知財関連 重要判決集(6)


先使用権確認等請求事件最判
審決取消請求事件(頒布された刊行物…マイクロフィルム最判
判定に対する異議申立事件最判
審決取消請求事件(発明の未完成 : 原子核エネルギー発生装置最判
審決取消請求事件(発明が未完成の場合の拒絶理由 : 「薬物製品」(獣医用組成物)事件)…最判
フェノチアジン誘導体の製法事件(誤記訂正…アルキレン基最判
あられ菓子の製造方法事件(誤記訂正…3〜5°F最判
損害賠償事件(旧特許法…職務発明についての通常実施権最判
特許権移転登録手続請求事件最判
メリヤス編機事件(審決取消訴訟における新たな無効原因の主張)最判
食品包装容器事件(無効審決取消訴訟における技術常識の認定)…最判
高速旋回式バレル研磨法事件最判
大径角形鋼管の製造方法事件(無効審決取消訴訟係属中における訂正審決の確定 )最判
燻し瓦の製造法事件(特許請求の範囲の解釈)最判
審決取消請求事件(リパーゼ事件)最判





先使用権確認等請求事件

事件番号  昭和61年(オ)第454号
事件名  先使用権確認等請求本訴、特許権・専用実施権に基づく差止・損害賠償請求反訴
裁判年月日  昭和61年10月03日
法廷名  最高裁判所第二小法廷
判決データ: PAT-S61-o-454.pdf

 発明とは、自然法則を利用した技術的思想の創作であり(特許法二条一項)、一定の技術的課題(目的)の設定、その課題を解決するための技術的手段の採用及びその技術的手段により所期の目的を達成しうるという効果の確認という段階を経て完成されるものであるが、発明が完成したというためには、その技術的手段が、当該技術分野における通常の知識を有する者が反復実施して目的とする効果を挙げることができる程度にまで具体的・客観的なものとして構成されていることを要し、またこれをもって足りるものと解するのが相当である(最高裁昭和四九年(行ツ)第一〇七号同五二年一〇月一三日第一小法廷判決・民集三一巻六号八〇五頁参照)。したがって、物の発明については、その物が現実に製造されあるいはその物を製造するための最終的な製作図面が作成されていることまでは必ずしも必要でなく、その物の具体的構成が設計図等によって示され、当該技術分野における通常の知識を有する者がこれに基づいて最終的な製作図面を作成しその物を製造することが可能な状態になっていれば、発明としては完成しているというべきである。
 また、同法七九条にいう発明の実施である「事業の準備」とは、特許出願に係る発明の内容を知らないでこれと同じ内容の発明をした者又はこの者から知得した者が、その発明につき、いまだ事業の実施の段階には至らないものの、即時実施の意図を有しており、かつ、その即時実施の意図が客観的に認識される態様、程度において表明されていることを意味すると解するのが相当である。





審決取消請求事件(頒布された刊行物…マイクロフィルム

事件番号  昭和61年(行ツ)第18号
事件名  審決取消請求事件
裁判年月日  昭和61年07月17日
法廷名  最高裁判所第一小法廷
判決データ: PAT-S61-Gtsu-18.pdf

 所論のマイクロフイルムは、オーストラリア国特許第四〇八五三九号にかかる特許出願の明細書の原本を複製したマイクロフイルムであって、おそくとも本願考案の実用新案登録出願がされた昭和四六年一一月二日より前の一九七〇年(昭和四五年)一二月一〇日までに、同国特許庁の本庁及び五か所の支所に備え付けられ、同日以降はいつでも、公衆がデイスプレイスクリーンを使用してその内容を閲覧し、普通紙に複写してその複写物の交付を受けることができる状態になつたというのであるから、本願考案の実用新案登録出願前に外国において頒布された刊行物に該当するものと解するのが相当である。
 けだし、右の事実関係によれば、右マイクロフイルムは、それ自体公衆に交付されるものではないが、前記オーストラリア国特許明細書に記載された情報を広く公衆に伝達することを目的として複製された明細書原本の複製物であって、この点明細書の内容を印刷した複製物となんら変わるところはなく、また、本願考案の実用新案登録出願前に、同国特許庁本庁及び支所において一般公衆による閲覧、複写の可能な状態におかれたものであって、頒布されたものということができるからである。右マイクロフイルムの部数が一般の印刷物と比較して少数にとどまることは、これをもって頒布された刊行物という妨げとなるものではないというべきである。





判定に対する異議申立事件

事件番号  昭和42年(行ツ)第47号
事件名  登録実用新案の技術的範囲についての判定に対する行政不服審査法による異議申立についての裁決取消請求
裁判年月日  昭和43年04月18日
法廷名  最高裁判所第一小法廷
判決データ:  PAT-S42-Gtsu-47.pdf

