金銭債権の数量的一部請求訴訟で敗訴した原告による残部請求の訴え
管轄違いの判決の取消事件
金銭債権の数量的一部請求訴訟で敗訴した原告による残部請求の訴え
事件番号 |
平成9年(オ)第849号 |
事件名 |
報酬金等 |
裁判年月日 |
平成10年06月12日 |
法廷名 |
最高裁判所第二小法廷 |
判決データ:
H09-o-849.pdf
二 原審は、(一)本訴の主位的請求及び予備的請求の一は、前訴の各請求とは同一の債権の一部請求・残部請求の関係にあるが、本訴が前訴の蒸し返しであり、被上告人による本訴の提起が信義則に反するとの特段の事情を認めるに足りる的確な証拠はない、(二)予備的請求の二は、前訴とは訴訟物を異にするものであり、前訴の蒸し返しとはいえない、と判断して、被上告人の本件各訴えを却下した一審判決を取り消し、一審に差し戻す旨の判決をした。
三 しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
1 一個の金銭債権の数量的一部請求は、当該債権が存在しその額は一定額を下回らないことを主張して右額の限度でこれを請求するものであり、債権の特定の一部を請求するものではないから、このような請求の当否を判断するためには、おのずから債権の全部について審理判断することが必要になる。すなわち、裁判所は、当該債権の全部について当事者の主張する発生、消滅の原因事実の存否を判断し、債権の一部の消滅が認められるときは債権の総額からこれを控除して口頭弁論終結時における債権の現存額を確定し(最高裁平成二年(オ)第一一四六号同六年一一月二二日第三小法廷判決・民集四八巻七号一三五五頁参照)、現存額が一部請求の額以上であるときは右請求を認容し、現存額が請求額に満たないときは現存額の限度でこれを認容し、債権が全く現存しないときは右請求を棄却するのであって、当事者双方の主張立証の範囲、程度も、通常は債権の全部が請求されている場合と変わるところはない。
数量的一部請求を全部又は一部棄却する旨の判決は、このように債権の全部について行われた審理の結果に基づいて、当該債権が全く現存しないか又は一部として請求された額に満たない額しか現存しないとの判断を示すものであって、言い換えれば、後に残部として請求し得る部分が存在しないとの判断を示すものにほかならない。したがって、右判決が確定した後に原告が残部請求の訴えを提起することは、実質的には前訴で認められなかった請求及び主張を蒸し返すものであり、前訴の確定判決によって当該債権の全部について紛争が解決されたとの被告の合理的期待に反し、被告に二重の応訴の負担を強いるものというべきである。以上の点に照らすと、金銭債権の数量的一部請求訴訟で敗訴した原告が残部請求の訴えを提起することは特段の事情がない限り、信義則に反して許されないと解するのが相当である。
これを本件についてみると、被上告人の主位的請求及び予備的請求の一は、前訴で数量的一部を請求して棄却判決を受けた各報酬請求権につき、その残部を請求するものであり、特段の事情の認められない本件においては、右各請求に係る訴えの提起は、訴訟上の信義則に反して許されず、したがって、右各訴えを不適法として却下すべきである。
2 予備的請求の二は、不当利得返還請求であり、前訴の各請求及び本訴の主位的請求・予備的請求の一とは、訴訟物を異にするものの、上告人に対して本件業務委託契約に基づく報酬請求権を有することを前提として報酬相当額の金員の支払を求める点において変わりはなく、報酬請求権の発生原因として主張する事実関係はほぼ同一であって、前訴及び本訴の訴訟経過に照らすと、主位的請求及び予備的請求の一と同様、実質的には敗訴に終わった前訴の請求及び主張の蒸し返しに当たることが明らかである。したがって、予備的請求の二に係る訴えの提起も信義則に反して許されないものというべきであり、右訴えを不適法として却下すべきである。
四 以上によれば、被上告人の本件各訴えはいずれも不適法として却下すべきであり、右と異なる原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があり、右違法が原判決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。この点をいう論旨は理由があり、原判決は破棄を免れず、右各訴えを却下した一審判決を正当として、被上告人の控訴を棄却すべきである。よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
管轄違いの判決の取消事件
事件番号 |
平成20年(ネ)第10061号 |
事件名 |
損害賠償請求控訴事件 |
裁判年月日 |
平成21年01月29日 |
裁判所名 |
知的財産高等裁判所 |
判決データ:
PAT-H20-ne-10061.pdf
第4 当裁判所の判断
1 本件記録によれば、本件訴訟は、前記第2、1〜4記載のとおり、本件実施契約によって被控訴人Cから本件特許につき通常実施権の設定を受けた控訴人(一審原告)が、被控訴人Cは本件特許の特許権者である被控訴人A及び被控訴人Bから専用実施権の設定を受けているものの専用実施権について設定登録を受けていないから、専用実施権は無効なものでありこれに基づく本件通常実施権の設定も無効であると主張して、被控訴人A・B・Cに対し、不法行為又は債務不履行に基づき、連帯して5000万円の損害賠償金と遅延損害金の支払を求めた事案であり、争点は、本件実施契約が特許権の通常実施権設定としての効力を有するかである。
2 ところで、民訴法6条1項によれば、「特許権…に関する訴え」については、東京地裁又は大阪地裁の専属管轄である旨が規定され、ここにいう「特許権に関する訴え」は、特許権に関係する訴訟を広く含むものであって、特許権侵害を理由とする差止請求訴訟や損害賠償請求訴訟、職務発明の対価の支払を求める訴訟などに限られず、本件のように特許権の専用実施権や通常実施権の設定契約に関する訴訟をも含むと解するのが相当である。そうすると、一審原告は東京都に住所を有し一審被告らはいずれも埼玉県に住所を有する本件訴訟の第一審の土地管轄は、民訴法6条1項によれば、東京地方裁判所に専属するということになるから、原判決は管轄違いの判決であって、取消しを免れない。
なお、被控訴人A(財団法人グリーンクロスジャパン)は、控訴人が管轄違いの主張をすることは信義に反し許されないと主張するが、専属管轄に違反するかどうかは、裁判所が職権で調査判断しなければならない事項であるから、原審において前記の被控訴人A主張のような事実があるとしても、上記判断が左右されるものではない。
3 よって、民訴法309条により、原判決を取り消して本件を管轄裁判所たる東京地方裁判所に移送することとして、主文のとおり判決する。
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