一審被告キヤノン株式会社は、一審原告Xに対し、6955万7155円及び5626万円に対する平成11年6月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
実用新案登録出願人が出願公開後に第三者に対して実用新案登録出願に係る考案の内容を記載した書面を提示して警告をするなどして、第三者が右出願公開がされた実用新案登録出願に係る考案の内容を知った後に、補正によって登録請求の範囲が補正された場合において、その補正が元の登録請求の範囲を拡張、変更するものであって、第三者の実施している物品が、補正前の登録請求の範囲の記載によれば考案の技術的範囲に属しなかったのに、補正後の登録請求の範囲の記載によれば考案の技術的範囲に属することとなったときは、出願人が第三者に対して実用新案法一三条の三に基づく補償金支払請求をするためには、右補正後に改めて出願人が第三者に対して同条所定の警告をするなどして、第三者が補正後の登録請求の範囲の内容を知ることを要するが、その補正が、願書に最初に添附した明細書又は図面に記載した事項の範囲内において補正前の登録請求の範囲を減縮するものであって、第三者の実施している物品が補正の前後を通じて考案の技術的範囲に属するときは、右補正の後に再度の警告等により第三者が補正後の登録請求の範囲の内容を知ることを要しないと解するのが相当である。第三者に対して突然の補償金請求という不意打ちを与えることを防止するために右警告ないし悪意を要件とした同条の立法趣旨に照らせば、前者の場合のみ、改めて警告ないし悪意を要求すれば足りるのであって、後者の場合には改めて警告ないし悪意を要求しなくても、第三者に対して不意打ちを与えることにはならないからである。
iMac 事件(不正競争仮処分事件)
事件番号 |
平成11年(ヨ)第22125号 |
事件名 |
不正競争仮処分事件 |
裁判年月日 |
平成11年09月20日 |
裁判所名 |
東京地方裁判所 |
判決データ:
UF-H11-yo-22125.pdf
3 混同のおそれについて
前記2のとおり、債務者商品の形態が債権者商品の形態と類似していることに照らせば、需要者が、両者を誤認混同したり、少なくとも債務者商品を製造販売する債務者が債権者らと何らかの資本関係、提携関係等を有するのではないかと誤認混同するおそれがあると認められる。
この点につき、債務者は、@両商品には、ロゴ、マークが付されていること、Aパーソナルコンピュータという商品の特性、販売方法等を挙げて、混同のおそれを争うが、前記の類似性を考慮すれば、何ら前記結論を左右しない。
四 結論
1 審理に関して付言する。
当裁判所は、争いに係る事実及び法律関係に関して、債務者からの意見を聴くために、審尋期日を指定した。債務者は、右期日に答弁書、準備書面及び疎明資料を提出しなかった。また、当裁判所は、口頭による意見を求めたが、債務者は、債務者商品を製造、販売することができる正当性に関する理由を説明しなかった。そこで、当裁判所は、審尋期日を打ち切った(審尋のための続行期日を指定しなかった。)。
ただし、当裁判所は、債務者に対して、防御を尽くすため、期限を付して、主張、立証資料の提出の機会を与えた。これに応じて、債務者から別紙二「答弁書」が提出されたが、右答弁書を検討しても、なお、前記の認定、判断を左右するには至らない。
一般に、企業が、他人の権利を侵害する可能性のある商品を製造、販売するに当たっては、自己の行為の正当性について、あらかじめ、法的な観点からの検討を行い、仮に法的紛争に至ったときには、正当性を示す根拠ないし資料を、すみやかに提示することができるよう準備をすべきであるといえる。しかるに、本件においては、前記のとおり、審尋期日において、債務者から、そのような事実上及び法律上の説明は一切されなかった。そこで、当裁判所は、迅速な救済を図る民事保全の趣旨に照らして、前記のような審理をした。
補償金請求事件(オリンパス事件)
事件番号 |
平成13年(受)第1256号 |
事件名 |
補償金請求事件 |
裁判年月日 |
平成15年04月22日 |
法廷名 |
最高裁判所第三小法廷 |
判決データ:
PAT-H13-Ju-1256.pdf
勤務規則等により職務発明について特許を受ける権利等を使用者等に承継させた従業者等は、当該勤務規則等に、使用者等が従業者等に対して支払うべき対価に関する条項がある場合においても、これによる対価の額が同条4項の規定に従って定められる対価の額に満たないときは、同条3項の規定に基づき、その不足する額に相当する対価の支払を求めることができると解するのが相当である。
(中略)
1 職務発明について特許を受ける権利等を使用者等に承継させる旨を定めた勤務規則等がある場合においては、従業者等は、当該勤務規則等により、特許を受ける権利等を使用者等に承継させたときに、相当の対価の支払を受ける権利を取得する(特許法35条3項)。対価の額については、同条4項の規定があるので、勤務規則等による額が同項により算定される額に満たないときは同項により算定される額に修正されるのであるが、対価の支払時期についてはそのような規定はない。したがって、勤務規則等に対価の支払時期が定められているときは、勤務規則等の定めによる支払時期が到来するまでの間は、相当の対価の支払を受ける権利の行使につき法律上の障害があるものとして、その支払を求めることができないというべきである。そうすると、勤務規則等に、使用者等が従業者等に対して支払うべき対価の支払時期に関する条項がある場合には、その支払時期が相当の対価の支払を受ける権利の消滅時効の起算点となると解するのが相当である。
2 本件においては、上告人規定に、上告人が工業所有権収入を第三者から継続的に受領した場合には、受領開始日より2年間を対象として、1回限りの報償を行う旨が定められていたこと、上告人が、平成2年10月以降、本件発明について実施料を受領したことは、前記第1の2のとおりである。そうすると、上告人規定に従って上記報償の行われるべき時が本件における相当の対価の支払を受ける権利の消滅時効の起算点となるから、被上告人が本件訴訟を提起した同7年3月3日までに、被上告人の権利につき消滅時効期間が経過していないことは明らかである。
職務発明の対価(味の素 人工甘味料アスパルテーム事件)
事件番号 |
平成14年(ワ)第20521号 |
事件名 |
特許権持分移転登録手続等請求事件 |
裁判年月日 |
平成16年02月24日 |
裁判所名 |
東京地方裁判所 |
判決データ:
PAT-H14-wa-20521.pdf PAT-H14-wa-20521-1.pdf
2 事案の概要
本件は、被告の元従業員であった原告が、被告に対し、本件各発明が職務発明であり、被告に特許を受ける権利を承継したとして、特許法35条3項に基づき、その相当の対価247億7147万円のうち、一部請求として、20億円の支払を求める事案である。原告は、外国に出願された特許を受ける権利の承継の対価をも請求するところ、被告は、特許法35条3項は、外国において特許を受ける権利の承継に対する対価請求には適用されないなどと主張して対価の額を争うとともに、対価請求権が時効により消滅した旨主張する。
(判旨)
(6) 「相当の対価」の額
ア 以上によれば、本件各発明に対する「相当の対価」の額は、被告が受けるべき利益の額79億7400万円から被告が貢献した程度95%を控除し、共同発明者間における原告の寄与度50%を乗じた1億9935万円となる。
79億7400万円×(1−0.95)×0.5=1億9935万円
イ 前記のとおり、原告は、被告から本件各発明に係る特許について、被告規程に基づき、1000万円の報奨金を受領したことが認められる。被告が支払った1000万円の報奨金は、発明等取扱規程、特許報奨規程及び特許報奨規程運営要領に基づいて、被告の売上高や実施料を基礎に算定した増分利益に基づいて本件各特許を功労特許と評価したものであり、いわゆる実績補償の性質を有するものであり、特許法35条3項、4項所定の「相当の対価」の一部に当たると解される。
そうすると、原告は、合計1000万円の補償金ないし報奨金を受領したことが認められ、これらは「相当の対価」の一部の支払に当たるものである。
そこで、アの「相当の対価」の額から上記支払済みの金額を控除すると、「相当の対価」の不足額は、1億8935万円となる。
1億9935万円−1000万円=1億8935万円
4 争点(3)(消滅時効の成否)について
(1) 職務発明について特許を受ける権利等を使用者等に承継させる旨を定めた勤務規則等がある場合においては、従業者等は、当該勤務規則等により、特許を受ける権利等を使用者等に承継させたときに、相当の対価の支払を受ける権利を取得する(特許法35条3項)。
本件において、原告が被告に対し本件各発明に係る特許を受ける権利を承継させた昭和57年1月の時点では、勤務規則等に、使用者等が従業者等に対して支払うべき対価の支払時期に関する条項がなかったのであるから、特許を受ける権利を被告に承継させた時が、相当の対価の支払を受ける権利の消滅時効の起算点となると解すべきである。
そして、職務発明の相当対価請求権は、特許法35条により従業者に認められた法定の権利であるから、消滅時効期間は10年と解すべきである。
(2) しかるに、被告は、平成11年に特許報奨規程(乙9)を定め、「職務発明特許について特許報奨委員会が本規程に基づく報奨の審査・推薦を行う時期は、原則として当該職務発明特許について特許出願した後、10年、15年、20年を経過した時とするが、会社に著しい利益をもたらした場合など、特段の事情のある場合は、特許報奨委員会は、これら以外の時期に報奨のための審査・推薦を行うことができる。」と規定し(第5条)、発明等取扱規程(乙5の2)を改定して、昭和54年(1979年)4月1日以降特許出願された職務発明について遡って適用する旨規定し(第15条A)、平成13年1月17日、特許報奨委員会による審査を経て原告に対し本件各発明に係る特許報奨金を支払ったのである。