 論旨は、要するに、実用新案の技術的範囲についての判定は行政不服審査の対象となり得ないとした原審の判断が実用新案法二六条、特許法七一条、行政不服審査法二条一項、四条一項の解釈適用を誤り、憲法七六条二項後段に違背する、という。
 おもうに、実用新案法二六条によって準用される特許法七一条所定の判定が行政不服審査の対象となり得るかどうかについては、法律に別段の規定がないので、この問題は、行政争訟の一般原則に従って解決するよりほかはない。ところで、行政不服審査法が行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為に対して不服申立を認めているのは、この種行為が国民の権利義務に直接関係し、その違法又は不当な行為によって国民の法律上の利益に影響を与えることがあるという理由に基づくものである。従って、行政庁の行為であっても、性質上右のような法的効果を有しない行為は、行政不服審査の対象となり得ないと解すべきである。
 いま、これを判定についてみるのに、判定は、特許等に関する専門的な知識経験を有する三名の審判官が公正な審理を経て行なうものではあるが、本来、特許発明又は実用新案の技術的範囲を明確にする確認的行為であって新たに特許権や実用新案権を設定したり設定されたこれらの権利に変更を加わえるものではなく、また、法が、旧特許法(大正一〇年法律第九六号)八四条一項二号所定の特許権の範囲確認審判や旧実用新案法(大正一〇年法律第九七号)二二条一項二号所定の実用新案権の範囲確認審判の審決について置かれていたような、判定に法的効果を与えることを前提とする規定を設けていないこと、他方、所論のごとく判定の結果が特許権等の侵害を理由とする差止請求や損害賠償請求等の訴訟において事実上尊重されることがあるとしても、これらの訴訟に対して既判力を及ぼすわけではなくして証拠資料となり得るに過ぎず、しかも、判定によって不利益を被る者は反証を挙げてその内容を争うことができ、裁判所もまたこれと異なる事実認定を行なうのを妨げられないことに思いをいたせば、それは、特許庁の単なる意見の表明であつて、所詮、鑑定的性質を有するにとどまるものと解するのが相当である。
 なお、上告人は、判定が本来の意味における行政庁の処分でないとしても、それは行政不服審査法二条一項にいう事実行為に該当する、と主張する。しかし、同条にいう事実行為とは、「公権力の行使に当たる事実上の行為」、すなわち、意思表示による行政庁の処分に類似する法的効果を招来する権力的な事実上の行為を指すものであるが、判定がこれに当らないことは、多言を要しないところである。
 されば、特許法七一条所定の判定は、行政不服審査の対象としての行政庁の処分その他公権力の行使に当る行為に該当せず、従ってまた、実用新案法二六条により右特許法の規定を準用してなされた本件判定も、行政不服審査の対象となり得ず、これと同趣旨に出た原判決(その引用に係る第一審判決)の判断は、正当であって所論法令違背の違法はなく、この点の論旨は、理由がない。また、違憲の論旨も、本件判定が行政不服審査の対象としての行政庁の処分その他公権力の行使に、当たる行為に該当することを前提とするものであるが、かかる前提そのもののとり得ないことは、叙上の説示によっておのずから明らかであり、その前提を欠くに帰する。





審決取消請求事件(発明の未完成…原子核エネルギー発生装置

事件番号  昭和39年(行ツ)第92号
事件名  審決取消請求
裁判年月日  昭和44年01月28日
法廷名  最高裁判所第三小法廷
判決データ:  PAT-S39-Gtsu-92.pdf

 本願発明は、その明細書によれば、要するに、中性子の衝撃による天然ウランの原子核分裂現象を利用し、その原子核分裂を起こす際に発生するエネルギーの爆発を惹起することなく有効に工業的に利用できるエネルギー発生装置を得ることを目的とするものというのである。そのような装置の発明であるとすれば、それは単なる学術的実験の用具とは異なり、少なくとも定常的かつ安全にそのエネルギーを取り出せるよう作動するまでに技術的に完成したものでなければならないのは当然であって、そのためには、中性子の衝撃による原子核の分裂現象を連鎖的に生起させ、かつ、これを適当に制御された状態において持統させる具体的な手段とともに、右連鎖的に生起する原子核分裂に不可避的に伴う多大の危険を抑止するに足りる具体的な方法の構想は、その技術内容として欠くことのできないものといわなければならない。
 論旨は、その装置が定常的かつ安全に作動することは発明の技術的完成の要件に属しないものと主張し、また、それが旧特許法一条にいう工業的発明とするのには、発明の技術的効果が産業的なものであれば足りると論ずるが、本願発明が連鎖的に生起する原子核分裂現象を安全に統制することを目的としたものであることに目を蔽うものであり、また、それが定常的かつ安全に実施しがたく、技術的に未完成と認められる以上、エネルギー発生装置として産業的な技術的効果を生ずる程度にも至っていないものといわざるをえない。
(中略)
 本願発明の実施に伴う危険は、一般の動力装置におけるような通常の手段方法で阻止できない特異のものであり、しかもその装置の作用効果を発揮するためには不可避的のものであるから、その防止の具体的手段は、発明の技術内容を構成するものといわざるをえない
(中略)
 論旨は、特許出願の審査にあたって、その発明の完成の有無、第三者によるその実施の可能性の有無についての判断は、必ず出願当時の技術を基準としてなされるべきものであるのにかかわらず、原判決は、本願発明の明細書の開示につき、出願後の時期に至つてはじめて明らかになった知識を考慮して判断しているのであつて、これは法の解釈適用を誤つたものという。
 しかし、発明が完成していたかどうかを出願時を基準として判断するとは、その出願当時において発明がすでに技術的に完成していたかどうかを判定することであって、その出願当時判明している技術知識を基準としてその完成の有無を判定することではない。右の判断にあたっては、出願後に判明した事実であっても、それを資料とすることを許さないとする理由はない。





審決取消請求事件(発明が未完成の場合の拒絶理由 : 「薬物製品」(獣医用組成物)事件)

事件番号  昭和49年(行ツ)第107号
事件名  審決取消請求事件
裁判年月日  昭和52年10月13日
法廷名  最高裁判所第一小法廷
判決データ:  PAT-S49-Gtsu-107.pdf

