売する主体は、伊勢丹であることを前提として、下記のとおりの反論をしているところである。)。
イこれに対して、被告は、以下のとおり主張するが、いずれも理由がない。
 まず、被告は、原告は伊勢丹に対して販売している商品は、生地であって、「スーツ」ではないと主張する。
しかし、前記認定のとおり、原告は、伊勢丹新宿店において顧客が選んだ生地について、自己の事業所において縫製して商標「RinAsciMento」を付した商品「スーツ」を製造、完成させ、これを伊勢丹に対して販売納品している。この点は、原告と伊勢丹との間の取引の仕入伝票(甲11)において、その仕入れ形態の欄に「買取」との文字が印字され、「品名」として「シングルスーツ」と記載され、4万円台から7万円台の1点当たりの原価金額が記載されていることに照らすならば、仕立て済みの「スーツ」(第17類被服)が販売されたものというべきであり、生地の販売に加えて「加工処理」(40類)がされていると解する余地はない。
 また、被告は、甲9(注文伝票)と甲10(納品伝票)との品番が、本件商標を付した商品であることの裏付けがないこと、甲10(納品伝票)の伝票番号が手書きであること、甲10(納品伝票)と11(仕入伝票)において点数が異なること等、信用性に疑義があると指摘する。しかし、原告提出に係る伝票において、日付、金額、品名等の点で矛盾するような不自然な点は存在しない。
 さらに、被告は、原告と伊勢丹との取引関係が需要者に対する関係では内部関係での商品移動にすぎず、このような内部関係での商品の移動において、商標が付されたとしても、一般取引市場におけるものとは異なり、商標の使用に当たらないと主張する。しかし、原告の商標を付した商品の販売先が、最終需要者でない限り、商標を付した商品の販売に該当しないとの主張は、その前提において採用できないので、被告の上記主張は理由がない。
(2) 原告主張の使用商標と本件商標との社会通念上の同一性について
 次に、原告主張の使用商標「RinAsciMento」が本件商標と社会通念上同一の商標(商標法50条1項)であるといえるのかどうかについて検討する。
ア外観
 本件商標(「RINASCIMENTO」を上段に、「リナッシメント」を下段に横書きした商標)のうち上段部分「RINASCIMENTO」は、一連の欧文字からなる。これに対し、使用商標「RinAsciMento」は、「R」、「A」及び「M」のみが大文字で表記されていることから(甲4ないし6、9、13、14)、3つの大文字が強調されるため、若干異なる印象を与える余地がないとはいえないが、他方、欧文字のすべてが透き間なく連続的に綴られていること、各大文字から始まる3つの部分「Rin」、「Asci」及び「Mento」のいずれも固有の観念を有しないことに照らすならば、「仕立てスーツ」に使用する際の装飾的な観点からの変更にすぎないと解するのが合理的である。以上のとおり、使用商標と本件商標とは、外観において、社会通念上同一である。
イ称呼
 本件商標の欧文字部分「RINASCIMENTO」は、下段のカタカナ文字と併せて「リナッシメント」との称呼が生じる。他方、使用商標「RinAsciMento」についても、隙間なく連続的に表記されている点に照らすと、「リナッシメント」ないし「リナシメント」との称呼が生じる。伊勢丹新宿店ホームページのフロア案内においては、「Rinascimento/リナシメント」という表示がされていることからすると、同フロアの店舗において販売されている原告縫製の「スーツ」が「リナシメント」と呼ばれていることを推認することができる。以上のとおり、使用商標と本件商標とは、称呼において、社会通念上同一である。
ウ観念
 使用商標「RinAsciMento」も本件商標も共に我が国において親しまれた外国語ではなく、特定の観念を生じない。観念における相違はない。
 以上のとおり、使用商標「RinAsciMento」と本件商標「RINASCIMENTO/リナッシメント」とは、外観、称呼がいずれも社会通念上同一であり、観念における相違はなく、社会通念上同一の商標であると認められる。
(3) 取消訴訟における証拠の提出について
被告は、審決取消訴訟における新たな使用事実の主張及びこれに沿った新証拠の提出は民事訴訟法の精神(同法156条、157条)に照らし却下されるべきであると主張する。
 しかし、商標登録の不使用取消審判の審決に対する取消訴訟における当該登録商標の使用の事実の立証は、事実審の口頭弁論終結時に至るまで許されるものと解されるところ(最高裁判所第三小法廷昭和63年(行ツ)第37号平成3年4月23日判決・最高裁判所民事判例集45巻4号538頁参照)、本件においては、原告による新たな使用事実の主張及びこれに沿った新証拠が民事訴訟法157条にいう時機に後れた攻撃防禦方法であって、訴訟の完結を遅延させることとなると認めるに足りる事情も認められないから、被告の上記主張は採用することができない。
2 以下、審判における審決書の記載事項及び審理のあり方について述べる。
(1) 本件審判は、商標法50条に基づく商標登録についての不使用を理由とする取消しの審判である。同条2項は、「審判の請求の登録前3年以内に・・・商標権者・・・が、その請求に係る指定商品・・・についての登録商標の使用をしていること」についての主張立証責任は、商標権者において負担すべき旨規定する。ところで、同条は、取り消すべき場合の要件を、一般的抽象的な形式により規定している。そこで、登録商標不使用取消を審理判断する審判体としては、@まず、主張立証責任を負担する商標権者に対して、当該法規の要件(取消しを免れる要件)である「審判の請求の登録前3年以内に・・・商標権者・・・が、その請求に係る指定商品・・・についての登録商標の使用をしている」との抽象的事実そのものではなく、同要件に該当する具体的事実(立証命題)を主張させ、Aしかる後に、商標権者の主張に係る、法規の要件に該当する具体的事実が証拠によって裏付けられるか否かを審理することが不可欠となる(請求人に対して、反論の主張及び反証の機会を与える必要があることは当然である。)。
 また、審決書には、「結論」のみならず、結論を導く「理由」を記載しなければならない旨規定されている(商標法56条、特許法157条2項)。登録商標不使用取消の審判における結論を導くための論理は、上記に述べたとおりであるから、審決書の「理由」には、@法規の要件に該当する具体的な事実主張(立証命題)が何であるか、A具体的な事実主張(立証命題)が、証拠によって裏付けられるか否の判断が、論理的に過不足なく記載されることが必要となる。
(2) 本件審決書では、理由欄に、「当事者の主張」として「第2 請求人の主張」及び「第3 被請求人の主張」が、書面の提出された時系列にそって記載され、また、「審判体の判断」として「第4 当審の判断」が記載されている。
 しかし、審決書に、具体的な要件事実と無関係な主張を、そのまま記載する意味はないのみならず、本件審決書の全体をみても、審理の対象である原告(被請求人)の主張に係る「商標権者、専用実施権者又は通常実施権者のいずれかが、・・・指定商品・・・についての登録商標の使用をしている(事実)」に該当する具体的事実(立証命題)が何であるかについて、明確な記載がされていない。
 上記のとおり、本件審決書では、審判において、原告がどのような具体的事実主張をしたかについての明確な記載がされていないため、本件取消訴訟に至って、審判段階において原告が商標を使用した具体的事実の主張(立証命題)と、取消訴訟段階において原告が使用した具体的事実主張(立証命題)とが、同一のものであるか否かも争点となったが、その当否を的確に判断することができない。
 また、審決書の「審決体の判断」において、当事者が提出した個々の証拠に対する評価に関する記載はあるものの、具体的主張に関する明確な記載がないため、原告の主張に係るどのような具体的な事実部分が排斥されたために、審決の結論に至ったかについて、その論理の当否を判断することができない。
 その点において、審決書の記載について、工夫の余地があるものといえる。
(3) また、本件審決においては、原告が乙1ないし4(本訴甲4ないし8)に基づいてした立証に対して、「スーツの具体的取引書類である、例えば、注文書、納品書、支払伝票等の提示がない」ことを主たる理由として、排斥している。
 しかし、@裏生地に使用商標「RinAsciMento」及び「原告の商号の記載されたタグ」が付されたスーツの写真、A「Rinascimento」が表記されている伊勢丹新宿店のフロアーマップのホームページの写し、B原告が伊勢丹新宿店において、商標「RinAsciMento」を使用しているとの陳述書面等が、原告から提出されているのであるから、それらを総合すれば、ある程度の心証を形成することはできると解するのが合理的である。それにもかかわらず、審判体が、取引書類の提出がないという経緯をもって、商標使用の事実を排斥するのであれば、少なくとも、審理に際して、原告に対して、取引書類の提出の可否、不提出の理由等について、釈明を求めるべきである。その点において、審理運営についても、工夫の余地があるものといえる。
3 結論
 以上によれば、本件予告登録前3年以内に日本国内において、商標権者である原告がその請求に係る指定商品中「被服」について、本件商標と社会通念上同一の商標を使用していることを証明したものであると認めることができるから、被告からの商標不使用取消請求を認めた審決は誤りであって、その取消しを免れない。よって、原告の本訴請求は理由があるから、これを認容することとし、主文のとおり判決する。