これらの特許報奨規程の制定と発明等取扱規程の改定及びそれに基づく特許報奨金は、前記3(6)のとおり、いわゆる実績補償の性質を有するものであり、特許法35条3項、4項所定の相当の対価の一部に当たると解される。したがって、その支払は、相当の対価の支払債務について時効が完成した後に当該債務を承認したものというべきであるから、被告が当該債務について消滅時効を援用することは、信義則に照らし許されないものと解するのが相当である。
職務発明補償金請求事件(日立製作所 光ピックアップ事件)
事件番号 |
平成16年(受)第781号 |
事件名 |
補償金請求事件 |
裁判年月日 |
平成18年10月17日 |
法廷名 |
最高裁判所第三小法廷 |
判決データ:
PAT-H16-Ju-781.pdf
主 文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理 由
第1 事案の概要
1 本件は、被上告人が、職務発明について、我が国の特許を受ける権利と共に外国の特許を受ける権利を上告人に譲渡したことにつき、上告人に対し、特許法35条(平成16年法律第79号による改正前のもの。以下同じ。)3項所定の相当の対価の支払を求める事案である。
2 原審が適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
(1) 上告人は、電気関連製品の開発、製造、販売等を行う総合電器メーカーである。被上告人は、昭和44年11月から平成8年11月までの間、上告人に雇用され、上告人の中央研究所の主管研究員等として勤務していた。
(2) 被上告人は、上告人の従業員であった当時、他の従業員と共同して、第1審判決別紙特許目録記載1〜3の各特許に係る発明をした(以下、これらの発明をそれぞれ同目録の番号に従い「本件発明1」、「本件発明2」、「本件発明3」といい、「本件各発明」と総称する。)。本件各発明は、いずれも、レーザー光を利用して情報を記憶媒体(光ディスク)に記録再生する装置や方法に関するもので、その性質上、上告人の業務範囲に属し、かつ、発明をするに至った行為が上告人における被上告人の職務に属するものであって、特許法35条1項所定の職務発明に当たる。
(3) 被上告人は、本件発明1につき昭和52年9月13日、同2につき昭和48年1月20日、同3につき昭和49年12月26日、上告人との間で、それぞれ特許を受ける権利(外国の特許を受ける権利を含む。)を上告人に譲渡する旨の契約を締結した(以下、これらの契約を「本件譲渡契約」と総称する。)。
(4) 上告人は、本件各発明について、我が国において特許出願をし、その設定登録を受けて、特許権を取得するとともに、本件発明1につきアメリカ合衆国、カナダ、イギリス、フランス及びオランダの各国において、本件発明2及び3につきアメリカ合衆国、ドイツ、イギリス、フランス及びオランダの各国において、それぞれ特許権を取得した。
(5) 上告人は、本件譲渡契約を締結した当時、発明をした従業員に対し、特許出願時及び設定登録時において一定額の賞金を授与するとともに、実施効果の顕著なものについてその功績の区分に応じた賞金を授与するという内容の「発明、考案等に関する表彰規程」を定めていたが、さらに、平成3年6月までに、発明をした従業員に対し、我が国及び外国における特許出願時、我が国及び外国における特許権設定登録時、社内における実績成績が顕著であって業績に貢献したと認められたとき、第三者に実施権を許諾し実施料収入を得たときなどに所定の基準に従って算定された補償金を支払うという内容の「発明考案等取扱規則」、「発明考案等に関する補償規程」及び「発明考案等に関する補償基準」を定めた(以下、上告人において定められたこれらの表彰規程等を「本件規定」と総称する。)。
(6) 上告人は、我が国及び外国において特許出願をし又は設定登録を得た本件各発明について、複数の企業との間で本件各発明の実施を許諾する契約を締結し、その実施料を収受するなどして利益を得た。
(7) 上告人は、被上告人に対し、本件各発明に係る特許を受ける権利の譲渡の対価として、本件規定に基づき、本件発明1につき合計231万8000円、本件発明2につき合計5万1400円、本件発明3につき合計1万0700円の賞金又は補償金を支払った。
3 原審は、次のとおり判断して、被上告人が本件各発明の特許を受ける権利の譲渡に伴い上告人に対して請求し得る相当の対価の額(本件規定に基づいて支払を受けた分を差し引いた額)を、本件発明1につき1億6284万6300円、本件発明2につき13万1750円、本件発明3につき2万5666円であると認定し、合計1億6300万3716円の支払を求める限度で被上告人の請求を認容した。
(1) 本件譲渡契約に基づく特許を受ける権利の譲渡の対価に関する問題については、その対象となる権利が我が国及び外国の特許を受ける権利である点において渉外的要素を含むため、その準拠法を決定する必要があるところ、本件譲渡契約は、日本法人である上告人と、我が国に在住して上告人の従業員として勤務していた日本人である被上告人とが、被上告人がした職務発明について我が国で締結したものであり、上告人と被上告人との間には、本件譲渡契約の成立及び効力の準拠法を我が国の法律とする旨の黙示の合意が存在すると認められるから、法例7条1項の規定により、その準拠法は、外国の特許を受ける権利の譲渡の対価に関する問題を含めて、我が国の法律である。
(2) 特許法35条3項にいう「特許を受ける権利」には、我が国の特許を受ける権利のみならず、外国の特許を受ける権利が含まれるから、被上告人は、上告人に対し、外国の特許を受ける権利の譲渡についても、同条3項に基づく同条4項所定の基準に従って定められる相当の対価の支払を請求することができる。
第2 上告代理人末吉亙ほかの上告受理申立て理由第3について
1 外国の特許を受ける権利の譲渡に伴って譲渡人が譲受人に対しその対価を請求できるかどうか、その対価の額はいくらであるかなどの特許を受ける権利の譲渡の対価に関する問題は、譲渡の当事者がどのような債権債務を有するのかという問題にほかならず、譲渡当事者間における譲渡の原因関係である契約その他の債権的法律行為の効力の問題であると解されるから、その準拠法は、法例7条1項の規定により、第1次的には当事者の意思に従って定められると解するのが相当である。
なお、譲渡の対象となる特許を受ける権利が諸外国においてどのように取り扱われ、どのような効力を有するのかという問題については、譲渡当事者間における譲渡の原因関係の問題と区別して考えるべきであり、その準拠法は、特許権についての属地主義の原則に照らし、当該特許を受ける権利に基づいて特許権が登録される国の法律であると解するのが相当である。
2 本件において、上告人と被上告人との間には、本件譲渡契約の成立及び効力につきその準拠法を我が国の法律とする旨の黙示の合意が存在するというのであるから、被上告人が上告人に対して外国の特許を受ける権利を含めてその譲渡の対価を請求できるかどうかなど、本件譲渡契約に基づく特許を受ける権利の譲渡の対価に関する問題については、我が国の法律が準拠法となるというべきである。
以上と同旨の原審の判断は、正当として是認することができる。論旨は採用することができない。
第3 上告代理人末吉亙ほかの上告受理申立て理由第4について
1 我が国の特許法が外国の特許又は特許を受ける権利について直接規律するものではないことは明らかであり(1900年12月14日にブラッセルで、1911年6月2日にワシントンで、1925年11月6日にヘーグで、1934年6月2日にロンドンで、1958年10月31日にリスボンで及び1967年7月14日にストックホルムで改正された工業所有権の保護に関する1883年3月20日のパリ条約4条の2参照)、特許法35条1項及び2項にいう「特許を受ける権利」が我が国の特許を受ける権利を指すものと解さざるを得ないことなどに照らし、同条3項にいう「特許を受ける権利」についてのみ外国の特許を受ける権利が含まれると解することは、文理上困難であって、外国の特許を受ける権利の譲渡に伴う対価の請求について同項及び同条4項の規定を直接適用することはできないといわざるを得ない。
しかしながら、同条3項及び4項の規定は、職務発明の独占的な実施に係る権利が処分される場合において、職務発明が雇用関係や使用関係に基づいてされたものであるために、当該発明をした従業者等と使用者等とが対等の立場で取引をすることが困難であることにかんがみ、その処分時において、当該権利を取得した使用者等が当該発明の実施を独占することによって得られると客観的に見込まれる利益のうち、同条4項所定の基準に従って定められる一定範囲の金額について、これを当該発明をした従業者等において確保できるようにして当該発明をした従業者等を保護し、もって発明を奨励し、産業の発展に寄与するという特許法の目的を実現することを趣旨とするものであると解するのが相当であるところ、当該発明をした従業者等から使用者等への特許を受ける権利の承継について両当事者が対等の立場で取引をすることが困難であるという点は、その対象が我が国の特許を受ける権利である場合と外国の特許を受ける権利である場合とで何ら異なるものではない。そして、特許を受ける権利は、各国ごとに別個の権利として観念し得るものであるが、その基となる発明は、共通する一つの技術的創作活動の成果であり、さらに、職務発明とされる発明については、その基となる雇用関係等も同一であって、これに係る各国の特許を受ける権利は、社会的事実としては、実質的に1個と評価される同一の発明から生じるものであるということができる。また、当該発明をした従業者等から使用者等への特許を受ける権利の承継については、実際上、その承継の時点において、どの国に特許出願をするのか、あるいは、そもそも特許出願をすることなく、いわゆるノウハウとして秘匿するのか、特許出願をした場合に特許が付与されるかどうかなどの点がいまだ確定していないことが多く、我が国の特許を受ける権利と共に外国の特許を受ける権利が包括的に承継されるということも少なくない。ここでいう外国の特許を受ける権利には、我が国の特許を受ける権利と必ずしも同一の概念とはいえないものもあり得るが、このようなものも含めて、当該発明については、使用者等にその権利があることを認めることによって当該発明をした従業者等と使用者等との間の当該発明に関する法律関係を一元的に処理しようというのが、当事者の通常の意思であると解される。そうすると、同条3項及び4項の規定については、その趣旨を外国の特許を受ける権利にも及ぼすべき状況が存在するというべきである。