 特許法(以下「法」という。)二条一項は、「この法律で『発明』とは、自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものをいう。」と定め、「発明」は技術的思想、すなわち技術に関する思想でなければならないとしているが、特許制度の趣旨に照らして考えれば、その技術内容は、当該の技術分野における通常の知識を有する者が反復実施して目的とする技術効果を挙げることができる程度にまで具体的・客観的なものとして構成されていなければならないものと解するのが相当であり、技術内容が右の程度にまで構成されていないものは、発明として未完成のものであつて、法二条一項にいう「発明」とはいえないものといわなければならない(当裁判所昭和三九年(行ツ)第九二号同四四年一月二八日第三小法廷判決・民集二三巻一号五四頁参照)。ところで、法四九条一号は、特許出願にかかる発明(以下「出願の発明」という。)が法二九条の規定により特許をすることができないものであることを特許出願の拒絶理由とし、法二九条は、その一項柱書において、出願の発明が「産業上利用することができる発明」であることを特許要件の一つとしているが、そこにいう「発明」は法二条一項にいう「発明」の意義に理解すべきものであるから、出願の発明が発明として未完成のものである場合、法二九条一項柱書にいう「発明」にあたらないことを理由として特許出願について拒絶をすることは、もとより、法の当然に予定し、また、要請するところというべきである。


原審裁判所名  東京高等裁判所  
原審事件番号  昭和48年(行ケ)第91号
原審裁判年月日  昭和49年09月18日
判決データ:  PAT-S48-Gke-91.pdf





フェノチアジン誘導体の製法事件(誤記訂正…アルキレン基

「Aは分枝を有するアルキレン基」との記載は、特許請求の範囲の項中の本件特許発明の構成に欠くことができない事項の一に属するものであって、これを「Aは分枝を有することあるアルキレン基」と訂正することは、形式上特許請求の範囲を拡張するものであることは勿論、実質上特許請求の範囲を拡張するものであって法一二六条二項の許容しないところである。>

事件番号  昭和41年(行ツ)第1号
事件名  審決取消請求事件
裁判年月日  昭和47年12月14日
法廷名  最高裁判所第一小法廷
判決データ:  PAT-S41-Gtsu-1.pdf

 論旨は、実質上特許請求の範囲を拡張または変更するものであるか否かの判断は、特許請求の範囲の項にとどまらず明細書全体の記載を基準とし、あるいはその記載事項から認定されうる発明の基本的思想の同一性を基準としてなされるべきである、と主張する。
 しかしながら、法は、特許出願に際し願書に添附すべき明細書の「特許請求の範囲には、発明の詳細な説明に記載した発明の構成に欠くことができない事項のみを記載しなければならない」(三六条五項)ものとし、また、「特許発明の技術的範囲は、願書に添附した明細書の特許請求の範囲の記載に基いて定めなければならない」(七〇条)ものとするのであって、明細書中において特許請求の範囲の項の占める重要性は、とうてい発明の詳細な説明の項または図面等と同一に論ずることはできない。すなわち、特許請求の範囲は、ほんらい明細書において、対世的な絶対権たる特許権の効力範囲を明確にするものであるからこそ、前記のように、特許発明の技術的範囲を確定するための基準とされるのであって、法一二六条二項にいう「実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するもの」であるか否かの判断は、もとより、明細書中の特許請求の範囲の項の記載を基準としてなされるべく、所論のように、明細書全体の記載を基準としてなされるべきものとする見解は、とうてい採用し難いのである。また、発明の基本的思想の同一性が失われる場合に、これが特許請求の範囲の実質上の変更にあたるとして訂正の許されえないことは勿論であるが、同条二項にいう実質上の拡張または変更にあたる場合を、ひとりこれにとどまるものということはできないのである。
 三 おもうに、訂正の審判が確定したときは、訂正の効果は出願の当初に遡つて生じ(法一二八条)、しかも、訂正された明細書または図面に基づく特許権の効力は、当業者その他不特定多数の一般第三者に及ぶものであるから、訂正の許否の判断はとくに慎重でなければならないのが当然である。
 原審の確定事実に照らして本件を観るのに、上告人が訂正を求める「Aは分枝を有するアルキレン基」との記載は、特許請求の範囲の項中の本件特許発明の構成に欠くことができない事項の一に属するものであって、これが「Aは分枝を有することあるアルキレン基」の誤記であることは当事者間において争いのないところであるとはいえ、本件における特許請求の範囲の項に示された式(化学式は末尾添付)中の「Aは分枝を有するアルキレン基」とする記載は、それ自体きわめて明瞭で、明細書中の他の項の記載等を参酌しなければ理解しえない性質のものではなく、また、それが誤記であるにもかかわらず、「Aは分枝を有するアルキレン基」という記載のままでも発明所期の目的効果が失われるわけではなく、当業者であれば何びともその誤記であることに気付いて、「Aは分枝を有することあるアルキレン基」の趣旨に理解するのが当然であるとはいえないというのである。これによると、前記の「Aは分枝を有するアルキレン基」との記載は、上告人の立場からすれば誤記であることが明かであるとしても、一般第三者との関係からすれば、とうていこれを同一に論ずることができず、けっきょく、本件特許発明の詳細な説明の項中にその趣旨を表示された「Aは分枝を有するアルキレン基」と「Aは分枝を有しないアルキレン基」との両者のうち、前者のみを記載したのが本件特許請求の範囲にほかならないのである。
 以上説示するところによれば、本件の場合、特許請求の範囲の「Aは分枝を有するアルキレン基」との記載を「Aは分枝を有することあるアルキレン基」と訂正することは、形式上特許請求の範囲を拡張するものであることは勿論、本件明細書中に記載された特許請求の範囲の表示を信頼する一般第三者の利益を害することになるものであって、実質上特許請求の範囲を拡張するものというべく、法一二六条二項の許容しないところといわなければならない。したがって、これと結論を同じくする原判決は相当であって、諭旨はすべて理由がない。





あられ菓子の製造方法事件(誤記訂正…3〜5°F

「3乃至5°F」の記載は、特許請求の範囲における発明の構成に欠くことができない事項の一であって、その記載を「3乃至5°C」と訂正することは、実質上特許請求の範囲を変更するものであり、法一二六条二項の規定により許されない。>