「PAPA JOHN'S」商標不使用取消事件

<登録商標の使用を認めなかった審決を維持した事例。>

事件番号  平成17年(行ケ)第10095号
事件名  審決取消請求事件
裁判年月日  平成17年12月20日
裁判所名  知的財産高等裁判所 
判決データ:  TM-H17-Gke-10095.pdf

第2 事案の概要
  本件は、被告の有する本件商標について、原告が商標法50条1項に基づき不使用による商標登録取消しの審判を請求したところ、特許庁が審判請求不成立の審決をしたことから、原告が同審決の取消しを求めた事案である。

(中略)

2 被告による本件商標の使用の有無(抗弁(1))
(1) 本件商標を表示しての指定商品の提供
ア 被告は、日本におけるフランチャイズ展開の協議のために関連業者が米国を訪れた際には、本件商標を表示した店舗に案内し、ピザ、販売促進品等を提供していると主張する。
イ 証拠(乙1、2、5〜7)によれば、@被告は、1985年(昭和60年)に創業したピザ販売業者であり、1986年(昭和61年)からフランチャイズ店の展開を開始し、2002年(平成14年)12月29日の時点において、被告及びその加盟店のレストランは、被告によるものが、米国に585店舗、英国に9店舗、フランチャイズによるものが、米国(アラスカ及びハワイを除く。)2000店舗、アラスカに3店舗、カナダに7店舗、コスタリカに11店舗、グアテマラに4店舗、ハワイに15店舗、ホンデュラスに4店舗、メキシコに38店舗、プエルトリコに10店舗、サウジアラビアに14店舗、ベネズエラに22店舗、英国に70店舗、合計2792店舗であること、A被告は、1994年(平成6年)から日本における業務拡大の計画を有し、日本の多数のフランチャイジー候補者に対し営業活動を行ってきたこと、Bこれらの営業活動において、2001年(平成13年)1月11日から同月13日の間、伊藤忠商事の担当者がJETRO NYの担当者及び被告から日本におけるフランチャイズ先の紹介を依頼されたブローカーであるAと共に米国ケンタッキー州ルイスビーレ所在の被告本社を訪問し、施設を見学して被告のピザを試食し、本件商標を付したティーシャツ、マグカップ等の販売促進品等の提供を受けたこと、C同年3月にも、伊藤忠商事及び日本企業の担当者らが上記被告本社を訪問し、同様に施設を見学し被告のピザを試食したこと、D同年4月にも伊藤忠商事の担当者らが上記被告本社を訪問し、その際、被告ピザのサンプルの提供を受けたこと、以上の事実を認めることができる。
ウ ところで、商標の不使用による登録取消の審判請求があった場合、商標法50条2項本文は、「前項の審判の請求があった場合においては、その審判請求の登録前三年以内に日本国内において商標権者、専用使用権者又は通常使用権者のいずれかがその請求に係る指定商品又は指定役務のいずれかについての登録商標の使用をしていることを被請求人が証明しない限り、商標権者は、その指定商品又は指定役務に係る商標登録の取消しを免れない」としているから、同項にいう「使用」は日本国内における使用でなければならないと解するほかない。しかし、上記イに認定した使用は、いずれも米国におけるものであり、日本国内における使用とは認められない。
  被告は、これらの提供がなされたのは海外であるが、日本における事業展開に関するものであれば国内での使用と同視すべきであると主張するが、採用することができない。
(2) 本件商標を付した取引書類の頒布
ア 被告は、フランチャイジーの開拓営業過程において、下記@ないしIのとおり本件商標の付された指定商品のカタログを日本国内の取引先に手渡し、また、本件商標の付された年次報告書を、ピザ及び飲食物提供に関するフランチャイズの規模、状況及び業務方針の説明のために手渡したと主張する。
    記
「@ JETRO NY(2000年10月)
 A 伊藤忠商事(2000年12月/2001年1月)
 B アリアケジャパン(2001年1月)
 C パシフィックアライアンス(2001年1月)
 D プラザクリエイト(2002年1月/2月)
 E アクアネット(2002年7月1日)
 F ジャストプランニング(2002年8月26日)
 G ストロベリーコーンズ(2002年10月18日)
 H 西洋フードシステム(2003年2月3日)
 I オリックスアルファ(2003年4月22日)」
イ 確かに、証拠(乙1、2、5〜7)によれば、被告は、日本におけるフランチャイズ展開のための営業活動として、上記ア@ないしIの時期に、上記@ないしBについては米国を訪れた相手方に対し、本件商標と社会通念上同一と認められる商標の付された指定商品のカタログ(本訴乙6・審判乙12)、同商標の付された年次報告書(本訴乙1・審判乙1)を、ピザ及び飲食物提供に関するフランチャイズの規模、状況及び業務方針の説明のために手渡したことが認められる。
ウ しかし、上記@ないしBは、いずれも米国において手渡されたものであり、上記(1)ウと同様の理由により、日本国内における使用とは認められない。また、上記CないしEについても、これが日本国内において手渡されたことを認めるに足りる証拠はない(商標法50条2項によれば、これらの事実を被請求人たる被告が証明する責任があると解される。)。
  加えて、上記@ないしIにおいて頒布されたカタログ(乙6)及び年次報告書(乙1)は、日本おけるフランチャイズ展開のために行われたものであって、被告の会社自体の宣伝、フランチャイズ事業の方法・条件等の説明を行うものであると認められる。そして、被告は、日本国内において指定商品である「ピザ」を生産・販売したことはなく、日本の需要者は被告のピザの提供を受けることができないのであるから、上記カタログ及び年次報告書が商標法2条3項8号の「取引書類」に該当するとしても、その頒布は、指定商品である「ピザ」に関するものであるとは認めることができない。
(3) ウェブページによる広告
ア 被告は、平成8年12月20日から現在に至るまで、ウェブページによって指定商品であるピザ及びピザの提供に関する広告を行っている(乙8、9)と主張する。
イ 確かに、証拠(乙8、9、24)によれば、被告は、インターネットのウェブページ(本訴乙8・審判乙3、本訴乙9・審判乙4)において、本件商標と社会通念上同一と認められる商標を表示してピザに関する広告を行い、フランチャイジーの募集を行っていること、上記ウェブページには日本からもアクセスが可能であること、上記ウェブページは、日本の検索エンジン「MSNサーチ」、「アップル・エキサイト」等において「papajohns」、「papa john's」の語で検索した場合に直ちに検索できる(本訴乙24・審判乙5、6)ことが認められる。
ウ しかし、上記ウェブページは、米国サーバーに設けられたものである上、その内容もすべて英語で表示されたものであって、日本の需要者を対象としたものとは認められない。上記ウェブページは日本からもアクセス可能であり、日本の検索エンジンによっても検索可能であるが、このことは、インターネットのウェブページである以上当然のことであり、同事実によっては上記ウェブページによる広告を日本国内による使用に該当するものということはできない。
  被告は、電磁的方法による広告に関する商標法改正は、商標の「使用」にこれが含まれることを明確にするためのものであり、同改正法施行前の広告行為にも当然に適用されると主張する。確かに、ウェブページによる広告は、平成14年法律第24号により改正された商標法2条3項8号のいう、「広告」を「内容とする情報に標章を付して電磁的方法により提供する行為」に該当するものということができる。しかし、同行為を日本国内による使用に該当するものということができないことは上記のとおりであるから、被告の上記主張は理由がない。
(4) 雑誌による広告
ア 被告は、ニューズ・ウィーク等の世界的に著名な雑誌に本件商標を付して商業広告を出しており、これらが日本において頒布されていることは明白であるから、これは、商品若しくは役務に関する広告に該当し、商標法2条3項8号の「使用」に該当すると主張する。
イ 証拠(乙10〜17)によれば、被告は、ニューズ・ウィーク2003年3月3日号(本訴乙10・審判乙25)、同3月10日号(本訴乙11・審判乙26)、同3月27日号(本訴乙12・審判乙27)及び同3月24日号(本訴乙13・審判乙28)、インターナショナル・フランチャイジング2000年夏号(本訴乙14・審判乙29)、コマーシャル・ニュース・ユー・エス・エー2000年10月号(本訴乙15・審判乙30)及び同2002年3月号(本訴乙16・審判乙31)並びにリテイル・アジア2003年9月号(本訴乙17・審判乙32)に、本件商標と社会通念上同一と認められる商標を表示してピザに関する広告を行い、フランチャイジーの募集を行っていることが認められる。
ウ しかし、上記雑誌は、日本国内において頒布されたとしても、日本国内で発行されたものとは認められない上、その内容もすべて英語で表示されたものであって、日本の需要者を対象としたものとは認められない。
  加えて、上記雑誌の広告は、フランチャイズ展開のために行われたものであって、被告会社自体の宣伝、フランチャイズ事業の広告であると認められる。
  そして、被告は、日本国内において指定商品であるピザを生産・販売したことはなく、日本の需要者は被告のピザの提供を受けることができないのであるから、上記雑誌の広告は、指定商品であるピザに関し日本国内においてなされた広告であるとは認めることはできない。
  したがって、上記雑誌による広告は、商標法2条3項8号の「使用」に該当するということはできない。
(5) 以上に検討したところによれば、本件商標は、指定商品「ピザ」について審判請求の登録前3年以内に日本国内において被告によって使用されたと認めることはできない。