したがって、従業者等が特許法35条1項所定の職務発明に係る外国の特許を受ける権利を使用者等に譲渡した場合において、当該外国の特許を受ける権利の譲渡に伴う対価請求については、同条3項及び4項の規定が類推適用されると解するのが相当である。
2 本件において、被上告人は、上告人との間の雇用関係に基づいて特許法35条1項所定の職務発明に該当する本件各発明をし、それによって生じたアメリカ合衆国、イギリス、フランス、オランダ等の各外国の特許を受ける権利を、我が国の特許を受ける権利と共に上告人に譲渡したというのである。したがって、上記各外国の特許を受ける権利の譲渡に伴う対価請求については、同条3項及び4項の規定が類推適用され、被上告人は、上告人に対し、上記各外国の特許を受ける権利の譲渡についても、同条3項に基づく同条4項所定の基準に従って定められる相当の対価の支払を請求することができるというべきである。
所論の点に関する原審の判断は、結論において正当であり、論旨は採用することができない。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
原審裁判所名 |
東京高等裁判所 |
原審事件番号 |
平成14年(ネ)第6451号 |
原審裁判年月日 |
平成16年01月29日 |
判決データ:
PAT-H14-ne-6451.pdf
アメリカ合衆国の特許法においては、発明は発明者に原始的に帰属するものとされているから、職務発明に係る特許を受ける権利等の譲渡という問題が生じ得る。しかし、職務発明に関する規定が存在しないため、職務発明に係る特許を受ける権利等の譲渡については、使用者と従業者との契約にゆだねられている。ただし、各州の判例法に反する契約は無効とされる。判例法によれば、一般に、職務発明は、従業者から使用者への譲渡義務が発生する発明(発明をすることが雇用契約の内容となっている場合に認められる。)、使用者にいわゆるショップライト(shop
right)が与えられる職務発明、上記以外の自由発明に分類され、八つの州では、自由発明について予約承継契約を禁止している。(甲301、乙106、乙119)
仮に、アメリカ合衆国が、出願前の「特許を受ける権利」の承継を認めない国であるとしても、出願後の承継契約は可能なのであるから、我が国の使用者と従業者は、特許法35条に基づき、その職務発明について特許を受ける権利の譲渡契約を締結する際に、出願前の譲渡契約を認めない国については、これを譲渡契約の予約とすることを合意する、あるいは、譲渡契約の合理的解釈により、譲渡契約の予約と同趣旨のものと解釈するなどの方法により、従業員発明者がアメリカ合衆国で特許出願をし、その後、使用者が特許を受ける権利を承継する手続をとる、とすることも可能であり、これにより、特許法35条の趣旨に合致した結果を導くことができる。特許法35条は、我が国の使用者と従業者との間の、職務発明についての特許を受ける権利等(外国の特許を受ける権利等を含む。)の譲渡契約における、これらの権利の譲渡の対価の額を「相当の対価」とすることを強行法規として規定したものであり、これらの権利の譲渡の時期あるいは各国における特許出願の時期について規定したものではないから、アメリカ合衆国の特許法と相矛盾する内容のものと解する必要はない。同条の趣旨は、我が国の使用者と従業者との間において、職務発明について、外国における特許を受ける権利等も含めて、「相当の対価」をもって譲渡がされればよい、というだけのことであり、このことと、特許出願前の譲渡を認めない法制とが、相矛盾する考え方であると見る必要は全然ないのである。
(中略)
6 結論
結局のところ、本件発明1の承継の相当の対価の不足分は、合計1億6284万6300円となり、この金額から原判決が本件発明1について認容した3474万円を差し引くと、1億2810万6300円となる。
第4 結論
以上のとおり、1審原告の本訴請求は、東京地方裁判所平成10年(ワ)第16832号事件において原判決が棄却した部分についても、本判決主文第2項に記載した限度では理由があり、その余は理由がないことが明らかである。そこで、原判決中、1審原告の請求を棄却した上記部分を、本判決主文第2項に反する限度で、取り消し、同限度で1審原告の請求を認容し、その余の控訴は棄却することとし、1審被告の控訴は理由がないのでいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法67条2項、64条を、仮執行の宣言について同法259条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
特許権持分確認等請求事件(青色LED事件)
事件番号 |
平成13年(ワ)第17772号 |
事件名 |
青色LED事件 |
裁判年月日 |
平成16年01月30日 |
裁判所名 |
東京地方裁判所 |
判決データ:
PAT-H13-wa-17772.pdf
第二 事案の概要
一 請求の要旨
原告は、被告会社の元従業員であり、被告会社在職中に窒化物半導体結晶膜の成長方法の発明(以下「本件特許発明」という。)をした。この発明は、平成2年10月25日、被告会社により特許出願され、平成9年4月18日、発明者を原告、権利者を被告会社として設定登録された(特許第2628404号。以下、この特許権を「本件特許権」という。)。
原告は、本件特許発明についての特許を受ける権利(以下「本件特許を受ける権利」という。)は、同発明の完成と同時に発明者である原告に原始的に帰属し、現在に至るまで被告に承継されていないと主張して、被告に対し、主位的に、一部請求として本件特許権の一部(共有持分)の移転登録を求めるとともに、被告が本件特許権を過去に使用して得た利益を不当利得であるとして、その一部である1億円の返還及び遅延損害金の支払を求めている(前記第一、一)。
原告は、予備的に、仮に本件特許を受ける権利が職務発明として被告に承継されている場合には、特許法35条3項に基づき、発明の相当対価の一部請求として、本件特許権の一部(共有持分)の移転登録並びに1億円及び遅延損害金の支払を求めると主張している(前記第一、二)。
また、仮に、特許法35条3項に基づく対価請求として、特許権の一部(共有持分)の移転登録を求めることが許されない場合には、同項に基づき、発明の相当対価の一部請求として、200億円及び遅延損害金の支払を求めると主張している(前記第一、三)。
二 本件訴訟の経緯
原告は、平成13年8月23日、第一、一ないし三記載の裁判を求めて本件訴訟を提起した(ただし、訴訟提起時における予備的請求(その2)(第一、三)の請求額は、20億円であった。)。
当裁判所は、平成14年6月27日に口頭弁論を終結し、同年9月19日、第一、一記載の主位的請求につき、本件特許を受ける権利が被告会社に承継された旨の被告の主張は理由がある旨の中間判決をした(本判決末尾添付。以下、単に「中間判決」という。)。
中間判決以後は、本件特許権が被告会社に帰属することを前提に、特許法35条3項、4項に基づき本件特許発明の相当対価を請求する予備的請求(第一、二及び三)についての審理がされ、原告は、上記予備的請求(その2)の請求額を、平成15年6月17日に提出された同日付け原告準備書面(28)により50億円に、同月19日に提出された同日付け原告準備書面(29)により100億円に拡張し、さらに同年9月19日に提出された同日付け原告準備書面(46)により200億円に拡張した。
当裁判所は、平成15年10月24日に再び口頭弁論を終結した。
(判旨)
9 予備的請求(その1)について
原告は、予備的請求(その1)において、職務発明の相当対価請求権を定めた特許法35条3項に基づき本件特許権の一部(共有持分)の移転登録を求めるとしている。
しかしながら、特許法35条3項は「相当の対価」と規定しているところ、
「対価」とは譲渡の目的物とは別個のものを反対給付することを意味するものである。特許権は、特許を受ける権利がその目的を達して変容したものであり、実質上両者は同一と評価されるものであるから、特許を受ける権利を譲渡した対価として特許権の一部を移転するということは、譲渡の目的物の一部を対価として支払うということになり、文言上背理となる。また、特許法35条は、使用者が特許を受ける権利又は特許権の全部を使用者に承継させることを予定した規定というべきである。すなわち、特許が従業者と共有となる場合には、使用者は、従業者の同意を得なければ専用実施権の設定や通常実施権の許諾をすることができず、また、従業者は使用者の同意を得ないで特許発明の実施をすることができることになるから(特許法73条参照)、使用者は特許発明を独占的に実施することができないことになるが、特許法35条の規定が職務発明についてこのような結果を予定しているとは到底解することはできない。したがって、特許法35条に基づき本件特許権の一部(共有持分)の移転登録を求めるという点は、失当である。