事件番号  昭和41年(行ツ)第46号
事件名  審決取消請求事件
裁判年月日  昭和47年12月14日
法廷名  最高裁判所第一小法廷
判決データ:  PAT-S41-Gtsu-46.pdf

 法は、特許出願に際し、願書に添附すべき明細書の「特許請求の範囲には、発明の詳細な説明に記載した発明の構成に欠くことができない事項のみを記載しなければならない」(三六条五項)ものとし、また、「特許発明の技術的範囲は、願書に添附した明細書の特許請求の範囲の記載に基いて定めなければならない」(七〇条)ものとするのであって、明細書中において特許請求の範囲の項の占める重要性は、とうてい発明の詳細な説明の項または図面等と同一に論ずることはできない。すなわち、特許請求の範囲は、ほんらい明細書において、対世的な絶対権たる特許権の効力範囲を明確にするものであるからこそ、前記のように特許発明の技術的範囲を確定するための基準とされるのであって、法一二六条二項にいう「実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するもの」であるか否かの判断は、もとより、明細書中の特許請求の範囲の項の記載を基準としてなされるべきであり、本件訂正の許否につき、原判決が特許請求の範囲に表示された発明の構成に欠くことができない事項を重視したことは、もとより相当といわなければならない。論旨引用の判例は本件に適切でない。
 三 おもうに、訂正の審判が確定したときは、訂正の効果は出願の当初に遡って生じ(法一二八条)、しかも訂正された明細書または図面に基づく特許権の効力は、当業者その他不特定多数の一般第三者に及ぶものであるから、訂正の許否の判断はとくに慎重でなければならないのが当然である。
 原審の確定事実に照らして本件を観るのに、上告人らが訂正を求める「3乃至5°F」の記載は、特許請求の範囲における発明の構成に欠くことができない事項の一であって、その記載が「3乃至5°C」の誤記であることは被上告人の争わないところであるとはいえ、本件における特許請求の範囲の項に示された第一工程中の餅生地の冷蔵温度を「3乃至5°F」とする記載は、それ自体きわめて明瞭で、明細書中の他の項の記載等を参酌しなければ理解しえない性質のものではなく、しかも、「3乃至5°F」と「3乃至5°C」との差は顕著で、その温度差はその後の工程を経た焼成品に著しい差異を及ぼすものであるにもかかわらず、明細書の全文を通じ一貫して「3乃至5°F」と記載されており、当業者であれば容易にその誤記であることに気付いて、「3乃至5°C」の趣旨に理解するのが当然であるとはいえないというのである。これによると、前記の「3乃至5°F」の記載は、上告人らの立場からすれば誤記であることが明らかであるとしても、一般第三者との関係からすれば、とうていこれを同一に論ずることができず、けっきょく、右記載どおり「3乃至5°F」として表示されたのが本件特許請求の範囲にほかならないといわざるをえないのである。
 以上説示するところによれば、本件の場合も特許請求の範囲の「3乃至5°F」の記載を「3乃至5°C」と訂正することは、本件明細書中に記載された特許請求の範囲の表示を信頼する一般第三者の利益を害することになるものであって、実質上特許請求の範囲を変更するものというべく、法一二六条二項の規定により許されないところといわなければならない。したがって、これと同趣旨に出た原判決は相当であって、論旨はすべて理由がない。





損害賠償事件(旧特許法…職務発明についての通常実施権

事件番号  昭和42年(オ)第881号
事件名  損害賠償請求事件
裁判年月日  昭和43年12月13日
法廷名  最高裁判所第二小法廷
判決データ:  PAT-S42-o-881.pdf

 原判決(その引用する第一審判決を含む。)の適法に確定した事実関係のもとにおいて、上告人の先代であるAは、同人が石灰窒素の製造炉に関する本件考案を完成するに至った昭和二六年三月当時、石灰窒素等の製造販売を業とする被上告会社の技術部門担当の最高責任者としての地位にあったものであり、かつ、その地位にもとづき、被上告会社における石灰窒素の生産の向上を図るため、その前提条件である石灰窒素の製造炉の改良考案を試み、その効率を高めるように努力すべき具体的任務を有していたものであるから、右Aが本件考案を完成するに至った行為は、同人の被上告会社の役員としての任務に属するものであったというべきであり、したがって、被上告会社は、本件実用新案につき、旧実用新案法(大正一〇年法九七号)二六条、旧特許法(大正一〇年法九六号)一四条二項にもとづく実施権を有する、とした原審の解釈判断は、正当として是認することができる。





特許権移転登録手続請求事件

事件番号  平成9年(オ)第1918号
事件名  特許権移転登録手続請求事件
裁判年月日  平成13年06月12日
法廷名  最高裁判所第三小法廷
判決データ:  PAT-H09-o-1918.pdf