職権調査義務の不履行の違法性について

<商標の不使用取消審判について商標登録を維持する旨の審決に対してされた再審請求について、特許庁が「本件審判の請求を却下する。」との審決をし、その再審の審決の取り消しを求めた訴訟事件。
 原告は、本件取消審判において審判合議体がフィッツ訴訟の訴訟資料について職権証拠調をしなかったことをもって本件確定審決に再審事由たる判断の遺脱があると縷々主張するものであるが、この主張の実質は、本件商標の使用事実を認定した本件確定審決の証拠評価の誤りないしは事実誤認を主張するに過ぎないものである。そして、審決の事実認定に対する不満は、原則として、審決取消訴訟においてその是正を求めるべきものであるから、本件確定審決がフィッツ訴訟の訴訟資料について判断をしなかったことは、再審事由たる「確定審決に影響を及ぼすべき重要な事項について判断の遺脱があったこと」に該当するものでない。


事件番号  平成20年(行ケ)第10282号
事件名  審決取消請求事件
裁判年月日  平成20年12月24日
裁判所名  知的財産高等裁判所
判決データ:  TM-H20-Gke-10282.pdf

      主 文
 原告の請求を棄却する。
 訴訟費用は原告の負担とする。
     事実及び理由
第1 請求
 特許庁が再審2007−950008号事件について平成20年6月17日にした審決を取り消す。
第2 事案の概要
 本件は、原告が、確定審決に対して再審の請求をしたところ、請求を却下するとの審決がされたので、同審決の取消しを求める事案である。
1 特許庁における手続の経緯(争いのない事実)
(1) 被告は、次の商標権(以下「本件商標権」といい、その登録商標を「本件商標」という。)を有する。
 商標登録第2431617号
 出願年月日昭和48年5月10日
 出願公告年月日平成3年8月16日
 商品の区分第4類
 指定商品歯みがき、化粧品、香料類
 登録年月日平成4年7月31日
(2) 原告は、平成17年8月30日、商標法50条1項に基づき、本件商標の指定商品である「化粧品」に係る商標登録の取消審判(以下「本件取消審判」という。)を請求した。
 特許庁は、本件取消審判請求を取消2005-31063号事件として審理し、平成18年3月31日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、同年5月12日、同審決は確定した(以下、この審決を「本件確定審決」という。)。
(3) 原告は、平成19年12月4日、商標法57条1項に基づき、本件確定審決に対する再審を請求した。
 特許庁は、上記再審請求を再審2007−950008号事件として審理し、平成20年6月17日、「本件審判の請求を却下する。」との審決をし、その頃、その謄本を原告に送達した。
2 別件訴訟等の係属
(1) 商標権侵害訴訟
 被告は、株式会社フィッツコーポレーション(以下「フィッツコーポレーション」という。)が本件商標権及び被告の有する別紙商標権目録1、2記載の各商標権を侵害しているとして、平成16年7月6日、フィッツコーポレーションを被告として商標権侵害訴訟を大阪地方裁判所に提起した(同庁平成16年(ワ)第7663号事件。以下「フィッツ訴訟」という。甲12)。
 大阪地方裁判所は、平成19年11月5日、フィッツ訴訟について判決を言い渡した(甲1)。
(2) 商標登録無効審判請求
 被告は、平成18年2月17日、フィッツコーポレーションが商標権を有する商標登録第4925546号商標について、無効審判を請求(無効2006−89019号事件として係属。以下「フィッツ無効審判」という。)し、特許庁は、同年10月27日、同事件について「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をした(甲7、11)。
3 審決の理由の要旨
 審決は、本件再審の請求は、適法な再審事由の主張を欠いた不適法な請求であって、その補正をすることができないものに該当するから、商標法61条において準用する特許法174条2項において準用する同法135条の規定によって請求を却下すべきものとした。

(中略)