また、原告の本件特許権の一部(共有持分)の移転登録請求が代物弁済として金員に代わって本件特許権の一部(共有持分)の譲渡を求める趣旨であるとしても、債権者が、債務者の同意なしに、一方的に代物弁済として特定の財物の給付を求めることは許されないから、いずれにしても、本件特許権の一部(共有持分)の移転登録請求は、失当である。
上記のとおり、原告の予備的請求(その1)は、理由がない。
三 結論
以上によれば、原告の主位的請求(前記第一、一)及び予備的請求(その1)(前記第一、二)は、いずれも理由がない。
しかし、前記のとおり、原告は被告会社に対し本件特許発明についての職務発明の相当対価として604億3006万円の請求権を有するものであり、相当対価の支払については勤務規則等の定めによる支払時期から履行遅滞となるものであるから、本件特許発明の相当対価の一部として200億円及びこれに対する支払時期以降の日である平成13年8月23日(訴訟提起の日)から支払済みまでの民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める予備的請求(その2)は、理由がある。
なお、原告は、予備的請求(その2)につき、本件特許発明の相当対価のうち、被告会社が過去に独占の利益として得た493億9000万円に対応する相当対価を一部請求とし、そのうち200億円を請求すると主張した上で、このような過去の受益分という形での限定が法律上できないのであれば、被告会社が本件特許権の存続期間満了までの独占の利益として得る過去及び将来の受益分に対応する相当対価全体3357億5300万円のうち、一部請求として200億円を請求すると主張している(第三、二1(6)イ)。職務発明の相当対価請求権は、全体として1個の請求権として発生するものであり、そのうち一定の期間の受益分のみを区別することはできないから、過去の受益分に相当するものとして一部請求したとしても、それは請求権の一部を特定する意味を有するものではなく、単に、単純一部請求として請求金額を画する意味を有するにすぎない。したがって、予備的請求(その2)は単純一部請求として相当対価全体のうち200億円の支払を請求するものと解すべきものである。
→控訴審にて和解。
実用新案登録出願の共有者の一人による審決取消訴訟
事件番号 |
平成6年(行ツ)第83号 |
事件名 |
審決取消 |
裁判年月日 |
平成7年03月07日 |
法廷名 |
最高裁判所第三小法廷 |
判決データ:
PAT-H06-Gtsu-83.pdf
実用新案登録を受ける権利の共有者が、その共有に係る権利を目的とする実用新案登録出願の拒絶査定を受けて共同で審判を請求し、請求が成り立たない旨の審決を受けた場合に、右共有者の提起する審決取消訴訟は、共有者が全員で提起することを要するいわゆる固有必要的共同訴訟と解すべきである(
最高裁昭和五二年(行ツ)第二八号同五五年一月一八日第二小法廷判決・裁判集民事一二九号四三頁参照)。けだし、右訴訟における審決の違法性の有無の判断は共有者全員の有する一個の権利の成否を決めるものであって、右審決を取り消すか否かは共有者全員につき合一に確定する必要があるからである。実用新案法が、実用新案登録を受ける権利の共有者がその共有に係る権利について審判を請求するときは共有者の全員が共同で請求しなければならないとしている(同法四一条の準用する特許法一三二条三項)のも、右と同様の趣旨に出たものというべきである。
実用新案権に基づく製作販売差止(製造方法の相違)
事件番号 |
昭和54年(オ)第336号 |
事件名 |
実用新案権に基づく製作販売差止 |
裁判年月日 |
昭和56年06月30日 |
法廷名 |
最高裁判所第三小法廷 |
判決データ:
UM-S54-o-336.pdf
実用新案法における考案は、物品の形状、構造又は組合せにかかる考案をいうのであって(実用新案法一条、三条参照)、製造方法は考案の構成たりえないものであるから、考案の技術的範囲は物品の形状等において判定すべきものであり、被上告人の長押が本件考案の技術的範囲に属するか否かの判断にあたって製造方法の相違を考慮の中に入れることは許されないものというべきである。
補正却下による拒絶審決取消請求事件(「ルア受け具及び流体の移送方法」)
事件番号 |
平成19年(行ケ)第10350号等 |
事件名 |
審決取消請求事件 |
裁判年月日 |
平成20年12月10日 |
裁判所名 |
知的財産高等裁判所 |
判決データ:
PAT-H19-Gke-10350.pdf
主 文
1 特許庁が不服2004−23836号事件について平成19年6月6日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
主文同旨
第2 事案の概要
1 本件は、原告及び脱退原告両名が、発明の名称を「ルア受け具及び流体の移送方法」とする後記発明につき国際出願の方法により共同して特許出願をしたところ、日本国特許庁から拒絶査定を受けたので、これを不服として審判請求をしたが、同庁が平成16年12月22日付け補正を却下した上で請求不成立の審決をしたことから、同審決の取消しを求めた事案である。
なお、当事者参加人は、本件訴訟係属中に脱退原告両名から特許を受ける権利の譲渡を受けたとして、平成20年1月28日付けで当事者参加をし、脱退原告両名は本件訴訟から脱退した。
(中略)
(2) 補正却下の当否
ア 審決は、「前記雄型ルア先端が前記隔膜の上面及び前記スリットの少なくとも一部を介して該隔膜の内部に挿入できる」とあるのを「前記雄型ルアカニューレの少なくとも一部が前記上側部分の上面及び前記スリットの少なくとも一部を介して前記隔膜の内部に入り込む」と補正したことに関し、「雄型ルア先端」を「雄型ルアカニューレの少なくとも一部」とすることは、特許請求の範囲を一部拡張し、また不明確にするものである(4頁下15行〜下6行)として、本件補正を却下したものである。
(中略)
・・・本願明細書においては、雄型ルアないし雄型ルアカニューレを本願発明に係るルア受け具に挿入する場合、その前進に伴い隔膜が変形され、またそれを隔膜から引き抜く際、管腔内に負圧が生じる可能性を有するといった機能ないし性質を有することが明らかにされているところ、この場合の雄型ルアないし雄型ルアカニューレを特定する用語としては、「ルアカニューレ(カニューレ)32」と「ルア先端32(832、932)」とが混在して用いられていることが認められる。
そうすると、本願明細書においては、上記機能ないし性質を有するものとして指称する場合、「雄型ルアカニューレ32」と「雄型ルア先端32」とは同一のものを意味すると認められる。このことは、上記のようにスリットを介して隔膜内部に雄型ルアカニューレが入り込むような動作がなされる際、スリットに最初に接触するのが必然的に雄型ルアカニューレの先端部分となることからも明らかである。
そして、本件補正における、「前記雄型ルアカニューレの少なくとも一部が前記上側部分の上面及び前記スリットの少なくとも一部を介して前記隔膜の内部に入り込む」との表現は、雄型ルアカニューレ32における上記機能が実現する場面を表現したものであることは明らかであるから、ここでの「雄型ルアカニューレ」というのは、ルア受け具に挿入されるルアコネクタの構成全体を指称するものではなく、「雄型ルア先端32」に相当する雄型ルアカニューレの先端部分である「ルアカニューレ32」を意味するものと理解することができるし、「雄型ルアカニューレの少なくとも一部」というのも、「ルアカニューレ32」に相当する部分がスリットを介して隔膜内に挿入される場合に、これが隔膜と接触している範囲を指すものであることは容易に理解できるところである。
そうすると、
本件補正において、「前記雄型ルア先端が前記隔膜の上面及び前記スリットの少なくとも一部を介して該隔膜の内部に挿入できる」とあるのを「前記雄型ルアカニューレの少なくとも一部が前記上側部分の上面及び前記スリットの少なくとも一部を介して前記隔膜の内部に入り込む」と変更することは、実質的に同じ構成を言い換えたにすぎないものであるから、これにより何ら特許請求の範囲を一部拡張するものではないし、不明瞭とするものでもない。
したがって、この点に関する審決の前記判断は誤りといわざるを得ない。
増項補正却下による拒絶審決取消事件(位置検出装置事件)
<『担当審査官が、前置審査という最終局面まで増項以外の補正事項について新規事項を理由に補正が却下されることのあることを説明しながら、増項補正の点は全く問題視せず、しかも面接において、面接結果と異なった判断や処分をすることとなった場合はその旨を拒絶理由通知書又は電話等によって通知すると告げていたなどという本件の状況の下で、審決において、増項補正の違法のみを理由に補正請求全体を却下し、これによって、補正後の請求項に何ら言及することなく補正前の請求項に基づいて判断をしたことは、あらかじめ増項補正の点についてその違法性を拒絶理由通知等によって認識させ検討撤回等の機会を付与すべきであったか、又は、そのような機会を付与しない場合には増項補正を判断し、併せて、その余の補正事項を判断すべきであったものというべきであり、そのいずれもしなかったことには違法があるものといわざるを得ず、審決は、違法として取消しを免れない。』として特許庁による拒絶審決を取り消し、出願人に特許を得るための道を開いたものであり、知財高裁の発明保護に対する熱意と存在意義を示したものといえる。>
事件番号 |
平成19年(行ケ)第10335号 |
事件名 |
審決取消請求事件 |
裁判年月日 |
平成20年10月30日 |
裁判所名 |
知的財産高等裁判所 |
判決データ:
PAT-H19-Gke-10335.pdf
第2 事案の概要