 3 原審は、次のとおり判断して、上告人の請求を棄却した。
 発明者又は発明者から特許を受ける権利を承継した者(以下「真の権利者」という。)であっても、これ以外の者(以下「無権利者」という。)を特許権者として特許権の設定の登録がされたときは、特許権の移転登録手続を請求することはできない。なぜならば、このような場合に真の権利者の無権利者に対する特許権の移転登録手続請求を認めることは、裁判所が、特許庁における特許無効の審判手続を経由せずに無権利者に付与された特許を無効とし、真の権利者のために新たな特許権の設定の登録をするのと同様の結果となるが、このことは、特許権が行政処分である設定の登録によって発生するものとされ、また、特許の無効理由の存否については専門技術的な立場からの判断が不可欠であるために第1次的には特許庁の判断に委ねられているという特許争訟手続の趣旨及び制度に反するからである。
 4 しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は次のとおりである。
 上記2の事実関係によれば、本件発明につき特許を受けるべき真の権利者は上告人及び上告補助参加人であり、被上告人は特許を受ける権利を有しない無権利者であって、上告人は、被上告人の行為によって、財産的利益である特許を受ける権利の持分を失ったのに対し、被上告人は、法律上の原因なしに、本件特許権の持分を得ているということができる。また、上記2の事実関係の下においては、本件特許権は、上告人がした本件特許出願について特許法所定の手続を経て設定の登録がされたものであって、上告人の有していた特許を受ける権利と連続性を有し、それが変形したものであると評価することができる。
 他方、上告人は、本件特許権につき特許無効の審判を請求することはできるものの、特許無効の審決を経て本件発明につき改めて特許出願をしたとしても、本件特許出願につき既に出願公開がされていることを理由に特許出願が拒絶され、本件発明について上告人が特許権者となることはできない結果になるのであって、それが不当であることは明らかである(しかも、本件特許権につき特許無効の審決がされることによって、真の権利者であることにつき争いのない上告補助参加人までもが権利を失うことになるとすると、本件において特許無効の審判手続を経るべきものとするのは、一層適当でないと考えられる。)。また、上告人は、特許を受ける権利を侵害されたことを理由として不法行為による損害賠償を請求する余地があるとはいえ、これによって本件発明につき特許権の設定の登録を受けていれば得られたであろう利益を十分に回復できるとはいい難い。その上、上告人は、被上告人に対し本件訴訟を提起して、本件発明につき特許を受ける権利の持分を有することの確認を求めていたのであるから、この訴訟の係属中に特許権の設定の登録がされたことをもって、この確認請求を不適法とし、さらに、本件特許権の移転登録手続請求への訴えの変更も認めないとすることは、上告人の保護に欠けるのみならず、訴訟経済にも反するというべきである。
 これらの不都合を是正するためには、特許無効の審判手続を経るべきものとして本件特許出願から生じた本件特許権自体を消滅させるのではなく、被上告人の有する本件特許権の共有者としての地位を上告人に承継させて、上告人を本件特許権の共有者であるとして取り扱えば足りるのであって、そのための方法としては、被上告人から上告人へ本件特許権の持分の移転登録を認めるのが、最も簡明かつ直接的であるということができる。

 もっとも、特許法は、特許権が特許庁における設定の登録によって発生するものとし、また、特許出願人が発明者又は特許を受ける権利の承継者でないことが特許出願について拒絶をすべき理由及び特許を無効とすべき理由になると規定した上で、これを特許庁の審査官又は審判官が第1次的に判断するものとしている。しかし、本件においては、本件発明が新規性、進歩性等の要件を備えていることは当事者間で争われておらず、専ら権利の帰属が争点となっているところ、特許権の帰属自体は必ずしも技術に関する専門的知識経験を有していなくても判断し得る事項であるから、本件のような事案において行政庁の第1次的判断権の尊重を理由に前記と異なる判断をすることは、かえって適当とはいえない。また、本件特許権の成立及び維持に関しては、特許料を負担するなど、被上告人の寄与による部分もあると思われるが、これに関しては上告人が被上告人に対して被上告人のした負担に相当する金銭を償還すべきものとすれば足りるのであって、この点が上告人の被上告人に対する本件請求の妨げになるものではない。
 以上に述べた点を考慮すると、本件の事実関係の下においては、上告人は被上告人に対して本件特許権の被上告人の持分につき移転登録手続を請求することができると解するのが相当である。
 5 そうすると、原審の判断には法令の解釈適用を誤った違法があり、この違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり、原判決は破棄を免れない。





メリヤス編機事件(審決取消訴訟における新たな無効原因の主張)

事件番号  昭和42年(行ツ)第28号
事件名  審決取消請求事件
裁判年月日  昭和51年03月10日
裁判所名  最高裁判所大法廷 
判決データ:  PAT-S42-Gtsu-28.pdf

 法は、特許無効の審判についていえば、そこで争われる特許無効の原因が特定されて当事者らに明確にされることを要求し、審判手続においては、右の特定された無効原因をめぐつて攻防が行われ、かつ、審判官による審理判断もこの争点に限定してされるという手続構造を採用していることが明らかであり、法一一七条が「特許若ハ第五十三条ノ許可ノ効力……ニ関スル確定審決ノ登録アリタルトキハ何人ト雖同一事実及同一証拠ニ基キ同一審判ヲ請求スルコトヲ得ス」と規定しているのも、このような手続構造に照応して、確定審決に対し、そこにおいて現実に判断された事項につき対世的な一事不再理の効果を付与したものと考えられる。そしてまた、法が、抗告審判の審決に対する取消訴訟を東京高等裁判所の専属管轄とし、事実審を一審級省略しているのも、当該無効原因の存否については、すでに、審判及び抗告審判手続において、当事者らの関与の下に十分な審理がされていると考えたためにほかならないと解されるのである。
 右に述べたような、法が定めた特許に関する処分に対する不服制度及び審判手続の構造と性格に照らすときは、特許無効の抗告審判の審決に対する取消の訴においてその判断の違法が争われる場合には、専ら当該審判手続において現実に争われ、かつ、審理判断された特定の無効原因に関するもののみが審理の対象とされるべきものであり、それ以外の無効原因については、右訴訟においてこれを審決の違法事由として主張し、裁判所の判断を求めることを許さないとするのが法の趣旨であると解すべきである。 





食品包装容器事件(無効審決取消訴訟における技術常識の認定)

事件番号  昭和54年(行ツ)第2号
事件名  審決取消請求事件
裁判年月日  昭和55年01月24日
法廷名  最高裁判所第一小法廷
判決データ:  PAT-S54-Gtsu-2.pdf