第5 当裁判所の判断
1 本件で原告が審決取消事由として、すなわち本件確定審決の再審事由として主張するところは、要旨、以下のとおりである。
@ 審判においては職権主義が採用されているから、審判官は積極的に職権審理を行わなければならない。
A 本件取消審判において、被告が本件取消審判請求の登録日前3年以内の期間(以下「本件所定期間」という。)に本件商標を使用した事実を証明するために提出した本件証拠には疑わしい点があった。
B 本件取消審判と同時期に裁判所に係属していたフィッツ訴訟では、被告は本件所定期間内に本件商標を使用していなかったことを自認していたから、商標法56条の準用する特許法168条の運用により、審判合議体がフィッツ訴訟の訴訟資料についての職権証拠調べを行っていれば、本件証拠が被告の本件商標の使用の事実を認定するのに不適切な証拠であることが容易に判明した。
C しかるに、本件取消審判の審判合議体は、フィッツ訴訟の訴訟資料について職権証拠調べを行わなかったため、本件証拠のみに基づいて被告の本件所定期間中の本件商標の使用の事実を認定し、本件確定審決がされた。
D 以上のとおり、本件確定審決は不十分な審理に基づいてされたものであるから、民事訴訟法338条1項9号の再審事由がある。
2 しかしながら、原告の上記主張を採用することはできない。その理由は以下のとおりである。
 商標法57条2項が準用する民事訴訟法338条1項9号の「判決に影響を及ぼすべき重要な事項について判断の遺脱があったこと」(本件では、準用の結果、「確定審決に影響を及ぼすべき重要な事項について判断の遺脱があったこと」と読み替えることになる。)とは、職権調査事項であると否とを問わず、その判断の如何により判決の結果に影響を及ぼすべき重要な事項であって、当事者が口頭弁論において主張し又は裁判所の職権調査を促してその判断を求めたにもかかわらず、その判断を脱漏した場合をいうものと解される(大審院昭和7年5月20日判決民集11巻10号1005頁参照)。そして、同条項が商標法の確定審決に準用された場合にも同様に解するのが相当であるから、前審に当たる審判において当事者が主張していなかった事項について確定審決が判断をしていないとしても、再審事由たる判断の遺脱とはならないというべきである。
 しかるに、原告は、上記のとおり、本件取消審判において審判合議体がフィッツ訴訟の訴訟資料について職権証拠調をしなかったことをもって本件確定審決に再審事由たる判断の遺脱があると縷々主張するものであるが、この主張の趣旨は、本件証拠の評価に当たり、フィッツ訴訟において被告が本件所定期間中における本件商標の不使用の事実を自認していた事実を考慮すべきであった旨の主張に帰着するのであり、原告が本件取消審判において自らそのような主張をしなかったことは原告の自認するところであるから、結局、原告の前記主張の実質は、本件証拠に基づいて被告の本件商標の使用事実を認定した本件確定審決の証拠評価の誤りないしは事実誤認を主張するに過ぎないのであり、審決の事実認定に対する不満は、原則として、審決取消訴訟においてその是正を求めるべきものであるから、上記説示のとおり、本件確定審決がフィッツ訴訟の訴訟資料について判断をしなかったことは、再審事由たる判断の遺脱となるものでないことは明らかである。
 したがって、原告の主張する取消事由は、その主張自体に照らし理由がないというほかなく、到底これを採用することはできない。
付 言するに、原告は本件取消審判において被告提出に係る本件所定期間内における本件商標の使用を裏付ける本件証拠の信用性について疑義を呈し、これを採用すべきではない旨を主張していたものであるが、本件証拠の信用性の有無を検証する方法はフィッツ訴訟における被告の陳述以外にも様々な方法が存在するのであり、さらに本件確定審決がした本件商標の使用の事実に係る事実認定に不満があるのであれば、その是正を求めて審決取消訴訟を提起して本件証拠の信用性を弾劾する途も有ったのである。また、原告は、被告がフィッツ訴訟等の係属の事実を認識していたことを前提として、その職権調査義務を強調するが、商標登録の取消審判の制度においては、所定期間内における商標使用の事実の存否が問題となるところ、かかる事実は商標権者自身が最もよく知るところであるから使用事実の主張・立証責任を商標権者に課すものとした(商標法50条2項)結果、商標権者の主張・立証により商標使用の事実が具体的に特定されるとともにその裏付けとなる証拠が提出され、これに対する反証活動の対象が明確化され、取消審判の請求権者の反証活動により商標権者の使用事実に係る事実主張の当否が検証されるものである。このような構造の上記取消審判制度においては、原則として、当事者の主張・立証活動が中心になることが予定されており、本件においてもこれと異なる特段の事情の存在も窺われないのであるから、被告の職権調査義務の不履行が違法視されることはないものというべきである。よって、原告の上記主張は失当である。
3 以上によれば、本件再審請求は、その前提となる再審事由の主張が主張自体理由のないものであるから、これが不適法な請求であってその補正ができないものに該当し、商標法61条の準用する特許法174条2項で準用する135条の規定により却下すべきものとした審決の判断に誤りはないものと認められ、他に審決を違法とする事由もないから、審決は適法であり、本件請求は理由がない。






「キューピー」図形商標審決取消請求事件

<特許庁による無効審判請求の請求不成立審決を取り消した判決。>

事件番号  平成20年(行ケ)第10139号
事件名  審決取消請求事件
裁判年月日  平成20年12月17日
裁判所名  知的財産高等裁判所
判決データ:  TM-H20-Gke-10139.pdf

    主 文
 特許庁が無効2007−890047号事件について平成20年3月7日にした審決を取り消す。
 訴訟費用は被告の負担とする。
   事実及び理由
第1 原告の求めた裁判
 主文同旨
第2 事案の概要
 本件は、原告が、下記1(1)の被告の商標(以下「本件商標」という。)は、商標法4条1項11号又は同項15号に該当するからその商標登録は商標法46条1項により無効とされるべきであるとして、下記1(2)のとおり無効審判(以下「本件審判」という。)を請求したところ、特許庁が同無効審判請求は成り立たないとの審決をしたため、原告がその取消しを求める事案である。

(判旨)