本件は、米国法人である原告が、「回転要素の角位置を決定する軸LED位置検出装置」とする名称の発明につき特許出願したところ、拒絶査定を受けたので、これを不服として審判請求をしたが、請求不成立の審決を受けたことから、その取消しを求めた事案である。
争点は、@増項補正の許否、特許請求の範囲の補正の許否、A本願発明が、特開昭63−6417号公報(甲1。以下「刊行物1」という。)及び特開昭60−171462号公報(甲2。以下「刊行物2」という。)に記載された各発明(以下、順に「刊行物1発明」、「刊行物2発明」という。)との関係で進歩性を有するかどうか(特許法29条2項)である。
(判旨)
(2) 審決のうち増項違反に係る判断部分の当否
ア 原告は、本件各補正において追加された請求項13及び14は、いずれも、請求項1を引用するとともに、請求項1に記載された発明特定事項を更に限定するものであって、その限定の仕方は、請求項1と同13との関係においても、請求項1と同14との関係においても、産業上の利用分野を変更するものではないことは明らかであり、また、解決しようとする課題を変更するものでもないことは明らかであるから、請求項13及び14は、旧特許法17条の2第4項2号によって許容されるところの特許請求の範囲の減縮を目的として補正された請求項に該当すると主張する。
イ そこで、検討するに、旧特許法17条の2第4項は、審判請求に伴って行われる場合における特許請求の範囲についてする補正は、同項1号ないし4号に掲げる事項を目的とするものに限ると規定しているもので、請求項を増加させる補正は、原則として、同項で補正の目的とし得る事項として規定された「請求項の削除」(1号)、「特許請求の範囲の減縮」(2号)、「誤記の訂正」(3号)及び「明りょうでない記載の釈明」(4号)のいずれにも該当しないものと解するのが相当である。
そして、同項2号は、「特許請求の範囲の減縮(第36条第5項の規定により請求項に記載した発明を特定するために必要な事項を限定するものであって、その補正前の当該請求項に記載された発明とその補正後の当該請求項に記載される発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一であるものに限る。)」と規定しており、同括弧書きの文言によれば、2号において補正が認められる特許請求の範囲の減縮といえるためには、補正後の請求項が補正前の請求項に記載された発明を限定する関係にあること、並びに、補正前の請求項と補正後の請求項との間において、発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一であることを必要とするとしたものである。そうすると、この「限定する」ものであるかどうか、「同一である」かどうかは、いずれも、特許請求の範囲に記載された当該請求項について、その補正の前後を比較して判断すべきものであり、補正前の請求項と補正後の請求項とが対応したものとなっていることを当然の前提としているといえる。したがって、同号の規定は、請求項の発明特定事項を限定して、これを減縮補正することによって、当該請求項がそのままその補正後の請求項として維持されるという態様による補正を定めたものとみるのが相当であって、増項による補正は、補正後の各請求項の記載により特定された発明が、全体として、補正前の請求項の記載により特定される発明よりも限定されたものとなっているとしても、上記のような対応関係がない限り、同号にいう「特許請求の範囲の減縮」には該当しないことになる。また、特許出願の審査は、請求項ごとに行われ、拒絶理由の通知も請求項ごとに記載されるものであるところ、審判請求に伴ってする補正につき、出願人の便宜と迅速、的確かつ公平な審査の実現等の調整という観点から、既にされた審査結果を有効に活用できる範囲内で補正を認めることとした旧特許法17条の2第4項の制度趣旨に照らすならば、1つの請求項を複数の請求項に分割するような態様による補正は、特段の事情がない限り、認められないとする上記の解釈は是認されるものといえる。
もっとも、@多数項引用形式で記載された一つの請求項を、引用請求項を減少させて独立形式の請求項とする場合や、A構成要件が択一的なものとして記載された一つの請求項を、その択一的な構成要件をそれぞれ限定して複数の請求項とする場合のように、補正前の請求項が実質的に複数の請求項を含むものであるときに、補正に際し、これを独立の請求項とすることにより、請求項の数が増加することになるとしても、それは、実質的に新たな請求項を追加するものとはいえず、実質的には、補正前の請求項と補正後の請求項とが対応したものとなっているということができるから、このような補正についてまで否定されるものではない。
ウ 以上の見解に基づいて、本件を検討することとする。
本件各補正のうち増項に係る部分は、いずれも、請求項の数を、補正前の12から補正後の14に補正するというものであり、実質的にみても、増項によって生じた請求項が補正前の請求項の従属項であるとしても、請求項の数を増加させるものであることに変わりはない。そして、この増加は、@多数項引用形式で記載された1つの請求項を、引用請求項を減少させて独立形式の請求項とする場合や、A構成要件が択一的なものとして記載された1つの請求項を、その択一的な構成要件をそれぞれ限定して複数の請求項とする場合でもない。
そして、
本件各補正の増項に係る部分は、特許請求の範囲を全体として拡張するものではないものの、これを減縮するものでもないことは明らかであり、また、誤記の訂正であるということも、明りょうでない記載の釈明であるということも、困難であるから、旧特許法17条の2第4項2号ないし4号のいずれにも該当しないといわざるを得ない。
したがって、本件各補正のうち増項に係る部分は、旧特許法17条の2第4項の規定に違反するものであり、同法159条1項において読み替えて準用する同法53条1項により却下される場合に該当し、これと同旨の審決の判断は、その限りにおいて誤りということはできない。
(3) 本件各補正を却下した審決の措置の当否
ア
審決が判断した本件各補正のうち増項に係る部分については、上述のとおり誤りではないが、審決は、前記(1)で摘示したように、本件各補正のうち請求項13及び14を増項した部分の違法を指摘したのみで、原告のした本件各補正の全体を却下すべきものとした。このため、審決は、その余の請求項についてされた本件各補正の可否について何ら判断することなく、本件各補正前の請求項に基づいて実体判断をして、結局本願発明には進歩性が認められないとして、原告の審判請求を不成立としたものである。
しかしながら、審決の上記措置は是認することができない。その理由は、次に判示するとおりである。
イ 確かに、補正は、複数の請求項にまたがり多数の補正事項を含んでいるとしても、基本的には、補正全体が不可分一体性を有するものとし、出願人のした補正がその一部についてでも補正の要件を満たさないときは、その余の補正について審理判断することなく、全体としてこれを却下することができるとされることは、被告の主張するとおりであるが、本件手続においては、上記(1)に認定したところに基づいて検討すると、以下のとおりである。
(ア) まず、補正事項の不可分一体性は、補正事項がその内容自体から相互に関連し合って分離することが不可能又は困難である場合があること、出願人が補正事項の全体又は枢要な事項を是認されるのでない限りその補正の目的を達しない場合があるなど、多くの場合にこれを肯定せざるを得ないが、その反面、補正事項の中には、他の補正事項と容易に分離することが可能である場合もあるところ、増項補正は、他の補正事項と、違反事由として目的・要件等が明らかに異なり、截然と区別することが比較的容易である場合もある。本件各補正における増項も、その内容においても、増項補正がされた時期においても、他の補正事項と容易に区別することができることが認められる。
(イ) 原告は、本件各補正において初めて増項補正を試みたものであり、増項補正の可否は、それまでの手続で全く問題にされていなかった(もっとも、審査時補正においても、上記(1)で認定説示したように、一部の請求項について増項補正ともみることのできる補正がされているが、審査官は、基本的に請求項1についてのみ判断したため、増項補正であることを何ら問題視していない。)。
しかるに、審判官は、原告がした本件各補正について、拒絶理由通知書等により増項違反を指摘することなく、審決において、増項違反を重視し、これのみを理由に、本件各補正を却下したものである。
(ウ) 弁論の全趣旨によれば、審判官が増項違反を本件各補正却下の唯一の理由とすることを何らかの機会に何らかの方法で提示又は示唆していさえすれば、本件各補正のうち増項に係る請求項が大きな危険をおかして行うべきものであるとは考えにくいことを考えると、原告は、審決の前にこれを撤回する蓋然性は高かったものと推察される。
しかも、請求項13、14の増項については、審判請求を行った後の平成17年1月13日にA 審査官にファクス送信された「手続補正書(請求範囲の補正)の素案」に記載され、また、同時にファクス送信された「手続補正書(審判請求書の請求の理由)の素案」には「更に請求項1の従属項である請求項13、14を追加しております。」とも記載されており、A 審査官は、これらの書類を見ていたにもかかわらず、面接記録によれば、A 審査官は、増項の点をとがめることなく、請求項1、5、11、12、14について、武川弁理士らに対し、新規事項ありとの拒絶理由のあることは伝えているが、増項違反に何ら言及せず、かえって、面接記録の「面接内容」の「c.」欄の「提示された補正案等」及び「満たしている」との部分に丸印を付けて、全体として「c.提示された補正案等は、補正の要件を満たしている旨の心証を得た。」との記載を完成させており、そうすると、原告としては、本件第1補正については、特に言及された点以外については問題がないとの認識を示されたと判断する状況であったと認めるのが相当である。