 実用新案登録の無効についての審決の取消訴訟においては、審判の手続において審理判断されていなかつた刊行物記載の考案との対比における無効原因の存否を認定して審決の適法、違法を判断することの許されないことは、当裁判所の判例の趣旨とするところであるが(最高裁昭和四二年(行ツ)第二八号同五一年三月一〇日大法廷判決・民集三〇巻二号七九頁参照)、審判の手続において審理判断されていた刊行物記載の考案との対比における無効原因の存否を認定して審決の適法、違法を判断するにあたり、審判の手続にはあらわれていなかつた資料に基づき右考案の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)の実用新案登録出願当時における技術常識を認定し、これによつて同考案のもつ意義を明らかにしたうえ無効原因の存否を認定したとしても、このことから審判の手続において審理判断されていなかつた刊行物記載の考案との対比における無効原因の存否を認定して審決の適法、違法を判断したものということはできない。





高速旋回式バレル研磨法事件

<前判決の拘束力に従ってされた審決には違法はなく、原判決は前判決の拘束力の及ぶ認定判断とは異なる認定判断をした点において、取消判決の拘束力に関する法令の解釈適用を誤った違法がある。>

事件番号  昭和63年(行ツ)第10号
事件名  審決取消請求事件
裁判年月日  平成4年04月28日
法廷名  最高裁判所第三小法廷
判決データ:  PAT-S63-Gtsu-10.pdf

 前判決の拘束力に従ってされた本件審決の取消訴訟において、前判決が特定の引用例(第二引用例)記載のものは本件発明とはマスの挙動や作用効果が大きく異なり、右引用例から本件発明を特許出願前に当業者が容易に発明することができたとはいえないとした認定判断を否定する主張立証の許されないことは前述のとおりである。しかるに、原判決は、許さるべきでない主張立証を許し、これを採用した結果、本件発明と第二引用例記載のものとはマスの挙動や作用効果に格別の差異はなく、本件発明は特許出願前に当業者が第二引用例から容易に発明することができた旨前判決の拘束力の及ぶ前記認定判断とは異なる認定判断をした点において、取消判決の拘束力に関する法令の解釈適用を誤った違法があることが明らかである。原判決は、右認定判断の過程で、第三引用例並びに前判決において検討されていない第一引用例及び周知慣用手段について検討を加えてはいるものの、これらは(第二引用例記載のものと本件発明とのマスの挙動や作用効果に格別の差異はないとの認定判断の後に、第二引用例記載のもののバレルの形状を本件発明のバレルの形状に置換することの容易性についての認定判断の際に用いられており)、本件発明を特許出願前に当業者が容易に発明することができたか否かを認定判断する際の独立した無効原因たり得るものとして、あるいは第二引用例を単に補強するだけではなくこれとあいまって初めて無効原因たり得るものとして、検討されているのでなく、原判決は、第二引用例を主体として、本件発明の進歩性の有無について認定判断をしているものにほかならない。したがって、第一引用例及び周知慣用手段がその判断の際に用いられているにしても、原判決に前記の違法があることに変わりはなく、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。この点の違法をいう論旨は理由があり、その余の上告理由について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。
 四 そして、被上告人は、第一ないし第三引用例のいずれからも本件発明を特許出願前に当業者が容易に発明することができたとはいえないとした本件審決の認定判断を違法であるとして、その取消しを求めているが、第二引用例あるいは第三引用例から本件発明を特許出願前に当業者が容易に発明することができたとはいえないとした本件審決の認定判断は、前判決の拘束力に従ったものであって適法であることは前判示のとおりであり、また、第一引用例及び周知慣用手段が、独立の無効原因たり得るものあるいは第二引用例を単に補強するだけではなくこれとあいまって初めて無効原因たり得るものとはいえないことは原判決の判示するとおりであるから、第一引用例から本件発明を特許出願前に当業者が容易に発明することができたとはいえないとした本件審決の認定判断もまた適法である。以上説示したところによれば、被上告人の審判の請求は成り立たないとした本件審決は適法であり、その取消しを求める被上告人の請求は理由がないことが明らかであるから、これを棄却すべきである。
 よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇八条、九六条、九四条、八九条、九三条に従い、裁判官園部逸夫の補足意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
 裁判官園部逸夫の補足意見は、次のとおりである。
 私は法廷意見のうち論旨に対する判断には賛成であるが、その前提となる行政事件訴訟法三三条一項の解釈については、法廷意見とは別の解釈をとっているので、以下、私の補足意見を述べることとする。
 いわゆる当事者系無効審判の審決について、裁判所に取消しの訴えを提起できることは、特許法一七八条及び一八一条一項の規定に照らし明らかであるが、特許法及び行政事件訴訟法の関係条文は、右取消しの訴えの訴訟形態に適合した運用について明確で整合性のある規定を具備しているとはいえない状態にある。当事者系無効審判の審決に対する訴えについては、当事者、参加人等(特許法一七八条二項)が、事案に応じて当該審判の請求人又は被請求人を被告として提起することができるとされている(同法一七九条ただし書)。したがって当事者系審決取消訴訟は、行政庁(審判官、特許庁長官等)を被告としない取消訴訟という点で、典型的な取消訴訟(行政事件訴訟法三条二項)と異なるのみならず、原被告間の法律関係を確認し又は形成する処分に関する訴訟ではないという点で、いわゆる形式的当事者訴訟(同法四条前段)ともその性格を異にするのである。この点について、当事者系審決取消訴訟は、その実質において、行政庁(審判官ひいては特許庁長官)の公権力の行使に関する不服の訴訟であることから、行政事件訴訟法の取消訴訟に関する規定(同法二章一節)を適用することが妥当であるとする見解があるが、私は、当事者系審決取消訴訟の根拠法規については、行政事件訴訟法の当事者訴訟に関する規定(同法三章)を準用するか、あるいは、立法論として、本件で問題とされている事柄に関する明文の規定を置くことも含めて、特許法上、特殊な当事者訴訟に関する規定を設けることが望ましいと考えている。しかし、解釈論としては、当事者訴訟の規定を準用する場合でも、本件の争点に関する問題は同様であるから(同法四一条一項)、ここでは、取消訴訟の規定と当事者系審決取消訴訟との関係一般の問題として検討することとする。
 まず、当初の審決取消判決が確定したときに右判決が再度の審判における審判官の審決に及ぼす効力については、従来の実務では、右審決に当たる審判官に対し、行政事件訴訟法三三条一項の規定を適用し、審決を取り消す判決は、その事件について、審判官を拘束するとしている。私は、右条項の定める取消判決の拘束力は、取消判決の実効性を担保するために、右規定によって与えられた特殊の効力であり、当事者たる行政庁のみならずその他の関係行政庁に対して処分を違法とした判決の内容を尊重し、当該事件について判決の趣旨に従って行動すべきことを義務づけたものであると解する(同条二項参照)。ところが、当事者系審決取消訴訟においては、当事者たる行政庁は存在せず、審判官を右条項にいう関係行政庁と見ることもできないので、同法三三条の規定をそのまま適用することはできないと解すべきであるが、右取消訴訟が特許法上の特殊な取消訴訟として取り扱われていることを考慮して、当事者訴訟について行政事件訴訟法四一条により同法三三条一項を準用するのと同様の趣旨により、当事者系審決取消訴訟についても、同法三三条一項を準用することとし、実質上の当事者たる行政庁としての審判官は、前訴の判決の趣旨に従い審決をしなければならないものと解するのである。
 ここまでは、従来の実務及び本判決の法廷意見のとる見解とほぼ同意見であるが、更に進んで、再度の審判の審決を不服として提起された再度の審決取消訴訟の審理判断において、当初の審決取消訴訟の判決の趣旨に従ってされた当該審決を、その限りにおいて適法であるとし、これを違法とすることができないということについては、法廷意見が述べるように当然の理であるとは考えない。前に述べたとおり、行政事件訴訟法三三条は、取消判決の実効性を担保するという政策的な見地から、当該処分に関係のある行政庁に対し判決の趣旨に従うべきことを規定したのにとどまり、当初の審決取消訴訟の判決が再度の審決取消訴訟の係属する裁判所の審理判断をも当然に拘束することを規定したものではないと解されるからである。
 通常の取消訴訟では、再度の訴訟が提起されて本件のような問題の生ずることは例外といってよいと思われるが、特許無効審判という通常の行政庁の処分とは異なった態様の手続を前審手続とする審決取消訴訟の特殊性がある上、最高裁判所昭和五一年三月一〇日大法廷判決(民集三〇巻二号七九頁)の判旨から見ても、再度の審判において、当事者双方による新たな主張立証が行われ、事案によっては更に手続が反復されることにより、無効審判及び審決取消訴訟が際限なく続けられる可能性を否定することができない。このような性格を有する審決取消訴訟については、私は、右訴訟が当事者訴訟的性格を有することを重視する見地に立って、当事者訴訟について行政事件訴訟法三三条一項を準用する場合の後訴の裁判所に対する右規定の意義という観点から解釈を加える必要があると考える。すなわち、右規定の背後にある公益性への配慮あるいは迅速で実効性のある訴訟の遂行という法意にかんがみれば、当初の審決取消訴訟に続く累次の訴訟において、裁判所は、従前の各確定判決の理由中の認定判断から審決の根拠となるべき行為規範を見出し、それとの関係において、審決の適法性を審理し判断することが、行政事件訴訟の制度の趣旨にも合致した妥当な処理であると考えるのである。
 右に述べたような見地から、私は、法廷意見三の3に示された理由により、本件審決の認定判断を適法と認めるのである。