(3) 本件商標の称呼及び観念について
 ア 本件商標の構成は、前記第2の1(1)のとおり、頭頂部の髪と思しき部分が尖り、パッチリとした大きな目をした幼児の頭部を描いた図形であるところ、これらの特徴的容姿は上記(2)のとおり我が国においても周知となっていた「キューピー」のキャラクターの特徴と符合するものであるから、本件商標に接した取引者・需要者が、本件商標に係る図形を「キューピー」と認識するであろうことは疑いのないところというべきである。したがって、本件商標からは「キューピー」の称呼を生ずるとともに、頭の先の髪と思しき部分が尖り、目がパッチリと大きい裸体の幼児又はその人形である「キューピー」の観念を生ずるものというべきである。
 イ 被告は、本件商標から「キューピー」の称呼が生ずるということができるが、本件商標から生ずる観念は「ローズ・オニールの創作したオリジナルのキューピー」である旨主張するので検討するに、我が国において「キューピー」のキャラクターが周知となった経緯が上記(1)、(2)のとおりであることに加え、平成4年3月1日株式会社出版芸術社発行の大澤秀行著「キューピー讃歌」(甲第74号証)68頁に「・・・キューピーが初めて日本にお目見得し、あっというまに国民的に普及してからでも原作者ローズ・オニールの存在はもとより、名前すら全くといってよいほど伝えられなかった。”はじめにキューピーありき”とでもいうか、かなりのキューピー愛好家でさえローズ・オニールに関しては無知にひとしかったといえるだろう。かくいう私にしても、子どもの頃は当然として、大人になり相当数のキューピーが集まるようになってからも暫くは、ご同様であった。私がローズ・オニール女史の名前を知り、さらに意識しはじめたのは十数年前で、海外からキューピー関係の資料などとともに彼女の文献類が手に入り、知れば知るほど興味が高まってきてからのことである。・・・」とあることも考慮すると、乙第57〜第61号証により認められる被告によるローズ・オニールの顕彰的活動ないしは事業の存在を考慮したとしても、我が国において、本件商標の出願登録時はもとよりその査定時においても、「キューピー」について、「ローズ・オニールが創作したオリジナルのキューピー」とそれ以外の「キューピー」とが截然と区別して認知されていたとまでは到底認めることができないし、本件全証拠によってもかかる事実を認めることはできないから、被告の上記主張を採用することはできない。
(4) 引用商標1〜6の称呼及び観念について
 ア 引用商標1〜6の構成は、ぞれぞれ前記第2の2(1)〜(6)のとおりである。
 上記引用商標のうち、「KEWPIE」の欧文標準文字を書してなる引用商標3及び「キューピー」の片仮名文字を書してなる引用商標4から「キューピー」の称呼が生ずることは明らかであり、上記(2)のとおりの「キューピー」のキャラクターが周知となっていたことに照らすと、これらの商標からは、頭の先の髪と思しき部分が尖り、目がパッチリと大きい裸体の幼児又はその人形である「キューピー」の観念を生ずることも明らかである。
 また、引用商標6の構成は、頭頂部の髪と思しき部分が尖り、目がパッチリと大きい裸体の幼児の人形を模してなるものであるところ、上記(2)のとおりの「キューピー」のキャラクターが周知となっていたことに照らすと、引用商標6からは「キューピー」の称呼及び観念を生ずるというべきである。
 さらに、引用商標1、2及び5の構成は、前記第2の2(1)、(2)にあるとおり、引用商標6の構成となっている人形の顔の両頬付近から突き出した短い腕の先に5本指を開いた両手が前方に差し出され、腕に衣服と思しきものを着けているものである(なお、引用商標2及び5については上記の両手位置に左右に伸びる床面と思しき線が描かれている。)ところ、「キューピー」の際立った特徴が「頭頂部の髪と思しき部分が尖り、目がパッチリと大きい」という容姿にあることからすると、これと符合する構成を有する引用商標1、2及び5からも「キューピー」の称呼及び観念が生ずると認められる。
 イ 被告は、引用商標1〜6から「キューピー」の称呼が生ずるということができるが、引用商標1〜6から生ずる観念は「キューピーマヨネーズのキューピー」である旨主張するので、この点について検討する。
 確かに、昭和59年3月5日株式会社講談社発行の大澤秀行著「キューピー物語」(甲第75号証)45頁には「日本的な、日本でデザインされ生産されたキューピーはセルロイドその他のお人形だけでなく、何かの商品のブランド名や、広告類のイラストとして、それに容器やケースとしても広く使われた。アメリカと同様である。私の記憶にハッキリあるものでは、紙で、QP印があった。石けんも、キューピーの形のものから、今も現役のベビー石けんの箱にまでデザインされている。鍋やフライパン等、金物でQP印があり、背丈1メートルもありそうな大きなキューピーが、フライパンを掲げて町の金物屋の店頭に立っていたのを思い出す。」との記載に続けて「現在も、日本でキューピーといえば、誰でもご存じなのが、マヨネーズだろう。この会社は、実に社名まで『キューピー株式会社』として25年以上になる。我が国のマヨネーズメーカーの最大手で、缶詰にも定評がある。日本人の食生活の多様化に合わせ、マヨネーズやドレッシングの他、各種ベビーフードなど、数多くを市場に送り出している。過去に、何回か景品として新しくデザインしたキューピー人形も、大小出しており、その中の特に大型のものは、今も時々お店で見かける。また、以前に20センチ程のキューピーにマヨネーズを詰め、そのままチューブ入りみたいに使える商品が売り出されたこともあった。この会社とキューピーとの出会いは古く、会社の歴史とともに伝えられている。」との記載があるように、キューピーを商品等の宣伝広告に使用した例が様々ある中で、「キューピーマヨネーズ」は極めて著名であるということができる。
 しかしながら、上記(3)と同様の理由に加え、上記(1)、(2)並びに甲第75号証から引用した上記記載のうち前段の部分にもあるとおり、我が国においては、多数の企業が「キューピー」のキャラクターを宣伝広告に使用してきた事実に照らすと、我が国において、「キューピー」が相当程度普遍的ないしは一般的なキャラクターとして認知されていた事実を否定することは困難であるから、特定の企業と結びつかない「キューピー」の観念が引用商標1〜6から生ずることを一概に否定することはできない。
 したがって、被告の主張を採用することはできない。
 ウ また、被告は、仮に、引用商標1〜6から「キューピー」の称呼及び観念が生ずるとしても、引用商標1〜6から生ずる「キューピー」の称呼及び観念は、原告の指定商品に係る商品のみを示すものではなく、「ローズ・オニールの創作したキャラクターや人形だけでなく、これに類するキャラクターや人形一般」を示すものであるから、このような称呼及び観念に原告の商品を示すものとしての識別力はないのであり、本件商標と引用商標1〜6の類否を検討するに当たっては、識別力を有する外観のみを要部として対比すべきである旨主張する。
 しかしながら、上記イのとおり、原告が「キューピー」のキャラクターをマヨネーズの宣伝広告に使用することによって、「キューピーマヨネーズ」として著名となり、「キューピー」の付されたマヨネーズを他から識別することを可能としている事実からも明らかなように、「キューピー」の称呼及び観念に何ら識別力がないということができないことは明らかであり、被告の主張を採用することはできない。
(5) 本件商標と引用商標1〜6の類否について
 上記(3)、(4)によると、本件商標と引用商標1〜6からは、共に「キューピー」の称呼及び観念を生ずるものであり、かつ、次項に説示するとおりそれぞれの指定商品は同一又は類似の関係にあるから、本件商標と引用商標1〜6は、互いに相紛れるおそれのある類似の商標というべきである。
 この点について、被告は、現在では、原被告以外にも多数の者が「キューピー」に関連する商標登録を得て、商品化するなどして使用しているという取引の実情も考慮すると、本件商標を指定商品に使用したとしても、引用商標1〜6を付した商品と出所の誤認混同を生ずるおそれはない旨主張するので、検討する。
 取引の実情を考慮することにより、類似する商標を付した商品について出所の誤認混同を生ずるおそれがないということができるためには、当該指定商品に係る取引の実情を前提として、誤認混同のおそれがないものと認められることが必要である。
 本件においては、確かに、上記(1)、(2)や(4)イのとおり、多くの企業が「キューピー」のキャラクターを商品等の宣伝広告に使用しているものと認められるが、本件商標に係る指定商品である「清涼飲料、果実飲料、乳清飲料、飲料用野菜ジュース」の取引分野についてみると、本件全証拠を検討しても、例えば、商標以外の目印によって出所を識別して取引が行われているとか、あるいは逆に、多くの者が「キューピー」又はこれに類する標章を付した商品を販売しており、「キューピー」の外観の微妙な相違により出所を識別して取引が行われているなどの取引の実情が認められることにより、同一の称呼及び観念を生ずる商標を付した商品について出所の誤認混同を生ずるおそれがないと認めるに足りない。
 むしろ、上記指定商品に係る商品は、多くの場合、仕入れの段階において、銘柄と数量を指定して、口頭又は文書により取引されるほか、小売店等において、商品名の簡略な表記を付して陳列され、一般消費者によって購入されることが通常の取引態様であることは経験則上明らかであるから、取引過程のあらゆる段階において、上記の取引分野においては、称呼とこれに基づく表記が商品の出所を判断する上での重要な要素となるものであることは明らかである。
 そうすると、上記のとおり同一の称呼及び観念(「キューピー」)を生ずる本件商標と引用商標1〜6の類似性について、本件商標の指定商品に係る取引の実情を考慮することにより、これを否定することはできないというべきであるから、被告の主張を採用することはできない。
(6) 本件商標と引用商標1〜6の指定商品は、前記第2の1(1)及び2(1)〜(6)のとおりであり、本件商標の指定商品である「清涼飲料、果実飲料、乳清飲料、飲料用野菜ジュース」については、そのすべてが、引用商標3、4及び6の指定商品に含まれており、引用商標1、2及び5の指定商品にはいずれも食料品が含まれていることから、本件商標と引用商標1〜6の指定商品は同一又は類似するというべきである。
 そうすると、本件商標は、その登録出願の日前の登録出願に係る他人の登録商標である引用商標1〜6と類似する商標であって、その商標登録に係る指定商品又はこれに類似する商品について使用するものとして出願された商標であるから、商標法4条1項11号に基づいて商標登録を受けることができないものであり、その登録は同号に違反してされたものといわざるを得ない。
 したがって、本件商標の登録が商標法4条1項11号に違反してされたものとはいえないとした審決の判断は誤りである。
2 被告の主張について
(1) 商標法29条に基づく主張
被告は、引用商標1、2、5及び6は、ローズ・オニールが創作したキューピー人形を原告が独自に図案化して商標登録出願をしたものであり、同出願の日前に生じていたローズ・オニールの著作権と抵触するものであるから、原告がこれらの引用商標を使用して無効審判請求及び審決取消訴訟の提起をすることは商標法29条に違反する旨主張する。
 商標法29条は、「商標権者・・・は、指定商品・・・についての登録商標の使用がその使用の態様により・・・その商標登録出願の日前に生じた他人の著作権と抵触するときは、指定商品・・・のうち抵触する部分についてその態様により登録商標の使用をすることができない。」と規定し、商標法における(商標を含む)標章の「使用」態様については、同法2条3項1〜8号に限定的に列挙されているところ、無効審判請求及び審決取消訴訟の提起は、上記各号所定の行為のいずれにも該当しないから、著作権との抵触の有無を論ずるまでもなく、商標法29条に基づく被告の主張は失当である。
 なお、商標法29条は、商標権者の商標の使用を商標登録出願前の出願や発生に係る他人の権利と抵触しない範囲に限定することにより、商標権と他の権利との調整を図る規定であり、商標権者が類似する他人の商標登録の無効を請求する場合である本件に類推すべき基礎となる事情も認められない。
(2) 権利濫用の主張
 被告は、ローズ・オニールの著作物である「キューピー」の著名性を引用商標1〜6において無償で利用している原告が、「キューピー」の著作権を譲り受けた上、本件商標の登録を受けた被告に対してその無効を主張することは、公正な競争秩序に反するものであり、権利の濫用である旨主張するので、以下において検討する。
 ア 商標法は、上記(1)のとおり、著作権等との抵触を調整する規定を置いた上、同法46条において、商標登録を無効とすることについて審判を請求することができる旨定め、そのための要件として無効理由を規定しているところ、無効審判請求の主体について商標法上の明示の制限はない。そして、商標法は商標登録について先願主義を採用しているから、ある登録商標の商標権者が、当該登録商標は引用商標と類似の商標であるとの無効理由(商標法4条1項11号所定の無効理由)を回避するためには、先願の地位を有する引用商標の商標登録について無効審判請求をし、これを無効としなければならないことになるが、他人の著作権と抵触することは商標登録の無効理由とはされていない。
 そうすると、商標法上、他人の著作権に抵触する商標であっても、これが一旦登録されれば、抵触の一事をもって無効とされることはないのであり、このような商標も、当該商標登録出願の日より後の出願に係る商標との関係では、引用商標となり得るのであり、引用商標の商標権者が、商標法4条1項11号違反を無効理由として、これと類似の商標に係る商標登録の無効審判請求をすることに商標法上の問題はない。

 ところで、商標法4条1項11号は、同一又は類似の商標が複数登録されてしまった場合において、これらが同一又は類似の商品等に使用されれば、取引者・需要者において商品等の出所について誤認混同が生じ、商標使用者の業務上の信用の維持を図り、もって産業の発展に寄与し、あわせて需要者の利益を保護するという商標法の目的が達せられなくなることから、これを登録障害事由として規定し、同様の趣旨で同法46条1項1号において無効理由とされているものと考えられる。そして、このような場合において、商品等の出所について誤認混同が生じないようにするためには、無効審判請求に係る商標登録か引用商標に係る商標登録のいずれか一方を無効とする必要があるところ、商標法においては、上記のとおり、後願に係る商標登録についての無効審判請求を待って無効理由の有無を審査し、無効とする制度を採用しているものである。
 イ 以上を前提として本件についてみると、本件商標が引用商標1〜6と類似の商標であることは上記1のとおりであるから、原告が被告に対して本件商標登録が無効であるとの主張をすることが許されないとすれば、原告は本件商標登録の無効審判請求をすることができないこととなり、引用商標1〜6とこれらと類似する本件商標が併存することとなるところ、本件商標と引用商標が共に使用されると、商品の出所について取引者や需要者の間で誤認混同が生じ、商標法の上記目的に反する事態を招く可能性を否定することはできない。
 また、弁論の全趣旨によると、原告は、ローズ・オニール又はその遺産財団よりキューピーの著作権の譲渡を受けた被告から、キューピーのキャラクターの使用について許諾を受けていないと認められるものの、ローズ・オニールのキューピーについての著作権は既にその保護期間を経過していると認められる。
 さらに、弁論の全趣旨並びに上記1(4)イで認定したところによると、原告がキューピーのキャラクターをマヨネーズの宣伝広告に数十年の長期にわたり継続的に使用してきたことにより、我が国において「キューピーマヨネーズ」が極めて著名となったことから、「キューピー」の称呼及び観念を生じる引用商標1〜6は、本件商標の指定商品について格別の自他識別力を獲得するに至っていると認められる。
 ウ 上記アのとおりの商標法が採用する制度を前提として、上記イの各事情を考慮すると、本件において、被告がローズ・オニールに由来する著作権に基づいて引用商標1〜6に係る商標登録を無効とすることが困難であることを考慮しても、商標法に適合する原告の無効審判請求及びその審決に対する本件取消訴訟の提起が権利の濫用であって許されないとした上、取引者や需要者の間で誤認混同を生じるおそれを発生させることとなってもやむを得ないとすることはできないというべきである。

 そして、他に原告の権利の濫用を根拠付ける具体的な事実の主張立証はないから、被告の主張を採用することはできない。
3 上記1のとおり、本件商標の登録は商標法4条1項11号に違反してされたものとはいえないとした審決の判断は誤りであるから、取消事由1は理由があり、上記2のとおり、被告の主張はいずれも採用することができないから、審決には結論に影響を及ぼす違法があるといわざるを得ない。
第6 結論
 以上の次第であるから、その余の点について判断するまでもなく、審決は取り消しを免れない。


     
 本件商標登録 第4948210号
 指定商品 第32類「清涼飲料,果実飲料,乳清飲料,飲料用野菜ジュース」
 出願日:平成16年11月22日
 登録日:平成18年4月28日



     
 引用商標1 登録第495186号
 指定商品
 第45類 他類に属しない食料品及び加味品
 登録出願日:昭和31年4月6日
 設定登録日:昭和32年1月29日



   
 引用商標2 登録第4408075号
 指定商品
 第30類 コーヒー及びココア,コーヒー豆,茶,調味料,香辛料など
 登録出願日:平成11年8月20日
 設定登録日:平成12年8月11日




       KEWPIE

(標準文字)
 引用商標3 登録第4557051号
 指定商品
 第32類 ビール,清涼飲料,果実飲料,飲料用野菜ジュース,乳清飲料,ビール製造用ホップエキス
 登録出願日:平成13年6月1日
 設定登録日:平成14年4月5日





「キシリトール/XYLITOL」商標事件

<特許庁による無効審判請求の請求不成立審決を維持した判決。>

事件番号  平成20年(行ケ)第10086号
事件名  審決取消請求事件
裁判年月日  平成20年11月27日
裁判所名  知的財産高等裁判所
判決データ:  TM-H20-Gke-10086.pdf

    主 文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
   事実及び理由
第1 請求
 特許庁が無効2006−89145号事件について平成20年1月22日にした審決のうち「登録第1692144号の2についての審判請求は成り立たない。」との部分を取り消す。

(中略)

第5 当裁判所の判断
1 取消事由1(商標法4条1項16号に関する判断の誤り)について
(1) 商品の品質又は役務の質(以下では、商品についてのみ述べる。)の誤認を生ずるおそれがある商標については、公益に反するとの趣旨から、商標登録を受けることができない旨規定されている(商標法4条1項16号)。同趣旨に照らすならば、商品の品質の誤認を生ずるおそれがある商標とは、指定商品に係る取引の実情の下で、取引者又は需要者において、当該商標が表示していると通常理解される品質と指定商品が有する品質とが異なるため、商標を付した商品の品質の誤認を生じさせるおそれがある商標を指すものというべきである。
 本件についてみると、登録第1692144号の2の商標は、別紙@のとおり、「キシリトール」及び「XYLITOL」の文字を2段に横書きしたものであるから、指定商品に係る取引の実情の下で、取引者又は需要者は、その使用される商品は、キシリトールが含まれているものと認識、理解する。他方、指定商品は、別紙B「指定商品目録2」記載のとおり、いずれもキシリトールを使用した商品に限定されている。したがって、同商標は、その指定商品に係る取引の実情の下で、取引者又は需要者において同商標が表示していると通常理解される品質と指定商品の有する品質とが異なることはなく、同商標を付した商品の品質の誤認を生じさせるおそれはないというべきである。
 この点について、原告らは、被告は成分の100%がキシリトールでない甘味料を添加したチューインガム等にも、登録第1692144号の2の商標を使用しているから、商標法4条1項16号に該当すると主張する。
 しかし、公益に反する商標の登録を排除するという商標法4条1項16号の趣旨に照らすならば、商標法4条1項16号への該当性の有無は、商標が表示していると通常理解される品質と指定商品の有する品質とが異なり、商標を付した商品の品質の誤認を生じさせるおそれがあるか否かを基準として判断されるべきものであり、実際に商標を使用した商品がどのような品質を有しているかは、商標法4条1項16号への該当性の有無に影響を及ぼすものではない。したがって、原告らの上記主張は、その主張自体失当である。
 また、取引者又は需要者は、取引の実情の下で、登録第1692144号の2の商標が表示する品質について、キシリトールを使用した甘味料が添加されたものと認識すると解され、キシリトール100%からなる甘味料のみが添加されたものと認識することはないものと解される。したがって、原告らの上記主張は、この点からも失当である。
(2) したがって、審決が、登録第1692144号の2に係る商標について、商標法4条1項16号所定の商品の品質の誤認を生ずるおそれがある商標ということはできないと判断した点に誤りはないというべきであって、取消事由1は理由がない。
2 取消事由2(商標法3条1項6号の該当性について判断しなかった誤り)について
 前記第2、1のとおり、原告らは、平成18年10月10日、登録第1692144号商標登録について、商標法4条1項16号に該当するとの無効理由があると主張して無効審判請求をしたこと(甲B第27号証及び弁論の全趣旨)、その後、平成19年1月15日付け審判事件弁駁書において、商標法3条1項6号に該当することをも無効理由に追加し、請求の理由を追加的に変更したことが認められる(甲B第28号証及び弁論の全趣旨)。
 商標法56条1項、特許法131条の2第1項は、審判請求書の補正は、その要旨を変更するものであってはならない旨規定している。同規定は、審判当事者間の衡平と審理期間の短縮を図る趣旨で規定されたものである。
 原告らの行った上記無効理由の追加は、審判請求書に記載された無効理由とは内容の異なる無効理由を追加するものであり、被請求人の防御に大きな影響を与え、再度反論の機会を与えないと防御の機会を失わせるおそれのあるものということができる。したがって、審決が、原告らによる請求の理由の変更を、商標法56条1項・特許法131条の2第1項の規定により許されないものとして、請求の理由の変更により追加された無効理由である商標法3条1項6号への該当性について判断しなかった点に、手続上の誤りはないというべきであって、取消事由2は理由がない。
3 結論
 以上のとおり、原告ら主張の取消事由はいずれも理由がない。原告らはその他縷々主張するが、審決にこれを取り消すべきその他の違法もない。

    
    本件登録商標: 第1692144号の2
    指定商品  :  第30類 キシリトールを使用したチューインガム,キシリトールを使用したチョコレートなど





「ELLEGARDEN」商標不正使用取消請求事件

事件番号  平成20年(行ケ)第10347号
事件名  審決取消請求事件
裁判年月日  平成21年02月24日
裁判所名  知的財産高等裁判所 
判決データ:  TM-H20-Gke-10347.pdf

第2 事案の概要
1 本件は、原告が有する下記商標登録(本件商標登録)について、被告が商標法51条(不正使用による商標登録の取消し)に基づき商標登録の取消審判を請求したところ、特許庁がこれを認容する審決をしたことから、原告がその取消しを求めた事案である。
2 争点は、原告によりなされている下記表示(本件使用表示)の使用が、@商標的使用に当たるか、A下記引用商標を使用する被告の業務に係る商品若しくは役務と混同を生ずるものか、及び、Bそれが原告により故意になされたものであるか、である(商標法51条1項)。
                 記
【本件商標】


・商標・指定商品及び指定役務
第9類
「録音済みの磁気テープ・コンパクトディスク・光ディスクその他のレコード,録画済みのビデオディスク・ビデオテープ・コンパクトディスク・光ディスク」
第41類
「音楽の演奏」
・登録日平成14年7月5日
・商標登録第4582074号
【本件使用表示】


・使用態様
販売されている「録音済みのコンパクトディスク」の表面等に表示等
【引用商標】
 


(判旨)
c 以上の事実によれば、引用商標は、我が国においても雑誌「ELLE」の刊行や多くのライセンスを通じてそのブランドが広く浸透しているということができ、遅くとも本件コンパクトディスクの販売が開始された平成14年4月3日当時(原告代表者A作成の平成15年2月6日付け報告書〔甲76〕によれば、原告は平成14年4月3日発売分として12646枚のコンパクトディスクを出荷していることが認められる)には著名であったということができる。
 もっとも、「ELLE」という語はフランス語としては極めて初歩的な代名詞(「彼女」等の意)であり、被告が「ELLE」ブランドを形成する過程においては、ライセンスをする各種の商品に引用商標を付し、派生ブランドの商標についても引用商標と結合した商標を使用するなどして統一的なブランドイメージを浸透させてきたものであり、「ELLE」ブランドの著名性は引用商標と密接不可分なものとして展開してきたものと認めることができる。
(ウ) 以上を前提として、本件使用表示と引用商標との類否につき検討する。
 本件使用表示は、前記(ア)のとおり、「ELLE」と「GARDEN」を2段に表記して成るものであるところ、「GARDEN」の部分は「ELLE」の部分に囲まれるようにして小さな文字で表記されていることから、本件使用表示の全体に接したときに強く印象付けられるのは「ELLE」の部分である。
 そして、本件使用表示における「ELLE」の部分は、引用商標のような上下に細長い書体により表記されているわけではないが、全体としてみれば引用商標と似通った印象を与えるものであり、本件使用表示を引用商標と離れて個別に観察するならば、本件使用表示をその指定商品又は指定役務に使用した場合には「ELLE」の派生ブランドないし「ELLE」ブランドと何らかの関係を有するものと誤認混同させるおそれがある。したがって、本件使用表示は引用商標と類似するものというべきである。
 そこで、進んで、本件使用表示の具体的表示態様の見地から検討する。
ウ本件使用表示の具体的表示態様につき
(ア) 本件使用表示は、「ELLEGARDEN」(エルレガーデン)という名称の本件ロックバンドの演奏を収録した「DON’T TRUST ANYONE BUT US」という表題のコンパクトディスク(本件コンパクトディスク、甲2)等において表示されたものである。
(イ) 本件ロックバンドは、平成10年12月31日にメンバー4人により結成されたバンドで、結成当初から「ELLEGARDEN」(カタカナ表記で「エルレガーデン」)との名称で音楽活動を行っていた。
 バンドの結成後まもなく、音楽アーティストのマネージメントやCD等の原盤の企画制作を行う原告の所属となり、ライブ活動を中心とした音楽活動により若者を中心にクチコミで人気が広がった。そして、音楽業界誌「オリジナル・コンフィデンス」におけるCD、DVD等の推定週間売上数によるランキング(オリコン・チャート)において、本件ロックバンドの2枚目のアルバムが75位となって以降、着実に売上を伸ばし続け、4枚目のアルバム(平成17年4月20日発売)が初動売上5.7万枚を記録して3位になり、平成18年8月9日発売のDVDが1位となったが、平成20年10月以降、活動を休止している(甲82〜84、146、原告代表者A)。
 本件コンパクトディスクは、本件ロックバンドが発表した初めてのアルバムで、平成14年4月3日に販売が開始されたものである。
(ウ) 本件コンパクトディスクにおける本件使用表示の具体的表示態様は、次のようなものである(甲2、乙12)。
a(a) 本件コンパクトディスクの表紙の表側(甲2、1枚目)には、砂丘が広がる向こうに遊園地らしきものが望まれる風景が描かれ、その左上部分に「DON’T TRUST ANYONE BUT US」という本件コンパクトディスクの表題が記載されているところ、本件使用表示は、上記風景画の一部として表示されている。すなわち、砂丘の手前側に置かれた案内板のようなものに、遊園地の方向を示す矢印と共に本件使用表示が描かれている。
(b) そして本件コンパクトディスクの表紙の裏側(甲2、8枚目)には、メリーゴーラウンドの写真を背景に、白抜きの文字で、本件コンパクトディスクの表題や、本件ロックバンドのメンバーの氏名(アルファベット表記)、収録作品の題名などが記載されており、その1番上に本件使用表示が表示されている。
(c) 本件コンパクトディスクに付される帯(甲2、6枚目)には、表紙の表側に当たる部分に、本件使用表示と「エルレガーデン」というカタカナ文字が順に並んで横書きされている。「エルレガーデン」の文字は、本件使用表示と同程度の大きさにより、黒く縁取った白抜きの文字で目立つように記載されている。
(d) また、上記帯のうち本件コンパクトディスクの背側に当たる部分には、「DON’T TRUST ANYONE BUT US」という本件コンパクトディスクの表題と「ELLEGARDEN」というアルファベット文字が、異なる書体により1行に並んで横書きされている(なお、帯をはずした場合でも、本件コンパクトディスクの背側には「DON’T TRUST ANYONE BUT US」と「ELLEGARDEN」が上記と同様に並んで表記されている〔甲2、8枚目〕。)。
(e) なお、上記帯の裏表紙側に当たる部分には、有限会社グローイングアップが商標権者となっている登録商標(甲86)と同様の「Dynamord」の文字が、赤い眼のような形をした図形と共に表示され、同じ図形が表紙の裏側、背側等にも表示されている。また、裏表紙の1番下の部分には「Manufactured by Dynamord Label」との記載がある。
b 以上によれば、本件コンパクトディスクを購入しようとする需要者は、本件コンパクトディスクに帯が付されて透明ビニールで包装された状態(乙12参照)では、帯の背側に表記された「ELLEGARDEN」の文字、帯の表側に表記された「エルレガーデン」の文字を目にすることとなり、帯がはずされた中古品の場合でも、本件コンパクトディスクの背側に表記された「ELLEGARDEN」の文字を目にすることとなる。
(エ) 以上を前提として、本件使用表示の具体的表示態様が被告の業務に係る商品等との混同を生じさせるおそれを有するかについて検討する。
 需要者が本件コンパクトディスクを購入しようとするときには、本件使用表示と共に「ELLEGARDEN」や「エルレガーデン」の文字を見ることとなる。そして一般に音楽作品、特にロックバンドの演奏を収録したコンパクトディスクには、当該アーティスト名(ロックバンド名)と当該コンパクトディスクの表題が併記されるのが通常であることから、本件コンパクトディスクに表記された「ELLEGARDEN」「DON’T TRUST ANYONE BUT US」の一方がアーティスト名を示し、他方が表題を示すものであることが容易に推測でき、「ELLE」と「GARDEN」を組み合わせて成る本件使用表示がアーティスト名ないし表題である「ELLEGARDEN」を表すものであることが容易に理解される。
 したがって、「ELLEGARDEN」が本件ロックバンドの名称であることを知っている需要者はもちろん、これを知らない需要者であっても、本件コンパクトディスクに接した場合に本件使用表示が「ELLE」ブランドと何らかの関係を有するものと誤認混同するおそれはないというべきである。

(オ) なお、原告が運営するホームページ上でも本件使用表示が使用された(甲3の2)が、上記ホームページには「ELLEGARDENのホームページへようこそ。このページはバンドの最新情報やスケジュールを公開するとともに、応援してくれるみんなが交流できる場を設けることを目的として運営されています。」と記載され、本件ロックバンドが平成10年12月31日に結成されてからの活動の歩みについての説明文が掲載されている(甲3の1、2)ことから、本件ロックバンド及びその活動を紹介するためのものであることが明らかであり、上記ホームページ上における本件使用表示の使用も被告の業務等に係る商品等と混同を生じさせるおそれを有するものではない。
エ以上によれば、本件使用表示は引用商標に類似するものの、本件コンパクトディスク等における具体的表示態様は被告の業務に係る商品等と混同を生じさせるおそれを有するものとはいえないから、商標法51条1項にいう「他人の業務に係る商品若しくは役務と混同を生ずるもの」ということはできない。
3 結語
 以上のとおり、本件使用表示の本件コンパクトディスクにおける具体的表示態様が被告の業務に係る商品等と混同を生じさせるおそれを有するものでないから、これを肯定した審決の判断は、その余について判断するまでもなく誤りであることになる。





「アイピーファーム」無効審決取消請求事件

事件番号  平成20年(行ケ)第10371号
事件名  審決取消請求事件
裁判年月日  平成21年03月24日
裁判所名  知的財産高等裁判所 
判決データ:  TM-H20-Gke-10371.pdf

    主 文
 原告の請求を棄却する。
 訴訟費用は原告の負担とする。
 事実及び理由
第1 原告の求めた裁判
 「特許庁が無効2007−890148号事件について平成20年9月8日にした審決を取り消す。」との判決
第2 事案の概要
 本件は、原告の下記1(1)の商標登録(以下「本件商標登録」といい、本件商標登録に係る商標を「本件商標」という。)について、被告が、下記1(2)のとおり無効審判請求をしたところ、特許庁が本件商標登録を無効とする旨の審決をしたため、原告がその取消しを求める事案である。
1 特許庁における手続の経緯
(1) 本件商標登録
 出願人:原告
 本件商標の構成:「アイピーファーム」(標準文字)
 指定役務:第42類「工業所有権に関する手続の代理又は鑑定その他の事務、訴訟事件その他に関する法律事務、著作権の利用に関する契約の代理又は媒介」
 出願日:平成15年11月20日
 設定登録日:平成16年7月2日
 登録番号:第4783134号

(中略)

 本件商標の構成は「アイピーファーム」の片仮名を標準文字で表してなるものであり、本件商標から「アイピーファーム」の称呼が生じることは明らかである。そして、「アイピー」からはアルファベットの「IP」が容易に想起され、「ファーム」からは英語の「FIRM」又は「FARM」が想起される。
 まず、「アイピー」についてみるに、甲第36及び第37号証によると、「知的財産」を意味する英語の「Intellectual Property」が「IP」と略して使用されることが認められるところ、このことは、本件商標に係る指定役務の需要者の多くにとってはよく知られた事柄であるというべきである。
 次に「ファーム」についてみるに、1999(平成11)年4月株式会社研究社発行の「リーダーズ英和辞典」には、「firm」について「合資経営の商会、商店、 一般の会社、企業;共同して働く一団の人びと、(特に)医療チーム;《俗》犯罪者の一団、ギャング;《俗》[euph](秘密)組織諜報機関・秘密捜査班など:a law 〜法律事務所.・・・」(915頁)と記載され、「farm」について「1a農地、農場、農園・・・;農家(farmhouse)・・・b飼育場、養殖場・・・」(879頁)と記載されているとおり、「FIRM」が会社等の人的組織を意味する語であり、「FARM」が農場や農園を意味する語であると認められるところ、これらの語はいずれも現代の我が国において広く知られているものと認められる。
 そうすると、本件商標に係る指定役務の需要者が本件商標(アイピーファーム)に接すれば、まず、「アイピー」から「IP」、すなわち、「知的財産」を想起するものと認められる。
 そして、その後に続く「ファーム」からは、上記のとおり、「FIRM」だけでなく、「FARM」も想起され得るが、これらの語の意味を知っている本件商標の指定役務に係る上記需要者にとって、「知的財産」と「FARM(農場)」を結びつけることが一般的であるとは考えにくい反面、「LAW FIRM」(法律事務所)の用例が相当程度浸透していることをも考慮すると、本件商標に係る指定役務の需要者は、「アイピー」に続く「ファーム」から、主として「FIRM」を想起するものと認められる。
 そうすると、例えば、上記「LAW FIRM」の語から法律事務所、すなわち、法律関係業務を取り扱う事務所の観念が生ずるように、本件商標(アイピーファーム)からは「IP FIRM」、すなわち、「知的財産関係業務を取り扱う事務所」の観念を生ずるものと認められる。
 したがって、本件商標の表記は、その指定役務の需要者にとって、その指定役務に係る業務の内容を表したものにほかならないというべきである。




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