(エ) A 審査官が原告代理人との面接の際に伝えた、増項に係る「請求項14についての新規事項」が具体的にいかなるものであるかは明らかではないものの、同じく増項に係る請求項13に新規事項があるとの指摘がされなかったことを考えると、A 審査官が原告代理人との面接の際に伝えた請求項14についての違反事由に、増項違反を含んではいないことが認められ、これらの経緯等によれば、A 審査官は、増項の点を全く問題視しておらず、むしろ容認していたものと認めるのが相当である。
(オ) A 審査官が原告代理人に渡した上記「面接記録(出頭者用)」には、「審査官は、この面接の終了後に新事実又は新証拠を発見した等の理由により、上記面接結果と異なった判断や処分をすることとなった場合は、その旨を拒絶理由通知書又は電話等によって通知する。」との記載があったにもかかわらず、審査官又は審判官等から原告に対して増項補正に問題があるなどの通知は全くされないままで、審決がされたものであった。
ウ 本件における以上のような手続の経緯を考えると、担当審査官が、前置審査という最終局面まで増項以外の補正事項について新規事項を理由に補正が却下されることのあることを説明しながら、増項補正の点は全く問題視せず、しかも面接において、面接結果と異なった判断や処分をすることとなった場合はその旨を拒絶理由通知書又は電話等によって通知すると告げていたなどという本件の状況の下で、審決において、増項補正の違法のみを理由に補正請求全体を却下し、これによって、補正後の請求項に何ら言及することなく補正前の請求項に基づいて判断をしたことは、あらかじめ増項補正の点についてその違法性を拒絶理由通知等によって認識させ検討撤回等の機会を付与すべきであったか、又は、そのような機会を付与しない場合には増項補正を判断し、併せて、その余の補正事項を判断すべきであったものというべきであり、そのいずれもしなかったことには違法があるものといわざるを得ず、審決は、違法として取消しを免れない。
エ なお、参考のために、以下の点を付言しておきたい。
本件の上記手続の経緯に照らすならば、審決が増項違反のみを理由に本件各補正を却下した措置について、原告は、実質的にみても、防御・反論等を何らしていないものであり、増項補正を撤回することを含め、防御する機会を与えられていないものと認められる。
被告が主張する増項補正が許される例外的な場合(上記(2)イ@Aの場合)は、増項補正が許される典型的な場合を例示したにすぎず、法解釈上は、それに限られるわけではない。原告がした本件の増項補正は、補正前の特定の請求項にいわゆる従属項を追加したものというのであるから、少なくとも従前の特許請求の範囲を全体として拡張するものではないということができ、特許請求の範囲の減縮には文言上該当しないとしても、法解釈論として成り立ち得ない見解といえず、明らかに違法な補正であると断じ得るものでもなく、本件のような従属項を追加する補正が一般的に違法であるとする裁判例がないではないが、少なくとも、実務上、周知確立していた取扱いであるとは認められない。現に、A
審査官は、本件の増項補正が問題であるという認識がなかったものと認められることは、上記指摘のとおりである。したがって、原告がした本件の増項補正は、権利範囲の拡張や変更を伴わない補正であり、明らかに違法な補正であるとか、到底却下を免れない暴挙ともいうべき補正であるなどということはできず、原告ないしその担当代理人が本件の手続において増項補正が許容されるものと推断したとしても、一概に不合理なものと断ずることはできない。
なお、
本件において、当裁判所は、増項補正の違反を含む補正の場合に、常に増項に関わらない補正事項についてまで判断すべきであるという見解を示しているのではない。本件の事実関係の下においては、審決が請求項1〜12について新規事項の存否について判断しないで、増項補正に係る部分が違法であると判断しただけで、本件各補正の全体を却下するとした措置の違法を指摘したにとどまるものである。被告の考え方によると、出願人が増項補正をしないときは、審判官は、その余の補正事項である新規事項の有無等について審理判断しなければならないが、出願人において増項補正といういわば敵失をしたことによって、上記新規事項の有無等の審理判断をしなければならないという負担を免れるという僥倖を与えられ、出願人は新規事項の有無等の審理判断を受けるという機会を奪われることになるが、本件において、そのような不公平を容認するような事情は見当たらない。
したがって、本件が審判手続に戻った場合は、被告(審判官)が原告(請求人)に対し、本件各補正のうち増項補正部分を維持するか否かの検討を求めることとなるが、原告が増項補正部分の撤回をしないときは、原則に戻って、増項補正の違法のみを理由に本件各補正の全体を却下することは許されるものというべきである(この場合、原告は、審決取消訴訟で増項補正の適法性を主張することとなる。)。
オ 以上のとおりであるから、原告の取消事由1ないし3の主張は、審決の上記措置の違法をいうものと解する限りにおいて、理由があるというべきである。
2 結論
以上によれば、本件各補正のうち増項補正以外の点について判断しなかった審決の措置の違法をいう原告主張の取消事由理由は理由があり、原告の請求は認容されるべきである。
請求項の数の増加と特許請求の範囲の減縮補正
事件番号 |
平成17年(行ケ)第10156号 |
事件名 |
審決取消請求事件 |
裁判年月日 |
平成17年10月11日 |
裁判所名 |
知的財産高等裁判所 |
判決データ:
PAT-H17-Gke-10156.pdf
ア 原告は、請求項7及び8の追加は請求項2及び3に従属させ、さらに、請求項10の追加は請求項1〜9に従属させたものであって、いずれも特許法17条の2第4項2号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とすることは明らかであると主張する。
しかし、同号は「特許請求の範囲の減縮」について、括弧書きで「第36条第5項の規定により請求項に記載した発明を特定するために必要な事項を限定するものであって、その補正前の当該請求項に記載された発明とその補正後の当該請求項に記載される発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一であるものに限る」と規定しているから、同号にいう「特許請求の範囲の減縮」は、補正前の請求項と補正後の請求項との対応関係が明白であって、かつ、補正後の請求項が補正前の請求項を限定した関係になっていることが明確であることが要請されるというべきであり、補正前の請求項と補正後の請求項とは、一対一又はこれに準じるような対応関係に立つものでなければならないと解すべきものである。しかるに、本件手続補正前の特許請求の範囲には、本件手続補正によって追加された請求項7、8及び10と一対一又はこれに準じるような対応関係に立つ請求項は存在しないことが明らかである。したがって、請求項7、8及び10を追加する補正が、特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当するということはできない。
イ 被告が、上記アの趣旨をいうものとして援用した
知財高裁平成17年4月25日判決(平成17年(行ケ)第10192号)及び東京高裁平成16年4月14日判決(
平成15年(行ケ)第230号)に関し、原告は、これらの判決では、多数項引用形式で記載された一つの請求項を、引用請求項を減少させて独立形式の請求項とする場合や、構成要件が択一的なものとして記載された一つの請求項について、その択一的な構成要件はそれぞれ限定して複数の請求項とする場合のように、補正前の請求項は複数の請求項を含むものであるときに、これを補正に際して独立の請求項とすることにより、請求項の数が増加することになるとしても、それは、実質的に新たな請求項を追加するものとはいえず、実質的には一対一の対応関係にあるということができるから、このような補正まで否定されるものではないとしている、ということを理由に、本件手続補正は特許法17条の2の要件を満たすものであると主張する。
しかし、本件手続補正により追加された請求項7、8及び10が、原告が前記判決の判示事項として引用するようなものに当たらないことは明らかであるから、原告の上記主張はその前提を欠き、失当というほかはない。
「自動装着機」補正却下による拒絶審決取消事件
事件番号 |
平成20年(行ケ)第10432号 |
事件名 |
審決取消請求事件 |
裁判年月日 |
平成21年08月20日 |
裁判所名 |
知的財産高等裁判所 |
判決データ:
PAT-H20-Gke-10432.pdf
第4 当裁判所の判断
1 取消事由1(本件補正を却下した判断の誤り)について
(1) 本件補正についてのとらえ方の相違
本件審決は、本件補正のうち特許請求の範囲の補正部分について、「補正後の特許請求の範囲には、各新請求項の記載からして、自動装着機の作動方法、自動装着機、及びシステムに係る発明が記載され、新請求項5及び新請求項6に係る発明は、前記自動装着機に係るものと認められる。一方、補正前の特許請求の範囲にも、各旧請求項の記載からして、自動装着機の作動方法、自動装着機、自動装着機用の交換可能なコンポーネント、及びシステムに係る発明が記載され、旧請求項5に係る発明のみが、前記自動装着機に係るものと認められる。そこで、検討すると、補正事項a(判決注:特許請求の範囲の補正部分)は、自動装着機に係る発明が記載されていた請求項の数を、旧請求項5の1つから、新請求項5及び新請求項6の2つとするもので、請求項の数を増やすものといえ、このような補正は、請求項の削除、限定的減縮、誤記の訂正又は明りようでない記載の釈明のいずれかを目的にしているということはできない。」として、本件補正を却下する決定をした。