大径角形鋼管の製造方法事件(無効審決取消訴訟係属中における訂正審決の確定 )

事件番号  平成7年(行ツ)第204号
事件名  審決取消請求事件
裁判年月日  平成11年03月09日
法廷名  最高裁判所第三小法廷
判決データ:  PAT-H07-Gtsu-204.pdf

 審決取消訴訟において、審判の手続において審理判断されなかった公知事実との対比における無効原因は審決を違法とし、又はこれを適法とする理由として主張することができないことは、当審の判例とするところである(最高裁昭和四二年(行ツ)第二八号同五元年三月一〇日大法廷判決・民集三〇巻二号七九頁)。明細書の特許請求の範囲が訂正審決により減縮された場合には、減縮後の特許請求の範囲に新たな要件が付加されているから、通常の場合、訂正前の明細書に基づく発明について対比された公知事実のみならず、その他の公知事実との対比を行わなければ、右発明が特許を受けることができるかどうかの判断をすることができない。そして、このような審理判断を、特許庁における審判の手続を経ることなく、審決取消訴訟の係属する裁判所において第一次的に行うことはできないと解すべきであるから、訂正後の明細書に基づく発明が特許を受けることができるかどうかは、当該特許権についてされた無効審決を取り消した上、改めてまず特許庁における審判の手続によってこれを審理判断すべきものである。





燻し瓦の製造法事件(特許請求の範囲の解釈)

事件番号  平成6年(オ)第2378号
事件名  損害賠償請求事件
裁判年月日  平成10年04月28日
裁判所名  最高裁判所第三小法廷
判決データ:  PAT-H06-o-2378.pdf

三  しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
1 本件において、特許請求の範囲の記載は、前記のとおりであり、瓦素地の焼成後に未燃焼のLPガスを窯内に送って充満させ、摂氏一〇〇〇度ないし九〇〇度「付近」の窯内温度と焼成瓦素地の触媒的作用により未燃焼LPガスを熱分解し、その分解によって単離される炭素を転移した黒煙を瓦素地表面に沈着するという構成を有し、本件発明における燻化時の窯内温度は、このような構成に適した窯内温度として採用されていることが明らかである。また、発明の詳細な説明には、本件発明の作用効果として、窯内で炭化水素の熱分解が進んで単離される炭素並びにその炭素から転移した黒鉛の表面沈着によって生じた燻し瓦の着色は、在来の方法による燻し色の沈着に比して少しも遜色がないと記載され、本件発明における燻化温度は、このような作用効果をも生ずるのに適した窯内温度として採用されていることが明らかである。したがって、本件発明の特許請求の範囲にいう摂氏一〇〇〇度ないし摂氏九〇〇度「付近」の窯内温度という構成における「付近」の意義については、本件特許出願時において、右作用効果を生ずるのに適した窯内温度に関する当業者の認識及び技術水準を参酌してこれを解釈することが必要である。
2 原審は、特許請求の範囲及び発明の詳細な説明のいずれにも「付近」の意義を判断するに足りる作用効果の開示はないというが、右のとおり、特許請求の範囲及び発明の詳細な説明には、「付近」の意義を解釈するに当たり参酌すべき作用効果が開示されているのであって、右「付近」の意義を判断するに当たっては、これらの記載を参酌することが必要不可欠である。
3 原審は、前記のとおり、本件発明は窯内温度が摂氏一〇〇〇度「付近」で燻化を開始し摂氏九〇〇度「付近」で燻化を終了するものであるとか、「付近」の意味する幅は摂氏一〇〇度よりもかなり少ない数値を指すというが、前記窯内温度の作用効果を参酌することなしにこのような判断をすることはできないのであって、このことは、右窯内温度が特許請求の範囲に記載されていることにより左右されるものではない。右参酌をせずに特許請求の範囲を解釈した原審の判断には、特許法七〇条の解釈を誤った違法があるというべきである。


 発明の名称: 単独型ガス燃焼窯による燻し瓦の製造法
 特許第1215503号
「特許請求の範囲」
 LPガスを燃焼させるバーナーと、該バーナーにおいて発生するガス焔を窯内に吹き込むバーナーとを設けた単独型ガス燃焼窯の、バーナー口を適宜に密封できるようにすると共に、該燃焼窯の煙突口の排気量を適時に最小限に絞り又は全く閉鎖する絞り弁を設け、さらに前記LPガスを未燃焼状態で窯内に供給する供給ノズルをバーナー以外に設け、前記単独型ガス燃焼窯の窯内に瓦素地を装てんし、バーナー口及び煙突口を解放してバーナーからLPガス焔を窯内に吹き込み、その酸化焔熱により瓦素地を焼成し、続いてバーナー口及び煙突口を閉じて外気の窯内進入を遮断し、前記のバーナー口以外の供給ノズルから未燃焼のLPガスを窯内に送って充満させ、一〇〇〇℃〜九〇〇℃付近の窯温度と焼成瓦素地の触媒的作用により前記の未燃焼LPガスを熱分解し、その分解によって単離される炭素を転移した黒鉛を瓦素地表面に沈着することを特徴とする単独型ガス燃焼窯による燻し瓦の製造法。





審決取消請求事件(リパーゼ事件)

事件番号  昭和62年(行ツ)第3号
事件名  審決取消請求事件
裁判年月日  平成3年03月08日
法廷名  最高裁判所第二小法廷
判決データ:  PAT-S62-Gtsu-3.pdf

 三 しかしながら、原審の右の判断は、にわかに是認することができない。その理由は、次のとおりである。
 特許法二九条一項及び二項所定の特許要件、すなわち、特許出願に係る発明の新規性及び進歩性について審理するに当たっては、この発明を同条一項各号所定の発明と対比する前提として、特許出願に係る発明の要旨が認定されなければならないところ、この要旨認定は、特段の事情のない限り、願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載に基づいてされるべきである。特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解することができないとか、あるいは、一見してその記載が誤記であることが明細書の発明の詳細な説明の記載に照らして明らかであるなどの特段の事情がある場合に限って、明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌することが許されるにすぎない。このことは、特許請求の範囲には、特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項のみを記載しなければならない旨定めている特許法三六条五項二号の規定(本件特許出願については、昭和五〇年法律第四六号による改正前の特許法三六条五項の規定)からみて明らかである。
 これを本件についてみると、原審が確定した前記事実関係によれば、本願発明の特許請求の範囲の記載には、トリグリセリドを酵素的に鹸化する際に使用するリパーゼについてこれを限定する旨の記載はなく、右のような特段の事情も認められないから、本願発明の特許請求の範囲に記載のリパーゼがRaリパーゼに限定されるものであると解することはできない。原審は、本願発明は前記(4)記載の測定方法の改良を目的とするものであるが、その改良として技術的に裏付けられているのは、Raリパーゼを使用するものだけであり、本願明細書に記載された実施例もRaリパーゼを使用したものだけが示されていると認定しているが、本願発明の測定法の技術分野において、Raリパーゼ以外のリパーゼはおよそ用いられるものでないことが当業者の一般的な技術常識になっているとはいえないから、明細書の発明の詳細な説明で技術的に裏付けられているのがRaリパーゼを使用するものだけであるとか、実施例がRaリパーゼを使用するものだけであることのみから、特許請求の範囲に記載されたリパーゼをRaリパーゼと限定して解することはできないというべきである。
 四 そうすると、原審の確定した前記事実関係から、本願発明の特許請求の範囲の記載中にあるリパーゼはRaリパーゼを意味するものであるとし、本願発明が採用した酵素はRaリパーゼに限定されるものであると解した原審の判断には、特許出願に係る発明の進歩性の要件の有無を審理する前提としてされるべき発明の要旨認定に関する法令の解釈適用を誤った違法があるというべきであり、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。この点の違法をいう論旨は理由があり、その余の上告理由について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。



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