これに対して、原告は、本件補正の請求項の対応関係をみると、旧請求項5が新請求項5、旧請求項7が新請求項6と対応することが明らかであって、本件審決のいうように請求項の数を増やすものではなく、当該補正に係る部分は、法17条の2第4項2号にいう「特許請求の範囲の減縮」を目的とする場合に該当するから、当該部分がその場合に該当しないとて本件補正を却下した本件審決は誤りであると主張する。
以上、要するに、本件審決は、本件補正が自動装着機の発明についての旧請求項5を同じく自動装着機についての新請求項5及び6とするものであることを前提としているのに対して、原告は、新請求項6は、旧請求項5を補正したものではなく、旧請求項7を補正したものであると主張していて、ここに本件補正についてのとらえ方の相違がある。
そうすると、仮に、本件補正に係る新請求項6が、原告の主張するとおり、旧請求項7を補正したものであれば、旧請求項7と新請求項6との対応関係を前提に、その補正が法17条の2第4項各号(本件では、原告が主張している同項2号)を充足するか否かを判断することが求められることになるから、本件補正を却下するに当たっても、これを前提として判断される必要があるところ、本件審決は、原告の主張するような請求項の対応関係を前提とする補正について判断を示していないことは明らかであるから、本件補正を却下した本件審決は、その前提を誤った違法なものということになる。
著作権侵害差止等請求控訴事件(選撮見録事件)
事件番号 |
平成17年(ネ)第3258号等 |
事件名 |
著作権侵害差止等請求控訴事件,同附帯控訴事件,反訴請求事件 |
裁判年月日 |
平成19年06月14日 |
裁判所名 |
大阪高等裁判所 |
判決データ:
CP-H17-ne-3258.pdf CP-H17-ne-3258-1.pdf
控訴人は、被控訴人毎1 日放送、同朝日放送、同関西テレビ及び同讀賣テレビとの間では、滋賀県、京都府、大阪府、兵庫県、奈良県及び和歌山県の各府県内の集合住宅向けに、被控訴人テレビ大阪との間では、大阪府内の集合住宅向けに、本判決別紙商品目録記載の商品を販売して同集合住宅の入居者にその使用による放送番組の録音・録画をさせてはならない。
著作隣接権仮処分命令申立(まねきTV事件)
事件番号 |
平成18年(ラ)第10014号 |
事件名 |
著作隣接権仮処分命令申立却下決定に対する抗告事件 |
裁判年月日 |
平成18年12月22日 |
裁判所名 |
知的財産高等裁判所 |
判決データ:
CP-H18-ra-10014.pdf
(1) ベースステーション等の「自動公衆送信装置」該当性について
ア 抗告人は、被抗告人が本件サービスに供している多数のベースステーション、分配機、ケーブル、ハブ、ルーター等の機器は、有機的に結合されて一つのサーバと同様の機能を果たすシステムを構築しているものであり、一つのアンテナ端子からの放送波を、このようなシステムに入力して多数の利用者に対して送信しうる状態にしているから、全体としてみれば、一つの自動公衆送信装置として評価されるべきものであると主張する。
しかし
、ベースステーションによって行われている送信は、個別の利用者の求めに応じて、当該利用者の所有するベースステーションから利用者があらかじめ指定したアドレス(通常は利用者自身)宛てにされているものであり、送信の実質がこのようなものである以上、
本件サービスに関係する機器を一体としてみたとしても、「自動公衆送信装置」該当性の判断を左右するものではない。
イ 抗告人は、被抗告人がベースステーションのポート番号の競合を避けるための設定を行っていることを認めており、ルーターにおいて「ポートフォワーディング」を用いる設定を行っているから、多数のベースステーションを統合したシステム全体を一台のコンピュータとして認識できるようにしていると主張する。
しかし、
甲第13及び第14号証により一応認められる事実としては、「ポートフォワーディング」(IPマスカレード)は、一個のグローバルIPアドレスだけで複数の端末がインターネットにアクセスすることができるようにする技術であるが、各端末が「1対1」の送信を行う機能しか有しないときは、この技術を用いたとしても、「1対1」の送信しかできないのであって、「1対多」の送信が可能になるものではない。したがって、「ポートフォワーディング」を用いる設定を行っていても、そのことから直ちにベースステーションを含む一連の機器が全体として、1台の「自動公衆送信装置」に該当することにはならない。
「まねきTV」事件
事件番号 |
平成20年(ネ)第10059号 |
事件名 |
著作権侵害差止等請求控訴事件 |
裁判年月日 |
平成20年12月15日 |
裁判所名 |
知的財産高等裁判所 |
判決データ:
CP-H20-ne-10059.pdf
第2 事案の概要
1 本件は、放送事業者であり、別紙放送目録1〜7記載の各周波数で地上波テレビジョン放送(以下、別紙放送目録1〜7記載の放送を総称して「本件放送」という。)を行っている控訴人らが、「まねきTV」という名称で、被控訴人と契約を締結した者がインターネット回線を通じてテレビ番組を視聴することができるようにするサービス(以下「本件サービス」という。)を提供している被控訴人に対し、被控訴人の提供する本件サービスが、本件放送について控訴人らが放送事業者として有する送信可能化権(著作隣接権。著作権法99条の2)を侵害し、また、別紙著作物目録1〜7記載の各著作物(以下、別紙著作物目録1〜7記載の番組を総称して「本件番組」という。)について控訴人らが著作権者として有する公衆送信権(著作権。著作権法23条1項)を侵害している旨主張して、著作権法112条1項に基づき、本件放送の送信可能化行為及び本件番組の公衆送信行為の差止めを求めるとともに、民法709条、著作権法114条2項に基づき、著作権及び著作隣接権の侵害による損害賠償の支払いを求めた(不法行為後の日である平成19年3月15日から支払い済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を附帯して請求)事案である。
(中略)
(4)
控訴人らは、放送対象地域外に放送が再送信されないようにすることは、著作権法によって保護されるべき著作者の正当な利益であり、放送対象地域外に所在する者(利用者)に放送を同時再送信することを本質とする本件サービスは、著作権法が公衆送信権により保護しようとしている著作者等の正当な利益を害する実質的に違法なサービスであると主張する。
しかしながら、上記2(原判決「事実及び理由」欄の「第4 当裁判所の判断」の「2 事実認定」の(1))のとおり、海外等、本件放送の放送地域外において、本件放送を視聴することができるということは、ベースステーションを含むロケーションフリーが本来的に有する機能(NetAV機能)によるものであるところ、本件において、控訴人らから、ロケーションフリーの上記機能を用いること自体が、一般的に控訴人らの公衆送信権を侵害するものであるとの主張はなく、多数のロケーションフリー(ベースステーション)をシステムの構成要素とする本件サービスを行うことが控訴人らの公衆送信権を侵害するものであるか否かが、本件の争点である。そして、著作権法は、多数の者に対する多段階にわたる伝達が発生し得るアナログ放送波やデジタルデータ等に係る送信行為のうち、一定の要件を満たす特定の行為を公衆送信(送信可能化を含む。)と定め、著作者がこれを行う権利を専有するとしているものであって、著作権法が公衆送信権により保護しようとしている著作者等の正当な利益は、もとよりこの範囲内に存するものである。
しかるところ、被控訴人の行う本件サービスが著作権法の定める公衆送信の要件を満たさないことは、既に述べたとおりであり、公衆送信の概念を拡張又は類推して本件サービスが実質的に違法であると判断するようなことは、公衆送信権の侵害が犯罪を構成する(著作権法119条1項)ことに照らしても、正当ではない。
また、控訴人らは、ベルヌ条約11条の2(1)項(ii)は、著作者に対して、放送された著作物を原放送機関以外の機関が有線又は無線で公に伝達することについての排他的権利を与えており、本件サービスを公衆送信行為に該当するものと解することがベルヌ条約上の要請であると主張する。
しかしながら、
ベルヌ条約の同条項は、「文学的及び美術的著作物の著作者は、次のことを許諾する排他的権利を享有する。・・・(ii) 放送された著作物を原放送機関以外の機関が有線又は無線で公に伝達すること。・・・」と規定しているところ、ベルヌ条約の規定を害することがないものとして規定されるWIPO条約8条の規定を踏まえた場合に、著作権法2条1項7号の2の「公衆によって直接受信されることを目的として」との要件の意義を検討した結果、本件サービスにおける被控訴人の行為が公衆送信に当たらないものと判断されることは、上記のとおりであるから、控訴人らの上記主張を採用することはできない。
(5) 以上のとおりであるから、控訴人らが本件番組についてそれぞれ著作権を有するとしても、本件サービスにおいて、被控訴人が本件著作物の公衆送信行為を行っているということはできない。
第4 結論
以上によると、本件訴えは適法であるが、本件サービスにおける被控訴人の行為が、控訴人らの公衆送信権又は送信可能化権を侵害するものであるということはできないから、控訴人らの請求は理由がなく、これを棄却した原判決は相当であるから、本件控訴は理由がない。
「まねきTV」著作権侵害差止等請求事件
事件番号 |
平成21年(受)第653号 |
事件名 |
著作権侵害差止等請求事件 |
裁判年月日 |
平成23年01月18日 |
裁判所名 |
最高裁判所第三小法廷 |
判決データ:
CP-H21-Ju-653.pdf
4 原審は、次のとおり判断して、上告人らの請求をいずれも棄却すべきものとした。
(1) 送信可能化は、自動公衆送信装置の使用を前提とするところ(著作権法2条1項9号の5)、ここにいう自動公衆送信装置とは、公衆(不特定又は多数の者)によって直接受信され得る無線通信又は有線電気通信の送信を行う機能を有する装置でなければならない。各ベースステーションは、あらかじめ設定された単一の機器宛てに送信するという1対1の送信を行う機能を有するにすぎず、自動公衆送信装置とはいえないのであるから、ベースステーションに本件放送を入力するなどして利用者が本件放送を視聴し得る状態に置くことは、本件放送の送信可能化には当たらず、送信可能化権の侵害は成立しない。
(2) 各ベースステーションは、上記のとおり、自動公衆送信装置ではないから、本件番組を利用者の端末機器に送信することは、自動公衆送信には当たらず、公衆送信権の侵害は成立しない。
5 しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
(1) 送信可能化権侵害について
ア送信可能化とは、公衆の用に供されている電気通信回線に接続している自動公衆送信装置に情報を入力するなど、著作権法2条1項9号の5イ又はロ所定の方法により自動公衆送信し得るようにする行為をいい、自動公衆送信装置とは、公衆の用に供されている電気通信回線に接続することにより、その記録媒体のうち自動公衆送信の用に供する部分に記録され、又は当該装置に入力される情報を自動公衆送信する機能を有する装置をいう(著作権法2条1項9号の5)。
自動公衆送信は、公衆送信の一態様であり(同項9号の4)、公衆送信は、送信の主体からみて公衆によって直接受信されることを目的とする送信をいう(同項7号の2)ところ、著作権法が送信可能化を規制の対象となる行為として規定した趣旨、目的は、公衆送信のうち、公衆からの求めに応じ自動的に行う送信(後に自動公衆送信として定義規定が置かれたもの)が既に規制の対象とされていた状況の下で、現に自動公衆送信が行われるに至る前の準備段階の行為を規制することにある。このことからすれば、公衆の用に供されている電気通信回線に接続することにより、当該装置に入力される情報を受信者からの求めに応じ自動的に送信する機能を有する装置は、これがあらかじめ設定された単一の機器宛てに送信する機能しか有しない場合であっても、当該装置を用いて行われる送信が自動公衆送信であるといえるときは、自動公衆送信装置に当たるというべきである。
イそして、自動公衆送信が、当該装置に入力される情報を受信者からの求めに応じ自動的に送信する機能を有する装置の使用を前提としていることに鑑みると、その主体は、当該装置が受信者からの求めに応じ情報を自動的に送信することができる状態を作り出す行為を行う者と解するのが相当であり、当該装置が公衆の用に供されている電気通信回線に接続しており、これに継続的に情報が入力されている場合には、当該装置に情報を入力する者が送信の主体であると解するのが相当である。
ウこれを本件についてみるに、各ベースステーションは、インターネットに接続することにより、入力される情報を受信者からの求めに応じ自動的にデジタルデータ化して送信する機能を有するものであり、本件サービスにおいては、ベースステーションがインターネットに接続しており、ベースステーションに情報が継続的に入力されている。被上告人は、ベースステーションを分配機を介するなどして自ら管理するテレビアンテナに接続し、当該テレビアンテナで受信された本件放送がベースステーションに継続的に入力されるように設定した上、ベースステーションをその事務所に設置し、これを管理しているというのであるから、利用者がベースステーションを所有しているとしても、ベースステーションに本件放送の入力をしている者は被上告人であり、ベースステーションを用いて行われる送信の主体は被上告人であるとみるのが相当である。そして、
何人も、被上告人との関係等を問題にされることなく、被上告人と本件サービスを利用する契約を締結することにより同サービスを利用することができるのであって、送信の主体である被上告人からみて、本件サービスの利用者は不特定の者として公衆に当たるから、ベースステーションを用いて行われる送信は自動公衆送信であり、したがって、ベースステーションは自動公衆送信装置に当たる。そうすると、インターネットに接続している自動公衆送信装置であるベースステーションに本件放送を入力する行為は、本件放送の送信可能化に当たるというべきである。
(2) 公衆送信権侵害について
本件サービスにおいて、テレビアンテナからベースステーションまでの送信の主体が被上告人であることは明らかである上、上記(1)ウのとおり、ベースステーションから利用者の端末機器までの送信の主体についても被上告人であるというべきであるから、テレビアンテナから利用者の端末機器に本件番組を送信することは、本件番組の公衆送信に当たるというべきである。
6 以上によれば、ベースステーションがあらかじめ設定された単一の機器宛てに送信する機能しか有しないことのみをもって自動公衆送信装置の該当性を否定し、被上告人による送信可能化権の侵害又は公衆送信権の侵害を認めなかった原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があり、論旨は理由がある。原判決は破棄を免れず、更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととする。
著作隣接権等侵害差止請求仮処分命令申立事件(ロクラクU事件)
事件番号 |
平成18年(ヨ)第22046号 |
事件名 |
著作隣接権等侵害差止請求仮処分命令申立事件 |
裁判年月日 |
平成19年03月30日 |
裁判所名 |
東京地方裁判所 |
判決データ:
CP-H18-yo-22046.pdf CP-H18-yo-22046-1.pdf
以上から、債務者は、本件対象サービスにおいて、本件著作物及び本件放送に係る音又は影像の複製行為を行っているというべきであり、債権者TBS の本件著作物についての複製権(著作権法21条)及び債権者SBSの本件放送に係る音又は影像についての著作隣接権(同法98条)を侵害するものといえる。
債務者は、本件サービスが、あくまでも利用者個人がその私的使用目的で賃借したロクラクUを利用する行為であって、その利用に関与するものではなく、利用者が賃貸機器を利用して放送番組を複製する行為の主体は、利用者本人であり、債務者ではあり得ない旨主張する。
しかしながら、債務者は、上記判示のとおり、本件対象サービスにおいて、自らが本件著作物及び本件放送に係る音又は影像の複製行為を行っているのであり、このことと、本件サービスの利用者による放送番組の録画が、私的使用目的で行われるか否かとは、直接関連するものではないから、債務者の上記主張は、失当といわなければならない。
「ロクラクU」著作権侵害差止等請求控訴事件
事件番号 |
平成20年(ネ)第10055号等 |
事件名 |
著作権侵害差止等請求控訴事件 |
裁判年月日 |
平成21年01月27日 |
裁判所名 |
知的財産高等裁判所 |
判決データ:
CP-H20-ne-10055.pdf
「ロクラクU」著作権侵害差止等請求控訴,同附帯控訴事件
事件番号 |
平成21年(受)第788号 |
事件名 |
著作権侵害差止等請求控訴,同附帯控訴事件 |
裁判年月日 |
平成23年01月20日 |
裁判所名 |
最高裁判所第一小法廷 |
判決データ:
CP-H21-Ju-788.pdf
3 原審は、仮に各親機ロクラクが被上告人の管理、支配する場所に設置されていたとしても、被上告人は本件サービスの利用者が複製を容易にするための環境等を提供しているにすぎず、被上告人において、本件番組等の複製をしているとはいえないとして、上告人らの請求を棄却した。
4 しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
放送番組等の複製物を取得することを可能にするサービスにおいて、サービスを提供する者(以下「サービス提供者」という。)が、その管理、支配下において、テレビアンテナで受信した放送を複製の機能を有する機器(以下「複製機器」という。)に入力していて、当該複製機器に録画の指示がされると放送番組等の複製が自動的に行われる場合には、その録画の指示を当該サービスの利用者がするものであっても、サービス提供者はその複製の主体であると解するのが相当である。すなわち、複製の主体の判断に当たっては、複製の対象、方法、複製への関与の内容、程度等の諸要素を考慮して、誰が当該著作物の複製をしているといえるかを判断するのが相当であるところ、上記の場合、サービス提供者は、単に複製を容易にするための環境等を整備しているにとどまらず、その管理、支配下において、放送を受信して複製機器に対して放送番組等に係る情報を入力するという、複製機器を用いた放送番組等の複製の実現における枢要な行為をしており、複製時におけるサービス提供者の上記各行為がなければ、当該サービスの利用者が録画の指示をしても、放送番組等の複製をすることはおよそ不可能なのであり、サービス提供者を複製の主体というに十分であるからである。
5 以上によれば、本件サービスにおける親機ロクラクの管理状況等を認定することなく、親機ロクラクが被上告人の管理、支配する場所に設置されていたとしても本件番組等の複製をしているのは被上告人とはいえないとして上告人らの請求を棄却した原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、上記の機器の管理状況等について更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととする。